2話「自己紹介」
それからしばらく経ち、和也はウィッチの誘導によって、魔王城の住人達と共に魔王の間へと連れてこられていた。
と言っても、現在ここにいるのはごく一部らしい。
それもそうだろう。今は明け方の五時である。集合には適さない時間帯だ。
よって、和也とウィッチ以外には三人しか人がいない。本当に主要な人物しか連れて来ていないようだ。
辺りを見渡すと、和也がゲームで見てきたようなラスボスの部屋がそっくりそのまま広がっている。
暗色系の壁で屋根はやたらと高く、規則的に大きい柱が並んであって、壁に掛けられた松明だけが部屋を照らしていた。入り口から真っ直ぐ伸びているのは赤いカーペット。
それを辿っていくと数段の階段があり、最奥では魔王と思われる『人物』が堂々と玉座に鎮座していた。
廊下やウィッチの部屋には日本で見るような電灯もあったし、壁の造りも近代的だったのに、ここだけ雰囲気が明らかに異なっている。
魔王の前というだけあって、集められた人々は誰も私語一つしない。まるでそれを許されていないかのように、黙々として主が話しだすのを待っている。
永遠に続くかに思われた静寂だったが、その時は突然やって来た。ピリピリとした空気の中、いよいよ魔王が立ち上がったのだ。
側近の男から棒状の何かを受け取る魔王。そして――――
「それじゃあ新人君のために、魔王城のイカれたメンバーを紹介するぜぇっ!!」
マイクを通した『少女』の大声が魔王の間に響き渡った。
(うっさ! 若干ハウリングしてるし! ていうか、なんでマイクがあるんすか……)
頭の中で跳ね返る残響に立ちくらみを起こす和也。
彼以外は事前に耳を塞いでいたようだ。動じずに手を顔の側面に添えている。
「耳を殺す気か、サタン。新米もビビってるぞ。あとイカれてるのはお前だけだ」
魔王の後ろに控えていた中年の男が彼女を制す。クリーム色の髪で、見たこともないような偉丈夫だ。その出で立ちだけで鬼や猛獣を連想させる。
「ごめんごめん」
誤魔化したような笑顔で後ろ頭を掻くと、魔王と呼ばれている女の子は、背中に生えた大きな羽をバサバサ動かしながら親指で自分を指した。
「さて、気を取り直して、まず魔王たる私から自己紹介させてもらうよっ!」
勢いよく両翼を広げた風圧で、側近の短髪が大きく捲し上げられた。
(どう見てもその白い羽は天使のそれなんだけど。髪も白髪だし、キトンを纏っているし、神聖なイメージしかない。それも言動で台無しだが)
和也は胡散臭げに思ったけれど、今は流れに身を任せることにした。いくらなんでも自己紹介くらいでは身に危険も及ばないだろう。
「私はサタン! 親しみを込めて、さっちゃんって呼んでくれていいよっ! よろしくね!」
魔王はごく一般的な、むしろ友好的なくらいの紹介を終える。和也は普通に『サタンさん』と呼ぶことにした。その呼び方してる人いないでしょ、と心の中で呟いて。
クルリと身を翻す魔王サタン。彼女は次に、自分の横にいる側近の男へ手を向けた。
「で、この人は私の遊び相手のレイヴン君! すっごく強くて優しいけど、怒らせると怖いから気を付けてね~」
サタンが紹介すると、男はその場で軽くお辞儀をした。巨漢には似合わず恭しい所作だ。
面を上げたレイヴンは腹の奥に響いてくるような野太く低い声で挨拶を始めた。
「魔王はこんなんだが、他の奴らはまあまあマトモなんだ。ぜひ仲良くしてやってくれ。これからよろしく頼む」
魔物を素手で殺しかねない見た目に反して、彼はとても善良な挨拶を終え、古くからの友人でもあったような親しみをもって笑顔を作った。
予想していたよりも高圧的でない態度に面食らう和也。注意深く観察していたが、彼らは特に演技している様子でもなかった。
(意外と良い人なのかな?)
ここに集められている五人の中で、和也以外の唯一の男性なので、そのせいもあるのだろうが、レイヴンに対して若干親しみが湧いてくる。
彼への印象が上書きされているうちに、今度は和也の隣の少女にサタンの視線が向けられる。
「じゃあ次ね。君を召還したお姉さん、ウィッチだよ! 『ですわですわ』言ってるけど別にお嬢様じゃないよ! 変な子に仕えることになっちゃったねっ!」
「ちょっとサタン!? 余計なこと言わないでくださらない!?」
魔王の紹介に、それまで荘厳な様子で立っていたウィッチが反射的にツッコむ。
この城の人々はいつもこのような調子でサタンに振り回されているのだろう。和也は彼らの短いやり取りを見ただけでそれが分かった。
「私は先ほど個人的に話をしましたし、挨拶は省いてもらって構いませんわ。貴方は今日から私の奴隷ですことよ!」
ビシィッと音がしそうな勢いで指を向けられる。
(奴隷……? こき使われるのはやだなぁ。話した感じではそんなに悪い人にも見えなかったし、大丈夫だとは思うけど)
ウィッチはここに来るまでに暖かい部屋で美味しい茶や菓子を御馳走してくれたり、体調が悪くないかとしつこいくらいに尋ねてきたりしていた。
だから和也には、彼女が素で面倒見の良いお姉さんのように思えてならなかったのだ。
「それなら最後の一人だね」
声の方を向くと、魔王は羽で自分の体を包み、白い毛虫のようになっていた。
その状態で残りの一人、メイド服を着ている金髪少女の紹介に移る。
「使用人をまとめてくれてるメイド長のレイチェルだよ! あんまり喋らないけど、何度も話しかければ反応してくれるから、挫けず構ってあげてねっ!」
(……もしかしてそれ、拒絶の言葉を伝えられてるだけなのでは?)
和也は訝しげに紹介された少女に目を向ける。
彼女、レイチェルは数歩前に出て、無表情のまま機械的な礼をすると、そのまま無言で後ろに下がった。
「えっ。挨拶なし?」
「ああいう子ですから……」
ウィッチが苦笑いしながらフォローを入れてくる。和也は離れた場所で控えているレイチェルを見つめた。
彼女は冷たい水色の瞳で虚空を眺めている。こちらの事など気にも留めていないようだ。
(接客とかどうしてるのかな?)
純粋な、比較的どうでもいい疑問を胸に抱いていると、またもサタンの声が耳に届いた。
「はい。じゃあ今度は新人君、君の番だよ!」
魔王に手を向けられた途端、全員の視線が一点に集まる。
緊張もあるが第一印象はとても大事だ。ここは完璧にやり遂げねばと、和也は深呼吸を一つした。
「双葉和也と申します! 日本という魔法も魔物もいない場所から来ました! 分からない事だらけ、ていうか分からない事しかないんですけど、できるだけ平穏無事に生きていきたいです! こんな僕で良ければ是非仲良くしてください!」
一呼吸で言い終える。台詞の途中から早口言葉みたいになってしまっていた。魔王の間が束の間の静寂に包まれる。
(人前に出るのなんて久しぶりだからなぁ。これも引きこもりの性よ……)
自身の紹介に何の反応も無いことに心が折れかけていると、魔王の活力溢れる返事が返ってきた。
「うんうん、元気がいいのは良いことだよ! ここではそれが一番重要なまである!」
サタンは腕組みをして感心したように繰り返し頷いていた。ネメスくらいの歳に見えるが、その仕草からは彼女に負けず劣らずの純真さが窺える。
そこで、レイヴンがたった一歩だけで、力強く彼女の前に歩み出てきた。それはつまり、会話の分断を意味している。
「早速だが新米。お前には次の夜から、重大な仕事を任せたいと思う」
「えっ」
突然告げられた依頼に和也は疑問符を浮かべまくりだった。
そこへレイヴンは落ち着くようジェスチャーをして、一方的に話を続ける。
「言いたい事は分かる。だけど信じてほしい。今はそれだけ切羽詰まっているんだ。本当にいきなりだが、『それ』を成功させないと、お前の望む平穏とやらは訪れない」
「えっと……あの……。何から質問すればいいのか、まだ整理できていなくて……」
「ああ、無理もない。何も今すぐに受け入れろとは言わないさ。幸いあと半日は猶予がある」
混乱で目を回す和也に微笑みかけ、レイヴンは階段を下り始めた。
「夕方には準備を始めて出発する予定だ。それまでに、やるべき事や聞きたい事があったら、この場にいる誰かに尋ねておいてくれ」
彼は和也の肩をポンと叩いて、魔王の間を悠々と後にする。去り際には挨拶がわりに片手を挙げていた。
「……嫌なら別に断ってもいいんですのよ? 危険な仕事かもしれないのに、この世界に来て間もない貴方がわざわざやる必要はありませんわ」
隣にいたウィッチが顔をこちらに寄せ、小声でそう伝えてくる。見つめ返すと軽く微笑まれた。離れ際に優しく頭を撫でられる。
「ではレイチェル、彼を客室へ案内してくださいな。私の奴隷なのだから良い部屋に案内するんですのよ」
「分かりました」
部屋を出ていくウィッチに返事をして、レイチェルは和也の正面まで歩み寄ってきた。
無言でこちらを見上げてくる。特に何も言わず、行動を起こさず、人形のような少女は瞳だけで何らかの意思を伝えようとしていた。
「あの……よろしくお願いします……?」
和也がぎこちなく頭を下げると、か細い声で「こちらこそ」と返してきた。
レイチェルは身を翻し、入り口の方へと歩いていく。和也も慌ててその後を追った。
「じゃあ新人君、またね~!」
「う、うん! って、名前で呼んでくださいよ!」
もふもふ魔王が見送ってくれるが、レイチェルが足を止めてくれなかったため、和也には短く答える事しかできなかった。
(いきなり大役を任されてしまうのか……。僕にこなせる仕事なのかな? すごく不安なんですけど……)
メイド長の後ろをついていきながら思案する和也。
彼にとっては何もかもが急で、現実から遠くかけ離れていて、本当に夢みたいな出来事だった。
(……ひとまず、時間も無いみたいだし、情報を集めようかな)
だからこそ真面目に考えられなかったのだろう。
和也は一旦思考停止して事態を受け入れると、自身が次にするべき目標を取り決めるのだった。




