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1話「はじめから」

 





「おやすみ、お兄さん」








 ひどく長い夢を見ていたような気がした。


 吹雪荒む丘の上に寝転がるは黒髪の少年。男性であるにも拘わらず女性的な柔らかさを持つ彼の顔面には、たちまちにして雪が降り積もっていく。


 けれど、少年がそのまま埋もれてしまう前に、正常に働いた防衛本能は彼に目を覚まさせた。


「さ、さむっ!」


 寝そべった状態から迅速に上体を起こす。

 ジャージを着ているというのに、辺りは信じられないほどの極寒だった。もう季節は夏であるはずなのだが。


「……あれ、ここは?」


 少年はパチパチと目を瞬かせる。

 彼はさっき、自室の布団で眠ったはずだ。少年がまたどこかへ突然消えてしまわないか、そう熱心に心配していた妹と一緒の布団で。


 それなのに、視界には満天の星空と、無限に続くとも思える白銀だけが広がっている。


(なんで……いつの間に家の外に……)


 どうやら、彼はまた不可解な現象に巻き込まてしまったみたいだ。

 ラノベの主人公たちの気持ちが少し分かった気がする。こうも訳の分からない事象に次々関わると、普通や日常が恋しくなったり、やれやれ系になってしまったりもするだろう。


 だからもう少年はあまり驚きもしていなかったのだ。ただし、今回の超常現象は、どうもいつもの事件とは趣が違うらしかった。


(以前までは時間のズレだけだったはずが、今は全然知らない場所にいるもんね……。とうとう徘徊までし始めたのか、僕は)


 自分の体を抱いて、寒さの軽減を図りながら辺りを見渡すと、彼の背後には女性が一人突っ立っていた。


 赤く、長い髪は染めたものだろうか。それにしては艶がある気がするけれど。

 歳は少年より少し上くらいに見える。日本人とは思えない顔立ちとスタイルである事から、少年は彼女を外国人だろうと推測した。


 女性はポカンと口を開けてこちらを見つめている。まるで森の中で熊にでも会ったような表情だ。


「あ、あの……」


 少年は意を決して、ガタガタと歯を鳴らしながら話しかけた。女性はハッと我に返ると、すぐに彼の手を掴んで立ち上がらせる。


「事情はあとで詳しくお伝えしますわ。今は黙って(わたくし)についていらっしゃい」


 そう言って、彼女はどこかへ引っ張って行こうとする。

 一瞬逃げようかとも思った少年だったが、ここが何時の何処なのかも分からない以上、一人になるのはかえって危険だろう。


 少年は仕方なく、為すがままに手を引かれて、見知らぬ地へと連行されることにしたのだった。







 辿り着いたのは図書館並みに広い部屋だった。


 その一室だけで二階、三階、四階まであり、全ての壁にはビッシリと中身の詰まった本棚が面している。中央に大きな柱が通っていて、数十メートル上の天井までは吹き抜け。


 そして驚いたことに、ここは屋敷の図書室などではなく、赤髪の女性が暮らす『自室』だというのだ。


 二人はそこにある対面のソファーにそれぞれ腰掛けて、足の低いテーブルを挟んで長い長いお話をしていたのであった。どうやらちょうど女性の説明が終わったところのようである。


「――――というわけですわ」


 さて、それでは少年が直面している今の状況を簡潔に説明しよう。


 突然見知らぬ城の一室まで連れてこられたと思ったら、異世界転移したという衝撃の事実を叩きつけられた。


「いや……ちょっと理解が追いつかないんですけど……」


「まだ分からないんですの? まあ混乱するのも無理はないですけれど。ですから、また初めから話すと――――」


 女性は茶を淹れながら、もう一度初めから説明を始めてくれる。


 彼女の話によると、一生に一度しか使えない召還呪文を使用したら、地面に浮かび上がった魔方陣から眠った少年が現れたのだという。つまり、彼女がご主人で、少年が使い魔だと。


「いやいや、ガチャ運無さすぎでしょ……」


「あら、落ち込むことはありませんわ。これは非常に珍しいケースなんですのよ。普通は動物やモンスターが召還されますの。人間を召還した方なんて、過去にもほとんどいませんわ」


 彼女は胸を張って自慢げだ。


(とんでもないね。そんなに少ないのに、数ある異世界と人々の中から僕が選ばれてしまったのか。どんな確率だよ)


 少年は辟易として、出された紅茶に口をつけた。美味しい。呼吸ができている事だってそうだが、異世界の物でも普通に飲み食いできるらしい事にも違和感を抱く。


 だが、それは鈴のような声によってすぐに掻き消された。


「そういえば、自己紹介を忘れていました。私はウィッチですわ。魔法使いのウィッチです。貴方のお名前は?」


「……和也(かずや)双葉(ふたば)和也(カズヤ)だよ」


「和也ですか。ありふれた名前ですわね」


 赤髪の女性ことウィッチはそう言って優雅に茶を啜る。

 その様子に和也はまたも強い疑念を抱いた。


(異世界で和也がありふれた名前? そんな馬鹿な。考えてみれば、なんで僕は異世界人と日本語で話せているんだ?)


 沸々と湧き上がる疑問。漫画やアニメを見るときには気にしなかったような細かい『設定』が気になってくる。


(ええい、聞きたいことが多すぎる! 異世界に転移したらまず何をすべきなんだ! 教科書、教科書のラノベを至急要請したいッ!)


 和也は頭がパンクしそうだった。伸ばしていた背を曲げ、重心を後ろに移動させる。彼の体は見る見るうちに高級そうなソファーへ吸い込まれていった。


「一応は私の召し使いですもの。人手が不足しておりますので、色々教えたいこともあるのですが、まずはこの魔王城に住む住人たちを紹介しなければなりませんわね」


「……え?」


 そこへまた新たな謎が投入される。和也はそれを何度も頭の中で咀嚼(そしゃく)した。


(何だって? 魔王城だと? ここが、僕の今いる場所が……魔王城だって? 嘘でしょ、ラストダンジョンじゃないですか)


 驚愕に顔を青ざめさせる彼を見て、ウィッチは心底不思議そうに首を傾げた。


「ん? 何かおかしな事でも言ったかしら?」


「ここは……魔王がいる城? てことは、ウィッチ達は人類を滅ぼそうとしている人達ってことなのかい?」


「はい? 何を言っていますの? 逆ですわ。私達は人類と仲良くしたいと考えているんですのよ。残念ながら、彼らは私達にあまり良い印象を持っていないようですけれど」


 ウィッチは少し悲しそうにしている。なにやら複雑な事情があるみたいだ。


(できれば関わりたくないけど、ここまできたら巻き込まれちゃうんだろうな。僕はまったり暮らせればそれだけでいいんだけど……)


 和也は「またいつかふとした瞬間に元の世界へ戻るのだろうな」という漠然とした予感を感じつつ、紅茶のおかわりを願い出るのだった。

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