閑話「アルルとデート!」
ヴィーレは三十分近くかけて支度を終えたアルルと共に、彼女が軍の友人からオススメされたという喫茶店へと足を運んだ。
敢えて少ない光量に調整された照明が照らす店内にはシックな音楽が流れている。
赤く柔らかいシートの敷かれた椅子に腰掛け、対面に座るアルルを眺めた。
彼女はあらかじめ宿へ持ってきていた私服に着替えてきていた。髪は下ろしたまま、いつも身に付けているグローブは珍しく外している。ヴィーレにはまるで伝わっていないが、薄く化粧もしてきたようだ。
だが、その顔も今はグニャグニャに歪んでしまっていた。テーブルの上に突っ伏して、納得のいかない様子でヴィーレへ尋ねる。
「ねえ、あたしっていくつに見える?」
「165くらいっすかね」
「いや身長の話じゃねえよ馬鹿かよ」
不機嫌が露骨に声へ表れている。
アルルが先の質問を投げた原因は、この喫茶店が行っている独特なサービスにあった。
カップル専用スペシャルフルーツパイ。恋人同士で店を訪れた客だけが頼めるハート型の大人気メニューである。
それを二人が知ったのは店前の立て看板を見た時だった。そこでアルルのスイーツセンサーが鋭く反応したのである。
ヴィーレの腕にしがみつき、恋人のふりをするよう強く強く頼み込む。ヴィーレは初め「値段が高いから嫌だ」と断ったのだが、彼女のあまりに大きい熱意に負け、仕方なく腕を組んだまま入店したのである。
しかし、またここで予想外の事態が起こった。それは……。
「なんで兄妹だと思われるの~!」
店内に人が少ないのを良いことにバタバタと手足を動かすアルル。
そう、二人は恋人同士ではなく、兄と妹として認識されてしまったのだ。後から言い出そうにも、何だか気まずくてそのまま席まで来てしまった。もう今さら「実はカップルなんです」と嘘を吐くのも申し訳ない。
「スペシャルフルーツパイ食べたかった~! お腹と脳を糖分で満たしたかった~!」
まるで駄々っ子だった。とても十八歳の成人女性とは思えない。
彼女は騒がしくしないように気を付けているが、ヴィーレにとっては気になったらしい。片手でアルルの両頬を掴んで黙らせると、落ち着いた口調でたしなめる。
「やかましい。お前がふざけて俺の事を『兄貴』だとか『兄やん』だとか『にぃに』って呼ぶからだろ。口調をコロコロ変えんなよ」
そう言って手を離してやると、彼女は不貞腐れた様子で頬を膨らました。
「癖みたいなものなんだから仕方ないじゃん……」
「なんでそんな癖が付いちゃったかなぁ……。はぁ、とにかく何か頼もう。ほら見てみろよ、他にも美味そうな名前のパイが沢山あるぞ」
テーブルに置かれていたメニュー表をアルルの方へ押しやってみる。
彼女はそれを横目で見て、拗ねた口調のまま明後日の方向を向いて低い声を漏らした。
「むぅ~。……兄やんの奢りね」
「ああ、好きなの頼んでいいぞ」
「え、マジ? やった! えっと~、どうしよっかな~。晩ご飯後でそんなにお腹減ってないしな~。ん~」
半ば諦め気味に頼んだ願いが二つ返事で聞き入れられて、思わず舞い上がるアルル。速攻で元気を取り戻すと、キラキラした瞳でメニューに目を通しはじめた。
そこで女店員がお辞儀をしながら氷水を差し出してくる。もう一礼して静かに立ち去ろうとする彼女の背中へ、ヴィーレは軽く手を挙げてから声をかけた。
「あ、すみません。コーヒー二つで」
「えっ」
「コーヒー二つですね。かしこまりました~」
突然の注文に固まるアルルとは対照に、女性店員は手短に確認を終えてカウンターへと戻っていった。
「ちょっと! 好きなの頼んでいいんじゃないの!」
案の定アルルは混乱から復活するなり抗議してくる。
だがヴィーレは涼しい顔をして自身の胸を親指で指した。
「俺の、な」
「この……ドケチ野郎め……ッ!」
彼女は激怒していた。お冷グラスを持つ手がグラグラ揺れている。魔力量が高いのにグラスが割れないあたり、加減はしているらしい。
「悪かったって。そう怒んなよ。嫌なら俺のと交換してやるから」
「二つともコーヒーじゃねえか!」
ヴィーレのジョークにも速攻でツッコミを返してくる。彼らの仲はしばらく会っていない程度じゃ崩れていないようだった。
「あーあ、今日そんなにお金持ってきてないのに……」
アルルは捨てられた子犬みたいにションボリしながら硬貨入れを覗く。
しかし、そんな仕草で揺らぐようなヴィーレではなかった。相も変わらず冷めた対応を投げ返す。
「いいだろ。この小さいクッキーくらいなら食えるんじゃないか」
「そんなんじゃ満足できないってお腹の子も言ってるから!」
「は? お腹の子……?」
「腹の虫だよ!」
「紛らわしい表現すんな!」
何か胸の辺りに発生したモヤモヤを消したくて、ヴィーレは水を一気に呷った。
「もっとあたしをレディとして扱ってくれてもいいと思うんだけどな。兄やんはケチ過ぎなんだよ」
「ケチって言うな。吝嗇家って呼べ」
「響きだけで意味一緒じゃん」
彼がマトモに取り合う気がない事を悟ったのだろう。
アルルはこれまで封じていた最終手段に頼ることにした。
「ねえ、にぃには……」
ヴィーレの手を取り、自分の胸の辺りまで持ってきて両手で優しく包み込むアルル。
その表情はいつの間にか真面目な顔つきに変わっていた。流れてくる緩やかなメロディーが、彼らに時の流れをより一層遅く感じさせる。
「ううん、こういう真剣な話のときはヴィーレ……だよね。ヴィーレは……」
途端に艶かしい大人の雰囲気が彼女から溢れてきた。顔が近付けられると同時に懐かしい香りがヴィーレの鼻をくすぐる。アルルは潤んだ瞳で彼を見上げ、吐息多めの甘えた声でフッと囁いた。
「……あたしの事、どれくらい好き?」
「小鍋くらい」
「無かったら困るけど、無くても何とかやってけるレベルか~」
だがしかし、彼女の色仕掛けは数秒で見事に失敗した。
速攻で素に戻って天を仰ぐアルル。二重の意味でダメージを負っているようだ。
「もぉ~、分かったよぅ……。クッキーで我慢するよぅ……。ヴィーレのバカ、アホ、貧乏……」
萎んだ声でそう言うと、彼女は再びメニューを眺めだした。遠慮がちに鼻水を啜る音が聞こえる。
うっすら泣きに入り始めたアルルを見て、頑なだったヴィーレも遂に折れてしまったようだ。溜め息混じりに微笑むと、薄茶の頭を軽く撫でてやる。
「冗談だよ。ほら、好きなの選べ。今日だけは全部奢ってやるから」
すると、キョトンとした目がこちらへ向けられた。半分開いたままだった口が小さく動き出す。
「ヴィーレ……」
礼を言われるまでもない。むしろこれは自分の受けた礼を返しているだけなのだ。そう考えて、ヴィーレは彼女の頭を撫で続けていた。
「……髪のセット崩れるから撫でるのやめて」
しかし、その声で彼の右手はピタリと止まった。その隙にアルルは彼の腕を掴んでちゃっかりテーブルの上に退けてくる。
「じゃあ、そういうわけで兄貴、ゴチになりますっ!」
そう言って無駄に整った敬礼をする幼なじみを眺めながら、ヴィーレは「もう二度と彼女に飯を奢ったりなどするものか」と誓うのであった。
(イラスト:4U様)




