27話「悪意に取り憑かれて」
エミーナに肉薄するネメス。以前よりも一層速く相手の懐に潜り込み、下から黒の剣で斬り上げる。エミーナはそれを靴底で受け止めるが、ネメスは力ずくで剣を振り切り、彼女を上空へ吹き飛ばした。
そこで彼女はまたもモデリングを詠唱する。少女の持っていた漆黒の剣は消失し、黄金のナイフが二つ現れた。
「まだまだまだまだッ! 次はエルお兄ちゃんの技だッ!」
宙に浮くエミーナへそれらを投げ、新たにナイフを生み出し、また投擲する。この流れを目にも止まらぬスピードで繰り返してみせた。
「無駄無駄無駄無駄ッ! そんな見るからに付け焼き刃の戦闘スタイルでアタシに勝つつもりなのかよ!?」
それを全て剣で弾き返すエミーナ。空中で体勢を整えると、刃に全体重を乗せて落下してくる。ネメスはモデリングで空色の双剣を作り出し、その攻撃を受け止めた。
灼熱の呪文や極寒の呪文を唱えられる前にエミーナを前方へ弾き飛ばす。そこへ間を空けずナイフを生成して投げるも、彼女が防御姿勢を完成させる方が早かった。地面と靴底の摩擦で慣性を殺しながら、迫るナイフをさばいていく。
エミーナがようやく止まったところで、ネメスはその場から一歩も動かず、息を切らして独りごちた。
「速い……! それに上手い……! 一体どれだけの経験を積めば、あんな動きができるようになるの……!?」
それに対して、エミーナは悠々と歩み寄りながら彼女の疑問を茶化して返す。
「盗賊に素早さと器用さは必須なのさ。当然だろ?」
「……社会のルールに反している人が器用なわけないよ」
「違うね。社会の歯車になることでしか生きていけないボンクラ共の方がよっぽど不器用なんだ」
「自分勝手な考え」
会話をしながら息を整えるネメス。当然、その間にあちらのスタミナも回復しているだろう。
(今までの行動を見るに、あの人の呪文はかなり接近しないと効果を発揮しない。射程の短い呪文なら、遠くから攻撃を仕掛ければ大丈夫かと思ったけど、このままじゃ埒が明かないよね……)
どうしたものかと策を練っていると、エミーナが手に持っていた二つの長剣を体の前で交差させた。
「誰だって大なり小なりは自分勝手なものさ。《スコーチングヒート》」
灼熱の呪文の効果で長剣の刀身が赤く赤く発光し、そこから白い煙がゆらゆらと立ち上ぼる。しかし刃が溶けたり変形したりする事はなかった。彼女の武器は特殊な素材でできているようだ。
「そうだろう? 悪人と戦っているからって、君が悪人でないとは限らないんだよ?」
そう言って、エミーナは弾丸とも思える速度でネメスに迫った。横薙ぎに彼女の顔へ斬撃を放つと、ネメスはそれを紅蓮の大剣で防ぐ。
だが、魔力でできた剣は高熱を纏った刃に焼き斬られていく。スローモーションのように流れるその様を見たネメスは直撃寸前で飛び退いた。彼女の鼻頭を刃の切っ先がわずかに焦がす。
「ひっ……!」
ギリギリの回避に震えるネメスだったが、もうエミーナは休ませてくれない。
すぐさま距離を詰めて彼女の武器を溶かし斬り、足をもつれさせて無防備なネメスの横腹を躊躇いなく貫いた。
「カハ……ッ!」
肉が焼け、血の蒸発する音。エミーナの手によって長剣が引き抜かれる。酸っぱくて焦げ臭い香り。ネメスは地面に仰向けで倒れ落ちた。
「ウゥゥ……!」
腹を押さえ、呻くことしかできないネメス。傍で自分を見下すエミーナに気をやる余裕も無いようだった。
額には脂汗がブワッと吹き出てくる。刺された部位の割りに傷口から血液はほとんど溢れていない。焼かれた事がかえって止血を助けてくれていたらしい。
だが、それすらもエミーナの想定内。彼女は長剣をクルリと一回転させると、ネメスの額に少しずつ真っ赤な刃の切っ先を押し付け始めた。
「肌を焼ききり、頭蓋骨を溶かし終えたら、じっくりと脳ミソを溶かしてあげる。君の残りの生涯は痛みと後悔で満たされるのさ」
ネメスは混乱と恐怖でパニックに陥っていた。口をパクパクと開閉し、目の端から涙を溢れさせている。彼女の額からは細い黒煙が舞い上がっていた。
「苦しみ悶えながら生きろ。そして安らかに眠れ」
魂に染み込むようなエミーナの囁きの後、長剣を握る手にさらに力が込められた。
刃が皮膚を越え、白くて硬いものに到達する。
恐怖で動けないネメスをひたすらに冷めた瞳で一瞥して、エミーナはもう片方の手に握る剣を振り上げた。
当然、脳をのんびり焼くだけで終わらせるわけがない。もっともっともっともっと、自分に逆らう愚か者は徹底的に、最後の最後までいたぶり尽くす。
それが彼女の恐ろしさだった。エミーナ、もとい盗賊という組織に与する者達は、悪意という名の呪いに取り憑かれているのだ。
直後、降り下ろす。ネメスの太腿へ。赤く光る刀身を。容赦なく。品位の欠片もない最低な薄ら笑いをもって。
「させるかッ!」
が、瞬間、低い声と共に硬い硬い鉄拳がエミーナの顔面へとめり込んだ。
ロケットのような勢いで放たれた一撃をモロに食らった彼女は、訳も分からぬまま洞窟の端まで吹っ飛んでいく。
何度も地面に叩きつけられ、途中で武器も手放してしまい、ようやくうつ伏せの形で止まったエミーナは、折れた鼻を押さえながらこちらを見やった。
数百の仲間が気絶して一つの山を作っている。その前には無傷のアルル。
「よくぞ一人で頑張ってくれた。尊敬するよ、成長したな」
そして、魔力によって形作られた大剣を投げ捨て、自らの手のひらに拳を思いきり叩きつける勇者の姿があった。
「ヴィーレ・キャンベル……ッ!」
「エミーナ・ボイド。貴様、覚悟はできてるんだろうな?」
地をも揺るがしかねない怒気の込もった声を発する勇者は、その肉体こそボロボロだったが、精神には今までにないレベルの魔力量を湛えていた。




