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26話「学びとったもの」

 ネメスは敵の言葉を聞くや、彼女の脚に狙いを定めて矢を射った。エミーナはそれを難なくかわし、姿勢を低くして翔ぶように駆け出す。


(モデリングの効果範囲は半径二メートル……! あの人が射程に入った瞬間、まずは彼女の武器を鉄屑に変形させる……!)


 作戦を練りながらも、迫るエミーナに照準を合わせて連射していく。しかし、彼女はそれを(ことごと)く回避し、あっという間にネメスへ肉薄した。眼前で剣を振り上げる敵へ、ネメスは高らかに呪文を詠唱する。


「《モデリング》!」


 だが、不発。彼女が呪文を唱え終える頃にはエミーナの姿が視界から消えていたのだ。


 次の瞬間、ネメスの背中に鋭い痛みが走る。反射的に出る言葉にならない苦痛の叫び。

 彼女が前に倒れた時、エミーナはネメスの後ろで剣に付いた血を振り払っていた。


(嘘……ッ! いつの間に回り込まれて……!?)


 頭の中が真っ白になる彼女の顔の横へ、全体重の乗せられた足が降りてきた。地面の揺れる感覚がした刹那、ネメスの肌を言い知れぬ悪寒が駆け巡る。


「《インテンスコールド》」


 そして容赦なく極寒の呪文が唱えられる。ネメスの体を凍らせる算段だったようだが、既に彼女は起き上がり、距離を取っていた。エミーナの足元に霜が積もり重なる。


「さっき勇者に仕掛けた攻撃が本気だと思っていたのかい? まさかね。アタシと君では魂の値(レベル)が全然違うんだよ」


 霜をザクザク踏みしめながら言葉を投げてくる。彼女から提示されたヒントで初めてネメスは相手が今まで遊んでいたのだという事に思い至った。


 危うく死ぬところだったという事実がようやく現実味を帯びてきて、目の奥が猛烈に熱くなる。普段ならとっくに泣き出しているところだ。


「そんなに力があるのに、確固たる意志があるのに……どうしてちゃんとしたやり方で世の中を変えようとしないんですか!」


 溢れそうな感情を別の何かに変換して、ネメスは吠える。それを受けたエミーナは相も変わらず冷徹に答えた。


「改革に優しさは不要だからさ」


「やっぱり……酷い人……! 良心が欠落している……ッ!」


 彼女は遂にエミーナを『救いようがないクズ』だと認識したようだ。自分達とは根本的に価値観が違うのである。


 背中にできた斜めの傷から大量の血を流しながらも、再び弓を構え直した。


「実力より人間性の方が大事だと言うなら神父でも呼んでくればいいのに」


 いじけた声でそう言って、エミーナは疾風の如く走り出す。飛んでくる矢という矢を全て武器で弾き返し、離れながら攻撃するネメスに急接近すると、両手の剣を同時に振り下ろした。


 小さく火花が散る。二つの刃はネメスの弓によって受け止められていた。エミーナへ向けて弓を構えた形になっているため、このまま矢にかけた片手を放せば、彼女の顔面へ向けてネメスの魔力矢が射出される。


 剣に力を込めたままエミーナが不敵に笑った。呪文を唱えるでもなく、ネメスを(なぶ)るように問いかける。


「まだ諦めていないの? 弓矢で戦うこと自体、圧倒的に不利だというのに。矢を放つ度に魔力を消費するようでは暇潰しにもならないよ?」


「諦めません! 貴方のような悪党を野放しになんてしておけませんから!」


「ふん、この偽善者め」


「他人をそう呼ぶ人は皆、いつも誰かの批判しかできないような口だけの無能だって聞きましたよ」


「主語がすぐデカくなる奴って、物事の一部しか見ていないような視野が狭い阿呆だよねッ!」


 剣を引いて突きを繰り出そうとするが、その前にネメスが矢を放つ。首を傾けてそれを避けるエミーナ。一旦距離を取ろうと後退するネメスへ追撃を加える。


 近距離戦へ持ち込まれるとネメスは矢を放てない。しかも相手の呪文の性質上、エミーナの間合いに長居するのは危険すぎる。


 彼女はいつしか防戦一方となっていた。エミーナの剣をしゃがんで避け、飛び退いてかわし、時たま武器で受け止める。


 だが、そんなものはすぐに限界を迎える。

 弓を弾かれて手の挙がったネメス。その隙だらけの胴体へ、一つの刃が光の速さで斬り込んだ。


「……なるほどね」


 エミーナが呟く。その声はどこか嬉しそうだ。


 彼女の放った斬撃は確かに相手の胸を貫くかと思われた。が、それはネメスの持つ漆黒の剣によって防がれたのだ。


「とんだ馬鹿が挑んできたもんだと思っていたけど、ただの蛮勇ではなかったわけか」


 エミーナの瞳が狼の如き獰猛さを宿す。どうやら遊んでいたのは自分だけじゃなかったようだと認識を改めた。


「一体何の()()だ?」


 言葉を受けるネメスはやはりエミーナを静かに見据えていた。







 数日前の模擬戦。その休憩中に、ネメスはヴィーレから教わった魔弓の扱いを練習していた。


 初めは形の不安定だった武器も、今や本物同然の質感を手に入れており、橙色の弓から放たれた矢は確かな重量をもって的を射抜いていく。


「なんか凄い事やってるね、ネメス」


「あ、カズヤお兄ちゃん。お兄ちゃんも休憩?」


「まあね~」


 そこへすっかり土汚れにまみれてしまったカズヤが来る。初めて見るネメスの技に興味を惹かれたようだ。


「実はね、実はね、魔力をモデリングで武器にしてるんだよ! 凄いでしょ!」


「えっ。魔力ってそんな事までできるの!? 格好いいな~。僕もやりたい……!」


「えへへ~。わたしもちょっとは頼れる感じになったかな?」


「うんうん。君の試合では僕が勝ったけど、今やれば逆に負けちゃうかもしれないな」


「あはは、そんな事ないよ~!」


 苦笑しながら言われた彼の言葉をお世辞と受け取ったのか、胸の前で手を振って謙遜するネメス。


 彼女は少し呪文の扱える幅を増やしただけで、そこまで成長しているという自覚は無かったのだろう。だが、カズヤは他の三人のように、ネメスの『才能』について理解していた。


「いやいや、あるよ。君は気付いていないだろうけどね、ネメスには『鬼才』とも呼ぶべき異質な才能があるのさ」


「才能……?」


「うん。端的に言うと、君はとてつもなく物事の習得が早いんだよ。エルとの特訓や、イズさんとの勉強にしてもそうだけど、たった数日間でやったとは思えないほどの成長を遂げている」


 要するに、彼女は異常に器用な娘だったのだ。エルやイズが軽く恐怖を覚えるまでに、ネメスという少女は飲み込みが早かった。


「例えば……そうだね。今はヴィーレとエルが試合をしてるだろう?」


「うん」


 カズヤが手で示す先では二人の男が戦闘を繰り広げていた。ヴィーレがわずかに劣勢のようだ。投げられたナイフが掠めたのか、顔や体にいくつかの赤い線ができている。


 エルは逆にヴィーレの大剣の威力を警戒して決め手に欠けているようだった。短剣を透明にしてアサシンズナイフを付与し、投擲する事で地道に体力を奪っている。


「例えば、あの二人の武器と剣技を君が使えたとしたら?」


「へ?」


 ネメスから間抜けな声があげられる。あまりにも突拍子のない仮定だったからだ。


「そんな事できるの?」


「できるようになるさ。君ならそれが可能だ。ネメスのお願いなら、みんな喜んで技を教えてくれるだろうしね」


「そ、そうかな……?」


「ああ、後で頼んでみるといい。二つ返事でオーケーされるよ」


 カズヤは確信を揺らがさずに答える。


 彼も盗賊戦までにネメスには強くなっていてほしかったのだろう。

 カズヤと違ってネメスには隠し球的な切り札がない。後味を悪くしないためにも、もう一段階は成長しておいてもらいたかったのだ。


 だから彼はさらに親身になってアドバイスする事にした。少し屈んでから彼女と肩を組むと、ヴィーレ達を見据えて話を進める。


「と言っても、盗賊戦までには時間がない。そこでやるべきなのは『まず観察から始めてみる』ってことだ」


「観察……? お兄ちゃん達を観察するの?」


「そうだよ。教わる時間がない時や、みんなの手が空いていない時は、彼らの教えを思い出しながらじっくり分析してみるといい。自分で練習して変な癖をつけるよりかは大分タメになるよ」


「なるほど! お兄ちゃんは物知りだね!」


「へへへ、僕も物真似とかする時にはそうするんだ」


 鼻を掻いて得意げなカズヤにネメスは「物真似?」と首を傾けた。カズヤはその反応に「特技みたいなものさ」と返す。


「向こうでは演劇部っていうお芝居をする部活に入っていてね。演技をしたり他人から何かを盗み習ったりするのは得意だったんだ」


「へぇ~、意外だな。カズヤお兄ちゃんってそういうの苦手な方だと思ってた」


「そう? 僕って結構嘘が上手いんだよ」


 表面上だけで笑うカズヤ。ネメスは純粋に感心している。


 そんな彼女の無邪気さに負けて立ち上がると、彼は腰に差していた片手剣を引き抜いてみせた。


「ネメスさえ良ければ、ヴィーレから教わった剣術を僕が教えてあげようか? 大剣や短剣の技術を伝授するのは無理だけど……」


 ヴィーレの受け売りとは言っても、素人の自分が気軽に戦い方を教えてもいいものだろうかという不安はあった。

 だから遠慮がちな提案になってしまったのだが、すぐにその不安は少女の眩しい笑顔によって払拭される。


「うんっ! よろしくお願いしまーす!」


 ペコリと深すぎる礼をするネメスの姿にカズヤの頬も思わず緩む。


「よーし! 気合い入れて指導するぞ! じゃあまずは君の魔力剣を作ってみようか!」


「はーい!」


 元気よく手を挙げて返事をしたネメスは、持っていた弓矢へモデリングの呪文を詠唱したのだった。







 漆黒の剣がエミーナの刃を受け止める。


 あの時にカズヤが提示した案は決して無駄ではなかった。

 これまで数日間、ネメスはヴィーレ達に剣術の教えを乞うたのだ。その結晶が今ここにある。


 もう弓だけが武器ではない。ヴィーレ、イズ、エル、カズヤ。それぞれの技を、経験を、そして知識を、ネメスは未完成なりに模倣(コピー)してきたのだ。


 ジリジリと力負けしていた剣を全力で押し返す。横に薙ぎ払った斬撃はエミーナの後退でかわされた。二人の間にまたも距離ができる。互いが互いの間合いの外だ。


「貴方が戦うのはわたしじゃない」


 エミーナへ向けて告げてやる。彼女が一体誰を敵に回したのかという事を。


「勇者とその仲間、五人分の力をまとめて相手にするんです」


 漆黒の片手剣が妖しく煌めく。

 ネメスは空を斬ると、刃を自身の顔の前にかざしてみせた。


「まずはカズヤお兄ちゃんの力ッ!」


 構えるネメスの臨戦姿勢は、カズヤのそれと寸分も違わなかった。


「いいね、いいね」


 エミーナはそれを見て楽しそうに足踏みをする。ネメスがさっきしてみせたように、両手の剣を順番に振り切ってみせた。


「食べ放題だ」


 彼女が再度構えると、ネメスは弾丸のようにエミーナへと突進した。

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