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25話「小さな勇者」

 自身の拘束を力ずくで破壊するヴィーレ。

 彼が立ち上がり、ネメスとアルルの横に並んだ頃には、盗賊達も戦闘態勢に入っていた。


 アルルはそんな状況でも物怖じせず、むしろ先よりもキャピキャピとした甘え声で、ヴィーレに向かって横ピースをしてみせる。


「いや~、兄貴、おまたせしましたね~」


「本当だよ。遅いわ」


「ほらほら、『天才は忘れた頃にやってくる』って言うでしょ?」


「それを言うなら『天災』な」


 肩を回しながら自分の武器を探すヴィーレ。しかし、分かりきった事だが、荷物は馬車の中に置いてきてしまったようで、武器になりそうなものも発見することはできなかった。


「ヴィーレお兄ちゃん、これあげる」


 そこで、彼のもとに紺色をした片刃の大剣が差し出される。

 視線を落とすと、ネメスが盗賊達を睨んだまま渡してきていた。


 滅多に見られない彼女の激憤に若干怯みながらもヴィーレはそれを受け取る。


「お、おう……。助かる」


 どうやら魔力製のようだ。変形の呪文(モデリング)で作ったのだろう。


 全体の大きさや持ち手の手触りはヴィーレの大剣と大差ない。片刃なのは殺さないでおく余地を残すための配慮だろうか。


「なにさ。脳をゆで卵にしようとしただけじゃん」


 静観していたエミーナが初めて言葉を投げてくる。

 吐き気を催す邪悪にヴィーレは鋭く言い返した。


「もしそんな事をしていたら、お前の脳がぶちまけられる事になっただろうよ。いずれにせよ、残念だったな。お前らの作戦は失敗したらしいぞ」


 彼女は拗ねたように口をへの字に曲げ、腰に手を当てている。依然として余裕の態度は崩さない。後ろに数百の味方を連れているのだから当たり前なのだが。


「君、エミーナ・ボイドだね? 指名手配リストで見たことがあるよ。降伏する痛くしないでおいてあげるけど? どうする?」


 アルルが優しい声色で笑いかける。しかしその目は笑っていない。額に青筋まで浮かせているから、内心では相当にご立腹だったらしい。


「自由を奪われるくらいなら、命を奪われた方がよっぽどマシだね」


「散々他人の物を盗ってきた奴がよく言えたもんだな?」


「この世は与えられるか盗むかなのさ。与えられている側の奴らはどうもそれが分かっていないらしい」


 エミーナはヴィーレに言葉を返すと、突然地面を蹴って接近してきた。ギリギリのところでネメスとアルルを引っ張って退く勇者。彼らが一瞬前までいた空間を刃が切り裂く。


(今の攻撃速度……ッ! あいつ、異常にレベルが高いぞ。かなりの命を奪ってきた証だ)


 その事を直ちに理解したヴィーレはネメスを守るように彼女の前へと移動する。話しながら『さりげなく』を心がけて。


「油断も隙もありゃしないな……。悪党なりにプライドとか無いのかよ」


「そんなものに拘っていたから君らはここにいるんだろ?」


「歪んでやがる。美学を持っている側の人間で良かったと心底思ったよ」


「ふん、めでたい事だね。しかし美学に価値など無いッ!」


 そう言って手を挙げたエミーナはそのまま前方へ手を振り下ろした。


「野郎共ッ! 祭りの時間だ!」


 号令の後、空間を揺らすような雄叫びが轟く。

 同時に彼女の後ろに控えていた盗賊が一斉に襲いかかってきた。


「ヴィーレ達は雑魚をお願い。幹部とはあたしが戦う」


 アルルがハルバードを構えながら指示する。

 だが、それに異を唱える者がいた。エミーナへ憎悪の視線を向けながら、ずっと涙を拭っていたネメスである。


「いいえ、わたしにやらせてください」


「なに……? ネメス、急にどうした」


「ヴィーレお兄ちゃん達を直接傷つけたのは、茶色い服を着た四人の幹部。あの人達だけは絶対に許せない。他の人に任せるんじゃなくて、わたしが自分で倒したい!」


「えっ。えぇ……。ヴィーレ、どうすんのさ?」


 さっきまでキリッとした顔で仕切っていたアルルは予想外の申し出に調子を崩されたようだ。一変して困った目で勇者を見てくる。


(まさかネメスがここまで怒っているとは……。エミーナを相手にするか、五百人を相手にするか。どちらも厳しい戦いなら、彼女の好きなようにさせたい)


 ヴィーレの思考は別に血迷った結果などではなかった。

 感情が(たかぶ)っている事はむしろ好都合なのだ。それだけ魔力量が高くなるのだから。


 そのためヴィーレはネメスにエミーナとの戦闘をさせるか真面目に検討した。怒りが向いているのが幹部に対してなら、彼女との戦いで一番力を発揮できるはずだ。


「《チェック》」


 ひとまず、二人のレベルを確かめてみる。エミーナ、ネメスの順だ。


【レベル3542・宝物はクスカの編んでくれた黄色マフラー。常に身に付けている】


【レベル1983・甘めのホットミルクをあげればすぐ懐く】


 倍近くの差がある。だが、呪文が使えることを考えれば、今のネメスはヴィーレよりも遥かに強い。


「……分かった。奴はネメスに任せる。アルル、俺と一緒にサポートを頼んだ。戦闘中、他の奴らは彼女達に近付けさせない」


 結果として、ヴィーレはそう決断した。


 何も安易にそう決めたのではない。ネメスなら勝てる。十分な勝算があると踏んでの決定である。


「……うん、了解」


 だから、彼と古い付き合いのアルルは何も言わずに従った。きっとそれだけの理由があっての許可だと察したのだろう。


 彼女は初めに斬りかかってきた男を武器の柄で殴り飛ばすと、切っ先を周りの盗賊達へ向けた。既に勇者達は三百六十度、完全に包囲されている。


「あたし達が道を作る! 君は真っ直ぐ突っ切って!」


「はいっ! お願いします!」


 ネメスが普段よりも大きい弓矢を生成すると、敵は示しを合わせたかのように攻撃を開始した。







 エミーナは退屈していた。部下に始末を命じてから数分間、彼女の手を煩わせる事は未だに起きていない。時々あり得ないムーヴで人が飛んでくるが、それだけだ。


 暇をもて余すように足で地面に絵を描いていると、人の海が二つに割れた。そこでようやく奮闘するヴィーレやアルルの姿が確認できる。


「おやおや……」


 エミーナが表情を変えずに呟く。

 彼女の視線の先には、砂糖に(たか)る蟻のような人混みから悠然と歩いてくる一人の少女がいた。


「ネメス、だっけ?」


「エミーナ……!」


 それはネメスだった。弓を構え、怒りに奥歯を食いしばり、宿敵の名を確かめるように呼ぶ。


「アタシの相手は君ってわけか。戦場で子守りをさせられるとは、盗賊幹部も甘く見られたもんだね」


 エミーナは剣をクルクルと回しながら相手を煽る。

 対してネメスは進めていた足を止め、彼女へ向けて最終警告を発した。


「謝るんなら今のうちですよ。神様が今も貴方を見ています」


「ハッ。神様なんてのがいるとしたら疫病神くらいさ」


 肩を竦めて一笑に付す。そんなエミーナへネメスは憐憫(れんびん)の視線を向けていた。


「可哀想な人」


「可哀想? どこがさ?」


「神様を信じていないのは、祈っても救われなかった人だけだから」


「……ふん、言うじゃないか。でもアタシから言わせれば、可哀想なのはむしろ君達だよ」


 ネメスの眉がピクリと動く。彼女の小馬鹿にした言い方が癪に障ったらしい。むきになって短く言い返した。


「そんな事ない」


「いいや、あるね。冥土の土産に教えておいてあげるよ。善人と悪人は両者の性質的に互いを哀れみあっているものなのさ。そして、前者だけがその事実にいつまでも気付けないでいる」


 そこまで言って、エミーナは歪んだ笑みを顔に浮かべた。


「アタシは君らのそういうところが大嫌いだ」


 腰に差していたもう一本の剣を抜く。二本の剣を交差させて、彼女は静かに俯いた。


「いいよ。君の決闘に受けて立とう。なかなか虐め甲斐がありそうだ」


 顔に影を落としたエミーナ。その不気味さに怖じ気づく事なく、ネメスは勇気を強く抱いた。


「泣きたいほどの不幸を、泣いちゃいそうなくらいの喜びに変えてくれたお姉ちゃん……。死にたくなるなような苦しみじゃなくて、死んでもいいと思えるような幸せをくれたお兄ちゃん達……」


 目の前の敵へ向けて矢の照準を定め、啖呵を切る。


「命よりも大切な人を傷付けた悪者は、わたしが絶対にやっつける!」


「そうかい。眩しいくらいに無垢な瞳だ」


 エミーナはおもむろに面を上げた。


「かかってきな。上手に失敗させてあげる」

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