22話「隙間のない防壁」
二つの刃が甲高い音を鳴らして交わる。カズヤとバレンの顔はすぐ近くにあった。
刃で刃を押し合いながらの睨み合い。その後、どちらからともなく相手の剣を弾く。
そこからカズヤの連撃は始まった。袈裟斬り、刺突、凪ぎ払い……。慣れていないなりに力任せで一振りの剣をバレンへ向けて叩き込んでいく。
が、駄目。効かない。ブラックアウトの効果で視界が暗闇に包まれているはずなのに、バレンは攻撃を悉く受け止めていくのだ。
「鈍い鈍い! 遅すぎて蝿が止まっちまうぜ!」
「くっ……! まさか、僕の剣筋が見えているのか……!? サーチとかいう呪文の効果で……!」
「ハッ! 御名答ッ!」
いよいよカズヤの放った斬撃が完璧に弾かれた。赤髪の少年が薄く笑う。直後、彼の刃がカズヤへと吸い込まれた。
「《コピー》! 《フローズンスノウ》!」
咄嗟の判断で氷の盾が攻撃を防ぐ。カズヤがイズから氷雪の呪文を借りたのだ。
そのまま後退して距離を取る。バレンはそれをしたり顔で見送った。ニヤニヤしながら肩を竦めて開口する。
「鈍重の呪文で避けないんすね。それに、俺から離れても爆発の呪文を使う気配がない。おまけにまだ暗闇の呪文の効果は続いているときた」
「……だから?」
「頭悪いなりに推測してみたんだけどよぉ、お前のコピー……覚えていられるのは三つまでなんじゃねえの? それ以上コピーしようとすると、古いものから使えなくなっていく……。当たってるでしょ?」
答えないカズヤ。根拠こそ薄弱であったが、バレンの考察は実際に的を射ていたからだ。
それはあちらにも伝わったのか、バレンはそのまま悠然と語りを続ける。
「俺の呪文、サーチは気配を探る能力だ。唱えてからしばらくの間、半径三キロ以内にある物の在処と移動を知ることができる。ブラックアウトなんかは敵じゃねえんだよ」
「そうか、そうか。盗賊らしい素敵な呪文だ。それなら……《フローズンスノウ》!」
詠唱の後、カズヤの周りに無数の氷礫が出現する。
「見えていても防げない攻撃を仕掛けるまでだね」
氷の礫が一斉にバレンへ飛んでいく。逃げ場はない。が、少年はそもそも動く素振りすら見せなかった。
粉塵が舞う。一つ瞬きを終える頃、彼の姿は氷に埋もれてしまっていた。
通常ならカズヤもここで勝ちを確信していただろう。だが、彼には疑念があった。盗賊の幹部と呼ばれる人物がここまであっさりやられるだろうか、と。
「宣言しとくぜ……」
結果的に、彼の予感は的中した。氷の礫が消滅した後、バレンは傷一つない状態で立っていたのだ。
カズヤを指差して台詞を続ける。
「お前はこれから俺の体にかすり傷すらも付けられない」
両手で剣を構え、一瞬で肉薄してくるバレン。カズヤは剣で彼の刃を受け止めると、再度呪文を詠唱した。
「《フローズンスノウ》!」
地面から伸びた氷の槍がバレンに迫る。が、それは水色の障壁に阻まれた。バレンはよろめきながら少し後ずさっただけだ。
「クックック……。ハッハッハッハ!」
ふと彼が笑いだす。初めは堪えようとしていたようだったが、次第にその我慢もなくなり、最後には哄笑となる。
そして、とうとうバレンは両手を広げ、心の内を話しだした。
「防壁の呪文ッ! 自身への攻撃を障壁が勝手にブロックしてくれるという便利な呪文さ! 無詠唱で使えるほどに極めたこの呪文を打ち破れた奴は今までどこにもいねえッ!」
カズヤの表情が曇った。まさか敵がここまで厄介な呪文を所有しているとは思っていなかったからだ。
「だけど、それなら……」
おかしい事がある。カズヤは直感した。あの呪文は完璧ではない。
この戦闘の初めに、ヤーバンがブラックアウトを唱え、エルがカズヤ達にインビジブルを使用した事があった。
あの時バレンはエルに斬りかかって、カウンターの蹴りをもらっていたはずだ。自動防御の呪文があるのにも拘わらず、である。
(確かに食らっていた……! エルの一撃を……! それなら、あのオートガードという呪文、完全無欠の鉄壁じゃないぞ!)
カズヤに走る閃き。アニメや漫画の影響か、この手の能力にありがちな弱点はすぐにいくつか思い至った。
「おいおい、命懸けの戦いをしているっつーのに考え事かよ!」
声にカズヤはハッとする。いつの間にかバレンが目前まで接近していたのだ。彼の突きを反射的に避けるも、剣先がカズヤの左肩を掠める。
「この……ッ!」
むきになって斬撃を放つが、それはバレンから簡単に受け止められた。純粋に剣だけで戦うには経験と技量が違いすぎる。
「姉ちゃんの考えている事を当ててやんよ。『隙を突けば、認識されていない攻撃ならば、奴にダメージを与えられるんじゃないか』……だろ?」
バレンは笑っている。何もかもを見透かされているような心地にさせる声だ。
「だけれど残念ッ! このバレン・アクアティントに隙はないッ!」
腹部に膝蹴り。カズヤの息が止まって蹲りかけたところに後頭部への追撃がくるが、ギリギリでそれは回避した。
しかしバレンは休憩を与えない。怒濤の連続攻撃がカズヤを襲う。
「俺の呪文、サーチによって、全ての攻撃は最速で感知される! ブラックアウトで視界を奪おうが、インビジブルで透明になろうが、どれだけ意外な不意打ちを企もうが、俺には全部が筒抜けなんすよ!」
詰まりなく台詞を吐きながら相手を後ろへ後ろへと追いやっていくバレン。あまりに洗練された動きにカズヤの腕がついていけなくなったところで、彼の顔面にバレンによる渾身の拳が叩き込まれた。
「ガアァッ……!」
飛ばされ、背中から地面に落ちる。同時にカズヤは剣を放してしまった。彼がその事に気付いたのは上半身を起こした時だ。
しかし、カズヤには武器を手放した事や、尋常じゃない量の鼻血が出ている事を気にする暇など無かった。何故なら、彼の喉元には剣の切っ先が向けられていたからである。
「何年も殺しをやってきた俺の魔力量をお前が超える事はねえ。呪文でありったけの攻撃を仕掛けてこようが、姉ちゃんの魔力が尽きる方が早い。だからオートガードをコピーするのも無駄」
剣を向けている少年、バレンは静かにそう告げる。カズヤにとってそれは死の宣告だった。
「隠れたり逃げたりもできないっすね。そうしたらこっちも態勢を立て直してから、サーチを使って徹底的に姉ちゃん達を追跡するよ。たとえ生き残ったところで、もうお前らには安息の地なんてないのさ」
朗々と続ける。カズヤの希望の糸を一本一本、じっくりと楽しみながら切っていった。
「それとも俺を氷の檻なんかに閉じ込めるか? そうするといつまで経っても勇者達を助けにいけねえなァ? 近くの村へ兵士を呼びに行こうにも、俺の仲間が助けに来る方が早いだろうしよ」
二人の視線が交錯する。カズヤは悔しげに歯噛みし、バレンは嘲笑してそれを受けていた。
「分かるか? なあ、分かれよ。ここで生まれてきた事を詫びながら死んでいくのが、お前にとっても一番良い選択なんだ」
穏やかな手振りで。言い聞かせるような声色で。
「だから言ったろ」
盗賊幹部バレン・アクアティントは深く嗤う。
「逃がさねえぜってな」




