21話「手加減なし」
草原には緩やかな斜面の丘がいくつか散在し、上下左右に曲がりくねった道が時たま交差しながらあちこちへと伸びていた。
道から外れた草の上、一台の馬車が倒れている。首の飛んだ馬の近くでは中年の男性御者が気絶していた。
そこから少し離れた場所にて、五人の男女が戦闘を行っている。その内の二人、イズとエルは刺傷と火傷で既に瀕死だ。
二人の間に立つのはカズヤ。そして彼と相対する形でヤーバン、イズの近くには剣に付いた血を振り払うバレンが位置している。
暗闇の呪文の効果によってカズヤの視界は闇に包まれていた。一筋の光さえ見えない、絶望の色だ。それでも、彼は諦めるわけにはいかなかった。
(覚えている……! エルやイズさんが倒れていた場所……! それさえ分かれば僕は十分戦えるッ!)
カズヤは転ばないよう慎重に、かつ迅速にエルに駆け寄った。当然それを敵が見過ごすはずもない。
「バレンッ! 奴を金髪に近付けさせるなッ!」
ヤーバンがそれに嫌な予感を感じ、火炎の呪文で攻撃してくる。しかし、易々と妨害を許すほどカズヤは馬鹿じゃなかった。
「《スロウ》!」
刹那、彼を中心とした球形の空間に時間の遅れが生じる。通常の時を生きるのはカズヤだけであった。
それによって業火を避けることには成功したが、このままバレン達に先手を打たれたら終わりだ。
「間に合え……!」
走るカズヤ。足を何度かもつれさせながらも、盗賊が再度仕掛けてくるより先にエルのもとへ到着し、彼にほんの少し触れた。火傷が痛まない程度の接触だ。
そして、『カズヤが使用できる本来の呪文』を唱える。
「《コピー》!」
意識を研ぎ澄ませてみれば分かる。成功した。エルが使えるはずである透明の呪文を、カズヤは扱えるようになっている。
彼は以前イズに学んだ呪文の知識を思い出していた。
基本的に、チェックやインビジブルのような、何かを対象にする呪文の多くは、その対象を強く認識していないと使うことはできない。
だから本来ならば、視界を遮断された段階で半数以上の呪文は使えないも同然となる。
しかし何も見ずとも、例えば接触することによってなら、標的を認識することができるだろう。
それに加えて、『自分自身という常に認識している存在』には、視力や聴力を奪われようが、いつでも呪文を使用することができるのだ。
「《インビジブル》」
カズヤが自身を透明化させると、彼の視界は正常に戻った。闇を風が払ったように周囲の様子が明らかとなる。
「あ? まさか、あいつ……」
「ヤーバン、敵が消えやがったぞ! あいつも透明化の呪文を使えたのか!?」
ヤーバンが訝しげに目を細め、バレンは足を止めて周囲を警戒している。
(予想的中だ。インビジブルのように『呪文をかけたら一定時間は効果が持続するもの』とは違って、ブラックアウトは『相手を認識できなくなった時点で効果が切れる』タイプのものだぞ……!)
カズヤの分析とヤーバンのそれが終わるのはほぼ同時だった。
「いいや、違う! カズヤが使う呪文はインビジブルなんかじゃないッ! 奴の本当の能力は……!」
「《エクスプロージョン》!」
ヤーバンに考える間を与えず、彼の両足首を爆発させるカズヤ。数分前までの躊躇はどこにもない。
「アアァアァァッ!! 足がッ! 俺の足が……ッ!」
足を吹き飛ばされたヤーバンは喚き苦しみながら地面をのたうち回っていた。
息を飲んだバレンが慌てて彼に駆け寄っていく。仲間の名を大声で叫びながら。
しかしながら、その行動がカズヤに焦りと苛立ちを与えた。他人を傷付ける罪悪感はまだあるのだ。
「クソ、頼むからじっとしててくれ! 抵抗しなければ後で回復はしてあげるから! 《コピー》! 《ブラックアウト》!」
初めて強盗を働いた素人みたいな情けない命令だった。が、行動はちゃっかりしている。ブラックアウトをコピーして、盗賊共の視界を奪ったのだ。
喚く二人から意識を離さないようにしつつ、カズヤはイズから回復の呪文を借りた。
「ごめんね。エル……」
今まで騙し続けていた事への謝罪をしてからヒーリングを詠唱する。まずは近くにいるエルを回復させていくつもりのようだ。
ヒーリングは一時間以内にできた傷なら治療でき、失った骨肉や血液も取り戻す事のできる呪文だ。勿論、回復させる怪我の具合が酷ければ酷いほど魔力を多く消費する。
エルの体はカズヤの魔力を吸収するようにして徐々に回復していく。
火傷の跡がほとんど無くなったのを横目で確認し、カズヤは彼を背負ってイズのもとへと急行した。
「イズさん、もう少し我慢して! 今助けるから!」
エルを彼女の近くに寝かせると、出血多量で気を失っているイズへの治療を開始する。
その間、カズヤはヤーバン達から目を離していない。もし認識を外せばブラックアウトが解除されてしまうからだ。
「ヤーバン! 大丈夫なのかよ……! おい、返事しろって……!」
バレンはパニックになっていた。邪悪な笑みは鳴りを潜め、年相応にあたふたした動きを見せている。
対するヤーバンは落ち着きを取り戻していた。血の気が抜けて顔面蒼白となっているが、それだけだ。バレンの存在を思い出して、自分は平気なふりをするよう努めている。
「心配なんかしてんじゃねえッ! こっちに来るな! お前は奴らを始末しろ! 奴の呪文は模倣の呪文ッ! 相手の呪文を使えるようになる呪文だ!」
「でも……でもっ……!」
「うるせえッ! 盗賊の幹部がビービー泣き言を垂れるなッ! さっさと索敵の呪文を使いやがれッ!!」
肺が空になるほど全力で叫ばれて、バレンは初めて口を閉じた。悔しそうに瞼を下ろし、歯を噛み締めて、短く詠唱する。
「《サーチ》」
次に彼が目を開いた時、青い瞳は確かに景色を見ていた。
おもむろに振り返り、カズヤの姿を捉えて言う。
「……そこか」
同時にカズヤもイズの回復を完了する。
時間がかかってしまったが、彼女も何とか一命は取り止めたみたいだ。
ゆっくりと立ち上がる。互いに歩いて十メートル程の距離まで近付くと、カズヤとバレンは足を止めた。
「あとは君を倒すだけだな、悪ガキ」
剣を抜く。覚悟は決めていた。もう相手を負傷させる事に迷いは抱かない。
敵も味方も含めて全てを守りたい等と宣えるほど、カズヤはまだ強くなかったのだ。ようやく彼はその事を自覚したのである。
「余裕っすね~。若いからって能力が低いと判断する奴はいつか痛い目を見るもんだよ。他人を見た目で判断しない方がいいぜ、姉ちゃんよ」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ」
二人が武器を構える。静寂が辺りを支配した。互いの呪文と実力を探りあう時間が続く。
数十分にも感じられる数秒間が過ぎ、日に覆い被さっていた雲が退いた頃、バレンが再び口を開いた。
「逃がさねえぜ」
「こっちの台詞だ」
カズヤが言葉を返すと共に、二人は勢いよく地面を蹴り、己の剣を同時に振りかぶった。




