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20話「救援到着」

 思いつく限りの痛みがところ構わず体全体に走っていく。洞窟の最奥は拷問部屋と化していた。


 爪を剥がされ、舌を抜かれ、指を切断され、無数の針を刺されたような。睾丸をすり潰され、尿道に剣先を挿入され、ヘソを槍で貫かれるような。そんなおぞましい激痛があれからずっとヴィーレを苦しめているのだ。


「ガァァ……ぁぁ……ッ!」


 喉はもうしゃがれてしまっている。飛びそうな意識を、彼は精神力だけで必死に繋ぎ止めていた。目の焦点はろくに合わず、クスカの声も二重三重になって聞こえる。


 一方のネメスは枯れるんじゃないかというほどの涙を流している。ヴィーレと時折目が合うたびに、悲痛な表情で何かを訴えてきていた。


(待ってろ。待つんだ。俺が、みんなが、絶対にここから助け出してやる……!)


 ヴィーレは彼女にそう念じる。きっと届かないと分かっていても、彼にはそうする事でしか気を紛らわせられなかったのだ。


 突然、呪文が止む。クスカは微笑を湛えながら、項垂れているヴィーレの顎を持ち上げた。顔をこれでもかという距離まで近付けてくる。


「案外しぶといですね。にしても、分かんないな~。こんなに痛み、恐怖、絶望を与えているのに、全然狂いもしないだなんて」


「アホが……。勇者に恐怖を与えてどうするんだよ……」


「はい?」


「恐怖から勇気は生まれるんだ。絶望から希望は生まれる。俺達はそれを知っていた。だから勇者なんだ! どんな事があろうが、俺は絶対に諦めはしないッ!」


 荒れる息を整えようともせずにがなり散らす。


 男は不屈である。仲間がいる限り、彼らの存在がヴィーレの希望となるのだ。ただの村人である彼でも、そこだけは誰にも負けない自信があった。


(俺は何の取り柄もない普通の農民だ。顔も知らない人々のために、世界を救おうだとか、魔王を倒してやるだとか、そんな正義感は持ち合わせていない)


 だけど、自分を支え助けてくれた仲間達のためなら頑張ろうと思えた。体を張ることもできたのだ。


 そう考えると、ヴィーレは彼らだけの勇者ではあるのだろう。


「ふふふ、その減らず口がいつ消えるのか、楽しみで仕方ないですよ。あれでも手加減してやってたんですけどね。今度は本気でいってみましょうかっ!」


「クスカ姉」


 拷問狂が目を見開いて全力の呪文を撃ち込もうとした、まさにその時、今まで傍観していたエミーナが静かに口を開いた。


 クスカは寸前で動きを止め、苛立ったように振り返る。


「何です、エミーナ」


「誰かが来てる。大勢」


 エミーナは入り口の方を指差した。いち早く察知した部下の報告を受けたようだ。


「ヤーバン達ではなく?」


「そう、三十人くらい。洞窟の外にはもっといる」


「うん? 誰かがヘマをしたんですかね。しゃーない、ウチが迎え撃ちましょ。エミーナはそこで見張っててください」


 そう言うと、クスカは入り口付近まで行って、一度こちらを振り返った。


「言っときますけど、その子は近づいた相手を蒸発させたり、凍らせたりできちゃいますから。武器が無いのに逆らおうだなんて考えない方がいいですよ」


 それだけ伝えると、彼女はそのまま暗闇に消えていった。


(殺したくないのだとしても、わざわざ教えてくれるとか、天然アピールか何かか?)


 お話好きが祟って間抜けっぽくなってしまっているクスカ。あまりの慢心にヴィーレも一瞬だけ素で彼女を心配してしまった。


(だが、それが危険な能力なのには違いない。接近した状態で呪文を使われたらほぼ即死か……)


 エミーナの横顔を観察する。

 彼女は相変わらずつまらなそうにクスカが消えていった方を眺めていた。


(魔力レベルの高い俺なら、こいつの呪文にもある程度は耐えられるだろうが、ネメスが狙われたらキツイ。武器がない状態で彼女を守りながら……いけるか?)


 幹部の一人、クスカがいなくなった事で、先よりはほんの僅かに希望が見える状況となった。


 しかし、まだエミーナと五百の盗賊が同じ空間にいる。ヴィーレは今仕掛けるべきか決めかねていた。引き続き、虎視眈々とタイミングを見計らう。


「ねえねえ」


 すると突然、エミーナの方から話しかけてきた。ネメスを部下の一人に預けて寄ってくる。


 ヴィーレの前まで来ると、立ったまま彼を見下し、エメラルドグリーンの瞳で勇者の目の奥を覗きこんだ。


「君、どんなに痛くされても絶望しないの?」


(何かと思ったら、また無駄話か……。何のつもりだ? 盗賊ってのはみんなこんなにペラペラ喋る奴らなのかよ)


 眉間に皺の寄るヴィーレだったが、不安そうにしているネメスと目が合い、大人しく答えることにする。


「ああ、勿論だ。だから俺の勇気を挫こうとしたところで、それは徒労に終わる」


「へぇ……」


 そっけない返答。

 両手を後ろで組んで身を翻し、ネメスの方へと歩き出す。


「その勇気とやらは……これでも折れない?」


 エミーナは手をかざし、ネメスの頭にゆっくりと近付け始めた。クスカが去るまで大人しくしていた幹部の一人は、先ほどまでとは打って変わって、狂気染みた笑みをその顔に湛えている。


 一瞬エミーナが何をしようとしているのか理解できなかったヴィーレだったが、すぐにその意図を察する。


(ネメスに呪文を唱える気か……!)


 体表の毛が全て逆立つような感覚に襲われる。ヴィーレは咄嗟に叫んでいた。


「おいッ! やめろッ!」


「アハハ。やめろって言われてやめると思う?」


 おかしそうに嗤う少女の態度に、頭の中の糸がプツンと切れるのを感じた。


(もう敵の様子を悠長に窺ってはいられない……! いくら人間だろうと、彼女に手を出すなら、ここでこいつを殺す……!)


 ヴィーレが腕に力を入れようとする。

 だが彼が思っていた以上に、エミーナは人質であるネメスへの攻撃を躊躇わなかった。彼が動くより早く詠唱を開始する。


「……スコーチング」


 そう、エミーナは呪文を唱えようとした。が、すぐにそれを取り止め、素早くしゃがむ。


 瞬間、彼女の頭上を凄まじい速さの蹴りが通過した。


 彼女に攻撃を仕掛けた人物は捕まっていたネメスを一瞬で奪還する。そして流れるようにネメスを抱き抱えて、すぐさまヴィーレの隣に跳んできた。


 突然現れた人物にヴィーレはこんな状況でも懐かしさを感じるだろう。「あぁ、そういえば別れ際『ヨーン村へ行く』って言っていたな」なんて、場違いに呑気な回想もしていた。


「ヴィーレ、あたしのこと覚えてる?」


 明るい茶髪のポニーテールを揺らして、少女はこちらに笑いかける。


(忘れるわけがないだろ。俺の唯一の幼なじみであり、最高の親友で、無敵の戦士だ)


 心の中では褒めちぎるが、なんとなく恥ずかしくて、短く礼を述べるだけに終えた。


「ああ。助かったよ、アルル」


 ヴィーレは鎖を力ずくで引きちぎると、首や腕の骨を鳴らしながら立ち上がる。静寂に怒号や歓声が混じりだし、その場は一気に色めきだった。反撃開始だ。

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