19話「拷問狂」
鈍い痛みで目を覚ます。口の中に鉄のような塩気のある味が広がっている。顔のどこからか流れた血が口の中に入っているらしい。
(ここは……どこだ? 洞窟……? 俺はたしか……馬車に乗っていて、ネメスと一緒に……。そうだ、みんなは!?)
そこで初めてヴィーレの意識が覚醒する。頭を上げ、目が完全に開ききる前に声を出す。
「んん~! ん~!」
しかし、仲間を呼ぼうとしても、上手く言葉が出なかった。
(クソ、猿轡を噛まされてるのか!)
彼の体は他の捕虜と違い、椅子に縛りつけられていて、手も足も鉄の鎖で何重にも巻かれていた。
むきになって何度か声を出してみても、口が塞がれているため呼吸が激しくなるのみだ。
(せめて、せめてイズ達がどうなっているのかさえ分かれば……)
冷静になれと自身に言い聞かせて周りを見渡してみるが、自分のように捕まっている者達と、そうでない者達がいただけで、仲間の姿は見当たらない。
「起きたようですね。寝坊助さん」
かけられた声にヴィーレはハッとする。
歩いてきた女、クスカは一つ微笑むと、腰だけ曲げて彼の顔を覗きこんできた。
その態度から、ヴィーレも彼女らが自分達を襲った人物だという事を察したようだ。
(こいつらはまさか……)
「ウチはクスカ。盗賊という組織の幹部をやらせてもらってるもんです」
ヴィーレの思考を読み取ったように、彼女は爽やかな息を吐きながら自己紹介してくる。
(やはり盗賊か……! 薄々そんな気はしていたが、予告されていたのは夜だったし、まさかあんな早朝から村の周りに潜んでいるとは思ってもみなかった……!)
クスカはそこでヴィーレが額から血を流していた事に気付く。気絶させた時に地面で打ったのだろう。
ポケットから綺麗な刺繍の施されたハンカチを取り出す。表情が怒りと困惑に崩れているヴィーレの顔を拭い、土汚れや血の跡を取ってあげた。
「君も可哀想ですね。身分と才能に恵まれなかったためだけに、どれだけ努力しても報われない世界に生きている。ただ死ににいくような理不尽極まりない命令にも逆らえず、国王という絶対権力の奴隷として働く事だけを強いられている」
心の底から同情した様子で頬を撫でてくる。だが、話が国王の事に移った途端、彼女の声に怒りが混じりだした。
「ウチらはそんな腐った国をぶっ壊してやりてえと思ってます。そして新たに創るのです。皆が平等に、実力と努力だけで勝ち上がる事のできる理想郷を」
言いながら、クスカはヴィーレの猿轡を外してやる。
「勇者に選ばれたくらいです。何か特別な力があるのかもしれません。君達さえよければ、ウチらの仲間になってほしいと考えているんですが……。君の考えを聞かせてもらえませんか?」
彼女の手のひらが勇者の前に差し出される。こんな仕事をしている者とは思えないほど、柔らかそうな白い指だった。
勿論ヴィーレの手足は未だに拘束状態なため、その手を取ることや弾くことはできない。だから彼は言葉で気持ちを返す事にした。
「なるほど、立派な思想だな。共感できる」
そう言って、彼はクスカの手の上に口の中の血を吐き出した。
「血反吐が出るくらいにな」
「……ふぅん? どうも心証はよろしくないみたいですね?」
「出会った場所が街中の喫茶店だったら仲良くなれたかもな。だが今はさっさとその鼻をへし折ってやりたい気分だ」
ヴィーレはいつになく怒っていた。十中八九、奴らがイズ達に危害を加えたであろう事は明白だからだ。
こんな連行のされ方をした時点で、今さら何を言われようと揺るがない。軽い親切などでは靡かない。
ハンカチで手を拭くクスカへ、あくまで静かに猛犬のような狂暴さを向けている。
「俺の仲間をどこへやった。早く答えろ。さもないと」
「おっと待った。血迷って変なことを考えない方がいいですよ。何か呪文を使う素振りをしたり、抵抗する様子を見せたりしたら、『あの子』が痛い目に遭いますからね。エミーナ、連れてきてください」
手で制したクスカが言い終えると、空洞の入り口からネメスとエミーナがやって来た。
ネメスは口を塞がれ、手は後ろで縛られている。
エミーナは後ろから彼女を歩かせつつ、冷めた表情でその喉元にナイフを当てていた。
「ネメスッ!」
気がかりだった仲間の姿を見た瞬間、何もできない事を分かっていても、ヴィーレはその名を呼んでしまう。
「んぅん! むぅんぅ!」
彼女もそれは同じなのか、意味を成していない声をあげていた。目尻には小さく涙の雫ができている。
「仲が良さそうで何よりです。それでこそ人質にふさわしいですからね~。ちなみに、君がもし調子に乗ったら、あの子がこうなります。《メガルギア》」
クスカの唱えた呪文がヴィーレの脳内で幾重にも響く。
直後、彼の頭を焼けるような痛みが襲った。それは頭痛などという生易しいものではない。顔の中央から左右に割かれようとしているような、とてつもない激痛だ。
目が握りつぶされる感覚がする。耳を千切られ、歯を全て抜かれる痛みも。視認できない凶悪な何かが、緩急をつけながらヴィーレの顔面を集中的に壊そうとしていた。
(頭が……顔が、割れそうだ……ッ!)
勇者の狂ったような絶叫が洞窟内に響く。それを聞いたネメスがさらに声を荒げていた。
だがヴィーレにとっては、そんな彼女の声が唯一の救いだった。それが無かったら、あまりの痛みにまた気を失っていたかもしれないからだ。
そんな事は決して許されない。できるだけ彼女を奴らの標的にさせないようにしなければ。ヴィーレはそれだけを想って苦痛を耐え忍んだ。
「……ふむ、こんなもんですかね」
クスカはしばらく彼をいたぶると満足したのか、呪文の効果を解除した。
仰け反っていたヴィーレは脱力して前のめりになる。荒い息だけが洞窟に響いていた。他の盗賊達も黙って彼らの様子を盗み見ている。
「ハァッ……ハァッ……! 俺達を誘拐してどうするつもりだ……!」
痛みの余韻を抑え込みながらヴィーレが問いかける。彼の表情は苦悶に歪んでいた。
目は見える。歯も確かにあるし、音だって聞こえる。どうやら彼女の呪文は痛みを与える能力らしいと、ヴィーレはそこで推測を立てる。
「さっきも言いましたが、君は人類の希望である勇者様です。ウチらのボスに有効活用してもらいますよ。丁寧に傷一つ無い状態で護送してからね」
彼女は皮肉げに話した。しかし正直な回答ではある。
(このクスカとかいう女……ただのお喋り好きなのか? 随分と余裕だな……。いや、危機感や警戒心が足りないと言った方がより的確か)
ヴィーレは少し身悶えてみる。そして、自分の拘束に使用されている鎖くらいなら、力任せで引きちぎれると確信した。上手くいけば不意を突いての反撃も可能だろう。
問題はいつ仕掛けるか、である。ヴィーレは得意のポーカーフェイスでしばらく慎重に探りを入れることにした。
「どうして朝からここにいたんだ。盗賊は夜から略奪を開始するんじゃなかったのか?」
「バカですね~。ウチらは盗賊ですよ? 普段からルールなんかは破りまくってるわけです。遅刻するよりも早く来るだけマシだと思って欲しいもんですね」
今度は真面目に答えてくれない。本当にお遊び感覚でヴィーレに話しかけたようだ。
苛つきを無理やり抑えて、勇者は最も大事な質問を投げかける。
「……これで質問は最後だ。ネメス以外の仲間はどうした?」
「あぁ、置いてきましたよ。君と、一番人質に向いてそうなネメスしか連れてくる必要無かったですしね。ただ、うちの男連中が足を引っ張られたみたいです。だから今頃そのお仲間さんを殺ってるところかも」
クスカの話を聞いて、仲間が確実に死んだわけではないのだとひとまず落ち着くヴィーレ。だが、安堵するのは心の中だけに止める。
(エル達、生きてるのか。あいつらの事だ。簡単にはやられないと思うが……)
「はい。今のが最後の質問って言いましたよね? それじゃあ次は、私の疑問を解消する番です」
ヴィーレの思考をクスカの声が遮る。
「ずっと気になってた事なんですけど、勇者の君がどれだけの苦痛を与えれば希望を捨てるのか……。どこまでやれば仲間の前で惨めに泣き叫んでくれるのか……。ちょっと実験してみたいんですよね~」
女はそう言うと、ひどく醜悪な笑みを浮かべた。




