18話「盗賊」
洞窟だ。ヨーン村から離れた山中、そこにある滝の裏にできた自然の洞窟。
近くの町村に住む人間にも知られていない暗然たる道をずっと行くと、水音は消え、湿っぽさも無くなり、いくつかの枝分かれを経て、広々とした空間に出る。
そこが洞窟の最奥である。天井には大きな穴が空いており、そこから陽の光が降り注ぐ。空間の中央、天井の穴の真下には、それと同じ大きさの岩が一つ、苔を纏って座していた。
壁には三百六十度に松明が掛けられている。そのため、ここは明るすぎるくらいには光に満ちていた。
「連中は相当な馬鹿らしいですね。ウチら盗賊も既にヨーン村の近くで潜伏している事くらい、気配を探る呪文の使い手がこちらにいる事くらい、それで救援に駆けつけた奴らを襲撃する事くらい考えられても良さそうなものですけど」
チェリーのような髪色をした短身女性が聞こえよがしに話す。その対面にはつまらなそうな顔をした褐色肌の娘。二人ともヤーバン達の着ていた茶色のジャケットを装備している。
饒舌な女性に相対する褐色少女は表情を変えずに口を開く。
「兵士達も雑魚ばかりだったね。もう人間国も終わりかな」
「こらこら、エミーナ。雑魚呼ばわりは可哀想でしょう。仕方無いですよ。だって……」
小柄な女性は言いながら振り返る。
「千人がかりで襲われたんだもの」
その視線の先には恐ろしく整然と列を作っている男女がいた。
総勢千名を超える彼らは服も髪型も肌色もバラバラである。だからこそ無言の連帯感が一層不気味に感じられた。
「クスカ姉、大人げない」
エミーナと呼ばれた少女は短く呟く。
対する女性、クスカはその声にニンマリと口の端を吊り上げた。
「エミーナも楽しそうにしていたじゃないですか。でもまあ、一理あります。バレンの気配を探る呪文に、ヤーバンの視界を奪う呪文、そしてこの人数……少人数だけで対処するにはちと難題だったかも」
クスカは再度、身を翻す。
「すみませんね、君達」
盗賊のメンバーに背を向けた彼女の前には、五十名近くの兵士やハンターが拘束された状態で座らされていた。その中には気を失ってしまったヴィーレもいる。全員生きている状態だ。
「謝罪ならしますよ。贖罪はしませんけど」
ゆっくりと彼らに向かって歩みを進めていくクスカ。
捕虜は反抗する気も無いのか、ほとんどがその目を伏せていた。しかし、一部はまだ鋭い眼光を彼女へ飛ばしている。
「どうしたんです? これだけいれば、攻撃に特化した呪文を唱えられる者もいるでしょう? 押し黙っていないで早く反撃してみては?」
拘束された者たちを小馬鹿にして楽しむ。
クスカの言うとおり、勇者のヴィーレ以外は猿轡も噛まされていなかった。この状態なら呪文を詠唱する事はできる。だが。
「……できないか。そりゃあそうですよね。だってもし反抗なんてしたら、近くに座ってる仲間の何人かが、こういう目に遭ってしまうんだから」
言って、クスカは手近な兵士の女性に手をかざす。一つ舌なめずりをした後、彼女は短く詠唱した。
「《メガルギア》」
「いっ……! アアァァァアアアァァッッ!!」
途端に捕虜の娘が絶叫に近い悲鳴をあげる。「やめてくれ」とも「助けてくれ」とも違う、ただ意味の無い音を喉の奥から出すことで、身体中に這う苦痛を誤魔化そうとしているかのようだ。
その女は涙や涎で顔をグチャグチャにした後、十秒もせずに意識を絶った。気絶してその場に力無く倒れる。
「ウチの呪文、メガルギアは激痛を与える能力なんです。身体を傷付けずに拷問できるから便利なんですよ」
自分の荷物から可愛らしい配色の毛布を取り出して、気絶した女性に掛けてあげるクスカ。憂いを帯びた瞳で彼を一瞥すると、スッと視線を外した。
「さて、本当に立ち向かってくる人はいないんですか? 暇潰し的な意味で期待しちゃってるんですが」
一変して挑発的な態度になるが、誰一人として顔を合わせようとはしない。
クスカは数秒待った後、心底失望した様子で溜め息を吐いた。
「凄いですね。それで正義の味方ヅラをしてるなんて呆れちゃいます。真の善行とは、誰もがやらねばと思っていて、誰もがやりたがらない事を言うんですよ。自分の事を善人と勘違いしてる輩に限って、そこのところを心得ていない」
「……ねえ、クスカ姉、もういいんじゃない? バレン達が戻ってくるまで別の遊びでもしてようよ」
クスカの始めた演説にエミーナがうんざりした調子で口を挟む。
「……そうですね。でも先に、コイツらを殺してしまいましょっか」
言って彼女は腰に差していた斧を引き抜き、近場にいた捕虜の首もとに刃を突きつける。
「ま、待ってくれッ!」
そこで緊張が爆発した捕虜が叫ぶ。クスカに刃を向けられた男の兵士だ。
「まだ死にたくない! 見逃してくれよッ!」
「は?」
突然の命乞いにクスカは不機嫌そうに返した。
彼女に話が通じると判断したのか、男は言葉を続ける。
「俺はまだ何もできてないんだ! 特別な事も、後世に名を残すような事も、何もできていない! ここで死ぬわけにはいかないんだよ!」
「馬鹿め」
冷たい声が彼を黙らせる。その主はエミーナだ。
「……え?」
「馬鹿め、と言ったの。あのさ、君、何歳よ? もう立派な大人だよね? それなのに惨めったらしく泣いて喚いて恥ずかしくないの?」
脅しておいて、もっともらしく説教を垂れている。
「それとも何かい。仮にアタシ達が君を見逃したとして、このまま兵士として生きていけば、褒められるような人生を送れるとでも思っていたの? 他の人には無い素晴らしい何かが自分のもとに降ってくると信じていたの? それで他の有象無象とは違う幸福を手に入れられると企んでいたの?」
無表情だった少女はいつの間にか薄ら笑いを浮かべていた。男に近寄りながらも詰るような言葉遣いは止めない。
「馬鹿め。救いようのない阿呆め。何もしてこなかったくせに特別になろうとするだなんて、努力もせずに時の運だけで願いを叶えようだなんて、傲慢極まりないんだよ!」
「……るせえ。……うるせえッ! 俺はっ! 俺だってなァァァ!!」
兵士が叫ぶ。悔しさから来る怒りが彼に魔力を与え、縛っていた麻縄を力ずくで引き裂かせた。
雄叫びと共にエミーナの顔面へ彼の拳が飛ぶ。が、それは彼女の手のひらによって軽くいなされた。体勢を崩した男の額をエミーナの人差し指がトンッと突っつく。
「《インテンスコールド》」
彼女の詠唱。瞬間、男の体が頭から徐々に凍っていき、最終的に一つの氷像が完成した。
命が終わった事を確信するや、エミーナは怠そうに拍手を鳴らした。
「わーい。『俺は頑張ればもっと凄いから』って最期まで信じてたお兄さんおもしろ~い」
棒読みで嘲るエミーナにクスカが問いかける。
「どうして手遅れになってから本気を出そうとしたんでしょうね?」
「さあ? 所詮はゴミの考える事だし、考えるだけ無駄でしょ」
エミーナはそれを雑に流す。氷像を蹴りで粉々に粉砕すると、その勢いで振り返り、元いた場所へ戻っていった。
クスカは彼女を横目で見送り、斧を肩に担ぐ。視線は次に戦々恐々としている捕虜達へと注がれた。
「彼の後に続くのは誰がいいですかね~」
ニヤニヤしながら目についた人々に片っ端から刃を向けていく。
「君か? 君か? それとも……この勇者ですか?」
それはとうとうヴィーレへと突きつけられた。彼は未だに気を失っている。当然クスカの行動に対する反応はない。
その場にいる、クスカとエミーナ以外の全員が息を飲んだ。簡単に命が摘み取られていく事への高揚感からか、恐怖心からか、要因は人によって様々である。
「……ぷっ」
だが、爆弾のような雰囲気は他でもないクスカの笑い声によってかき消された。
「アッハッハッハ! 冗談ですよ、初めから君達を殺す気はありません。じゃなきゃ、わざわざ縛ってここまで連れてきていませんから。ねえ、エミーナ?」
「うん。人殺しって気分悪いしね」
淡々と答える黄色マフラーの少女。靴の底を地面に擦りつけて、こびりついた肉塊を落とそうとしている。
「改めて自己紹介をしましょう。ウチらは盗賊っていう組織のメンバーです。ウチは幹部のクスカ・クランベリー、そしてそこの子も同じく幹部のエミーナ・ボイドって言います」
先ほどまでの大きい態度はどこへやら。彼女は姿勢を整えると、礼儀正しく頭を下げた。エミーナも捕虜達へ頷きのような礼をする。
「どうやらさっきの人みたいな間抜けはもういないみたいなので、ぶっちゃけちゃいますね。ウチらは君達を仲間に引き入れようとしています」
「ちなみに拒否権はないよ」
「ええ、エミーナの言うとおり、選択をする権利はあげません。どうせウチらのボスに会えば、否が応にも人間国を滅ぼしたくなりますよ」
意味深にそう告げてクスカも身を翻した。「なので、そこで大人しく待っていてください」と告げて。
武器を納めてエミーナに近寄るクスカ。暇潰しに雑談でもしようかと考えたところで、まだ帰ってこない他二人の幹部の存在を思い出した。
「遅いですね、彼ら」
「あぁ、バレン兄たちね。確かに遅いかも」
「手こずってるんでしょうか? それとも遊んでるとか? バレンがいるなら後者の可能性が高いですかね~」
クスカは話しながらドカッと地面に腰を下ろして仰向けに倒れる。菱形状に切り取られた天井の穴からは、穏やかに過ぎ行く分厚い雲々が覗き見えた。
「まあ、待ってればそのうち帰ってくるでしょ。ウチらが迎えにいくまでもありません」
「……いや」
欠伸を漏らして目を閉じるクスカにエミーナが異を唱える。
「何人か向かわせよう。万が一の事も考えた方がいい」
「ん~? 必要ありますかね~? いくら勇者の仲間でもあの二人が組めば」
「クスカ姉」
エミーナのたしなめるような声色にクスカも薄く目を開く。
しばらく思考した後、彼女は体を起こし、微動だにせず立って待機している部下達へ告げた。
「はいは~い! じゃあそういう事で、やる気のある人はヤーバン達のお迎えに行ってあげてくださ~い。残りは適当に座って休憩でもしててくださいな。では、速やかに静粛に、行動開始!」
指示から間もなく、半数近くのメンバー、つまり約五百の盗賊達が洞窟から出ていった。
エミーナは彼らを見送ると、再び寝転がったクスカの近くに座る。膝を抱えるような体勢だ。
「退屈だね」
「ですね~。眠れそうにもないし、何か良い感じに暇を潰せそうな遊びはないもんですかね」
「……あるにはあるけど」
「おっ。何です何です?」
エミーナが無言である方向を指差す。
クスカは仰向けのまま顔を真上に向けた。
「ほほう……。なるほど、これは……」
そこにはようやく意識を取り戻し、ゆっくりと瞼を持ち上げるヴィーレの姿があった。
「なかなか骨のありそうな玩具がありますねぇ……」
クスカは逆さまの顔のまま、邪悪な笑みをその面に浮かべた。




