17話「カズヤの目的」
「イズさんっ!」
カズヤは思わず叫んでしまう。透明化のことなんて、すっかり頭から抜け出ていた。必然、バレンの視線はこちらを向く。
「あれれ、かくれんぼはもう終わり?」
彼が剣を引き抜くような動作をすると同時に、イズの姿が見えるようになった。カズヤの体も同じだ。
不幸にも最悪のタイミングで、呪文の効果は切れてしまったようだ。
「しょうがないか。うるさい姉ちゃんも黙っちゃったしね。まだ謝ってもらってないんだけどなぁ」
そう言ってバレンはイズの頭を踏んだ。靴の底についた汚れを拭うように粘着的に押しつける。
イズは腹部を深く刺されていた。カズヤのいる場所から見ても分かるほど出血が酷い。急いで手当てをしないと手遅れになるだろう。
「イズさん……! イズさん……!」
しかし、カズヤの足は恐怖ですくんでしまっていた。こんなところで臆していても仕方がないのに、体が言うことを聞いてくれない。
「お前で終わりだ、腰抜け」
ヤーバンのそんな言葉が聞こえた後、ひどく冷めた声が巨大な炎の球を彼の前に生み出した。
「《イグニッション》」
それは凄まじい勢いでカズヤに迫ってくる。スロウの呪文を使ったかのようにゆっくりと見えるが、依然として足は棒のままだ。
(あぁ、僕、こんなところで死ぬのか……。まだここに来てから十日も経ってないのに)
足掻く気配はない。彼は早くも諦めはじめていた。
(意味が分からない現象に巻き込まれて、家族や友達にも迷惑ばかりかけてしまって。でもここに来て、やっとやり直せるって、平穏な生活ができるって思っていたのに……!)
轟々と燃え盛りながら、全てを飲み込む炎が新たな獲物に大口を開けている。カズヤの死は着実に彼との距離を縮めていく。
(いいや、もう疲れた。きっとこれは悪い夢なんだ。そのうち寝坊した僕をヴィーレが起こしてくれて、イズさんが叱ってくれて、エルがそれを茶化して、ネメスが喧嘩する二人を宥める。そんな日々が何事も無くまた始まるに決まっている)
必死に現実から目を背けるが、彼の肌には確かに凄まじい熱気が伝わってきていた。あと数十秒もすればそれも感じなくなるだろう。
(短い異世界生活だったけど、すごく楽しかったな……)
絶望に暮れてゆっくり目を閉じる。
直後、肩に何かがぶつかり、カズヤは真横に弾き飛ばされた。
「勝手に投げ出してんじゃねえぞッ!」
叫んだのはエルだった。音だけを頼りに、カズヤの居場所を突き止めたのだ。
地面に倒れた状態でその事を理解するカズヤ。咄嗟に自分の体を確認するも、突き飛ばされたおかげで炎を回避することができたらしい。
(そうだ。イズさん達が全力で立ち向かっているというのに、僕だけが戦うことを早々に諦めていた。最後まで仕事をやりきらないと。僕にはやり残した事がまだまだ山ほどあるんだ!)
カズヤの表情に生気が戻る。
飛ぶように立ち上がると、仲間の方を振り返った。
「エル、ありが……」
が、喉元で残りの言葉は止まる。先ほどまでカズヤがいた場所から、彼は目が離せない。
「嘘……でしょ……」
そこにあったのは全身に大火傷を負ったエルの姿だった。カズヤを押し退けたことで、彼が業火の餌食となったのだ。
服はまだ燃え続け、呼吸も上手くできていない、まさに瀕死の状態。何もしないまま放っておいたら間違いなく、死ぬ。
瞬間、頭の中が真っ白になる。何が起きたのかなんて明白なのに、カズヤの脳はその事実を拒絶していた。口から意味を為していない震えた声だけがこぼれ出る。
「あぁ……。エル、イズさん……! そんな……駄目だ……!」
目を見開いて仲間の姿を見ているだけなカズヤの耳に、苛立ちを含んだ声が届く。ヤーバンだ。
「チッ、無駄なことを。安心しろ腰抜け。すぐに同じようにしてやるよ。《ブラックアウト》」
呪文によってカズヤの視界が真っ黒に染まる。しかし、彼にとってそんな事はどうでもよかった。
仲間が自分のせいで死に直面している。恩返しの一つもできないまま何もかもが終わってしまう。その事実への恐怖、嫌悪が全ての感情を上回ったのだ。
結果として、彼は奮起せざるを得なかった。義理を通すために、恩に報いるために、全力さえも超える力を欲してしまった。
(もうなりふり構ってはいられない。僕の『目標』は既に達成されたんだ。『九日目を迎える』という目的を、僕は確かに成し遂げた)
カズヤの脳裏を旅の風景が駆け抜けていく。同時に魂が鳴動し、彼が求めるだけの力を与えてくれた。
(今までずっとヴィーレ達に守られ続けてきた。でも、今は違う。とうとう来たんだ。他でもなく僕がやらなきゃいけない……勇気を出さなければいけない時が来たッ!)
彼の瞳が一瞬だけ朱に染まる。が、瞬きを一つした後には元の黒に戻っていた。けれどそこには強い意志の光が灯っている。
「イズさんとエルは、君達みたいな人間に摘まれていいような安い魂は持っちゃいない……! 彼らは僕が救ってみせる……! たとえこの命に代えてでも……!」
力強く宣言する。言葉にも挙動にも迷いは見当たらなかった。
「そのために、まずはここで……」
怒りに任せて地面にを指す。
「君達に制裁を下さなければな」
異世界人カズヤによる本当の戦いが始まろうとしていた。
【達成】第三目標「九日目を迎える」




