15話「ろーるぷれいんぐげーむ」
もう日も落ちて、街灯と家々の光が町全体に灯りだす。
隣村のヨーンが明日には盗賊から襲撃を受けるというのに、街は恐ろしいほど普段通りだった。
夜は酒場が特に賑わう。勇者一行もいつも通り、酒場にて夕食を取ろうとしていた。
しかし、五人が今いるのは酒場の中ではない。その外のテラスである。人の海が一面に広がり、音楽や喧騒、笑い声が絶え間なく耳に届いてくる。
この酒場では広大なテラスを利用して、ビアガーデン形式のサービスが展開されていた。カズヤやイズが葉巻の香りを嫌ったため、ヴィーレが気遣ってここを選んだのである。
「お待たせ致しました。こちらドリンクになります」
勇者達のテーブルに薄茶色の飲み物が五人分運ばれてくる。
「よしよし、俺はこれを待ってたぜ! 一日のシメは酒のイッキ飲みに限るってもんだ!」
エルは目の前に置かれたグラスを生き生きとした顔で見つめている。両手を擦り合わせて、もう一秒も我慢できなさそうだ。
そんな彼の様子を見てヴィーレは早速グラスを掲げてみせた。
「じゃあエルも待ちきれないみたいだし、さっさと始めるか。みんな、今日も訓練お疲れ。乾杯!」
「「「「カンパーイ!」」」」
今日も生き延びられた事に感謝して祝杯を交わす。
エルはその中でもいち早くグラスに口をつけ、ドリンクを飲み干した。
「グビッグビッ……くぅ~美味い! でもこれ麦茶だねっ!」
バァンッと机にグラスを置いて最高の笑顔を作る。
「お前は酔っぱらうと面倒だからな。明日は大事な日なんだから、トラブルを起こされると困るんだよ。今日だけは我慢してくれ」
「クッソー! こうなりゃ料理だ! 明日に備えて食うぞ俺は!」
「はい、これ。メニューだよ」
喧騒に当てられて暴走気味なエルの横からカズヤが木製のプレートを寄越す。
何も使わずに文字や絵を描ける呪文、『訂正の呪文』で店員が書いたメニュー板だ。角が丸められていて肌触りが良い。
「何々……。チキン!? 牛ステーキィ!? テメェこの野郎、両方美味しく頂いちまうぞコラ!」
「いつにも増して情緒がヤバいんだけど……」
イズが対面に座るエルを流し見る。
しかし、彼女の隣でもう一人、食欲に支配された者がゆらりと手を挙げた。
「エル、俺の分も頼む」
「任せろ、ヴィーレ! 節制なんて言葉は忘れて二人で食い散らそうぜ!」
常識的な胃袋を持つ他三人は彼らが片っ端からメニューを注文していく様を呆然と見ていた。
新緑の髪が綺麗な店員が一分近くかけてメニューの確認を終えると、「かしこまりました」と恭しく告げて去っていく。
するとエルが作り笑顔を崩し、今度は鼻の下を伸ばしてテーブルの中央に顔を寄せた。
「おい、ヴィーレにカズヤ。今の店員、めちゃくちゃ美人じゃなかったか?」
「あぁ、確かに。モデルみたいな人だったね~。ボッキュッボンって感じだった」
「だろだろ? ビンビンくるぜ。たまんねえよな~。ヴィーレもそう思うだろ?」
勇者に話の矛先が向くや、彼の両サイドにいるイズとネメスから鋭い視線が投げられた。イズはムッとしながら、ネメスは胸に手を当てて不安そうにしながら見つめてくる。
しかしながら、当のヴィーレがそれに気付かない。空気を一切読まず、エルから渡された言葉に率直な回答を述べる。
「うん。魅力的ではあるな」
瞬間、イズが分かりやすく舌打ちを鳴らした。膝の上で拳を握り、悔しそうに吐き捨てる。
「何よ、あんな女。ちょっと胸が大きいだけじゃない」
「哺乳類だから仕方ないだろ!」
だが、男エルがそこに突っかかる。好みの女性の体型に関しては譲れない何かがあったようだ。
「ま、またキモいこと言ってる……」
勿論イズはドン引きだった。訳が分からず困惑してるネメスに、耳を塞いでいるよう告げている。
「へっ。俺はもうその程度の罵倒じゃビクともしねえぜ。耐性できてきたからな。ヴィーレやカズヤとは罵られた数が違うのよ」
「エルはたまにヴィーレからも辛辣な扱い受けてるもんね」
クスクスと笑うカズヤ。
「おうよ。何だったら、たまにはカズヤも俺の事を罵倒してくれてもいいんだぜ?」
「えっ。僕が? エルを?」
「おうともさ。野郎同士はそうやって軽口叩きあうもんだろ?」
「えー、でも傷付けちゃわないかなぁ? 僕ってわりと口悪いよ?」
「大丈夫、大丈夫! ほら? 俺って元々? 言葉攻めされるのとか好きだから?」
「私服ダサいですね」
「やめて」
急に半泣きになるエル。カズヤからの悪口が思っていたベクトルと違ったらしい。
「何やってんのかしら、あのバカ達」
イズは呆れた様子で茶を啜る。ヴィーレも頷きだけで彼女に同意した。
そこで今朝に行ったカズヤとの会話を思い出す。隣でまだ律儀に耳を塞いでいるネメスの手を退け、話を切り替えた。
「そういえば、カズヤ以外にはまだ伝えてなかったが、明日の警備を終えたら少し急ごうと思う」
「急ぐって……魔王退治を?」
ネメスの質問にヴィーレは首肯する。
「急ぐのは構わねえが、何かあったのか?」
「ああ。だけど、それは明日の事が済んだら話すよ。次の夜には状況がまた変わってるかもしれないしな」
もし本当に盗賊と戦うとなれば、相手の戦力次第でかなり危険な勝負になる事だろう。メンバーの消耗によっては、数日使って休まなければいけなくなる事もあり得るのだ。
それに、もしイズやエル、ネメスの知り合いに兵士の者がいたら、ヴィーレのように動揺してしまう可能性がある。明日の事も考えて、詳細は黙っておくべきだ。
「まあ、急ぐのは私も賛成よ。元々カズヤが乗り物酔いをしたり盗賊の話を聞いちゃったりしたのが遅れた原因だしね。これからはスムーズに進行していけるはずだわ」
「それらの件に関しては本当に申し訳ない限りです……」
イズの小言にも聞こえる発言にカズヤは苦笑で返す。
その笑顔の裏で、彼が目標の達成に安堵していた事を、ヴィーレ達は決して知り得ないだろう。
そして、翌日の早朝。『九日目』の午前四時。陽が遥か彼方の地平線からまだ姿を現しておらず、それでいて雲を儚い赤が照らす、暁と呼ばれる時間帯。
勇者達は町の外で頼んだ馬車を待っていた。ヨーンの村へ行くための移動手段だ。
指定時間通りに馬車は到着した。御者である髪の薄い中年男性が人の良さそうな笑みをこちらに向けてくる。
「おはようございます、勇者御一行様。どうぞお乗りくださいませ」
ヴィーレ達は彼にそれぞれ反応を返しながら乗り込み、ヨーン村に着くまでの数時間、適当に話でもして時間を潰すことにする。ネメスはまだ眠いようで、出発するとすぐ寝てしまった。
「すごく綺麗だなぁ。日本の田舎とも違う、果てしない大自然っていうか」
カズヤが窓の外を見てそうこぼす。朝食の時にしっかり商人から買った酔い止めを飲んでいたため、景色を楽しむ余裕もあるようだ。
「そんなに珍しいか? 木や草なんてどこにでもあるし、鳥や蝶も花畑にはいるだろう」
窓の外にはヴィーレから見ても特に変わった物はない。きっとカズヤの世界に勇者達が行ったら、彼らもカズヤと同じような反応をするのだろう。
ヴィーレの問いにカズヤは恥ずかしそうに頬を掻いて教えてくれた。
「あぁ、僕のいた世界では環境破壊が進んでいてね……。自然は国や人によって大切に守られているんだよ」
「それは自然と言えるのか?」
「あはは……。難しいところだね」
カズヤは困り顔で視線を空に泳がせるが、行き場を見つけられずに、窓の外へと再び投げた。
「ともかく、僕は嬉しいんだ。向こうではあまり見られないものだったからさ。本当にゲームの世界みたいだなって」
「……前から思っていたんだけど、そのゲームってのは何のことなの?」
「あっ! それ俺も気になってた! 俺達の知ってるゲームとは違うもんなのか?」
そこでイズとエルも会話に入ってくる。睡眠中のネメスに気を遣って声のボリュームがいくらか小さめだ。
「あれ、まだ説明してなかったんだっけ? えっとね――――」
彼はエル達にも分かりやすいよう易しく噛み砕いた表現で、身ぶり手振りを交えながらゲームについて説明してくれた。
(要約すると、カズヤが言っているのはテレビとかパソコンとかいう箱に映し出された映像を見て遊ぶものらしい。なんとも面妖な……)
ヴィーレは結局よく分かっていないようだ。言葉では理解したが、どうにも映像化できない。
イズは未知の文明に感激し、エルはアホ面を晒している。三者三葉の反応である。
「――――そして、その中にRPGっていうのがあるんだ。この世界みたいなファンタジーの世界で冒険するものが多いんだけど、そこには勇者が主人公の話もあるんだよ!」
たまに聞いたことのない言語が出てくるが、ヴィーレにも大まかには把握することができた。
(なるほど。つまりカズヤの世界では家の中にいても魔王を倒しに行けるのか。お手軽だな)
そんなフワフワした認識らしい。だからこそ見当違いなアドバイスもしてしまうのだ。
「だが、魔王討伐はそう簡単ではないぞ。ヘマをしたら命を落とすこともある」
「そうね。もしその仮想世界の勇者が死んでしまったらどうなるの? それで世界は魔王に支配されてしまうわけ?」
ヴィーレとイズの言葉にカズヤは苦笑いをする。説明不足を悟ったようだ。
「それが、ゲームの世界には『セーブ』っていうのがあって……。『ロード』をするとセーブした時間まで戻ることができるんだ」
「はぁ!? 何だ、その最強の呪文! 卑怯くせえ!」
エルが他所の世界の、さらに仮想の世界にケチをつけている。
(呪文とか魔法じゃなくてそういう機能なんだろ、多分)
ヴィーレはきちんと理解していたみたいだ。眠りながら寄りかかってきているネメスを倒れさせ、膝枕をしてあげる。
(それにしても、セーブか……。どこかで聞いたことがあるような……)
謎の引っ掛かりが気になり、記憶の海へ飛び込もうとしていると、突如として起こった激しい揺れがそれを阻んだ。外から御者の叫び声が聞こえる。
「な、何だぁ!?」
「マズイ、馬車が攻撃を受けているぞ! みんな、どこかに掴まれ!」
ヴィーレは揺れで目覚めたばかりのネメスを抱いて、衝撃から彼女の身を守る。
あまりの傾きに倒れるかと思われた馬車だったが、ギリギリ重力が車体を引き戻した。
一息ついて安心したのも束の間、車体の両脇の扉が開かれ、勇者達は外に引っ張り出される。ヴィーレはネメスを抱いたまま草原に放り出された。地面にうつ伏せに倒れてしまう。
(チクショウ、休ませてくれる気はないようだな……)
倒れた状態から立ち上がろうとすると、すかさず強烈な衝撃を後頭部で受けた。
霞む視界に映るネメスを掴もうとヴィーレが右手を伸ばしたところで、彼の意識は急速に遠のいていった。




