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14話「記念撮影」

 翌朝、今度はヴィーレとカズヤが朝食を買いに出かけていた。

 昨日夜起こされたせいで勇者の瞼はまだ重い。伸びをしながら日差しを全身に浴びている。


「思ったより店、開いてないもんだな。出来合いのものを買うことなんて滅多にないから、どういう店を当たればいいのかも分からんぞ……」


 とりあえず商店街に来てみたが、まだ朝も早いため、営業中の店は少なかった。


 ここは色んな町や村へ続く場所だから行商も多いだろう。だから少しくらい朝早くたって誰かしら売り物をしてるさ、と甘い考えで出てきたのが間違いだった。


「こんな事ならもう少し寝とくんだったな」


 独り言をこぼすヴィーレ。

 朝起きると、イズは元の調子に戻っていた。

 ヴィーレと目が合うと頬を少し朱に染めながら、唇に人差し指を当てて「内緒ね」と短く告げてきた。


 その後は普段と特に変わらないやり取りだった。

 ヴィーレがベッドの中央にいる事にネメスが少し頭を傾げていたが、たったそれだけの変化だ。


(イズやネメスの甘やかしモード……あれは危険だな……)


 昨夜の事を思い返す。あまりにも強烈な誘惑にヴィーレも危うく堕ちそうになっていた。


 だが、それはあってはならないのだ。誰かに入れ込みすぎると他を疎かにしがちでいけない。

 それに、ヴィーレは社会的にも経済的にも底辺の人間である。報われない恋、相手を幸せにしえない想いなどは抱くだけ酷だろう。


(ちょっと惜しい……というかめちゃくちゃ魅力的なんだけど、ぬるま湯に浸かりすぎると駄目人間になってしまいそうだ。本人達には悪いが、もう頼らないようにしないと)


 以上の要素から、そう密かに決意するヴィーレだった。


「ねえ、ヴィーレ。実は君だけに伝えておきたいことがあるんだけど……」


 引き続き開いている店を求めて通りを見てまわっていると、それまで黙っていたカズヤが不意に話しかけてきた。表情を見た感じだと、どうやら真面目な話みたいだ。


「俺だけに? 何だ?」


 カズヤは一時言いにくそうに、というか伝えるのを迷っているようだったが、意を決したようですぐに続きを話しだした。


「人間軍……兵士達の作戦の事だよ。魔王を倒す任務にも関係ある話さ」


「詳しく聞かせてくれ」


 身に覚えのない話にヴィーレはわずかに嫌な予感を覚えた。急いでカズヤに説明を求める。


「この前、町人がこんな話をしているのを聞いたんだ」


 彼はモルトの街中で聞いたという噂話を口にする。


『ヨーン村、盗賊が襲ってくるらしいな』


『ああ、数日前にいくつかの部隊が配置されたそうだ。だがあれはどうもおかしいぞ。少なすぎる』


『聞いた話じゃ、近いうちに国王陛下が国中から兵をかき集めて魔王城に突っ込むってよ。町や村には最低限の戦力しか残さないとか』


『なに? 勇者に任せるんじゃなかったのか?』


『そのつもりだったが、兵たちの消耗が予想以上に激しいらしい。恐らく摩りきれちまう前に防御を捨てて、魔王を討とうって作戦だろうな』


 そこでカズヤの話は終わる。


「嘘だろ。そんな事が……」


 ヴィーレは衝撃の事実に動揺を隠せないでいた。

 今まで繰り返している中でも全然耳にしなかった話だ。到底信じがたいが、彼が嘘を吐いているとも思えない。


(なんて事だ。時間を引き延ばしすぎると、こんな事が起こってしまうなんて……)


 これまでの回では冒険初日から八日後、つまり九日目までにヴィーレは死んでいた。魔物に殺されるか、魔王城に着くかしていたからだ。


 しかし今回は別だ。九日目を越えてもいい。その間に出る犠牲も(いと)わないから、仲間達と生き延びるために時間をかけてみようと思っていた。


(確かに犠牲は気にしないと決めた……。だが、軍の中にはアルルが……)


 そう、前線の兵にはヴィーレの家族同然である幼なじみがいるのだ。イズ達と同じくらい、いやそれ以上にかけがえのない存在だ。彼女を失うのは絶対に避けたかった。


「ヴィーレはこの事、知らなかったの?」


 カズヤから尋ねられた声に返した言葉は、幾分かの棘を含んでいた。勇者は余裕の無さを隠しきれていない。


「知っているわけがないだろ。俺は……」


 言いかけたところで止まる。彼は、どうしようとしていたんだろう。それは未だに分からない。


(魔王を倒す。みんなで生き残る。それは確実だ。でも、そのためにどうするべきかは全く分かっていない)


 それを相談するために、彼はみんなと仲良くなろうとしていたのだ。だがもしそれで誰からも策が出なかったら? みんなに時間の巻き戻りを信じてもらえなかったら?


(……やめよう。こんな思考をしていたら、ろくな結果にならない。盲目的になってもいい。今やるべきことを着実にこなしていくだけだ)


 揺らぐ精神を安定させるため、自身に言い聞かせるように念じるヴィーレ。律儀に待ってるカズヤへ返事を投げる。


「とにかく、王からそんな事は聞かされていない。きっとごく最近決まったことだ」


 そんなヴィーレの答えにカズヤは何やら訝しげな表情をしていた。


(……なんだ? おかしな事など何も言っていないと思うが)


 不審に思いながらも勇者は言葉を続ける。


「いずれにせよ、この先あまりのんびりもしていられないって事だな。ゆっくりしてられるのも今日までだ。いつになるかは分からんが、その作戦が決行されるより先に魔王城へ行かないと」


「そうだね。……もう僕達が出会ってから七日かぁ。あ、僕が眠っていた日も含めると八日だけど」


 彼に言われて改めて時間の密度に驚かされる。


(そうだ、まだそれだけの時しか経っていないんだよな。振り返ると、結構長旅をしたように思えるんだが。楽しい時間は早く過ぎると聞いたことがあるけれど、どうもそんな事はないみたいだ)


 十日以上の時間をこれからも五人で共に過ごしたい。

 まだ見ぬ理想と憧憬の日々を想う気持ちが、勇者に更なる勇気を与える。


 ヴィーレは迷いを振り切った瞳を隣の少年へ向けた。


「魔王のもとまで辿り着くにはもう少しだけ時間がかかる。それまで沢山、お前の楽しい異世界話を聞かせてくれよ」


「……ああ、喜んで」


 短く答えて、カズヤはなぜか愛想笑いをした。







 午後、モルト町近くの山奥にて。

 黒みがかった紫色の巨大な芋虫に大きな口と無数の牙が付いた魔物に風穴が開く。


 虫の怪物は身体から白濁色の体液を流して、その命が尽きるや、液体ごと肉体を霧散させた。


「おっしゃー! 今日の特訓終わりー!」


 エルが最後の獲物の消滅を確認すると、汗を拭いながら咆哮した。


(コイツいつも叫んでんな。たまには喉を休めてやってくれ。ついでに俺達の鼓膜も休ませて)


 大剣を納めながら目を細める勇者。手を叩いて仲間達の視線を集める。


「おつかれ。これでノルマの五十体達成だ。予定より早く終わってしまったな。どこか寄りたい場所でもあるか?」


「はいはい!」


 みんなに尋ねると、ネメスが勢いよく手を挙げた。訓練をした後だというのに元気一杯だ。彼女の隣に立っている他の三人もその笑顔に癒されている。


「わたし、みんなで写真撮りたい!」


「この子、今日の朝にロケットっていうのが写真入れってことを私が説明してから、五人で写真を撮りたいって聞かないのよ」


 すかさず補足を入れてくれるイズ。

 唐突なように思えた話だったが、そういった背景があったようだ。


「あぁ……このロケットにネメス達の写真を、か……」


「あれ、ヴィーレのロケットって写真入ってないの?」


「そうなんだ。これはちょっと前に貰ったものでな。特に入れるものも無かったし、中は空のままだ」


「良いじゃねえか。撮ろうぜ、写真! 俺も欲しいしよ」


「うん。記念に僕も撮っておきたいな」


 エルとカズヤも賛成する。どうやらみんな乗り気のようだ。

 イズは「せっかくの機会なんだから」と言って、ネメスの格好や髪を弄りだした。


(いや、今から馬で帰るんだぞ? いくらなんでも気が早すぎるだろ)


 そう考えながらも、ヴィーレは人生で初体験となる写真撮影に向けて、身嗜みを整え始めるのであった。







 宿に帰ってそれぞれが着替えを終えた後、勇者一行は写真屋を訪ねた。


 ヴィーレが想定していたよりも時間はかからず、夕方頃には帰路につくことができる。今はその途中で談笑しながら街中を歩いているところだ。


「いや~。これに写ってる俺、めっちゃイケてるな~」


 エルは写真屋で撮った画像をいつまでも眺めている。

 確かに決まっているかもしれないが、自分で言うと残念さが一気に増している。


「異世界で撮った写真か~。みんなと共有できた思い出の品だし、大事にしないとね!」


 カズヤも写真を微笑みながら見つめている。

 いつまでも見ていたいのか、歩きながらも眺めているから足下が危うい。


「いつでも見れるんだから今見なくてもいいでしょ。写真なんて珍しいものでもないんだし」


 イズはそう言うと、写真を折り曲げないようにそっと貴重品入れにしまった。彼女も大切にしてくれるようだ。


「ヴィーレお兄ちゃん、ロケットと写真貸してくれる?」


 ネメスが声をかけてくる。チョンチョンと服の袖口を引っ張ってきた。


「ん? あぁ、別に良いけど、何かするのか?」


「ふっふーん。まあまあ見てて見てて!」


 言われた通りヴィーレが二つを渡すと、モデリングの呪文で写真の大きさや形を変え、ロケットに入れて返してくれた。


「はいっ!」


「おお、凄いな。大きさも変えられたのか。ネメスも自分の呪文のことが分かってきたな」


「えっへん!」


 胸を張ってドヤ顔してくるネメス。「もっと褒めて褒めて」とまとわりついてくる。


「ありがとう。大切にするよ」


 ヴィーレが頭をポンポンと叩いて手を握ってあげると満足そうに落ち着いた。


 もう片方の手のひらには花紋様のロケットが握られている。勇者は改めてロケットを開き、その中の写真を眺めてみた。


 右から拳を作って笑うエル。腕組みをしてエルをジト目で見ているイズ。片手で後頭部を掻く仏頂面のヴィーレ。彼に抱きついてカメラにウインクをしているネメス。そして、四人を見て楽しそうに笑っているカズヤの姿があった。


(……初めて写真というものを撮ったが、俺の写真写り結構悪いな。表情筋が死んでやがる)


 笑顔を作ったつもりが、ヴィーレの口角は一ミリも上がっていなかった。


 ふとロケットを閉じ、潰さない程度の力で握って目を瞑ってみる。


 勇者には挫けそうになった時やピンチの時、ロケットを握りしめる癖があった。それをくれた人のことを思い出せば勇気が湧いてくる気がしたからだ。


 今、そこに五人の写真が加わった。手に握るだけで無限の勇気を湧かせるアイテム。


 勇者ヴィーレの初期装備にして最強装備だった。

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