イズ先生の熱血教室! ~歴史編~
勇者達のは全ての試合、合計十通りの戦いを終え、昼過ぎには一旦町に帰ってきた。イズのヒーリングで回復はしたものの、魔力の使いすぎで既に皆ヘトヘトである。
案の定というか何というか、一番勝利した数が多かったのは最も戦いなれているエルだった。
いくらヴィーレでも研磨の呪文を使われて攻撃されたら傷は付くから無理もない結果だろう。いや、たとえ呪文無しのハンデがあったとしても、ヴィーレにはエルに勝てる自信なんて無いのけれど。
ともかく、それからランチを楽しんだり、再びレベル上げに出かけたりして、日が沈む頃には五人ともまたモルトへ帰ってきた。
そして、宿に戻ってからしばらく。ヴィーレ達は何をするでもなく部屋のベッドや椅子に腰かけていた。様子から察するに、あるものを待っているようだ。……そろそろ来る頃だろうか。
「キーンコーンカーンコーン」
「はいはい授業始めまーす」
エルが鐘の音を適当に表現すると、部屋の扉を開けてイズが部屋に入ってくる。
「ネメス、号令お願い」
彼女は分厚い本をえっさほいさと運んで皆の前に立つと、ネメスに指示をした。それに元気よく手を挙げて応えるネメス。
「はーい! 正座、礼っ!」
「「「「よろしくお願いしまーす」」」」
生徒役の四人は姿勢を正して、間延びした挨拶と共にお辞儀をした。
(なんだこの茶番は……)
ヴィーレが顔を上げると、カズヤはハイテンションで彼らの方を振り向いた。
「日本の授業はこうして始まるんだよ!」
そしてすぐにそう訴えてくる。
「いや、それは分かるんだが、実践してみる必要はあったのか?」
「さて、ニホンの文化をまた一つ学んだところで、今回は歴史について勉強するわよ!」
ヴィーレの疑問を強引にイズが流す。流れはカズヤ側にあるようだった。少数意見は聞き入れられないのである。
「歴史って言ってもさ、僕達がやろうとしている任務に関係あるの?」
「大ありよ! ネメスやカズヤは知らないだろうけど、今行われている『第二次人魔大戦』と呼ばれている戦争……。実はその前に第一次もあったの」
「あぁ、あの時はまだネメスちゃんの物心もついてないだろうからな」
エルはどうやらその戦争を知っているようだ。腕組みをしてイズの話に相槌を打つ。
ちなみにヴィーレは当時、一番安全なユーダンクにいたので、その戦争を直接経験してはいない。まあいずれにせよ、かなり幼かったため、詳しくは覚えていなかっただろうが。
「第一次人魔大戦が起こったきっかけも今回の大戦と同じよ。魔物たちが一斉に村や町を攻撃し始めたの」
「イズお姉ちゃん、それっていつもの事じゃないの?」
「それが全然違うのよ。確かに奴らが民家や旅人を襲うことは珍しくもないわ。でも、大戦中の魔物は、まるで何かの共通意思を持っているかのように団結して人々を襲うの。たとえ種類が違う魔物同士でも、結託してね」
ネメスとカズヤはまだその光景をアルストフィア村でしか見たことがないだろう。あまり実感がなくても仕方がないのかもしれない。
「そんで、第一次人魔大戦でも勇者が選ばれたってわけだな」
エルはこの件についてやけに詳しいようだった。話にも普段より積極的に参加している。まだ彼も当時は幼かったはずなのだが。
「そうよ。先代の勇者は仲間など連れずに、単身で魔物達を蹴散らしながら魔王城へと突き進んだわ」
「なんだそれ、化け物じゃないか。そんな事なら、今回も俺じゃなくて、そいつに勇者を任せてもらいたかったもんだな」
「それが、やりたくてもできなかったのよ。彼はその戦いのすぐ後、誰にも何も伝えずにいなくなったの。今はもう死んでしまったか、どこかでひっそりと暮らしているはずだわ」
「チッ、迷惑な奴だ。そこまで強かったのなら今でもかなりの実力者だろうに」
ヴィーレは珍しく悪態をつく。先代勇者さえいれば、彼が何度も死ぬような思いをしなくても良かったのだ。そこに関しては納得しきれていないらしい。
(聞いた話だとその勇者、二日ほどで魔王城へ着いたらしいし、本物の化け物だったんじゃないだろうか。彼が伝説扱いされているのも頷けるな。だからこそ、既にくたばった説や隠れている説が信じられないのだが……)
脇に向けて思考するヴィーレは放っておいて、イズの話は先へ先へと進んでいく。
「先代勇者によると、当時の魔王は酷く下劣で醜い者だったそうよ。詳しい事はどんな本にも記載されていなかったけど、勇者に難なく倒されたくらいだから、案外小物だったのかもしれないわね」
「魔王の写真とか姿を描いた絵みたいなのはねえのか?」
「想像で描かれた物や、勇者の言葉を参考にして描かれた絵はいくつかあったけど、実際の魔王の姿を写した物は無かったわ。……あぁ、でも前勇者の写真ならあるわよ」
イズが本をペラペラとめくってあるページを開くと、四人にそれを見せてくる。
一ページ丸々使って載せられている写真に写るのは、当時の勇者だろうか。両手両足に武具を装備した男が斜めに撮られている。
その男性はヴィーレ達よりも大人びていた。生きている時間が倍近く違いそうだ。体は大きく獣のようで、クリーム色の短髪だけが柔和な印象を与えてくる。その姿は自信に満ち溢れていた。まさに勇者、豪傑といった風貌だ。
四人は顔を並べて写真を覗きこむが、ネメスとカズヤはそのページを見て、小さく「えっ」と声を漏らした。
「どうした、カズヤ」
ヴィーレが聞くと、彼は慌てて顔の前で腕を振る。
「いやいや、何でもない気のせいだったみたいだ! ちょっと知り合いに似てる人がいてね。あはは……」
「何だよ~。紛らわしい奴」
エルがつまらなそうに文句を吐く。前勇者をカズヤがどこかで見かけたことがあるのかと思ったのかもしれない。
(ニホン人はあんなにゴツいのか。つくづく恐ろしい国だな)
ヴィーレはここに来て謎の天然を発揮していた。彼の中での異世界観が凄まじいことになっている。
「ネメスは何だったの?」
反応を示したもう一人へ、イズが問いかける。しかし、ネメスはその声に応えず、しばらくの間マジマジと本の中の写真を眺めていた。
「……やっぱり。これ、あのオジサンだ」
ようやく口を開いたかと思えばそんな事を呟いた。
あのオジサン。その発言を聞いて、ヴィーレは辛うじて思い出すことができた。
ネメスがアルストフィア村の公園で生活していた頃、唯一仲良くしてくれていた中年男性のことを言っているのだろう。
確かに、写真の男の年齢と撮られた時期なんかを合わせて考えると、今は四十代くらいであると推測されるが……。
「てことは、ネメスちゃんの勘違いじゃなければ、先代勇者はちょっと前までアルストフィアにいたってことか?」
エルもネメスから男性の話を聞いていたのだろう。顎に手を当てて独りごちる。
「そうかもしれんな。だが、もういなくなってしまったんだ。そこに希望を見出だすのは無理があるだろう。今さら引き返す事もできんし、期待するだけ無駄だ」
「オジサン……どこに行っちゃったんだろ……」
ネメスは思いがけない事実に衝撃を受けているようだ。彼女にとっては恩人でもあり、見捨てたトラウマでもある複雑な人物である。忘れたくても忘れられないだろう。
少しだけ、ヴィーレはその事について考えてみることにした。あくまでただの想像だが、前勇者は再び単身で魔王城へ乗り込もうとしたのではないか、と。
(だとすると、ネメスの前から男が消えた理由にも見当がつく。危険な仕事へ行くから心配をかけたくなかったか、また数日で戻ってこれると慢心していたか、或いはそのどちらも、か……)
考えられる限りの可能性を羅列していく。その中に正解があるかは神のみぞ知るところである。
(まあ、どのみち現在の彼がどこにいるのかは分からないけどな。下手をするとその生死すら危うい)
そして、そうだとしたらネメスにわざわざ告げる必要はない。いつか彼女が自分で思い至るとしても、その時のネメスはきっと今より強くなっているはずだから。そう結論付け、ヴィーレは瞑目した。
「続けるわよ? ほとんど被害を出さずに魔王を倒した勇者だけど、やはり最小限の犠牲は出てしまったわ。その中で最も酷かったのが『レドンの町の悲劇』」
本筋へ話を戻すイズ。そこでまた聞き慣れない言葉が出てきた。
(レドンの町……。たしか、魔物によって滅ぼされた唯一の町だったか? 勇者が魔王と決戦をしていた時に襲撃にあったのだそうだ)
ヴィーレの思考を読み取ったかのようにエルが補足を入れてくる。
「そうだ。もうあそこには誰も住んでいない。生き残りなんていなかったからな」
彼は忌々しげに顔をしかめていた。まるでその場にいたかのような発言だ。戸惑うカズヤ達を置いて、ヴィーレがそこに一歩踏み込む。
「随分と詳しいんだな」
「……まあな。俺はあの町の唯一の生き残りだ。あの日はたまたま人の目を盗んで町の外を冒険してたのさ。帰ってきたらそこは死体の町だった」
ヴィーレ以外の三人は言葉を失っている。歴史をただ伝え聞くだけの学習とは違って、エルの言葉にはリアルな悲痛と憎悪があった。
胸と喉を絞められるような感覚が皆に圧しかかる。何と話を進めるべきか、ヴィーレを含めた全員が悩んでいた。
「もしかして……」
初めに口を開いたのはイズだった。
きつく結んでいた唇を震わせて、遠慮がちにエルへ尋ねる。
「それで、あんたの家族は……」
しかし、言葉は最後まで紡がれなかった。不躾だと自制したのだろう。視線を落として服の裾をギュッと握る。
「ああ、そうだ」
エルはその事を察して、静かに答えを返した。
気にする必要はないと暗に告げるような声色だった。
「魔物に殺された。両親は無惨な姿で、妹に至っては死体すら発見されなかった」
彼の魔物への憎しみの原因が露になった瞬間だった。苦虫を噛み潰したような顔で、怒りに肩を震わせている。
エルは辛そうに、しかしその痛みを決して忘れることのないように、その日の事を四人に詳しく語り始めた。
レドンの町は魔王城から最も近い町の一つだった。
当時、町の外へ出ることは大変危険だったため、兵士やハンターの同行がないと町外への外出は禁止されていたらしい。
だが、エルは好奇心旺盛な少年であった。友人に町の外の様子を見てくると大口を叩いて、透明の呪文を使用し、その町を抜け出したのだ。
彼が近くの森から見たことのない花や果実を持ち帰った頃には、日が遠くの山の陰に隠れ始めていた。そして、一つの町と多くの人々がこの世から消えていた。
何が起こったのかは少年の彼にも分かった。嫌でも分かってしまった。
昨日まで話していた友人の上半身が町の入り口に落ちていたから。半壊した自分の家の前で、既に息のない両親が魔物の餌になっていたから。
そこからどうしたのかを彼はよく覚えていない。
ただ確かなのは、両親が完全に食べ終えられた頃にようやく他の町の兵士達が駆けつけ、エルを保護してくれたということだけ。
「――――だから、俺は魔物共を絶対に許さねえ。これまでずっと、魔王に復讐をするために生きてきた。俺の人生の意味はそれだけだ。ただそれだけのために、ここにいるんだよ」
そう固い決意を述べるエルの表情は殺意に満ちており、体内の血が沸き立つような熱量を纏っていた。握り締められた拳が激情をどこかへぶつけたがっている。
「エル……」
カズヤはかける言葉が見つけられないようだった。
言葉を投げないのはヴィーレやイズも同じである。こういう時には何も言わないであげることも一つの優しさだと、彼らはしっかり心得ているからだ。
(魔物によって家族や知り合いを亡くしたことはない。簡単に『その気持ちは分かる』とも言えないし、下手な励ましだって彼は求めていないだろう)
ヴィーレの考えている通り、彼は哀れんで欲しいわけじゃない。ただその怒りが理性を越えて暴走しようとしているだけなのだ。
そして、それを沈めることができるのは、この中でたった一人しかいなかった。
「エルお兄ちゃんも、ずっと辛かったんだね」
ネメスは呟き、エルをそっと抱きしめる。彼女なりにどうにか慰めてあげようとしているのだろう。エルがネメスやカズヤの話を聞いた時にそうしてあげたように、一緒に悲しもうとしてくれている。
その愚直なまでの優しさに、エルも少しずつだが、次第に落ち着きを取り戻していった。
「……ああ、ありがとう。ネメスちゃん」
ポンポンと頭を叩いて礼を述べる。彼の目はネメスを見つめていたが、その瞳に映るのは彼女ではない。
エルという男は亡くなった家族のことを相当大切に思っていたのだろう。だから同じく家族がいないネメスに強く同情し、特に大事にしている。
しかし今や家族がいないのはヴィーレやカズヤも同じこと。それでもその愛情の対象が彼女である訳は、エルの家族構成を見れば言うまでもない。
(前にエルがネメスのことを『妹感がある』と言っていたのは、つまりそういう事なんだろうな)
ヴィーレがいつかの会話を思い出していると、わざとらしく大きな溜め息が部屋に響いた。イズだ。
「まったく、こんな暗くなっちゃあ授業どころじゃないわね。いつまでもしみったれた空気は嫌よ。ゲームでもして気分を切り替えましょう」
彼女はそう言うと、自分の荷物の中から占いやなぞなぞの本を取り出した。
(何を持ってきてんの、あなたは。遊ぶ気満々じゃないか。ていうかそういうの好きなんだ、意外)
初めて見るイズの鞄の中身に驚くヴィーレ。彼が知らないだけで、前回以前にもネメスなんかと遊んでいたのだろうか。
何はともあれ、ナイスフォローである。
その後、四人はエルを慰めるために、数時間にも渡って遊び耽ったのだった。
【性格診断】
イズ「次の質問。『貴方の親友と恋人が目の前で溺れています。しかし貴方の船は二人乗り。さて、どちらを助ける?』」
ヴィーレ「そりゃ親友だろ。恋情と違って友情に錯覚はない」
カズヤ「うーん。僕だったら恋人を助けるけどな~」
ネメス「わたしは自分が降りて、二人を助けます! お、泳げないけどっ!」
エル「俺の親友と彼女の二人が、どうして仲良く一緒に溺れていたのか……。その回答次第だね」




