12話「ネメスの新技」
カズヤの首を片手で掴み、楽々と持ち上げるヴィーレ。審判のイズが「そこまで!」と声をあげると、少年はようやく解放された。
「グハッ……ゲホッゲホッ……!」
地面に落とされたカズヤが喉を押さえて咳き込む。相対するヴィーレは両手についた砂を払い落としていた。
「つ、強すぎるよ~。もうちょっと手加減をですね……」
涙目に半泣き声で返してくるカズヤ。
ヴィーレは肩を竦めながら歩み寄って彼に右手を差しのべた。
「これからは厳しくやっていく事にしたんだよ」
「にしても落差がありすぎでは? 僕としてはもう少し徐々に、徐々に頭角を現して欲しかった感が……」
カズヤは彼の手を取って立ち上がる。ヴィーレを疑ってた身としては、早々に彼の本気が見れて肩透かしを食らった気分らしい。
「そんな面倒なことはしたくないのさ。良い加減にいい加減だろ?」
「あ、上手いっすね~」
「目が笑ってなかった……」
「まあ面白くないからね」
一気に冷めた表情になったカズヤにショックを受けるヴィーレ。寒いギャグにはそれ相応に冷たい世界である。
(何にせよ、カズヤもネメスと同じで順調に成長しているな。良いことだ。初めて会う奴だから、もう少し手間がかかることを想定していたんだが、本当に優秀な性格らしい。飲み込みの速さはネメス以上だ)
急にヴィーレが本気を出し始めたからか、試合前に異常なほど怯えていたカズヤだったが、いざ戦うとなると案外粘ってくれた。
(筋は良いんだが、いかんせんビビりでヘタレなんだよなぁ)
戦闘することがなかった世界から来たのだからそこは仕方ないかと妥協して、ヴィーレは彼の肩を気軽く叩いた。
「最初と比べるとお前もだいぶ強くなってるよ。呪文は優れてるんだから、あとは魔力さえつければ俺なんかすぐに追い越すさ」
自信を喪失させないよう、忘れずにフォローする。だけどこれはお世辞などではない。
ヴィーレはあくまで『魔力によって身体能力が向上しているだけの存在』だ。もともとのポテンシャルは他の四人の方が圧倒的に上だろう。だからヴィーレは自分よりも彼らの魔力レベルを優先的に上げようとしていたのだ。
「ありがとう。早く追いつけるように頑張るよ!」
謙遜するかと思われたカズヤだったが、素直に喜んでくれているようだ。その調子で強気になってくれると良いのだが。
「そうだ、帰ったらお前の武器でも買うか。イズと同じく、カズヤは喉を掴まれたりして呪文を封じられたら終わりだからな」
「あ、あー……確かに。それならよろしく頼むよ。ヴィーレさえよければ、ついでに戦い方も教えてほしいな」
「ん? 俺は構わないが……イズの方が知識があるし、エルの方が技術があるぞ?」
「ヴィーレが一番基本を大事にしていて教えるのが上手そうだから頼んでるのさ」
カズヤはニコッと微笑んで恥ずかしげもなくそう告げる。彼が女性だったらヴィーレも赤面していたであろうくらいの屈託ない笑みだ。
「そういう事なら喜んで。早速今日の夜からな。さっき言った通り、厳しくいくぞ」
「はい、教官っ!」
敬礼するカズヤからはすっかりヴィーレへの疑心が消え去っているようだった。それはヴィーレも同じこと。腹の中を探りあっていた二人はやっと完全に打ち解けたようだ。
彼らが仲間たちのところへ帰ると、次に戦う予定のイズとエルが準備を始めていた。既に言葉による互いへの牽制がなされている。
「まさかイズに反撃できる時が来るとはな~。まだ疲れも完全に取れていないみたいだし、これは一瞬で決着か~?」
「ふぅん? 随分と偉い口を叩くのね。私を甘く見てると、毎日セットしている自慢の金髪がチリチリになっちゃうわよ?」
「髪を燃やすのだけは勘弁してくださいっ!」
「仕方ないわね。直々に手で掴んでから毟ってあげるわよ」
「行動もさることながら、『毟る』という文字の残酷さよ……」
どうやら髪を集中攻撃されることは決定らしい。試合が始まる前からエルは口で負けていた。
(そういえば、毛根を殺されたら回復の呪文ではもう治せないのだろうか? もしそうだとすると、火炎の呪文は色んな意味でえげつない呪文だと言えような)
自身のレベルが低かったら丸坊主になっていたかもしれない未来を想像して、ヴィーレは寒気に襲われた。と、そこで近くにネメスがいないことに気付く。
「あれ? 何してんだ、あいつ」
ふと周りを見渡すと、ネメスが木陰で座って俯いていた。その表情は暗い。膝を抱えて変な唸り声をあげている。
(珍しいな、落ち込んでいるのか? ちょっと話を聞いてみるか)
メンタルケアも勇者の仕事である。彼は次の審判をカズヤに任せて、ネメスのもとへ歩み寄った。
「おい、どうしたんだよ。餌を奪われた猫みたいな鳴き声あげて」
彼女の隣に腰を下ろし、話しかける。大剣も木の根に寝かせるようにして優しく置いた。
大樹でできた日陰はみんなの荷物を置く場所だ。同時に、戦闘をしていない者たちが休憩するスペースでもある。しかし、彼女の様子は疲れているというよりは、苦悩していると言った方が正しい気がした。
「それが……矢が折れちゃって……」
か細い声で返すネメスの矢筒とバッグは使い物にならなくなった矢で一杯だ。
ちゃんと回収しているあたりに彼女の性格が表れている。自然環境にも優しい子、ネメス。
「こんなんじゃ、戦いの最中に攻撃できなくなっちゃうんじゃないかなって」
どうやら彼女は戦闘中に矢が尽きて足手まといにならないかと懸念していたみたいだ。
(確かにそれはあるかもしれない。大量に持ち運べる物でもないし、多数を相手にするには不利かもな)
ヴィーレは先日の館事件、あの地下室で人形の魔物と戦闘になっていた時を思い返していた。
彼女はその時、必死に弓矢を使って敵を射ぬいていたのだが、どう立ち回っても手数が足りなかった。矢が尽きれば戦えないし、接近されれば終わりだ。ヴィーレの助けが無ければ危なかったろう。
(だが、ちょうど良かった。ネメスも強くなってきたし、そろそろ教えてもいいだろう)
彼女にはもっと臨機応変な戦闘スタイルを教えておくべきだ。そう考えて、ヴィーレは話を少し過去に戻した。
「ネメス、前にイズが魔力の概念について何と言っていたか、覚えているか?」
「え、えーっと……。『何に対しても変化が可能な物質ということしか分かっていない』、だっけ?」
「そうだ。お前、魔物を倒した時や前向きな気持ちになった時、魔力量が上がっていくのを感じたことはあるだろ?」
コクリと頷くネメス。彼が何を言いたいのか、まだよく分かっていないようだ。
「それを意識して、お前の呪文、『変形の呪文』で魔力の形を変化させれば、武器を作ることもできるんじゃないか?」
「えっ。そんなことできるの?」
「魔力が本当にあらゆる物へ変化できるのなら、それも可能なはずさ。試しにやってみろよ」
ヴィーレが立ち上がって身振りで促すと、ネメスはそれに大人しく従った。
もうイズたちの試合は始まっていたので、それの邪魔にならないよう少し離れておく。
「まず、体の中にある魔力を集めて、武器の形にするよう強くイメージしてみるんだ」
「むぅ~。魔力を……集めて……形に……」
目を閉じると、彼女は眉を寄せて唸りだした。きっと弓矢の形を思い浮かべているのだろう。
「それから呪文を唱える。イメージは崩さないように注意しながらな」
「う、うん! 弓と矢を……形成……形成……形成ッ!」
パッと開眼し、左手を前に伸ばす。
「《モデリング》!」
瞬間、彼女の前に紫色の弓矢が一つ現れた。以前までネメスが使っていたものと同じくらいの大きさで、橙色の煌めきが目に眩しい。炎のようにゆらゆらとしているのが特徴的である。まだ不安定なようだ。
「わぁ! ほ、ほんとにできたよっ!」
新たな武器を手に取り、ピョンピョン跳んではしゃぐネメス。小さい子が自分の描いた絵を親に見せるような感じで、ヴィーレへ弓矢を見せてくる。
(前々から思ってたけど、一発でこういうのこなすネメスって、イズやエルに負けないくらいに化け物なんじゃ……?)
我が子の成長を見守るような心境と共に、末恐ろしくもある少女の才能を見いだすヴィーレ。それを誤魔化すように彼女の頭を優しく撫でた。
「おう。ネメスは凄いな。俺が守られる側になるのも近いかもしれん」
「えへへ、そうなったら沢山頼ってね! 何でも任されちゃうよ~」
ネメスはもっと撫でろと言わんばかりに目一杯背伸びをしてくる。甘えても嫌われないと分かってからは、ヴィーレへのじゃれつきが過激になっているようだ。
「ちょっと一回、空に向かって射ってみたらどうだ?」
「うん!」
ヴィーレが提案すると、彼女は一つ頷き、斜め上空へ向けて矢を引き始めた。気体と個体の中間にあるような弓は、与えられた役目通りにその体をしならせる。
ネメスは空を泳ぐ雲に狙いを定めると、数秒だけ溜めた後、限界まで引かれた弦をスッと放した。
放たれた矢はそのまま止まる気配を見せず、見えなくなるまで真っ直ぐ飛んでいく。それは雲を分かち、弾けさせ、陽の光を再び地上へもたらした。魔力でできたものだから、しばらくすると自然に消滅するだろう。
「上出来じゃないか。やっぱりネメスは器用だな。練習すればすぐに扱えるようになるだろう」
そう言って背中を軽く叩いてやると、ネメスは先ほどまでの暗い表情が嘘だったのかと思えるような明るい笑みをヴィーレに向けた。
「うんっ! ありがとっ! ヴィーレお兄ちゃん!」
しかし、そこから彼は後ろめたそうに視線を背けた。
(嬉しいけど、お礼ならエルとイズに言ってやってほしいな。これは二人が思いついたことなんだから。もっとも、あいつらはそんな事、覚えていないだろうけど)
いつか彼女に打ち明けられる日が来るだろう。ヴィーレはそう信じて、今は心の内に言葉をしまっておく事にした。
(イラスト:4U様)




