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11話「勝負の行方」

 試合を観戦しているカズヤ達は完全に置いてけぼりを食らっていた。


 なにせ激しすぎる。訓練にしては二人とも全力投球すぎるのだ。さっきまでの試合と熱量がまるで違った。


 いきなり本気を出したヴィーレと、普段よりさらに容赦ないイズの闘いを、カズヤとエルは開口したまま傍観している。


 中でもネメスは、二人が喧嘩でもしたのかと思って一人あたふたしていた。

 兄や姉のように慕っている仲間同士の、殺し合いにも見えるその試合を、「あわあわ」言いながら止められないでいる。


 不意に、風が空気を塗り替えた。


 同時にヴィーレは咆哮をあげ、全力でイズに迫る。次の瞬間には、賢者は勇者の目の前で驚愕に目を見開いていた。


「ふっ!」


 イズの喉元に手を伸ばすが、すんでの所でかわされる。反対に彼女の手が顔のすぐ前にかざされた。


「《イグニッション》!」


 反射的に体を横へ傾けたヴィーレの頬を灼熱の赤が掠める。彼はその姿勢のまま斜め下から大剣を振り上げるも、イズは氷の剣でそれをいなした。


 ヴィーレが体勢を整えるまでにイズはもう一つ氷剣を作り上げる。二刀流だ。


「剣術までできるとはな……。どこかで習ったのか?」


「本で読んだだけよ」


「マジかよ……。本当に『不可能』という言葉が辞書に載っていない奴だな」


「人が『不可能』だと考えるのは『やりたくない』って思った時だけよ。私はただ勤勉なだけ」


 しばらく互いの間合いを推し量る時間に入る。

 ヴィーレは左手を前に出し、半身になって右手で武器を握っていた。イズは腰を低くして両の手に半透明の剣を構えている。


「ほう、強い考え方だな。今度ぜひ剣術の指南をして頂きたいもんだ」


「今度とは言わず、今からでもいいけれど? 私の指導はスパルタだけどね!」


 そう言うや彼女は懐に飛び込んできた。高速の刺突を後ろに跳んで避けるヴィーレ。一息つく間もなく繰り出された袈裟斬りを大剣で受け止めた。


(魔力量や地力において俺が勝っている以上、純粋な力押しでは絶対に敵わない事を彼女も分かっているはずだ)


 ヴィーレの大剣が片方の剣を止めると二つ目の氷剣が彼を襲う。イズは一方的に攻められているが、ここに来てスタミナの無さが仇となり、いまいち決め手に欠けていた。


(でも、あいつには俺と違って三つの呪文がある……。それに素早さにおいても、大剣を振り回すよりは、双剣を操るイズの方が有利だ。手数の多さと(から)め手を利用してダメージを蓄積させてくる作戦に違いない)


 脇腹を狙ったイズの斬撃を弾く。ヴィーレはそのまま流れるように彼女の足元を大剣で薙ぎ払ったが、それも跳躍でかわされる。が、それが悪手。


「跳んだな?」


 宙に浮いているイズへ、悠々と大剣を振りかぶるヴィーレ。


「さっきのお返しだ」


 片足を浮かしてもう片方の足で立つと、まるでボールをバットで打つように重厚な刃をイズの身へ叩き込んだ。


「うぐっ……!」


 咄嗟に双剣で防御したものの、少女の軽い身体は強すぎる衝撃にあっさり飛ばされてしまう。


 イズが空中で何とか体勢を立て直し、慣性に逆らいながら着地した頃には、目の前で再びヴィーレが剣を振りかぶっていた。


 慌ててガードするイズ。片手で振られた大剣と両手で支えられた二つの氷剣が(つば)競り合う。


 しかし、単純な筋力の差は歴然としている。数秒の押し合いの末にヴィーレが押し勝ち、双剣をはね除けるや、イズは距離を取ろうと後ろに跳ねた。


 離れられたら彼女の独壇場だ。ヴィーレもそれは重々承知しているだろう。


「逃がすか……!」


 すぐにイズを追いかけるが、火炎の呪文(イグニッション)によってできた壁が邪魔をしてくる。ヴィーレはやむを得ず寸前で立ち止まった。


(相手にすると思っていたより厄介だな)


 舌打ちをしたところで、イズは雑談でもするみたいな調子を作って尋ねてくる。


「あんた、私達に隠してた事、ようやく話してくれる気になったわけ?」


 彼女が言わんとしている事はヴィーレにも察しがついていた。


 だが、今はまだ全てを語るには少し早い気もする。それに、いきなり真実を話しても、イズ達はそれを飲み込めないだろう。


 もうしばらくは信用を得るために時間を費やすべきなようにも思えた。


「さあ、どうかな……」


 向けられる瞳から視線を外して、回答を熟考していたところ、唐突に前方から巨大な氷の塊が三つ飛んできた。


「あぶなっ!」


 反射で一つを避ける。


(不意打ちとは、姑息な手を使いやがる)


 ヴィーレは氷塊を殴って破壊すると、大剣を相手へ向けて投擲(とうてき)した。

 勢いよく迫る刃が氷の礫を弾いている間にも、彼は再びイズへ突進する。当然彼女はそれを阻もうとするだろう。


「それしか能がないの? 《イグニッション》!」


 爆炎が勇者を襲った。が、鎧が少し熱くなるだけで、彼の体には傷一つつかない。溢れる闘志がさらに増していく。


(今ならこの程度、息を止めればどうってことはない!)


 鬼神の如き猛進に怯んだイズが無茶苦茶に剣を振ってくるが、ヴィーレはそれを素手で殴り壊していく。


 一つ、二つと氷剣を壊され、尻餅をついたイズの瞳に、拳を目一杯に引くヴィーレが映った。


「終わりだ、イズ!」


「まだよ! 《フローズンスノウ》!」


 直後、凄まじい密度の音と風が発生し、地響きが辺りを揺らした。千切れて飛ばされた草花が舞い落ちる。


「勝負ありっ!」


 と、そこへ、いち早く試合の結果を見極めた審判のエルが声を発した。腕を挙げ、簡明直截(かんめいちょくせつ)に勝敗を告げる。


「勝者は……」


 砂煙が止み、残響が消え入る。


 そこには、仰向けに上空を眺めるイズと、彼女の顔の横すれすれの地面に拳を叩き込んでいるヴィーレ。そして、彼らを中心にして広がる巨大なクレーターがあった。


「勝者は、無し! 勝負は引き分け!」


 エルの声にカズヤとネメスが息を飲む。


 ヴィーレの最後の攻撃は意図的に外したものだった。もし当たっていれば、間違いなく戦闘不能に陥るような一撃。それをイズが防がなかった時点で勝負は決した。


 つまり彼女は負けていた。けれど、かと言って、エルが『引き分け』だと言ったのは、決して誤審などではないのだ。


「戦闘系の呪文を使えない俺が最弱であることは理解していたつもりだったが、まさか本当に勝てないとはな……」


 ヴィーレが呟く。振り返るまでもなかった。地面に落ちた大きな影と、彼が覗き込んでいる空色の瞳に答えはあったからだ。


 イズに覆い被さるようにしているヴィーレの後ろ、彼らの数十メートル上空には、小さな村なら軽々と飲み込めるほど大きな氷山が浮かんでいた。


「お前は最後、防御をするわけではなく、あくまで俺を倒すために呪文を唱えたのか」


「ええ、そうよ。もしあんたが私に攻撃を当てて、普通に意識を絶っていたら、私ごと氷の下で潰れてもらっていたわ」


「……ハハッ。なるほどな」


 ヴィーレの微笑に応じてイズが楽しそうに笑うと、氷の山は霧となって消えた。


 それは彼女の魔力レベル、つまり敵意や勇気といった感情も無くなったということを示す。試合はとうとう終わったのだ。


「ところで……えっと……」


 そこで突如、イズの顔がカッと火照る。視線を数度だけ右往左往させると、上目遣いになりながら、両手で軽くヴィーレの胸を押し返した。


「決着もついたことだし……そろそろ離れてほしい、んだけど……」


「えっ。あ、あぁ……」


 言われて初めてヴィーレは自分達の距離に気付いた。昨夜カズヤから教わった『壁ドン』の床バージョンみたいになっている。二人は互いの吐息がかかるまでに接近していた。


「すまない。……立てるか?」


「何とかね。腰を抜かしそうになったけど」


 先に立ち上がったヴィーレの手を借りて起こされるイズ。


 彼女の顔はまだ真っ赤なままだ。激しい鼓動が戦闘後特有のものなのか否か、分からなくなってくる。自身の華奢な手を握るゴツゴツとした大きな手のひらがやけに熱く感じた。


 しかし、それは彼女だけの錯覚である。イズが熱心に彼の手を観察していると、それは呆気なく離された。


「あっ……」


「かなり荒らしてしまったな。俺も最後はほとんど力を制御できていなかった。幸い怪我は無かったとはいえ、謝るよ」


「え、ええ、別にいいわ。私こそ、わりと洒落にならない攻撃とかしちゃってたしね」


 斜め下に視線を移して人差し指で頬を掻くイズは、握られていた右手をパッと背の後ろにやった。


(確かに。これからイズと戦うエルやカズヤが心配だな。あいつら、無事に生き残れるといいが)


 ヴィーレはそんな彼女を他所に、大変失礼な思考を展開していた。イズの様子がおかしいのも疲れによるものとしか考えていないようだ。


 勇者と賢者はひとしきり会話を終えると、二人並んでエル達のもとへ向かった。

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