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10話「VSヴィーレ」

 陽の光が厚い雲によって遮断される。しかし、ヴィーレの体を冷やすのは、それだけが原因ではなかった。


 目の前の巨体。顔、腕、足、胴体に至るまで全部が氷塊でできた大型人形。それに向かい合うようにして立つ男は、氷ゴーレムと比べれば子猫のような小ささだった。


「とんでもない物を出してきたな……」


 思わず乾いた笑いが出てしまう。念のため、ヴィーレはもう一度だけイズにチェックを唱えてみた。彼女の真上に白の文字列が浮かび出る。


【レベル2089・賢者イズ。特技は『捨て身』のようだ】


 イズの魔力レベルが爆発的に上がっていた。感情によって上下する魔力量は人それぞれであるが、彼女の抱いているそれが大きいというのは、長年の付き合いであるヴィーレなら察せられたことだろう。


「力比べね……。いいだろう」


 片手に持った大剣を背中に収めながら、ヴィーレは数歩だけ前へ出た。


「ぶつけかってこい! お前のありったけを見せてみろ!」


 怯みもせず、イズへ真っ直ぐな視線を向ける。それがきっかけとなって彼女の魔力量も徐々に上がっていく。


「上等……!」


 すっかり疲弊していたイズが再び起立する頃には、氷ゴーレムの腕が目一杯に引かれていた。


「食らえぇぇぇッ!!」


 氷の鉄拳がヴィーレに降りかかる。彼は動かない。構えもせず、避ける素振りも見せず、ただただ迫る拳を見つめている。


 直後、爆風。そして粉塵。ヴィーレの脳天に氷の塊が下されると同時に、激しい地響きが轟いた。


 イズは勝利を確信した。口の端を上げ、小さくガッツポーズをする。


 しかし、その表情はすぐに凍りつくこととなった。


「それだけか?」


 砂煙が止んだ時、姿を現したヴィーレには、傷一つ付いていなかったからだ。ゴーレムの拳を片手で受け止め、足は地面に少し埋もれているだけ。淡々とした朱が二つ、静かにイズへ向けられている。


「そうか。それなら……」


 返事は返ってこないと悟ると、ヴィーレは拳を横に押し退け、目を閉じた。


「次は俺の(ターン)だな」


 突然、ヴィーレが消えた。

 否、消えたのではなく、跳んだのだ。


 イズが次に彼の姿を確かめた時、彼は既に氷ゴーレムの眼前まで上昇し、拳を引いていた。


 必然の一撃。ヴィーレの拳がゴーレムの額に叩き込まれる。瞬間、爆音。空間が揺さぶられるような感覚の後、氷人形の顔面は粉々に吹き飛んだ。


 頭部を失ったゴーレムは膝から崩れ落ち、体を地に伏せ、魔力供給を断たれて消失した。それはつまり、イズの戦意が大きく喪失したことを示す。


「お前の弱点は心だ」


 軽やかに着地したヴィーレがイズを流し見てそう告げる。声量は大したことないはずなのに、よく通る覇気ある言葉だった。


「言い換えると、感情的であること。勇気さえ出せば爆発的に魔力量を上げられる。しかし、さっき俺から褒められた時、お前の魔力レベルは大きく下がった。そして今も、たった数回の攻撃が失敗しただけでお前のレベルは激減している」


 ヴィーレは悠然と賢者へ歩み寄る。


「相手は悪党だ。姑息な手を使って同情を狙ってくるかもしれない。もしかしたら逞しい男だけじゃなく、女や子供、老人のメンバーもいるかもしれない。その場合、こちらの敵意を削がれるのは致命的な隙へとなり得るんだ」


 感情によって魔力レベルが上がる量は人によって異なる。大きく上がる者といれば、数十しか変わらない者もいる。


 だが、激しく変動することは、逆に欠点にもなるのだ。それだけ負の感情を抱いた時に下がる魔力レベルも高いのだから。


「もっと冷静になれ。勝つことを最後まで諦めるんじゃない。自身の弱さを認めるな。希望と勇気を抱き続けろ」


 詰め寄られているイズはといえば、何も言い返せずに突っ立ったまま彼を睨み返すだけだ。


 既に二人の距離は互いの手が届くまでに縮まっていた。イズを見下ろすヴィーレ。反対に下から悔しそうに視線を返すイズ。彼女が現時点の実力で劣っているは明白だった。


「……誰が……勝つことを諦めたですって?」


 しかし、イズはまだ折れてはいなかった。見くびられたことに対する怒りが彼女の声を震わせる。


 ヴィーレの言うとおり、イズの心は挫ける一歩手前まで来ていたが、それでもギリギリで踏みとどまっていたのだ。鮫のような笑みが言葉を続ける。


「確かに魔力量は上がったけれどね、呪文の慣れはまだまだなの。だから……私はこの時を待っていた!」


 ヴィーレは気付いた。彼女が自分の足下に視線を落としたことに。


(まさか……!)


 遅すぎた察知。故に、策は成った。彼がイズへ先制を仕掛けるよりも、彼女の詠唱の方が速かったのだ。


「《フローズンスノウ》!」


 同時に、ヴィーレは脊髄反射で跳んでいた。空中で下を見ると、先ほどまで彼がいた場所の地面から、十本近くの氷剣が生えていた。跳ばなければ今頃串刺しだったろう。


「捕らえたわ! あんたは今、私の呪文の射程圏内に入っている!」


 宙に浮かぶヴィーレに彼女の言葉が届く。彼にはすぐその意味が察せられたが、(きた)る未来を避ける手段は無かった。


「《イグニッション》! 《フローズンスノウ》!」


 未だ浮遊しているヴィーレを取り囲むように、業火と氷の槍が全方位に配置される。上下左右前後、どこにも逃げ場はなく、現在のヴィーレには不可避の攻撃であった。


「ちょっとチクッとするわよ。痛かったら手を挙げて教えなさい」


 手のひらをヴィーレへ向けるイズ。それが力強く握られるや、炎と氷は一斉に彼へ迫ってきた。


「ぐあっ……!」


 ヴィーレは為す術もなく、ただ顔を手でガードして攻撃を耐え忍ぶのみ。業火が肌を焼き、氷槍が肉を貫く。魔力レベル上昇による生命力の高さがなければ即死ものだ。


 地面に落ちる頃、彼の体からは熱気と冷気が同時に噴出していた。片膝をつきながらも、ふらついて右の拳までもを地につけるヴィーレ。


 ゆっくりと立ち上がりながら、両手で体に刺さった槍を一本ずつ抜き捨てていく。


「どうやら俺はお前のことを見くびりすぎていたようだな……」


 言いながら最後の槍を投げ捨てる。草の上に落ちた槍は音もなく消え去った。


 さっきの攻撃で少なくとも気絶までは持っていけると思っていたイズは、計算外の事態に驚きつつも、表情を引き締めなおして再び構えた。


「いいだろう。本気でいくとは言っても、本当に手加減は不要だったみたいだ」


 ヴィーレは大剣を引き抜いた。そして二歩だけ前に進み、数メートル先にいるイズへ、相も変わらぬ仏頂面を向けるのだった。


「これが最終ラウンドだ。決着をつけるぞ」


 剣を振り抜く音がした。


「ふん、来なさい。踊ってあげるわ」


 相対するイズは余裕を振る舞って笑ってみせる。


 自身の気持ちに呼応して魔力レベルが上がっていくのを、向かい合う二人共が感じていた。


 焦げ臭い草の匂いを吹き飛ばすように風が駆け抜ける。その甲高い音を合図に、彼らの闘いは再開した。

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