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8話「模擬戦開始」

「昨晩はお楽しみでしたね」


 カズヤが明らかな作り笑いで朝の挨拶をしてくる。定型句を読むような言い方だ。


(何か良からぬ印象を抱かれていないか、これ)


 寝起き特有の半目でカズヤの顔を見つめ返すヴィーレ。目覚めたら彼がこちらを覗き込んでいたのだ。そしてヴィーレと目が合うや、先の台詞を飛ばしてきたのである。


「別に、楽しんでなんかいないぞ」


 体を起こしながら弁明すると、横から「えっ」と声がした。振り返れば、涙目のネメスがこちらを見つめている。


「ヴィーレお兄ちゃん、わたし達と一緒に寝るの嫌だった……?」


「ち、違う。なんというか、言葉の綾だ」


(あぁ、そう、綾だよ。あや取りをしていた頃が懐かしい。あれからイズやネメスの様子がおかしくなったんだよな)


 ヴィーレは現実逃避でつい二日前のことを思い出していた。


 確かに彼はみんなと仲良くなる、というか信用してもらう必要があったのだけれど、まさかここまで距離が縮まるとは思ってもみなかったのだ。


「そっか! じゃあ今日も一緒におやすみしようね!」


 そんな彼の事情など承知していないネメスは、ヴィーレの腕に抱きついて笑顔でトドメを刺しにくる。カズヤが作り笑顔のまま「羨ましくないっ」と叫んでいた。羨ましいようだ。


「えへへ、嬉しいな~」


 ネメスは体重を全てヴィーレに預けてくる。


「猫のぬいぐるみが悲しそうにしてるから、そっちを抱き締めてやれよ」


「あ、そっか。……分かった! それじゃあ猫ちゃんはカズヤお兄ちゃんに抱き締めててもらおう!」


「やったね」


 カズヤは食い気味に叫んでぬいぐるみを抱いた。作り笑顔しながら泣いている。悲しい男である。


 ネメスはそれを言葉通りの意味に捉えたようで、満足そうにヴィーレへの甘えたがりを再発させた。勇者はもう頭を抱えるほかない。


(まったく。ネメス(こいつ)、どんどん積極的になってないか? あんまり男にくっつくと勘違いさせてしまうってことを、後でイズに教えておいてもらわないと)


 ちなみに、イズとエルは朝御飯を買いに行ってくれたようだ。朝に強い組み合わせである。


(今思えば致命的なミスだったかもな。イズがまたろくでもない商品を発掘してこなければいいが……)


 商品の指定をしていなかった事をヴィーレが思い出したところで、ちょうど件の二人が帰ってきた。イズが戸を開け、後ろでエルが紙袋を三つ持って入ってくる。


「帰ってきたぜ~! 今日の朝食と共によ~!」


 元気に報告し、エルはヴィーレに向かって袋に入ったハンバーガーを三つ放り投げてきた。ヴィーレはスタイリッシュにそれを受け取る。


(適当だな、高そうだし。だが悪くないチョイスだ)


 彼はそのうちの一つを包装から取り出すと、大口を開けて頬張った。肉汁が溢れだして口腔内を侵略していく。多めの胡椒とソースの風味はまさに犯罪的だ。野菜もシャキシャキで食感を飽きさせない。


(金があるとこういう所が顕著に違うな。魔王退治したら物凄い大金が舞い込んできたりしないだろうか。名誉とかはどうでもいいから)


 美味しそうに食べるヴィーレを見てお腹が空いたのか、ネメスも彼から離れて朝食の準備をする。彼女はイズやカズヤと窓際のテーブルでサンドイッチを食べることにしたようだ。


「ふい~、危なかったぜ。イズに任せてたら朝飯が無いどころじゃ済まなかったかもな」


 起きて数分しか経っていないというのに、両手にハンバーガー状態なヴィーレの横へ、同じく三つの包装とドリンク二つを持ったエルがやってきた。片方の飲み物をヴィーレに渡しながら汗を拭う仕草をしてみせる。


「何かあったのか?」


 隣でドカッと壁に寄りかかってきたエルに尋ねるヴィーレ。


「あの賢者さんよ、とんでもねえ方向音痴らしいぞ。マズイもん買われちゃ堪らねえから、俺が店を選んでたんだが、目を離すと光の速さで迷子になりかけるんだよ。俺があいつにお馬鹿扱いされてるのが今更ながらに解せないぜ……」


「まあ、何だ……お疲れさん。イズはネメスといれば自分から離れることはないんだがな、それ以外が危なっかしすぎるんだ。好奇心が強すぎて、気になる物を見つけたら、フラフラとそっちへ行っちゃうみたいなんだよ」


「あぁ、そういや引きこもりの世間知らずだったな。面倒のかかる奴だぜ。せめて呪文が使えなけりゃ、爆弾抱えてる気分を味あわずに済むのによ。可愛い面が性格のせいで台無しだ」


「難儀な奴ではあるよな。でも少しくらいは多目に見てやってくれよ。いつもは保護者面してるが、あれでパーティーの中じゃ二番目に若いんだ。妹の世話してると思えば安いものだろ」


「うーん、妹ねぇ……。確かに似ている気もするが……」


 紅茶を飲むイズを薄目で見てからボソッと呟くエル。発言の内容は隣のヴィーレにすら聞こえていなかったが、大体の想像はついていた。


「……しゃあねえな。ここは大人らしく、大人しく奴にへりくだってやるか」


「ちょっと。さっきから聞こえてるんだけど? 子ども扱いしないでくれる?」


 こちらに視線を向けることもなく言葉を寄越すイズ。思わず体が固まってしまったヴィーレだが、エルは余裕の笑みを湛えている。


「言っておくけど、私は保護者面をしてるんじゃなくて、実際に保護者なの。冒険への資金も傷の手当ても、私が全部やっているわ。もっと感謝されても良いくらいよ」


 得意気に続けるイズに言葉を返すのはやはりエルだった。壁に背を付けたまま、片手で指笛を吹いてみせる。


「ヒューッ! 足の生えた御財布さん格好良い!」


「褒め称え方に悪意が垣間見えるわね。殴っていいかしら」


「返事を聞く前から殴るモーションに入ってるんですが!? お、おい……ヤメロォ! そういうとこだぞ! ご着席願います! ご着席願います!」


 椅子から立ち上がり、氷の棍棒を取り出したイズから逃げ出すエルは、既に元の情けない姿に戻っていた。

 すったもんだの末、狭い部屋での鬼ごっこは、他の三人が止めるまで続くことになったのだった。







 食事を終え、町にも活気が出てきた頃、勇者達はモルトの近くの草原まで来ていた。


 ここだったら魔物も出ない上に十分なスペースがある。周りに変な死角も無いし、今日の目的を果たすには打ってつけの場所だ。


「うっひょー! 広いぜ! ネメス、競走するぞ!」


「あ、エルお兄ちゃん待ってよ~! もっとゆっくり! 足短いんだから!」


 到着してから早々にネメスとエルは追いかけっこをして遊びだした。


(広い草原だし走りたくなるのも分かるが、緊張感持ってくれよ)


「こら! 今日は訓練しに来たんでしょ! はしゃいでないで戻ってきなさーい!」


 ヴィーレが呆れていると、遥か遠くで小さくなっている二人にイズからお叱りの声が届く。最近、彼女はお姉さんというよりお母さんポジションになってきている気がする。


「で、今日は何の特訓するの? 魔力上げじゃないみたいだけど」


 二人が戻ってきた頃、挙手したカズヤが尋ねてくる。

 その言葉を受けてヴィーレはみんなを見回し、今回行う訓練内容を発表した。


「今日は訓練だ。ヨーン村での戦いに備える。対人戦の経験を積むため、今から総当たり形式で試合を行うぞ!」


 響く声が消え入り、静寂が彼らの耳を刺した。みんな目を丸くしている。

 それから一時の間をあけて、ようやく彼らは驚愕の声を上げたのだった。

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