4話「洞窟の中」
馬達を弔うのには結構な時間がかかった。
なにせ彼らの上には大きな岩があったのだ。力ずくでいいならヴィーレが押して退かすこともできたが、そんな事をしたら彼らが可哀想だろう。
勇者達はエルの研磨の呪文を使って岩を徐々に小さくしていった。
アサシンズナイフとは、武器の切れ味を増すことのできる呪文だ。刃こぼれした剣でも鉱石くらいなら軽く切れるようになる優れものである。
みんなで墓を作り、前に並んで彼らのことを思い出す。
ヴィーレは特に何を思うこともなく、鏡のように空虚な瞳で十字に組まれた板を眺めていた。
付き合いの長かったイズやエルは辛そうだ。馬達を可愛がっていたネメスは両手を握り、祈りを捧げながらも泣いてしまっている。カズヤは手のひらを合わせて目を瞑っていた。
「……そろそろ行こう。いつまでも引っ張ってはいられない」
雰囲気を切り替えるため先に洞窟へ向かうヴィーレ。少し差はあったが、他の皆もちゃんとついてきてくれた。ただ一人を除いては。
「ち、ちょっと待って!」
意外なことに、カズヤにそれを止められる。ヴィーレが振り返ると、彼は不安そうに表情を曇らせていた。両の拳は握られている。
「どうした。まだ何かやり残したことがあるのか?」
尋ねられたカズヤは表情をスッと引き締めた。まるで何かを覚悟したかのように。
「うん。……ここで、お昼ご飯を食べよう!」
そう言って彼は昨日残った食材で作った自分の弁当を出してみせた。
「……お前、気は確かかよ?」
ヴィーレは呑気な提案に呆れつつも反論する。エルやイズのことを思って、少し語調がキツくなってしまっていた。
「ここがどこか分かっているのか。魔物の巣と、たった今死んだあいつらの墓の前だぞ」
片手で墓を指し示す。責めるように詰め寄るヴィーレに怯んでいるのかカズヤの足は笑っていたが、それでもその真っ黒な瞳だけは揺らぐ素振りを見せなかった。
「勿論分かってるさ。でも、みんなは絶対に気持ちを切り替えられていないよ。悲しい気持ちの時って、魔力量が凄く下がっちゃうんだよね? このまま行くのはマズイんじゃないかな……」
カズヤはそこまで言って、ヴィーレの後ろにいる三人を見回した。
彼の言葉を聞いたネメス達は目を伏せている。肯定も否定もしないが、答えは火を見るより明らかだ。
しかしヴィーレは未だにカズヤの案を理解できないでいた。彼の言っていることが支離滅裂に感じられたのだ。
だから彼との友好関係についてなど考えず、すかさず反論してしまった。
「だが、このままここに居てもその辛さが増すだけだろう。お前の行動はかえってこいつらを落ち込ませようとしている」
「いいや、違うよ。ヴィーレはみんなを引っ張ろうとしているのかもしれないけど、ちゃんと彼らのことを見てあげていない」
「なんだと……?」
少し、頭にきた。ヴィーレは日頃から彼ら三人のことを誰よりも気にかけていたつもりだ。それをあろうことか、出会って数日の人物に否定されたのだ。ムカつかない方が難しい。ヴィーレとカズヤとの間に一触即発の空気が流れ出した。
「今ネメス達が何を考えているのかすら、考えてあげようとしていないでしょ」
「お前に何が分かる。俺がこれまでどんな気持ちで……!」
言いかけて、ヴィーレは止める。頭に血が昇って、周りにイズ達がいるのを忘れていたのだ。彼女達の不安げな視線が痛い。それ以上何もできずに下を向く。
「君は臆病者だ」
カズヤがそんな男に追撃の言葉を浴びせる。ヴィーレが顔を上げると、彼と目があった。不思議とその瞳から目が離せない。
「彼らの死から逃げようとしている。その現実を直視しようとせずに、みんなをその場から早々に引き離そうとしているように見えたんだ」
その言葉がヴィーレの胸に重くのしかかった。
そう感じたのは、心当たりがあるからだ。死という現実から目を背け続けたことが過去に何度もある。
だからかもしれない。『彼ら』と言われて初めにヴィーレの頭に浮かんだのは、さっきの馬達ではなく、幼い頃に亡くなった母と父の姿だった。もう顔も覚えていない、彼の両親。
「大切なものが死んじゃったら、それはどんなに時間がかかっても受け入れないと駄目だよ。無視し続けていたらどこかでその綻びが出てきてしまうから」
カズヤは容赦なくヴィーレの弱さを暴いていく。
(思い返せば、俺は唯一の家族の死について考えたこともなかった。ただ幼なじみのアルルを姉か妹のように思い、彼女に半ば依存しながら生きていた気がする)
ずっと逃げていた。その言葉が苦しいくらいに心を鷲掴みにしている。
ヴィーレが自身の死に疎く、イズ達の死を過敏に恐れるのはそのためだった。自分に関わった者は絶対に死なせたくないのだ。今、その弱さと向き合うことを彼は強いられている。
その様子を緊張した面持ちで見守っていたカズヤがそこで初めて顔の筋肉を緩めた。いつもの柔和な笑みを浮かべて再び提案する。
「ね? だから、ここでちゃんと踏ん切りをつけようよ」
「……そうだな! ちょうど俺も腹が減ってたんだよ。飯食おうぜ、飯!」
ヴィーレの返事を待たず、エルが賛成の意を示す。日陰を見つけると手早く昼食の準備を済ませた。
「カズヤお兄ちゃん、ありがとね。実はわたし、まだ少し辛かったんだ……」
ネメスは隠していた心中を告げる。どうやら勇者は仲間達を自身のために蔑ろにしていたようだった。
(考えるまでもない、当たり前のことだったんだ。普段はしっかりしているからついつい忘れてしまうが、イズやネメスはまだまだ子どもだ。俺ですら難しいのに、彼女達が死という事象を簡単に受け入れられる訳がない)
ヴィーレは顔を両手で覆い、一発叩いて気合いを入れ直した。
「……そうだな、カズヤが正しかった。すまない。一旦休もう。ただし、暗い話はもう禁止な」
反省して意見を変えると、彼はエルの隣に荷物を下ろした。他のみんなも集まり、五人で円を作るようにして雑談を交えながら昼食を開始する。
飯を食べ終わる頃には、五人はいつもの調子を取り戻していた。
洞窟の中は真っ暗だった。湿度が飽和しているのか、どこかから流れ込んでいるのか、水滴の落ちる音が響いている。ひんやりとした空気が五人の首筋を撫でた。
ランプをつけると、中はかなり広い空洞になっている事が分かる。
魔物は動物が巨大化したようなものが多い。猿の魔物なのだからこのくらいの空間がないと巣になんてできないのだろう。
「うっわ、めっちゃ広いじゃん。ヤッホーッ!」
「やっほー!」
「ネメス、こいつの真似してもろくなことないわよ……」
魔物のことなど頭から消えてしまっているエルが大声で叫ぶ。直後、木霊した彼の声が聞こえてきた。
(ネメスがこんなおバカさんにならなければいいのだが。自発的にかは知らんけど、エルの事をたまに『師匠』って呼んでるし……)
そんな彼のせいでヴィーレは変な方向性でネメスの将来を心配しなければならなかった。
「それにしても本当に広いな~。だけど、昨日三つも壊しちゃったせいで、残りのランプは二つだけなんだよね……」
カズヤが少し困ったように笑う。
昨夜、ヴィーレとイズとカズヤのランプはあの騒動によって壊れてしまった。
本を正せば全部あの犯人のせいなのだが、当然弁償されるわけはない。彼らは灯りの少ない状態で任務に挑まざるを得なかった。
「いざとなったらイズに灯りを頼もう」
「私って呪文を戦闘以外で使ってることの方が多くないかしら……」
「お、そうだな! よし、これを機に俺へ使用している呪文の回数を減らしていこうぜ!」
お調子者のエルがイズに提案する。ダメもとの声かけだったのだろうが、彼女は意外にも熟考の後にこう言った。
「そうね。私なりの呪文の特訓だったのだけど、さすがに可哀想になってきたわ。あんた達に呪文を使うのはやめてあげる」
「……ぃよっっっしゃぁぁぁ!!」
エルが咆哮する。反響していつもの五倍うるさかった。
(呪文を使うのは止めるけど、ツッコミという名の暴力は続くんだろうなぁ)
ヴィーレは容易に想像できる未来を言わないでおいてあげることにした。
その発想にエルが気付くのは、それほど遠くないのだが、それはまた別の話である。
勇者一行は洞窟の奥へと進む。先頭のヴィーレと後尾のエルがランプを持っていた。他の三人は怖がりであるか、単純に弱いため、真ん中を選んで歩いているらしい。
時々魔物が進路上に立ち塞がるように現れたが、特訓の成果もあって難なく蹴散らすことができた。ネメスやカズヤもだいぶ戦闘に慣れてきたようだ。
「きゃーっ!」
ヴィーレが暗く広い通路を転べぬよう進んでいると、突然後ろから悲鳴が聞こえた。急いで振り返るも、そこにいるのはカズヤとエルのみ。
「おい、あそこ! イズとネメスちゃんが……!」
エルが洞窟の上を指差す。見ると二人が空中に浮いていた。
いや、よく観察すると何かに引っ掛かっている。それは網目状に組まれた透明な糸だった。
「蜘蛛の魔物だわ! どこかにいるはずよ、早く探して!」
イズが状況をすぐに伝えてくれる。こういう場面で経験がものを言うのだろう。ネメスは高いところが苦手らしく、目を固く瞑っていた。
二人とも何とかして巣から逃れようとしているらしいが、むしろ余計に糸が絡まり、さらに身動きのとりづらい体勢になっていっている。
「あれは……姿勢、角度、表情ともに素晴らしいですねぇ」
「イズ! お前下着が見えそうだぞ! 俺は見るつもりないけどっ! 俺は見るつもりなんて全くないけどっ!」
変態二人組はイズ達のあられもない姿に釘付けだ。
(まったく、度しがたいな)
ヴィーレは「ケッ」と吐き捨ててから真面目に注意した。
「おい、ムッツリども。さっさと魔物を探せ」
冷たい視線を向けつつツッコミを入れる勇者。この件に関しては、エル達の方が男として正常にも思えるが、人として正しいのはヴィーレだろう。
そんな聖人の言を聞いたエルとカズヤは、名残惜しいといった様子で辺りを見回し始めた。
「……あっ! いたよ、あそこ!」
一時の間、洞窟内を見渡していたら、カズヤが巣からいくらか離れた壁に蜘蛛を発見した。よしきたとばかりにエルが走り出す。
「おし、任せろ! よっこらショット」
エルはネメスの落とした弓矢を拾うと、呪文で矢を強化し、魔物に向かってそれを射た。
放たれた矢は見事的中。流石、ネメスに教えている立場なだけあって、腕は確かなものらしい。
蜘蛛が嫌な音を立てて地面に落ち、潰れる。白い体液のはみ出るグロテスクな死体はスッと音もなく消えた。それと同時に、またもや上空から悲鳴が聞こえる。
「親方! 空から女の子達がッ!」
一度は言ってみたかった台詞を、ちょっと嬉しそうに叫ぶカズヤ。上空を指差してこちらに助けを求めてくる。
(親方じゃないし、ここは洞窟なのだが……。まーたニホンジョークか)
ヴィーレが辟易としながら上を見ると、イズとネメスが落ちてきているのが確認できた。悲鳴をあげながら地面へ向かって加速している。
近くに降ってきたイズをヴィーレがしっかりと抱き止める。ネメスもエルが受け止めていたため無事なようだ。
(あぶねえ、イズが大怪我を負ったら誰も治療できないぞ……)
ヴィーレの考えている通り、このパーティーの弱点はイズである。特別な状況でもない限り、彼女が致命傷を負ってしまったら回復はできない。完全に詰みとなるのだ。
「は、早く下ろしなさいよ!」
そんな弱点様はヴィーレの腕の中で耳まで真っ赤にしてバタバタと暴れている。かえって落としそうになるヴィーレに気が付いていないらしい。
――――勇者達は気を取りなおすと、再び洞窟を歩み進んだ。魔物の襲撃により一層の警戒をもって。
ちなみに気を取りなおすまでの間、エルとカズヤはさっきの件について、イズから長い長い説教をされていたのだった。




