3話「仇討ち」
執事から地図を受け取ると、ヴィーレ達は預けていた馬を引き取り、魔物の巣があると示された場所へ向かった。
馬のレベルもアップしたようで速度が格段に速くなっている。
カズヤは酔い止めの効果があったのか、ヴィーレの後ろに乗っていても酔っているような素振りは見せない。
依頼主の話によると、町に現れた魔物は猿のような姿をした魔物だったという。
(撃退しようとした屈強な村人が返り討ちにされたと言っていたが、強さなんて実際に見てみないとどんなものか分からないよな)
考えるヴィーレ。チェックという呪文が無ければ、標的に会ったところで強さを測ることなどできないのだが。彼はどうやらあの呪文を上手く活かしきれていないらしい。
しばらく走り、斜面の緩やかな山道を登ると、一つの洞窟が見えてきた。緑の髭を蓄えた口を目一杯開けている。小鳥のさえずりが聞こえていなければ、それはより一層不気味に見えていただろう。
「中は暗いし、道もどうなってるのか分からない。はぐれないように気を付けろよ」
洞窟の近くまで来ると馬を下り、みんなに注意を促す。
ネメスとカズヤは不安そうに、イズは普段通りに、エルはギラギラした目でそれに頷いた。
「本当、どうして魔物ってこうも暗い場所が好きなのかしらね。夜は活発になる奴も多いし、何か法則でもあるのかしら?」
「陰キャなんじゃない?」
「何それ?」
「僕やイズさんみたいな人のこと……何でもないですスミマセン」
イズに凄い形相で睨まれ、カズヤはすぐさま訂正する。
(引きこもりは陰キャなのか。ニホンは悪口の語彙も豊富なようだ。実に興味深いな)
ヴィーレが心中で感心していると、突如辺りに轟音が鳴り響いた。
ネメスやカズヤの悲鳴と同時に砂煙が舞う。穏やかだった空気は一転、パニックに変わる。
「おい、みんな無事か!」
「だ、大丈夫だよ! お兄ちゃん達は!?」
「問題ないぜ! カズヤ達も平気だ! 今のところはな!」
顔を腕で覆って状況を確認すると、ヴィーレ達のすぐそばに大きな岩石が落ちてきたらしいことが分かった。
それは木に繋いでいた馬に直撃し、彼らは見るも無惨な姿になってしまっている。もう少し落ちる場所がずれていたら勇者達がああなっていただろう。
岩が飛んできたと思われる方向を見ると、巨大な二足歩行の魔物がいた。
猿ではない。岩石を繋いでできたような体だ。体表面が苔で覆われているため、動かなかったら山の一部に同化して見える。
「あいつ……! よくも私の可愛い馬達を……!」
「あれは……ゴーレム? なんかデタラメにデカイんだけど……」
イズが愛馬達の死に激怒し、カズヤは魔物の大きさに怯んでいる。
「おい、後ろからも来たぞ!」
エルが叫ぶのを聞いて視線を移すと、ゴーレムがもう一体立っていた。前方と後方に巨大な魔物だ。挟み撃ちの形になっている。
「このままじゃ馬と一緒に皆で仲良くあの世行きだね……」
「こんな時までジョーク言ってる余裕があるのは評価してやる」
カズヤの洒落にならない言葉をヴィーレがぶっきらぼうに流す。五人は戦闘の準備をしながら背中合わせに固まった。
「あいつら、俺の馬まで殺しやがって……」
エルは酷く不快そうに吐き捨てる。今の彼が纏う雰囲気は普段のおちゃらけたものとは一変して、さながら爆弾のような危険さを孕んでいた。その様子に気付いたカズヤはぎょっとしている。
「わ、わたしも弓があれば……」
魔物に気をとられていたネメスは率先して魔物に矢を放っていた。
しかしそれは簡単に弾かれてしまう。相手の硬度が高すぎてまるで効いていないようだ。
ネメスはすっかり肩を落としてしょんぼりしている。
「相性ってもんがあるからな。そこら辺わきまえないと」
怒りや悲しみ、恐怖に囚われてる三人に代わってヴィーレが慰めておく。ネメスは不服そうに頷いて、これ以上邪魔にならないよう下がった。
彼女の攻撃に反応したのかは分からないが、魔物たちが人間よりも一回り大きい岩を掴み、軽々とそれを持ち上げた。足を一歩踏み出し、岩を持つ腕をゆっくりと引き始める。再び投擲するつもりなようだ。
「みんな、私に寄りなさい! 《フローズンスノウ》!」
呪文の詠唱により、氷のドームが五人を覆った。続けてすぐ後に岩が壁に当たる音が二度する。急作りの防壁に深いヒビが入り、弾けた岩石が辺りの木々を折り壊していく。
「俺とイズで前方の一匹を仕留める。ネメス、エル、カズヤは後方を頼んだ」
「「「「了解!」」」」
ヴィーレの指示に頷く四人。彼らは攻撃が止んだタイミングで入り口から出ると、二手に分かれて魔物を迎え撃った。
ヴィーレはイズと共に馬へ石を投げつけてきたゴーレムと対峙する。魔物が一つ歩みを進めるだけで、山が大きく揺れ動いた。
「こいつだけは絶対倒すわよっ! 《フローズンスノウ》!」
イズが極太の氷柱を発生させ、魔物に放った。さすがに石の塊もマズイと思ったのか、間近にあった巨大な石でガードしようとする。
しかし、それを嘲笑うかのように氷の塊は岩を粉砕し、魔物に直撃した。
(なんで避けないんだろう。石頭だから?)
「今よ、ヴィーレ! 私の愛馬の仇を取ってちょうだい!」
イズから言われてハッと我に返るヴィーレ。冗談を言ってる場合ではないのだ。
姿勢を低くして魔物に向け、走り出す。数秒もしないうちに遠くにいたはずの魔物がすぐ目の前まで迫った。魔力レベルの向上によって身体能力が上がっているようだ。
大剣を振り上げながら高く跳び、そのままゴーレムの体を真っ二つに叩き切る。まるで水のように抵抗なく切れていく。分かれる前にエルにかけてもらった研磨の呪文の効果だ。
魔物は力尽きるとそのまま塵となって消えてしまった。勇者はその場に立ち尽くして自らの手のひらを睨んでいる。
(イズより俺の方が魔物に近かったから、魔力がこっちにばかり流れてくるな。できればイズ達に強くなってほしいんだが……)
そんな悲しい悩みごとも早々に頭の端へ追いやり、ヴィーレは溜め息を吐いて踵を返した。
ヴィーレがイズのもとへ戻ると、彼女は言いづらそうに口を開いた。既に魔物を撃退したカズヤ達も帰ってきている。
「……少しお願いがあるんだけど」
普段の傲慢な姿勢はどこへやら、殊勝な態度で他の四人に視線をやるイズ。皆まで言わずとも、イズが何をしたいかなんて彼らには分かっていた。
「ああ、どれだけ時間を割いたって構わない。馬達を弔ってやれ」
「一匹は俺の馬だしな。ちゃんと埋葬してやんねえと」
「僕達もお世話になったんだから手伝うよ!」
「わたし、お馬さんにあげるお花探してくるね」
当たり前だが、誰も反対などしなかった。イズの返事を聞かず、早速彼らが下敷きになってしまった場所へと引き返し始める。
悲しみを分かち合おうとしてくれているのだ。彼女が辛い時に「辛い」と言えない人物だってことを、ヴィーレは既に知っている。
イズは自分に素直になるのが難しい性分なのだ。きっとそれは皆もこれまでの旅で察しているだろう。
「……みんな、ありがとう」
そんな彼らの気遣いを知ってか知らずか、彼女は小声で呟いた後、ふっと少しだけ微笑んだ。
前を行く四人にイズが追いつくには、ほんのちょっとの時間が必要だった。




