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11話「生まれる疑心」

 エルは温泉から帰る時に着ていた服とは違う寝間着に着替えていた。トップスは肘上、ボトムスは膝下くらいの丈だ。

 風呂から出ても髪の毛はツンツン頭。片手にランプを持っており、額には若干汗を滲ませている。


 ひとまず、イズもヴィーレの部屋のランプを持って、エルと廊下に出ることにした。恐怖で足が震えていたが、彼にバレないよう気丈に振る舞う。


「帰ってきてないって、どういう事?」


「そのままの意味だよ。ヴィーレ、カズヤ、ネメスちゃんの三人が見回りから戻ってこない。この館で今、何かが起きてるぜ……」


「さ、探しに行きましょう!」


「あたりめぇよ。たしか館は二階建てで地下一階もあるんだったよな?」


「ええ……。上と下、どちらから調べましょうか?」


「上から行こうぜ。屋根裏部屋とか、なんとなく怪しそうだしな」


 そう言うとエルは玄関ホールに向けて歩き出した。イズは離れないように、彼の少し後ろをぴったり付いていく。


 さっきヴィーレの部屋に行く時、イズは初めて気づいたのだが、外では雨が降っていた。しかも今は雨足がかなり強くなっている。嵐のような荒れ具合だ。部屋の窓は防音性が高いためか、廊下に出ないと分からなかった。


「まったく交代の呼び掛けが来ねえから皆の部屋を訪ねたんだが、誰もいなかったんだ。お前の部屋に行っても鍵が開いているだけで人はいなかったしな」


 エルは改めて詳しく状況を説明する。話し声以外は床の軋む音と、雨や風が窓を揺らす音が聞こえているだけだ。(ぬる)く湿気った空気が彼らの体を包みこむ。


 エルの後ろをついて行きつつも、イズは背後を頻繁に振り返っている。幽霊を警戒しての行動らしい。確固たる自信に胸を張って歩く姿も今は無く、体を縮こまらせてオドオドしている様子だ。


 そんな調子で廊下を抜け、二人は上階へと続く階段を上っていく。


「色々あってね。ヴィーレと話をしていたら、そのまま部屋で眠ってしまったみたいなのよ。多分彼が鍵をかけてくれたんだわ」


「結果的にそれは正解だったな。もしかしたら予想してた以上にこの館はヤバいのかもしれねえ……」


 そう言うエルの形相は、これまで他の四人に見せたことのないような険しいものだった。







 二階へ上がると、再び真っ暗な廊下が迎えてくれる。左右に伸びる廊下の先はまるで底の無い深淵だ。灯りがないだけで華やかな豪邸もここまで嫌な雰囲気になるものなのだろうか。


「万が一にも見落としがあっちゃいけねえし、左端の部屋から一つ一つ開けて調べていこうぜ」


「そうね……」


 ランプの光でも十分に照らせないほどの深い闇にイズは思わず鳥肌を立てた。恐怖をごまかすため、何も考えずに話し始める。


「……ちょっと。何か話してよ、面白いやつ」


「えー、そのハードルだともう無いわ」


「いいから早く」


 短く急かすとエルは数秒考えてからナゾナゾを仕掛けてきた。


「じゃあ知恵比べといこうか。小動物を殺すためにあるのに、虫まで殺せちゃう便利ものはなーんだ?」


「……殺鼠剤(さっそざい)


「正解! 殺チュー剤だからなっ!」


「つまんな」


「おいこら怒るぞテメェ」


 エルは緊急事態でも理不尽な仕打ちを受ける男だった。

 彼らの話が一段落したところで廊下の突き当たりまで到達する。


 イズとヴィーレが昼に下見をしたところ、二階には写真、絵、彫刻などが飾られている部屋や館の主たちの寝室だった場所、それと特に何にも使われていなかった空き部屋があるだけだった。


 エルがそれらの室内を調べている間、イズは外で待っていることにする。

 後ろから誰か来ていないか見張るためだと言いくるめると、彼は渋々了承してくれた。


(申し訳なさもあるけど怖いものは怖いもの。あまり離れないのなら、できるだけ安全な場所にいたいわ)


 ランプの灯りだけを無心で眺めるイズ。そこへ部屋から出てきたエルが報告した。


「ここも特に変わった様子はなかったぜ」


「……よく平気で行動できるわね。お化けとか信じてないの?」


「えっ。幽霊? そんなのお子様の幻影だぜ」


 そこまで言って、彼はとうとう察してしまった。ニンマリと口の端を上げると表情筋をフルに使ってイズを煽ってくる。


「あれあれあれあれ? おやおやおやおや? なになになによ、イズさんよぉ。もしかして人類の叡智(えいち)たる賢者大先生はオバケを信じちゃってる感じですかぁ?」


「……いや信じてなんかいないけど」


「またまた~、強がんなよ~! 誰にも言わねえからさっ。なんなら俺の腕に掴まってくれてもいいんだぜ? ……あっ。ただし、頼むからチビるのだけは勘弁してくれよな!」


「《フローズンスノウ》」


 氷の剣の切っ先がエルの眼前へ突きつけられる。


「ごめんなさい! ちょっと俺の方がチビるからやめて! 剣を収めて!」


「あっそ。……衛兵に捕まればいいのに」


 鼻を鳴らしながら視線を外して、イズは氷剣を消し去った。


「もしかしたら三人とも地下にいるのかもしれないわ。やっぱり下から行ってみましょう」


「おいおい、急ぎたいのは分かるが落ち着けって。まだ調べてない部屋が沢山あるだろ。すれ違いなんかを起こさないためにも、しっかり順番に確認していくべきだ」


「……あんた、やけに冷静なのね」


「お前が焦りすぎているだけだろ? こういう時こそ慌てず冷静に、だぜ」


 言ってから、エルは未探索の部屋の扉を開き、悠然と中へ入っていく。


(確かに、落ち着きを欠いていたかもしれないわね。まさか彼に諭されるほど自分が取り乱しているとは思ってもみなかったわ)


 目を閉じ、一旦色々な感情を飲み込む。

 エルが入っていった扉の横まで行き、壁に背を向けて彼を待つことにした。


(なんだかこういう時って、何もいないはずなのに背後に妙な気配を感じたりするのよね……)


 恐怖を紛らわしたくて、取るに足らない事柄を頭の中で呟いた。「なんでこんな事になってるのかしら。早くネメスに会いたいわ」そんな他愛ないことだ。


 そうしていると、唐突にどこかの扉が開き、閉まる音がした。

 それは雨の音にかき消されそうなほど小さいものだったが、幻聴などではない。また、彼女の隣にある探索中の扉でもなかった。


 イズは体が震えるのを感じた。恐る恐る、音の方向を見る。もしかしたらヴィーレ達かもしれないと思ったから。


 それはずっと向こうの、彼女達が上ってきた階段の向かいにある扉から出てきた。


 それはこちらに気付くことなく、一目散に階段を駆け下りて行った。


 それは片手にランプを、片手に短剣を持っていた。


 そして彼は見覚えのある金髪碧眼の男性だった。


「……エル?」


 蛇口から水滴が落ちるようにして零れたイズの声は、誰にも届くことはなかった。

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