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9話「何かがいる」

 番台に座る中年女性のもとへ来ると、ちょうどエルとカズヤも牛乳を頼んでいたところだった。「おばちゃん、牛乳二本お願いっ!」と片手を挙げながらエルが注文している。


 ヴィーレは少し離れた場所にある椅子の上で眠っているようだ。「ちょっと長く話しこみすぎたようね」と申し訳なく思いながらも、イズはエル達のもとへ歩み寄った。


「私達にも二本お願いできるかしら」


 牛乳は一本五百ペドルだ。ちょうど大銀貨一枚を渡して牛乳を貰う。手渡されるのは瓶に入った冷たい牛乳。


(初めて来たけれど、温泉というのも良いところね。利用料が高いだけあって色々と凝ってるし、癖になりそうだわ)


 蓋を開けながらみんなの様子を窺うイズ。


 彼女以外の三人は腰に手を当て、一気に牛乳を飲み干した。男性陣は「ぷはーっ」と息を吐き、ネメスは「ケプッ」と変なゲップを漏らしている。みんな綺麗に口の周りに白い髭を作っていた。


「よくそんな勢いよく飲めるわね……」


 半分感心し、半分呆れながら、イズはチビチビと牛乳を飲みきった。貧しい胸はもう天に任せるとして、せめて身長はもっと欲しいようだ。


「さて、イズ達も出てきた事だし、向こうでスヤスヤしてるあいつを起こしてさっさと館に帰ろうぜ」


「あっ。じゃあ僕がみんなの瓶を持っていくから、エル達はヴィーレのこと起こしててよ」


 そう言うとカズヤは三人の瓶を回収し、それらを入れる箱のもとに向かっていった。どうやらあの瓶は洗って再利用するらしい。


(それにしてもカズヤ、何かと気が利くわね。異世界の料理もなかなか美味しかったし、彼がもし向こうに帰れないようなら、私の家で執事でもやってもらおうかしら)


 イズが彼の背を見送っているとエルが先んじて身を翻した。


「そんじゃ、起こしに行こうぜ~」


「うんっ。ほらほら、お姉ちゃんも!」


「ええ、そうね」


 彼女達もカズヤに背を向け、ヴィーレのもとへ行く。

 真っ先に声をかけたのはネメスだった。お腹をツンツン突っついてみたり両手を取って揺らしてみたりしている。


「お兄ちゃん! ヴィーレお兄ちゃん、朝ですよ~!」


 しかし彼はわずかに唸るだけで、椅子の肘掛けにもたれ掛かって熟睡していた。静かな寝息と共にお腹が微かに上下している。


「うーん、なかなか起きやがらねえな。こいつ寝相も寝起きも悪いんだよな~。おいヴィーレ、帰るぞ!」


 続けてエルが肩を揺すってみても彼は起きなかった。ろくな反応が無いところを見ると、かなり深い睡眠についているようだ。


(相当疲れていたみたい。私が気付かなかっただけで、彼なりに不安や苦悩があるのかもしれないわね)


 イズの考えは言わずと知れていることだった。この旅、魔王討伐任務に参加している五人の中で、ヴィーレだけは好きでここにいるわけではないのだから。


「私も起こしてみるわ」


「その前に少しいいか、イズ。呪文で人を燃やすと永久に目覚めなくなるからな? な? 絶対やるなよ?」


「あんたは私を何だと思っているの。今まで人を燃やしたことなんてないじゃない」


「鼻を炙られたり、串刺しにされかけたりした思い出があるんですが、それは……」


「それは半分あんたのせいでしょ!」


 引くわけにもいかず、そうしてエルと問答を繰り返していると、ヴィーレがおもむろに薄く目を開いた。彼の声とも呼べない低い鳴き声でイズ達もそれに気付く。


「あ、やっと起きたのね。もう帰るわよ」


「……あぁ、帰れるのか」


 ヴィーレは目を虚ろにして喋っている。ただし二つの赤は確かに目の前の三人を捉えていた。どうやら寝ぼけているようだ。


「よかった……。みんな無事に……」


「ヴィーレお兄ちゃん、すごく眠そうだね……」


「今日は色々あったから疲れてるんじゃねえの?」


「ほら、立ちなさい。ぐっ、なかなか重いわね……!」


 ヴィーレに肩を貸して立ち上がらせようとするイズ。魔力量が上がっても、まだ彼を持ち上げるだけの力は無いらしい。中途半端に持ち上げた状態でプルプル震え始めた。


「あの地獄が……やっと終わる……」


 そこまで言うと、ヴィーレは再び眠りにつく。それによって、さらにイズの足腰にかかる負荷が大きくなり……。


「きゃあっ!」


 最終的に彼女はヴィーレに押し潰される形で倒れてしまった。



 ――――その後、エルとカズヤによってイズは救出され、ヴィーレはエルがおぶって帰った。

 なにやらカズヤがしきりに「これはヴィーエル……BLだけに」と呟いていたが、何について言及しているのかは誰にも分からなかった。


 ただイズの中には、さっきのヴィーレの寝言が何でもないものだとは思えないという奇妙な引っ掛かりだけが残っていた。







 ランプ一つ分の灯りしかない部屋に帰ると、イズはすぐに床に就こうとする。ベッドに寝転がって天井を仰ぐ。片手を頭の上に乗せ、何をするでもなく虚空を眺めていた。


 いつもだったらネメスに字を教えたり、読書に勤しむのだけど、今日はそんな気分じゃなかった。


 部屋の外は異様な静寂が支配しており、人の気配もない。寂しさすら感じるほどだ。


(そういえば、最近ずっと誰かが傍にいたのよね……)


 本だらけの自室に籠りっきりだったかつての生活を思い出す。父親が狩りに連れていってくれた時と城に本を借りに行った時以外はほとんど出掛けたこともなかった。


 目を閉じて、ネメス達の顔を瞼の裏に浮かべる。一人が好きな性格だったはずなのに、彼女はあの賑やかさを恋しく思い始めていた。


(一人になるのはまだ良いとしても、よりもよってこんな館でってのが本当に最悪……)


 勇者達は館の客室を一人一部屋借りている。鍵付きだから籠れば安心なはずなのだが、残念ながら今夜は依頼というものがある。


 噂によれば、不可思議な音は夜から朝方にかけて鳴ることが多いらしいので、五人は二つの班に分かれ、夜中に交代で見回りをすることにした。


 メンバーはイズとエル、ヴィーレとカズヤとネメスの二班だ。

 戦闘に慣れてる二人を同じグループにするのにイズは反対したが、「こんな屋内にそこまで強い魔物は出ないだろう」と押し込まれた。無論ヴィーレから、である。


「ただでさえ怖いってのにエルとだなんて……」


 先に出るのはヴィーレ達の班だ。交代の時間にはイズ達を呼びに来ることになっている。

 それまでちょっと仮眠でも取るとしましょうかと、イズはそのまま体を脱力させた。


 しかし、すぐに彼女に緊張が走ることになる。


(……あれ、何か廊下から音がするような……?)


 意識を集中すると、確かに誰かが歩いているような音がしている。革靴が床を叩いているようにも聞こえるし、犬の爪音のようにも聞こえる。ともすれば濡れた雑巾を落としたようにも感じられた。


 その音はこちらへ遅々として近付いてきて、しばらくすると不意に聞こえなくなった。「もう通り過ぎたのかしら」と思ったら、再びそれは発生してイズの部屋の前を歩いていく。


 気配が最接近して分かった。その足音は明らかにヴィーレ達のものではなかったのだ。


 靴は履いていない。ぺたりぺたりと裸足で歩くような音だった。ノックをするでもなく、何かを探すようにしてずっと部屋の前を往復している。


 やがて、その足音は止んだ。止まった場所は、彼女の部屋の扉のすぐ向こう側だった。

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