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5話「暴かれる孤独」

 魔物討伐による魔力レベルの底上げ訓練は日没寸前まで行われた。町から少し離れた場所を徘徊し、見かけた魔物を片っ端から倒していく。


 五人で共闘したため、配分される魔力は五等分されてしまう。

 しかしそれでも彼らには十分強くなった実感があったようだ。町に帰ってきた五人は達成感と高揚感に心を満たされていた。


「いや~、疲れたな! 魔物共を駆逐するのはスカッとするしたけど! さっさと飯食って風呂入りたいぜ!」


「レベリングってやっぱり最高だね。呪文を放つたび、魔物を倒すたびに強くなってくのが分かるよ!」


「みんな、怪我はないでしょうね? あるなら回復してあげるからちゃんと言いなさいよ」


「魔物に何本か当てられました! 呪文も効果が上がってるし、ヴィーレさん達のおかげです!」


「おう。最後の方はほとんど命中してたぞ。あとで教えてくれたエルにお礼言っておくんだぞ」


 和気藹々(あいあい)とした雰囲気の中、五人はモルトの町へ戻る。


 動物のサポート施設に馬を預けてから、町の入り口まで引き返してくると、カズヤ達が昼間に買い物をした大通りが正面に見える。


 まだ日が沈んだばかりなだけあって、人通りはそこそこあった。日中よりも多いくらいだ。


(宿にいた人達も町の様子を見て回ってるのだろうか。気のせいかもしれないが、表情が暗い人が多い気がする。どうしたんだろう。飲食店や酒屋が混んでるのか?)


 ヴィーレが首をひねっていると、彼の頭にもう一つの疑問が通りすがった。


「あっ。そういえば、飯はどうやって作るんだ?」


「そりゃあ決まってるだろ。ガスが無いのに火を扱わなきゃいけないんだぜ? そこは一家に一人、イズ・ローウェル様の出番よ!」


「私の呪文をコンロ代わりにしないでほしいんだけど」


 館への道を歩きながらイズは細目で先導しているエルを見る。別に怒ってるわけではなく、冗談みたいなノリだ。人見知りの彼女も何とか距離感を掴み始めたらしい。


(でも、実際使い勝手いいよな。炎の呪文に氷の呪文。そりゃ生き残る能力も高いと判断されるわけだ)


 冒険を始めて何度かしたことのある感心事をするヴィーレ。そんな彼の隣へカズヤが並んで話しかける。


「簡単な調理器具はエルが持ってるよ。屋敷にも家具や食器はそのまま置いてたし、問題は無いと思うな。僕らは三人で料理をするから、ヴィーレ達は別の部屋で待っててくれる?」


「分かった。ネメス、何かして遊んどくか? 呪文の練習するにも、今日はもう疲れただろ」


「はい! あっ。じゃあ、昨日カズヤさんに教えてもらった『あや取り』をしたいです!」


「初めて聞く遊びだな。いいぞ。最初にやり方は教えてくれよな」


「はーい」


 えへへと笑って、ネメスは嬉しそうだ。ヴィーレの隣を歩く彼女の足取りが少し軽くなった気がする。


(そういえば、こいつと二人きりになるのは今回初めて会った時以来か。せっかくの機会だ。存分に楽しんでおこう)


 ヴィーレの成さなければならない目的は二つある。

 一つは自分以外の仲間に強くなってもらう事。もう一つは魔王城へ着くまでに全員と仲良くなる事。


 いつも前者に神経を傾注している彼だが、今日の残り時間は後者に尽力するようだ。


「ところで、私は呪文を使うだけでいいのかしら? 助けが必要なら手伝うけど」


「あぁ、全然大丈夫! だから大人しくしてて!」


「あらそう」


 カズヤはイズにどうしても食材に触らせたくないらしい。ネメスの隣から歩みを速め、彼女に近づく。必死に話を逸らしているのは端から見れば明白だった。


(おそらく、薬草ジュースを飲んだ時にあいつもイズの味覚がイカれてることに気付いたんだろう。ナイスだ。危うく初めてのニホン料理が台無しになるところだったぞ)


 カズヤのフォローに心の底から安堵する。ヴィーレは食い意地だけは立派な男だった。


 そこでふと、彼は今日の成果を確認し忘れていた事に思い至る。つまり『魔力量がどれだけ上がったのか』という問いの答え合わせである。


(……そうだ。一応忘れないうちに、全員のレベルを確認しておくか)


 皆の会話の邪魔にならないよう、ヴィーレは全員をチェックしていく。イズ、カズヤ、ネメス、エルの順だ。


【レベル125・彼女は少しずつ変わりだしている】


【レベル91・もう帰れない】


【レベル59・いじめられっこは卒業した】


【レベル196・魔物を心の底から恨んでいるようだ】


 空中に浮かぶ文字列を一通り読み終えると「ふむ」と声を漏らす。


(まあ順当だな。できればもう少し上げたかったが、最も数値が低いネメスでも弱い魔物なら一人で倒せるくらいには成長したし、これで最低限の自衛はできるだろう)


 館への道を五人で歩いていく。その最中、ヴィーレは比較的順調な進行状況に満足すると共に、強くなったネメスやカズヤに新しい武器を与えなければと考えるのであった。







 ヴィーレは豪邸にありがちな無駄に広い部屋に、これまた無駄に面積の大きいテーブルがある部屋で、ネメスにあや取りを教えてもらっていた。

 広々とした空間に二人きりという状況でも、彼女の明るさのおかげで寂しさなどはちっとも感じない。


「なかなか難しいな……」


 あや取りという遊びに対して、想像していた以上に苦戦してしまっているヴィーレ。この手の細かい作業はどうも苦手みたいだ。


「それはこの指をここに通すんですよ~」


 ネメスは彼女の手にある糸の輪を器用に何らかの形へと変えていく。やがて完成形が出来上がると、得意げにそれをヴィーレの眼前にかざしてきた。


「はい、これが梯子ですっ!」


 確かに、彼女の指を通る糸は、梯子と言われれば梯子に見えなくもないような形をしていた。


「凄いな。まるで魔法みたい……あぁ、分かった。モデリングの呪文使ったんだろ?」


「そんなインチキしませんよ~! ヴィーレさんが不器用なだけですっ!」


 興味本位で意地悪を言ってやったら、ネメスはぷいっとそっぽを向いた。拗ねてるふりをしているようだが、怒ってないのはバレバレだ。


「すまんすまん。……そういえば、どうしてネメスはずっと敬語なんだ?」


 ふと湧いて出た疑問を口にするヴィーレ。


(これは確か、今まで一度も聞いたことは無かったはずだ)


 特に何かを意図して投げた質問ではなかった。なかったが、どうして彼女はずっと固い言葉で話し続けてきたのかが、今更ながらに気になってしまったのだ。


「えっ。えーっと……やっぱり、気になりますか?」


 ネメスは気まずそうにヴィーレの様子を窺う。別に責めているわけではないのだが、彼に対して良くない感情を抱いているようだ。


「いいや、なんとなく聞いただけだよ。お前がその話し方に慣れてしまったのならそれでいいさ」


 あまり長く続けるべき話題ではないと判断して、早々に会話を切り上げる。ところが、当のネメスが話の続行を望んだ。


「ヴィーレさんは……普通に話しても大丈夫ですか?」


「ん? それは、どういう事だ?」


「ヴィーレさん達はわたしを、置いていったりしませんか……?」


 彼女との距離が急に暴かれた気がして、心ともなく息を飲む。


 その言葉はただ寂しいからという単純な感情によって発されたものではなかった。彼女の短く、そして過酷すぎた過去が生み出した、一つの結果だ。


 ネメスはポツポツと事の詳細を語りだした。


 彼女は幼少期、どこにでもある幸せな家庭の一人娘だったそうだ。

 ある日、ネメスの両親が消えた。彼らが死んだのか生きているのかなんてのは誰にも分からない。


 いずれにせよ、彼女はそれから路頭に迷ったのだ。家も家族も失い、引き取ってくれる身内も施設もない。飢えに苦しみ、雨風に晒され、それでも懸命に生きていた。唯一の楽しみは、たまに見かける野良猫を愛でることだけ。


 ある日、彼女の公園に一人の男がやってきた。後ろに流した長めの髪が似合う中年の紳士だ。

 彼は少女を見て驚くと、「お嬢ちゃん、パンはいかが?」と言って、彼の昼食だったであろうパンを半分差し出してきた。


 その男は次の日からも毎日公園に来てはパンをくれた。そしてほんの少しのお話をしてくれて、毎日ネメスに『幸せになれる魔法の言葉』を唱えた。


 それが彼女の二つ目の楽しみになりつつあった時、プツンと糸を断ったように男は現れなくなった。


 彼女は悟った。また捨てられたのだと。裕福な子どもたちから理不尽な暴力を受け、絶望に暮れるなか、小さな少女はこう思った。


「誰もわたしを必要としていない……大切な人は突然消えてしまう……。それなら、もう無闇に心を開かないでおこう。優しい人がいても、距離をとって接しようと思ったんです……。結局こうしてついてきちゃってますけど。チグハグですよね、えへへ」


 乾いた笑いが痛々しい。

 今までネメスの抱える問題にどうして気付いてあげられなかったのかと、ヴィーレは心底自分に腹が立った。


「そんな事ない。お前は悪くないんだ。自分を責めるな」


 ここで挫けられてはマズイ。彼女はパーティーの精神的支柱だ。

 勇者は打算的で、合理的で、無感情的な思考をもって、言葉を紡いだ。


「お前をいらないだなんて誰も言わないよ。エルもイズもカズヤも、ネメスのことを妹のように思ってるはずだ」


 立ち直らせるため、できるだけ優しい言葉を選んで渡す。しかし、彼女の纏う雰囲気は変わらず重苦しいままだ。


 椅子に座ったまま腰を曲げてみても、その伏せられた顔を伺うことはできないが、いつもの太陽みたいな笑顔が消え失せていることだけは分かった。


「大丈夫。お前を捨てる人なんてもういない。イズ達がお前を置いていくと思うか?」


 依然として彼女の反応はない。まるでヴィーレの言葉が聞こえていないみたいだった。壁に向かって話しかけているような感覚だった。


「みんなお前のことを大切に思ってる。あいつらならずっと一緒にいてくれるだろう。魔王を倒した後だって、きっとイズが……」


 そこでヴィーレの口が止まった。突然、彼女が顔を上げたのだ。


 泣いていた。流れる涙を拭うこともせず、こちらに静かな敵意を向けている。


「ねえ。どうして……」


 静かな部屋に彼女の声だけが響いた。


「どうして、『ヴィーレさんが』じゃないんですか?」


 何かが胸に刺さったような錯覚に陥る。彼女の(にご)った双眸が暗に「失望した」と言っているように感じた。


「結局、ヴィーレさんはわたしのことなんてどうでもいいんですよね。これが終わったら、全部イズさん達に押しつけるつもりだったんだ……!」


 ここにきてヴィーレは初めて自分が犯した過ちに気付いた。孤独を恐れる彼女に、彼は最も酷い言葉を投げかけていたのだ。


「きっとイズさんも、エルさんも、カズヤさんもそう! みんな心の中ではわたしを邪魔だと思っていて、最後には捨てるつもりでいるんだ……! ママやパパや、オジサンみたいに!」


 彼女は手に握っていた糸を机に置き、椅子から立ち上がった。

 こちらを一瞥すると、ヴィーレに背を向けて歩きだす。向かう先は部屋の入り口だ。


「勇者さんはきっと優しいから、わたしのお願いを断れなかったんですね。……ごめんなさい」


「おい! どこに行く気だ」


 このままではマズイと慌てて制止するが、振り向いたネメスの瞳には、温もりなど毛ほども無かった。人形のように表情が消えている。


「今までありがとうございました」


 淡々とそう告げて、彼女はテーブルの上に乗せてあった籠を投げつけてきた。あや取りのための糸が入ったものだ。大量の毛玉がヴィーレにぶつかる。


「《モデリング》」


 ネメスが唱えた途端、ヴィーレの体に糸が絡まりだした。手足が縛られ、目と口まで塞がれる。網のようになった糸がギリギリと肌に食い込むほどに、強く強く拘束されているのだ。


「ぐっ……!」


 うまく身動きがとれず、地面に転がってしまうヴィーレ。急いで拘束を解こうとする彼に、少女の冷たい声が届いた。


「さようなら」

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