4話「一方その頃――――」
「うわぁ! 美味しそうな物が一杯です!」
カズヤ達三人はモルト町の商店街に来ていた。迷子にならないようネメスとエルは手を繋いでいる。
辺りは戦争中とは思えないほど平穏だった。人はそんなに多くないけど、閑散としているわけではない。少なくとも今は表向き笑顔の人が多く良い町に見える。
(アルストフィアでも思ったけど、割と生活水準は高いのかな)
ネメスと同様に落ち着きなく周りを見回すカズヤ。
(この通りにある店、見た感じは日本の商店街と違って、異世界ものでよく見る木製の屋台ばかりだ。こういうの見るとテンション上がるな~)
赤い屋根と石造りの壁が特徴的な建物が両脇に並ぶ大通り。顔を上げれば上空に無数の傘が開いた状態で吊るされており、それらを通って地面に着いた日光は色鮮やかな六角形模様を作り出している。
「まず何から買おうか? 水は最後の方がいいよね?」
「そうだな。飲み水なんかも結構用意しなきゃならねえだろうし」
こうしているとやはり水道や電気、ガスは大切だったのだと感じる。カズヤは日本の生活を思い出すが、すぐに記憶を頭の隅へ追いやった。
「お金足りるかなぁ」
クエストの報酬はかなり高価であるが、そもそもあの屋敷に宿泊するために必要な物を買い揃えるのに、結構な費用がかかるのだ。カズヤの気がかりはつまりそういう事だった。
「心配いらねえよ。これでも貯金はしてるんだぜ」
自分の胸を親指で叩いた後、彼は少し跳ねてみせた。荷物に入っている硬貨が互いにぶつかり合って重く短い音を立てる。
(凄いな。かなり入っている音だぞ。見かけによらず、節約家なのか?)
彼の意外な性質に目を見開くが、正直に告げると拗ねられそうなので黙っておく。
「それなら安心だね。じゃあとりあえず食材から買い始めようか。……あ、そこの肉屋で買い物していいかな?」
「いいぜ。ニホン料理ってやつがどんなもんか楽しみだなぁ」
「わたしもカズヤさんやエルさんが初めて作ってくれる料理を食べられるって思うと今から楽しみですっ!」
エルは舌舐めずりし、ネメスはキラキラした目を二人に向ける。
(かなり期待されているみたいだ。これは失敗できないな~。日本の名誉のためにも、会心の出来にしなければ)
純粋な仲間達に自然とカズヤの表情も緩む。
肉屋の商品を見ると、そのほとんどが日本で一般に販売されているものだった。カズヤはその光景に少し違和感を覚える。呪文があることを考えても、充実しすぎな気がした。
(やはりこの世界の文化、ところどころ不自然な発達を見せている箇所がある)
主に服や食材だが、ガスや水事情だってそうだ。明らかに周りの風景から浮いた存在をここに来るまでにも何度か見かけた。
(やっぱりここって凄く地球との共通点が多いよね……。しかもなんで人類の共通言語が日本語なんだろう?)
見たところ店が木製で、店主の髪が黒くなくて、肉がプラスチックの容器に入っていないくらいしか差違がない。レジ代わりに算盤のような物があるが、その他はカズヤがどこかで見たことのあるものばかりである。
(……おっと、今は買い出し中だったね。ついつい考えに耽ってしまった)
また余計な思考に囚われそうになったところで現実に戻ってくる。カズヤはヴィーレに言われたことを思い出して隣の少女を見た。
「いいかい、ネメス。買い物っていうのは、ここにある商品とエルが持っているような通貨を交換することで成り立つんだよ」
目線をネメスに合わせてそう教えると、エルが硬貨入れの袋を開けて中を見せてやってくれた。ジャラッと音を立てる硬貨たちを、彼女は感嘆の声をあげて覗き見る。
肉屋の店主は迷惑そうな顔一つ見せずに、微笑みながらカズヤ達の様子を見守ってくれていた。この町での勇者の評判がどれほどかは分からないが、結果的にヴィーレを残してきたのは正解だったかもしれない。
(まさか中学生くらいの子に買い物を教えることになるとは、夢にも思わなかったな)
薄く苦笑するカズヤへネメスが興奮ぎみに話しかける。
「これ、硬貨って言うんですね。見たことありますっ! お金のことですよね? 沢山種類がありますけど……」
「あぁ、これは銅貨って言ってな――――」
エルが一つ一つ硬貨を取りだし、ネメスにも分かりやすいように、何かに例えたり、表現を工夫してそれぞれの価値を説明する。
(確か、硬貨の種類は六種類あったはずだ。商人の子から購入した『異世界観測記~ニホン編~』の中に、当時の日本円の価値とこれらの硬貨の価値を比べているページがあった)
銅貨一枚で一円。他には大銅貨が十円、銀貨が百円、大銀貨が千円、金貨が一万円、大金貨が十万円とのこと。そして銅貨一枚、つまり一円は一ぺドルという単位となっている。
(そう考えると、あのローブ娘の店の初回サービスは良心的すぎるほどに激安だったんだな。さっき買った時は普通にそれなりの値段したから、本当に初回だけだったんだろう)
なぜ彼女がそんな事をしていたのか。儲からないだろうことは異世界事情に疎いカズヤにも流石に察しがつく。
だが、それ以上に彼が思考のリソースを割いているのは、件の本についてだった。
(それにしても結局、あの本は何だったんだろう? モルト町の入り口で、あのローブの子に本の著者『アダム』について聞いたけど、行方不明になったみたいって言うし……)
喉に魚の小骨が突っかかっているような心持ちであった。
(まあ、今はいいや。考えるのは後にしよう。急がなければならない話でもないしね)
しかしながら、彼はそれを呆気なく飲み込み、疑問を疑問のまま放置したのだった。
「どうだ? 材料は揃いそうかよ?」
街を歩きながら買い物を進めていると、エルがカズヤにそう尋ねてくる。
彼らの買い物は驚くほど順調だった。肉も魚も野菜もソースも、必要なものは大体は揃っている。揃っているのだが……。
「ダメだね。あっちの世界の、外国の料理なら作れそうだけど、日本料理特有の出汁を取るものや醤油なんかが無いや」
そう、肝心の物が無いのだ。日本の食材以外にも、アジア発祥の料理を作る素材が見当たらない。
加えて海産物もかなり不足していた。流通が発達していないのも勿論あるが、海中の魔物は陸のそれに比べて強力だからという事らしい。
(当然といえば当然なんだけど、これじゃ日本料理を振る舞うことは到底できなさそうだな……)
カズヤが難しい顔をしてこめかみを掻いているところへエルが間抜けな声をかける。
「ショウユ? それって……これの事か?」
言いながら彼は自分のバッグから見慣れた容器を取り出す。それに巻き付けられたラベルには確かに『醤油』という文字がデカデカと書いてあった。
「えっ」
カズヤは自らの目を疑う。エルに許可をとって蓋を開けてみても、やはり匂いは完全に醤油のそれだ。
「ど、どこでこれを?」
「あぁ、さっきあのローブの女の子のとこで買ったんだよ。見たことのない食材や調味料があったんでな。他にも買ったものあるぜ。見るか?」
そう言ってエルはリュックを渡してくる。カズヤは戸惑いつつも受け取って中を確認してみた。
「これは……ワカメ、かつお節、ゴボウに納豆!? ど、どうなってるんだ……」
そこには日本のスーパーに売ってある物をそのまま持ってきたような、異世界にあることが不自然すぎる存在達がいた。
(明らかにおかしい。これは一体どこで作られたものなんだ? ローブの商人……得体の知れない人物だとは思っていたが、彼女は決定的な何かを知っている気がする)
そう思考するや彼はバッグをエルに返して振り返った。
「ちょ、ちょっとごめん! すぐ戻るからここで待ってて!」
確かめずにはいられなかった。あの少女、もしくはあの子に商品を与えている者が何者なのかを。
「ハァ……ハァ……ッ!」
町の入り口まで力の限り走った。レベルが少し上がったからか、体が疲れにくくなっている気がする。それでも息を切らすほど、無我夢中で駆けた。
町を出て、先ほどまで彼女がいた場所を見る。しかし、彼女は店ごと初めから居なかったかのように、忽然とその場から姿を消していた。
カズヤ達が買い物を済ませ、館に帰ると、イズはもう普段通りに戻っていた。
ヴィーレも無事だったことにカズヤとエルは少し驚く。逆ギレした彼女にボロ雑巾みたいにされているだろうと思っていたからだ。
「よう、ヴィーレ! ニホン料理、食べられるみたいだぞ!」
「そうか。材料が見つかってよかったな。カズヤ、美味いものを期待してるぞ」
「うん。みんな楽しみにしてくれてるみたいだし、腕によりをかけて沢山作るよ!」
彼は爽快に答えて腕まくりをしてみせた。
(さっきの事はまだ黙っておこう。他はともかく、ヴィーレのことはまだ微妙に信じきれない部分がある。迂闊な行動は慎むべきだ)
笑顔の裏でそんな判断を下しながら。
「じゃあ早速用意をしてちょうだい。今から夜まで町の周りで魔物狩りをして、魔力量を上げまくるわよっ!」
「おーっ!」
拳を握るイズに応じて手を精一杯伸ばすネメス。どうやら本格的に強くなるための時間がきてウキウキしているらしい。
「イズさん、その前にこの食材や水を入れるための氷の箱を呪文で作ってくれない? 冷蔵庫代わりにしたいからさ」
カズヤが荷物を掲げて見せる後ろでエルはドラミングしている。
「よし、帰ったらニホン料理だ! 腹空かせて帰るぞ~!」
「飯の後にすぐ寝たりするなよ。幽霊調査の前に近くの温泉へ行くんだからな」
ヴィーレは念のため全員に聞こえる声量で注意しておいた。間を置かず四人分の返事が同時に返ってくる。
そうしてガヤガヤと騒ぎながらも、勇者一行は準備を整え始めるのだった。




