2話「はじめてのとうばつ」
ヴィーレがイズにカズヤを渡してから、勇者達が休憩に費やす時間は劇的に減った。
今朝までの遅々とした進行が嘘のようだ。地図上の道をスイスイと進んでいく。ここに来て初めて彼らは魔王城への距離を縮められたのだ。
「待て! 馬を止めろ」
しかし、もうすぐモルトの町が見えるという頃になって、勇者一行は移動を停止した。指示を出したヴィーレは片手を挙げて前方に注意を払っている。
そこにはアルストフィア村で見かけたような異形が三体立ち並んでいた。
この世界に住んでいる者なら皆が皆認知している危険生物。
五人の行く手に立ちはだかったのは『魔物』と呼ばれる存在だ。草原に引かれた一本道の上で、緑の塊の集合体が不気味にうねっている。
「魔物か……。先に発見できてよかった。奴らはまだこちらに気付いていないらしい」
「あと少しで休めると思っていたのに……。ついていないわね」
「どっちかって言うと、ユーダンクからここまでの間に敵と遭遇しなかったのが幸運だったんだろうけどなー」
ヴィーレ、イズ、エルと、比較的冷静に会話を交わす三人。声を抑えていたり、嫌悪感を示していたりはするが、恐怖などといった感情は抱いていないようだ。
一方で、初めて魔物を見るであろうカズヤとネメスの二人はといえば、おぞましい異形の姿に深く戦いていた。
「あ、あれが魔物……。想像していたよりずっと気持ち悪い見た目だね……。ゴキブリの裏側を見せられている気分だよ」
「絵本に出てきたお化けみたいです……」
ネメスは怯えているのか、ヴィーレの背中にまたも密着してきていた。
けれど、興味関心はあるようで、彼の脇の下から恐る恐るといった様子で魔物を観察している。
町への道の上に居座っているのは三体の植物系の魔物だった。
蔦が無数に絡まり合って、生き物の姿を形成している。一体は人型で、残りの二体は犬型だろうか、四本足の獣を模した形になっていた。
「昨日話し合った通り、これから出会う魔物は、可能な限りすべて倒すようにするぞ。先の事を考えると必要な手間だ。頑張ってくれ」
「偉そうに命じているけど、ヴィーレもこの前まで農民をやっていたわけだし、大概弱いわよね? この前の魔物との戦闘では上手く立ち回ってたみたいだけど……」
指示したヴィーレにイズが率直な意見をぶつけてくる。「大丈夫なの?」と言いたげな視線に、ヴィーレは言葉を返せずに一瞬黙ってしまった。
(いずれにせよ、今のパーティーのまま進むのは相当な危険を伴うだろう。四人いる仲間の内で、戦闘慣れしているのがイズとエルだけって状況がなかなかにキツい。ネメスとカズヤにも、早いうちにある程度の経験を積ませた方がいいだろう)
件の二人の様子を盗み見てから、ヴィーレはイズに返答する。
「……そうだな。ちょうど敵も三体だ。俺とネメスとカズヤで相手をしよう。イズとエルは危なくなったら手助けをしてくれ」
「結構危険そうだが大丈夫か、それ。まっ、三人がいいなら、別に俺は反対しねえけどさ」
エルはそう言うと、懐からナイフを二つ取り出して、ペン回しをするようにシュルシュルと両手で弄び始めた。暗器をそんな簡単に披露してよいのだろうか。
「私は……本当は止めたいけど、甘やかしてばかりじゃダメよね。ネメス、気を付けるのよ。危なくなったらすぐにこちらへ走ってきなさい」
「少しは僕達の心配もしてほしいんだけどな~……」
カズヤが頼りなくそう漏らすも、ネメスを心配するイズの耳に、その声は届いていなかったようだ。可哀想に。
「わ、わたし頑張ります!」
ネメスはガッツポーズを作ると、弓と矢を取りだし、馬から飛び降りた。気合いは十分にあるようだ。
ヴィーレも大剣を携え、馬を降りると、ネメスの隣に並んで魔物の姿を凛と見据える。遅れてカズヤもついてきた。
(そういえば、カズヤはイズと同じく呪文だけで戦うつもりなんだろうか。武器なんて持っていないようだったが……)
疑問に思うヴィーレ。尋ねてみたいところだったけれど、もう既に時間は残されていなかった。
複数。人肌を鞭できつく叩いたような音がする。
それは言葉を解さない魔物による警告、威嚇であった。つまり、彼らが勇者一行の気配を察知したという事。
「来るぞ」
ヴィーレが構えを深めながら告げた、まさにその直後。
ようやくこちらの存在に気付いた魔物たちが、こちらへ向かって一斉に襲いかかってきた。
彼らの標的は想定通り、ヴィーレ、ネメス、カズヤの三人。
植物犬達はまるで本物の獣ように素早くこちらとの距離を詰める。その最中にも体からはみ出た蔦がしなり、地面を激しく叩いていた。
「ヒッ……!」
あまりの迫力に怖じ気づいたネメスが慌てて魔物へ矢を放つ。
だが、それは明後日の方向に飛んでいってしまう。緊張によって指が滑ってしまったようだ。
「落ち着け、ネメス。ゆっくりでいい」
「は、はい……!」
ヴィーレの指示に顎を素早く引いて頷くネメス。
彼女はもう一度弓を引くと、大きく深呼吸をした。目を瞑り、意識をスマートに絞っていく。
体は脱力させ、素早い標的の動きを予測しながら、矢をつがえ、弦を引いて、引いて、引いて、引いて――――
「……ふっ」
そして、開眼。息を吐き終えると同時に放たれた矢は、見事、一体の魔物に命中した。
「やったっ!」
諸手を挙げて喜ぶネメス。
隣のヴィーレとカズヤに「見た見た?」と瞳だけで訴えかけている。褒めてほしそうだ。
が、魔物が動きを止めたのは一瞬のことで、すぐにまたこちらへ向かって全速力で駆け寄ってきた。
蔦の集合体であるからだろうか。確かに矢が相手の脳天を撃ち貫いたはずだけれど、ダメージはそれほど通っていないようだった。
魔物が三人の手の届くところまであとほんの少しというところまで迫る。
一般人なら獣の荒い息遣いにパニックへ陥るはずのシチュエーションだが、ヴィーレはカズヤの行動を密かに注視しているのみだった。
本人達にその自覚はないが、互いの腹の探り合いは続いているのだ。
そこでヴィーレが全く動きを見せないカズヤの様子を再度伺うと、意図せず彼と視線が合ってしまった。
と思いきや、すぐさまカズヤはこちらから目を逸らしてしまう。
(……何をしていたんだ?)
相手方の不自然な行動に眉を寄せるヴィーレ。
けれど、彼が疑問を声に出す前に、カズヤは誤魔化すような慌ただしさで声高らかに呪文を詠唱した。
「《エクスプロージョン》!」
その言葉により、小規模の爆発が二体の魔物の間に発生する。圧縮された高密度の空気の波がヴィーレ達の鼓膜を激しく揺さぶった。
小規模とはいえ、間近で起きた空気の破裂に耐えきれなかった魔物達は弾けとび、そのまま自身の姿を霧散させる。
「やるな」
ヴィーレはカズヤの方を向いてそう言った。
彼の扱える呪文の威力に対して、その有用性を認め、素直に感心しているらしい。肩でも叩いて初めての討伐達成を賞賛しようとさえしていた。
しかし、それはもう一つの脅威によって妨害されるだろう。
カズヤ達のもとへヴィーレが近付こうとしたその時、勇者は足元の地面が僅かに揺れている事に気付いたのだ。
「ネメス、カズヤ、そこを退けッ! 下にいるぞ!」
ヴィーレがそう叫んで飛び退いた瞬間だった。地中から土を割って、無数の蔦が伸び生えてきたのは。
彼らがさっきまで立っていた道の先を見てみると、人型の魔物が自らの右腕に当たる部位を地面に差し込んでいるのが分かる。
(あそこから地下を通して、触手のようにした蔦で俺達を捕まえようとしたのか)
伸びた蔦は嫌らしく空を彷徨い、勇者とその仲間をどうにかして捕獲しようとしているようだ。
捕まれば最後。手足を押さえられ、身動きは完全に封じられる。そうして獲物を待っている結末は蹂躙と虐殺だけだろう。決して気を抜けない相手だ。
が、そこで、ウネウネと動く植物の様を眺め、場違いな感想を漏らす者が一人。
「なんか……エッチな本に出てくる触手みたいで、エロいっすね」
「おいおい。ニホン人とやらは植物にまで欲情すんのかよ」
「いや、そういう事じゃないんだけど……」
じゃあどういう事だよ。と、カズヤに問いただしたいヴィーレだったが、今は魔物の退治が優先だ。この件については後に回すことにする。
勇者は大剣を構え、目の前の蔦を無視して走り出した。
目指すは本体。末端の部分を狙うのは無駄だと判断しての行動だった。
(俺だけ何の活躍もないと、仲間達からの信用が無くなるしな)
魔物がもう片方の腕をこちらに伸ばすと、無数の蔦が彼を絡み取るべく、勢いよく伸長してくる。
ヴィーレが首をずらしてそれを避けると、蔦の空を切る音が耳に届いた。彼は臆する事もなく伸びてきた部分を剣で叩き切る。
落ちた緑の塊は鈍い音を立て、消失する。安心できるのも一瞬。ヴィーレが再び目を前にやった時には、既に目前へ次の攻撃が迫っていた。腰を低くし、突き上げるようにしてそれも切る。
体を削った攻撃なのだろうか。若干ではあるが、前方の魔物が小さくなっていっている。
「《チェック》」
【レベル78・これほど惑星に優しい生物が未だかつて存在しただろうか】
浮かび上がってきた数字は体を削られるごとに減少していっている。どうやら全くの無傷とも限らないようだ。
「それにしても、相も変わらず意味不明な文章だな」
疾走しながら呟くヴィーレ。
切っては避け、切っては避けてを繰り返し、徐々に魔物との距離を詰めていく。
「う、うわーッ!?」
すると、不意に後ろから叫び声が聞こえた。
魔物の攻撃を避けながら振り返ると、ネメスとカズヤが蔦に捕らえられ、宙に縛り上げられていた。二人とも喉を絞められている。
「ったく、何してんだか……」
ヴィーレはその姿に半ば呆れながら頭を片手でボリボリ掻いた。
直後、加速して一気に魔物の体へと迫り、振り下ろすようにして頭から一刀両断する。今までの動きがお遊びに思えるほどの速度だった。
緑の塊が消滅したのを確認して勇者が背後へ目を向けると、落ちていくネメスをイズが、カズヤをエルが受け止めているところだった。
「普通に首折られそうになったんですけど……。同人誌で見たのと全然違うんですけど……」
皆のもとに戻ると、カズヤが鬱々とした様子で何やら愚痴をこぼしていた。膝を抱えて地面に座り込んでいる。
(ドウジンシとやらにも、ああいう化け物が出てくるのだろうか。ニホンって国どうなってんだよ。カオスだな)
異世界への勘違いを加速させつつも、ヴィーレはもう一人の被害者へと目を向けた。
ネメスは苦しかったようで、まだ呼吸を整えている。
その姿を見てヴィーレはひとまず安心する。レベル1だから首の骨を折られるんじゃないかと思って、内心かなり肝を冷やしていたのだ。
「……おい、エル。顔のそれ、どうしたんだよ」
視線を外した先にいたエルに尋ねる。どういう訳か、彼の頬には紅葉のように鮮やかな手のひら模様がついていた。打たれたんだろう。誰にやられたかは言わずもがな。
「ネメスが植物犬の魔物に矢を当てたのを見て、こいつが私にしょうもないギャグを言ったのよ。『見たか、射ぬいたぞ! 犬だけに……ってね!』って」
イズがエルの物真似を交えて説明してくる。なかなか特徴を捉えてらっしゃる。
「ハハハ。あー……面白いな?」
「えっ。そこで僕に振らないでよ!」
反応に困ったのでカズヤにキラーパスを渡してみるヴィーレだが、即突っ返された。
「それにしても、見てるこっちがヒヤヒヤしたわよ。やっぱりまだ早かったようね。兵士達ですら基本的に数人がかりで魔物を退治するんだもの。経験を積むのも大切だけど、その前に知識と魔力を一定量つけた方が良いわ」
イズの冷静な分析が炸裂する。シュンとしていたネメスが更に縮こまっていった。
カズヤは口をすぼめて、なんとも言えない表情をしている。魔物を前にして冗談言ってたくらいだ。油断が命取りになったのを実感したのだろう。
縮んだ結果、膝を抱えてションボリ項垂れていたネメスが重い口を開いた。
「すみません……。ちゃんと活躍できなくて……」
「まあまあ、そう落ち込むなって! 誰も怪我してないんだしさ。それに、あの魔物にネメスちゃんの武器は相性が悪かったみたいだし、当てられただけで上出来上出来!」
エルが咄嗟のフォローに回る。
「その通りだ。あんまり失敗を引きずっていても仕方がない。反省は次に活かすためにあるものだからな」
ヴィーレも追随して雰囲気のリセットに努める。
「あと少しでモルトの町が見えるはずだ。気を取り直して行くぞ」
言いながら蔦が出てきた地面の凸凹を均すヴィーレ。穴があった部分を何度か踏むと再び馬に乗り、彼らはその場を後にした。




