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1話「旅立ち」

「魔王……! やっと、やっとここまで辿り着いたぞ……!」


「ヴィーレ、油断するんじゃないわよ! ここが一番の正念場なんだから!」


「ほんとに戦うんですか……? こ、こんな姿の……」


「……ネメスちゃん。気持ちは分かるが、やるしかねえんだ」


 長い、本当に長い旅の先で今、勇者達は悪の根元である魔王と対峙していた。


 魔王の間には神聖な空気が漂い、奴の姿は背後のステンドグラスから差し込む光によって黒い影と化している。


 それぞれがこれまでに無いような緊張感に襲われていた。汗が頬を伝い、手足が震えているのを感じる。


 怖いのだろうか?

 いいや、そんな訳はない。


 しかし、彼らの中にある決意が揺らいでいるのも事実だった。


「……必ず、四人で帰るぞ」


 勇者の呟いた言葉が皆に向けられたものなのか、自らに発破をかけるものだったのかは分からない。


 彼は自らの相棒である大剣を握り直し、途切れそうになる息をゆっくりと吐いて、覚悟を決める。


「ウオォォォオオオッ!!」


 全力で地面を蹴り、雄叫びとも悲鳴ともつかないような大声をあげながら、勇者は悠然と構える魔王に斬りかかった。







 ひどく長い夢を見ていたような気がした。


「おい、起きろよヴィーレ! もう出る時間だぞ!」


 エルの呼び声と、体を揺すられる感覚で意識は覚醒する。


「うん……? あぁ、朝か……」


 険しい表情で呻きを漏らすヴィーレ。


 上体を起こすと、寝間着が汗でべったり背中に貼りついてきた。不快だ。おまけにさっきの夢のおかげで、気分まで悪いときた。


 彼はまだ開ききっていない瞳で部屋の中を見渡してみる。


 すると、カズヤも先ほど起きたばかりらしく、ボーッとしながら着替えを始めていた。


 エルは既に準備を済ませている。集合時間になっても起きない二人を、わざわざ起こしてくれたのだろう。


 と、そこで、こちらの異変に気付いたカズヤが案ずるように声をかけてきた。


「ヴィーレ、大丈夫? なんか顔色が悪いようだけど……」


「ああ……。心配するな、カズヤ。ちょっと嫌な夢を見ただけだ」


「ほーん。俺が内容を当ててやろうか。何かやらかして、イズに燃やされる夢。当たりだろ?」


「……まあ、そんなとこかな」


 あの夢の後の展開的には、あながち間違っていない気がする。ヴィーレは適当に質問をいなしながら思った。


 頭をわしゃわしゃと掻き乱してから、ヴィーレはようやくベッドを降りる。


 だが、その直後、不意にエルがヴィーレとカズヤの肩に手を回してきた。


 続けざまに二人を無理やり近くまで引き寄せてくる。そして、朝っぱらから無駄に大きい笑い声を、容赦なく彼らへと浴びせかけた。


「澄ました顔してっけど、お前も実はアイツの凶暴さに怯えてたんだな。よしっ! ここに『暴君イズ被害者の会』を結成しよう!」


 余計な同情をかけられた挙げ句、何やら急に決めだした。


(カズヤは今のところ、特にイズからの被害は受けてないだろ……)


 心の中で軽くツッコミを入れるヴィーレ。


 彼は「ガハハハ」と笑うエルの手から器用に抜け出すと、再度身支度に取りかかる。


「意外だな。勝手に見た目で判断しただけだが、お前は女が好きな軟派野郎だと思っていた」


「そうだね。なんかチャラそうだし」


 カズヤもエルからスッと離れて話に混じる。


 チャラそうという言葉がどういう意味なのか。それはヴィーレにとって知り得ない事項であるが、バカにしているのだけは伝わったようだ。


「まあ、そりゃあ女は好きだけどよ……。年下の女から振るわれる暴力が好きだなんて性癖は流石にねえな」


「アハハ。あれをいつか僕も食らうんだろうかって、いつもビクビクしながら見ているよ」


 カズヤが爽やかに笑いながら応じる。


 その顔からは危機感など微塵も感じとれなかった。十中八九、間違いなく他人事だと思っている。


 彼の余裕を受けたヴィーレは、「いつかイズにぶん殴られてしまえ」なんて心中で悪態づきながら、エルにもう一人の少女の事を尋ねてみた。


「ネメスはどうだ? 最初は人見知りがちだったが、今のアイツならまだ会ったばかりのお前にも分け(へだ)てなく接してくれるだろう」


「確かに、すごく良い子だよな。あれで要領もいいんだぜ。お前らが寝てる間に、弓の訓練を手伝ったんだけど、あっさり的へ()てられるようになりやがった。ありゃあ才能あるな」


 エルはそこまで話すと、一転して顔を渋くさせる。


「問題は、あの子の面倒を見ているのが、主にイズだって事だ。アレに似なきゃいいんだが……」


「そ、それは嫌だね……」


 カズヤはどんな想像をしているのか分からないが、ひきつった顔をしている。


 相当失礼な会話である。まあ、イズの素行が酷いから、これくらいの反応は当然かもしれないけれど。


「だが、そうは言っても、魔王討伐任務を終えたら、一番経済力のあるイズがネメスを引き取る事になるんだろうな。溺愛してるみたいだし、むざむざ俺達に預けたりはしないはずだ」


「はぁ……。なんてこった。ネメスちゃんに会うためには、イズの家をいちいち訪ねなきゃならんのか。きっと魔王城より恐ろしいダンジョンだぞ……。頼むから、挑戦するときはお前らも一緒に来てくれよ!」


「エルの中でイズさんは魔王以上に凶悪な存在なんだね……」


「そんなに怖がってるのに結局行くのかよ」


 カズヤと二人で呆れながらそう返す。どうやらエルも既にネメスの虜のようだ。


「当たり前だろ! もしイズの家じゃなければ、毎日通うくらいしてるさ。優しいし、可愛いし、守ってあげたくなる不思議な魅力があるだろ? そう、ネメスちゃんには妹感があるんだっ!」


 握り拳を作ったエルから、無駄に熱くネメスの素晴らしさを語られる。


(まあ、分からなくもないんだが……。一体何だよ、『妹感』って)


 胸中でボソッとそうこぼして、ヴィーレは寝巻きを脱ぎ始めた。







 正面玄関から宿の外へと出てみたら、ニコニコと馬を撫でているネメスと、壁に背を預けて貧乏揺すりしているイズが出迎えてくれた。


 非常に両極端な絵面だ。天使と悪魔の図か何かだろうか。


 空の明るさを見る限り、昨日よりも遅い出発になってしまったみたいだ。


 我らがボスの苛立ちはそこから来ているに違いない。ヴィーレは早々に謝罪という名の先手を打つ。


「すまない。寝過ごしてしまった」


「もう少し遅れていたら、ベッドごと永久凍結させてあげるところだったのだけど、まあいいわ。行きましょうか」


 イズは待機させていた馬に華麗に跨がり、ネメスを優しく引き上げた。


 朝だからか、街中だからか、それとも待ち疲れたからなのか。態度が常時よりも随分と柔らかい。


 ヴィーレも自分の馬に近付いて、数回だけ撫でてあげると、朝の挨拶を告げて乗馬した。


 ふと見れば、カズヤは馬を前にゲンナリした表情を浮かべている。昨日の『乗り物酔い』を思い返しているようだ。


「エル、今日はお前がカズヤを乗せてやってくれないか。もしかしたら、俺は馬の操り方が荒くて酔いやすかったのかもしれん」


「ん? おう、いいぜ。任せろぃ!」


「あっ……ヴィーレ……。ごめんね、ありがとう」


「気にするな」


「はぁ、移動が嫌になるなぁ……。うちの世界には乗り物酔いを防ぐ酔い止めってのがあったんだけど」


「へっ! 酔い止めなんて必要ねえさ。観光を楽しむくらいの余裕は作ってやるよ。俺の騎乗スキルに酔いしれなっ!」


 エルは髪をかき上げて、決めポーズをしてみせた。自信満々で頼りがいがあり、非常によろしい態度である。


 ただ、酔わせたいのか酔わせたくないのか、はっきりしてくれ。







 ユーダンクから旅立ち、勇者達は次の町、モルトへ向かう。


 馬を少し走らせただけでカズヤの顔は青ざめていた。エルはそれに気づくこともなく、荒っぽく馬を乗りこなす。カズヤが本日初の休憩を求めるのにそう時間はかからなかった。


 近場にちょうど良い大樹があったため、そこの木陰で休むことにする。とはいっても、休むのは一名だけだが。


「あの、カズヤさん……イズさんの後ろに乗ってみたらどうですか? すっごく上手で、全然酔ったりしないですよ」


 ネメスが吐き気を必死に抑えているカズヤに話しかける。


 瞬間、その場にいたネメス以外の全員が固まった。確かに馬の扱いはエルよりもイズの方が手慣れていたようだったが……。


「い、いや~。ちょっとそれはマズイんじゃないかな……」


「私は嫌よ。なんでそんな恥ずかしい事しなければならないのよ」


 当人たちが否定する様を見てネメスは小首を傾げる。


「えっ。何が恥ずかしいんですか?」


「うっ……それは……」


 純粋無垢な眼差しがイズ達を刺す。二人はその視線に耐えかねて言葉を詰まらせた。


 実際、そんな大層な理由はないのだ。イズもカズヤも年頃の男女で、おまけに二人とも人付き合いが少ない引きこもり。


 ただ恥ずかしいだけ。だからこそ説明に困る。


「ネメスちゃん。大きくなるとな、男と女ってのは簡単に近づけなくなっちゃうんだよ」


 見ていられなくなったのか、木の根本に寝転んでいたエルも加勢する。できるだけ分かりやすい表現にし、かつ核心には触れないことで、話をうやむやにしようとしていた。


「でもカズヤさん、苦しそうですよ? イズさんと近づく方がもっと辛いんですか?」


「うーん。いや、辛くはないだろうけど……」


 ネメスの反論にエルもあっけなく沈黙する。快晴で心地よい風まで吹いているのに辺りの空気は凍り始めていた。


(ヤバいな。今回に限ってネメスが引く様子がない)


 初めて発生する会話にヴィーレも頭を抱えている。相手が純粋すぎる故に説得が難しいのだ。


(おそらくカズヤのことを思って強情になっているんだろうが、あいつの顔色はさっきよりも明らかに悪くなっているぞ)


 そりゃそうだろう。もし何かの間違いで変なところを触りでもしたら、男として終わるのだから。下手したらイズの呪文によって人としても終わる。


「ちょっと待て。お前はどうするんだ、ネメス。俺とエルは結構揺らすぞ」


 みんなもう反論できないようなので、ヴィーレは方向性を変えて説得を試みた。こんな事でギクシャクされてはたまらない。その一心で、である。


(自分の身を考えて、忠告を素直に聞いてくれればいいのだが……)


 そう考えていると、ネメスは彼のもとにトコトコと歩み寄ってきて、上目遣いで見つめてきた。手は胸のところできゅっと握られている。


「わたし、ヴィーレさんとなら怖くありませんよ……?」


「よし、そうだな。イズ、カズヤ、もう観念しろ。とりあえず次の休憩まで二人で乗っていってみろよ」


「えぇ……」


「一瞬で手のひら返してんじゃないわよ!」


 最終防衛線だったヴィーレに裏切られたのが気に食わなかったらしく、カズヤは困惑し、イズはツッコミを入れてくる。


 しかし彼が意気揚々とネメスを馬に引っ張り上げるのを見て、ようやくイズは降参したように息を吐いた。


「はぁ、もういいわ。カズヤ、後ろに乗りなさい。ただし、おかしな所を触ったら、この馬に何十回も踏まれることになるから。強く肝に命じておくことね」


「ハ、ハイ」


 カズヤがこれまでにないほど緊張した表情を見せている。とうとう彼にもイズの凶暴さの矛先が向けられたようだ。


(今朝までは他人事のように思っていたのにな。ようこそ、暴君イズ被害者の会へ)


 身内の不幸なのにどこか清々しそうな顔をしているヴィーレ。

 そんな彼とは対照的に、残りものとなった哀れな子、エルが会話に割り込み疑問をぶつけてくる。


「ちょっとちょっと? なんでネメスちゃんに選ばれたのは俺じゃなくてヴィーレだったんですかね?」


「自覚ないの? あんたなんかの後ろに乗ったら、ネメスが落ちちゃうじゃない」


「……落ちる? ……あー、俺との恋に?」


 言いきるとほぼ同時にエルの頬を氷の槍が掠める。


「あんたを地獄に落としてあげましょうか?」


「自惚れました! 頼むから落ちついて!」


 この二人は朝から夜までこんな調子らしい。

 気を取り直して、ヴィーレはエルと一緒にイズを(なだ)めて、モルト町へ向けて再出発した。



 ――――その後、カズヤの馬酔いは嘘のように起こらなくなった。イズ有能。


 ネメスも初めは緊張していたようで、ヴィーレはかなりキツく抱きしめられたが、それもすぐに慣れたようだ。


 そこからは無駄に休むこと無く、順調に進むことができた。

【勤勉と怠惰】


イズ「何やってるの? エル」


エル「武器の手入れだよ。夜は特にやる事もないしなー」


イズ「それじゃあ、勉強でもしなさいよ。一日に何回も剣を磨くよりはよっぽど有意義だわ」


エル「えぇ~? 勉強ぅ~?」


イズ「露骨に嫌そうな顔するわね、あんた。座っているだけなら、武器の手入れと同じで、学ぶ事だって容易いでしょう?」


エル「あー……うん。ほら、俺はやればできる子だから?」


イズ「選択を迫られたときに『やる』って行動をとらないところで、既にそれはダメな人間でしょうに。有能な人は必要以上に怠けない」


エル「やめておけ。お前の持論は俺に効く」

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