24話「微妙な距離感」
「これ、やるよ」
そう言うと、試着室から出てきたネメスに猫っぽい見た目のぬいぐるみを差し出すヴィーレ。
彼なりに歓迎の意を表現しているらしい。旅の邪魔にならない程度に大きいものを買ったつもりだ。
「えっ……。わたしに、ですか?」
「ああ。商品箱の奥の方に入っていたんだ」
屋台の方へ視線をやりながら質問に答えるヴィーレ。
ネメスは初めこそ驚いた様子だったが、ヴィーレが「ほら」とぬいぐるみを押しつけてやると、雲を掴むような慎重さでもってそれを受け取ってくれる。
そして、笑顔の猫と見つめ合うこと、しばらく。彼女はギュッと抱きしめ、太陽のような笑みをこちらに返してきた。
「わたしが猫が好きなの、覚えていてくれたんですね! すっごく嬉しいです。宝物にしますねっ!」
にぱーっと効果音の付きそうな明るさだった。
(うおっ、笑顔が眩しすぎて思わず光属性の呪文かと錯覚してしまった……。これはイズが貢ぐのも分かる)
ヴィーレはネメスの笑顔を受けて薄目になっていた。村を囲む外壁の陰にいるのに、である。もうすっかりネメスにメロメロらしい。
ちなみにその間、イズはいくつかの商品を抱えて会計を済ませにいっていたようだ。
ヴィーレがいる位置からはよく見えなかったが、服やリュックがあるのは確認できた。ふざけているようで、ちゃんと旅に必要な物も揃えている辺り、抜かりはないらしい。
「お買い上げどうも~」
彼女から代金を受け取った商人がホクホク顔でネメス達に声をかける。
「で、どうする? ここで装備していく?」
「あら、いいの? じゃあ店の裏借りるわね。ネメス~」
「はーい」
女性陣の二人はそのまま試着室とやらへ消えていった。
ヴィーレもネメスが新しい服に着替えるまで、その場で彼女らを待つことにする。
急いで着替えたようで、すぐに二人は戻ってきた。
のんびり歩くイズとは対照的に、ネメスは手を振りながら駆け足で勇者に近寄ってくる。
「ヴィーレさん、ヴィーレさん! 見てください! この服、イズさんに選んでもらいました!」
飛び跳ねそうなほどの期待を込めて尋ねられる。
「似合ってますか?」
木の幹にもたれかかるヴィーレの前まで来ると、ネメスはひらりと一回転してみせる。フワッとスカートの部分が舞い、細く綺麗な脚が顔を覗かせた。
純粋な彼女にとてもよく似合う薄い水色のワンピースを着ている。履き物は歩きやすそうなサンダルだった。
(レベルが上がってない以上、重い鎧もそうそう着られないから、女の子らしい服装を選んだのだろうか。買い物をしている時のイズの様子からして、そこまで考えていないような気もするが)
ヴィーレは無駄な思考もそこそこに、ネメスとの楽しい会話へと意識を戻す。
「すごく似合ってるぞ。可愛いじゃないか」
「えへへ、ありがとうございます。イズさーん、褒められちゃいましたっ!」
素直に褒めてあげるとネメスは礼を言い、イズのところへ戻っていった。子犬のように駆け回る娘だ。
(終始ニコニコしていたが、そんなに新しい服を買ってもらったのが嬉しかったのか)
残されたヴィーレはそんな見当違いの思考をしながら、イズの運んでいる荷物を持ってあげるために、ネメスを追ったのだった。
ヴィーレがイズ達と店から離れると、カズヤの様子がおかしかった。俯いて少し震えている。
「おい、どうかしたか?」
尋ねるヴィーレ。しかし、カズヤからの反応はない。
眉を微かに動かした勇者は「寒いのだろうか、気温は低くないはずなのだが」と考えながらも、続けて少年に話しかけた。
「何か怖いものでも見たか?」
次はちょっと冗談めかして聞いてみる。
だが、普段なら爽やかに笑って返すのに、ヴィーレの言葉を聞くカズヤにそんな余裕は無いみたいだった。
「だ、大丈夫。ちょっと寒気がしただけだよ。風邪かもしれないな~……」
そう返してる途中で彼らに背を向け、カズヤは馬に乗った。その姿をイズとネメスは心配そうに見つめている。
(そういえばアイツ、俺達が発見するまで、初日の夜に森の中でずっと放置されていたんだよな。本当に体を冷やして病気にかかっているのかもしれない。無理をしているのだとしたら大変だな。万が一の事を考えて、注意しておいた方がいいだろう)
純粋な配慮からそう結論付けて、ヴィーレはイズに耳打ちした。
「カズヤから目を離さないでくれ」
「ええ。ぶっ倒れられたら、たまらないものね」
彼女も考える事は一緒だったのか、小声で返事して頷いてくる。
そして、何事も無かったかのようにネメスを馬に乗せ、その前に自分が座った。
必然、ヴィーレはカズヤと一緒の馬に乗ることになる。
カズヤは既に乗馬していたため、ヴィーレは彼の前方にドカッと腰を下ろした。同時に隣からイズ達の会話が聞こえてくる。
「ネメス、私にしっかり掴まってるのよ?」
「は、はいっ!」
上擦った返事を確かめると、早速イズは馬を走らせた。
慣れてないネメスのためと言って、歩かせて行くわけにもいかないだろう。移動はこれまで通りと変わらぬ方法で行うことにした。
ネメスは初めての乗馬らしく、強ばった表情でイズの背中へ必死に抱きついている。
「よし、俺達も行くぞ。手を離すなよ」
イズに倣い、馬を走らせようとするヴィーレ。手綱をしかと握り、同乗者であるカズヤに声かけをする。
だが、駆け出す直前で、ふと彼は違和感を感じた。不審に思ったヴィーレはその正体を突き止めようと、首だけで後ろを振り返る。
そこで初めて気付いたのだが、カズヤが座っている位置がヴィーレの位置からめちゃくちゃ遠かった。
馬体の限界まで後ろに下がっている。しかもその手は、こちらの服の裾をちょんと摘まんでいるだけなのだ。
「おい、ちゃんと掴め。落ちるぞ」
「い、いや……僕なら全然大丈夫だよ!」
「バカ野郎。大丈夫なわけあるか。腰に手を回せ」
「そんな恐ろしい事できないよ!」
「お前の今の体勢の方が恐ろしいわ!」
「……ちょっと。ついてこないと思ったら、二人で何やってんのよ」
モタモタしているうちに、とうとうイズが戻ってきてしまった。
ヴィーレに対して何故か酷い恐れを抱いているようだったカズヤ。彼の恐怖が自分に向いている事を、勇者は感知できなかったようだ。
――――その後もヴィーレとの同乗を拒否したがっていたカズヤだったが、賢者に氷の剣で脅されてから、ようやくちゃんとした姿勢になった。
(なんであんなに嫌がってたんだ……。あとイズさんや、カズヤを脅すお前を見て、ネメスがめっちゃビビっていたぞ)
走り出した馬の上で揺られながら、ヴィーレは心の内だけで注意した。




