閑話「大事なことなので二回言いました」
翌日の夜明け頃。
長らく預けていた二匹の馬を引き取ると、勇者達は三日間お世話になった宿を揃って後にした。
カズヤとネメスは大きい欠伸を繰り返ししており、歩きながらもウトウトしている。今にもまた眠りに落ちてしまいそうだ。二人とも朝には弱いらしい。
昨日ヴィーレが渡したお金で買ったのか、カズヤはこちらの世界で作られた服を身につけていた。
勿論それは鎧などでなく、胸当てや膝当てのような急所と関節を守るだけの、動きやすさを重視した装備である。
これくらいの物なら市販でも手に入る範疇みたいだ。
ちなみに彼が初めに装備していたヘンテコな服、『ジャージ』と言うらしいが、それは部屋着として着ることにしたらしい。
「本当は出かける前に、ネメスの服や靴を揃えてあげたかったんだけど、流石にまだ店は開いてないわよね……」
「こんな事なら昨日のうちに服屋へ寄っておけばよかったね」
イズとカズヤは歩きながら、直面した問題についての相談をしている。
ネメスは昨日着ていたボロボロの服と靴を身につけていた。オーバーサイズのパジャマで外出するわけにはいかなかったからである。
彼らの話を聞いていたヴィーレも周りを見渡してみたところ、通りに面している店は全て閉まっているようだった。
開店の準備をしている者がちらほら確認できる程度で、人通りはほとんどない。
「昨夜のうちに行こうとしていたとしても、風呂から出た時間にはもう遅かったよ。ユーダンクまでは我慢するしかないだろう。店が開くまで待っていたら、向こうに到着するのが遅れるしな」
後悔している二人にそう告げると、ヴィーレは隣を歩いていた少女に目を向けた。
「悪いな、ネメス、辛抱してくれ。数時間だけだから」
「いえいえ。大丈夫ですよ。ヴィーレさんも、イズさんも、カズヤさんも、気を遣ってくれてありがとうございますっ!」
ペコリとお辞儀した後、ネメスは向日葵のような満開の笑顔を皆に見せてくる。
天使が舞い降りたのかと錯覚してしまいそうだ。昨日までの萎縮していた彼女とはまるで別人。見違えるようである。
(たった一日でここまで人は変われるのか。……いや、俺が知らなかっただけで、元々この子はこういう性格だったのかもしれないけれど)
ネメスの人柄について分析しているヴィーレ。
すると、こちらの視線に気付いた彼女が、他のメンバーにバレない程度にそっと距離を縮めてきた。
「えへへ。お二人とも、ヴィーレさんと同じで、優しい人なんですね。できれば、もっと早く出会いたかったです」
自分から寄ってきておいて、ネメスは照れたような仕草ではにかんでいる。
彼女の勇気を後押ししてあげたからだろうか。ヴィーレには、他の者に対する好意より、わずかばかり強い執着を抱いているらしい。
「あまり気に病むなよ、ネメス。少なくとも仕事が済むまではお前を独りぼっちにさせたりしないさ。それに、任務が終わってからの話にしたって、別に離ればなれになると決まったわけじゃないだろう」
「えっ? 旅が終わってしまった後も、ヴィーレさんはわたしと友達でいてくれるんですか?」
「当たり前だ。まあ、必要ないとは思うけど」
「必要ない……? どういう事です?」
「だって、魔王を倒したら、ネメスも一躍『英雄』の仲間入りだぞ。みんなからモテモテさ。友達なんて呼ばなくても、あちらの方から集ってくる」
「そんな! 知らない人からどれだけ好かれたってしょうがないじゃないですか! わたしは、ヴィーレさん達と一緒にいたいんです!」
「……じゃあ、もし生きて帰れたら、みんなで集まって遊ぼうか。仕事や義務とは関係無しに。ネメスの暮らしていた、例の公園で」
「はい! 約束ですよ!」
暗い未来には全く見向きもせずに、ネメスは返事を寄越してきた。尻尾があったらビュンビュン振っていそうなくらい分かりやすく喜んでくれている。
しかし、仮に全員無事に生還できたとして、彼女はこの村に、あの公園に、笑って戻ってこれるだろうか。
ネメスにとってアルストフィア村はろくな思い出のない場所だ。「過去の自分と決別する」などと言って、二度と帰ってこないとも考えられた。
だから、先んじてその未来を封じるために、ヴィーレは『公園で』と付け加えたのだ。
きっとここには、彼女が決別すべきでない何かだって存在しているはずだから。
(忘れたければ忘れたいほど、嫌な記憶は消えてくれない。消えてはくれないけれど、記憶は絵の具みたいなものだから、明るい色で塗り潰すことができるはずだ)
そして、少女の救済をやり遂げる責任は、彼女を連れ出したヴィーレやイズ、カズヤにある。
この村で勇者が交わした約束は二つだ。
幼なじみのアルルに返すべき義理と、ネメスを完全に救いきるための責務。
生き延びなければ守れない約束達。加えて、これまで幾度となく破らされ続けてきた、昔日からの宣誓である。
同時にそれらは折れかけた勇者の心を繋ぎ止める『呪い』でもあったのだけれど。
それからしばらくすると、ネメスはヴィーレから離れ、イズのもとへ行ってしまった。
どうやら女子トークに花を咲かせているようだ。一般の女子がどんな服を着るものなのか、年上のイズから教えてもらっている。
男のヴィーレには入っていけない独特の空間が展開されていた。
必然、こちらの話し相手はカズヤに変更となる。
会話の種を『前例』に頼りがちなヴィーレにとっては、距離感がいまいち掴めていない相手だ。
「ねえねえ。ヴィーレ、ヴィーレ」
けれど、わざわざこちらから話題を振らなくても、カズヤの方から積極的に話しかけてくれた。
彼はヴィーレの脇腹を肘で小突いてくると、数メートル後ろを歩く女性陣に目をやりながらヒソヒソ声で話を始める。
「女の子二人が服を選んでいるシチュエーションって、男としてはすっごく妄想を掻き立てられないかい……!?」
「妄想?」
「うんっ。僕はね、『可愛い女の子が可愛い女の子と仲睦まじくしている光景こそ世界で最も尊い』と、強く信じているんだよ。二人の間にある感情がどんなものであろうとね!」
「ギリギリで理解はできた。が、共感はできんな」
「なんでさ! 彼女達が売り場や試着室でキャッキャウフフしているのを想像して、君は微笑ましくならないの!?」
「そうは言ったって、服を選ぶのはほとんどイズだろう。事務的に終わると思うぞ。それより俺は、イズのセンスを心配している」
「え? イズさんって、大貴族の令嬢なんでしょ?」
「ああ」
「なら大丈夫さ。現に今だって、彼女は変わった服装をしていないじゃないか」
「いいや。アイツは頭も身持ちも相当に頑固な女だ。表に出していないだけで、『パズルを解かないと脱げない下着』とか、きっと着ているに違いないぞ」
「あぁ~……。ブラジャーのホックが知恵の輪になっていたり?」
「そうそう」
「ちょっと! そこの男子ィ!」
カズヤの言にヴィーレが首肯した瞬間、穏やかな朝の空気を吹き飛ばす怒号が真後ろから飛んできた。
声の主はやはり渦中の人物イズである。
「聞こえてんのよ、さっきから。それ以上、勝手なイメージで不当に私の名誉を毀損し続けるのなら、今ここで殺傷事件が発生するわよ」
ヴィーレ達が振り返ると、彼女は鬼の形相でこちらを指差していた。殺意の波動を感じる。
「や、ヤバイよ、ヴィーレ! イズさんがおこでいらっしゃる……! 君の失言が原因で! 君の失言が原因でっ!」
「待てこら、カズヤ。お前も最後の方はノリノリだったろうが。俺だけに責任を押しつけるんじゃない」
カズヤから地獄の穴に突き落とされそうになるが、ヴィーレは負けじと共連れにしようとする。ひどく醜い争いだった。
男組の二人は揃って降参のポーズをとっている。白旗は持っていないから、とりあえず両手を挙げておいた。
片や戦々恐々とした表情のカズヤ。片や反省皆無でやれやれ顔なヴィーレ。態度の異なるこの二人なら、自ずと標的は後者へ集中するだろう。
イズは怒り肩になってズンズンとこちらに接近してきた。
そして、勇者のすぐ手前で足を止めると、真下から見上げながらしつこく指で爪指してくる。
「いい? これから私が言うことを、あんた達はしっかりきっかり守りなさい。特にヴィーレ!」
「分かった、イズ。分かったよ」
「まず一つ! 返事は『はい』に統一すること!」
「……はい」
「私に逆らわないこと!」
「はい」
「機嫌を損ねないこと!」
「はい」
「口答えはしないこと!」
「はいはい」
「『はい』は一回!」
「大事なことなので二回言いました」
「『口答えするな』っつってんでしょうがァ~ッ!」
沸点をとうに超えた賢者は体裁も気にせずこちらへ殴りかかってきた。
襲いくるイズの拳をヴィーレは楽々と避けている。
なんだかんだ言って、彼らの関係はこういった形がベストなのかもしれない。ヴィーレにとっても最初よりは随分とやりやすそうだ。
そうしてイズのスタミナが切れるまで、二人はそのままハードめなウォーミングアップを続けていた。
ちなみに弱者組のネメスとカズヤは、強者達の喧嘩が終わるまで、離れた位置からそれを震えて傍観していたという。




