20話「悲観的な計画と楽観的な実行を」
ネメスを仲間に加え、暫定四人のパーティーとなった魔王討伐任務遂行班。
早速、本日収集してきた情報の共有をしようかという流れになったのだけれど、「その前に風呂に入って汗を流してこないか」と、ヴィーレが割って提案した。
照りつける陽の下でずっと歩き回っていたのだ。服はベタベタしているし、臭いも気になるだろうと言う。
幸い、リーダーの意見に反対者はいなかった。全員がヴィーレと近いことを気にしていたようだ。ひとまず解散してから、男女に分かれて宿の大浴場へと向かう。
ヴィーレはカズヤと二人でまったり風呂を満喫した。
カズヤから話を聞いたところ、どうやら彼の暮らしていた世界にもこちらと同じように、温泉に入って体を洗ったり休めたりする文化があったらしい。
他にも、男同士の友情を深めるために背中を洗い合うという、摩訶不思議な風潮があることを教えてもらった。
興味が湧いたので、ヴィーレも試しにカズヤからやってもらったが「なんというか、ニホンの文化とは奥深いものだなぁ……」という感想を抱くに終わったみたいだ。
ちなみに、改めて述べる必要はないかもしれないけれど、カズヤはやはり男であった。
――――そうして二人が大浴場から戻り、部屋で雑談を交わしながら寛いでいると、礼儀正しいノックの後にイズとネメスが入ってきた。
(イズの奴、今まではノックなんかせず扉を開けていたくせに。ネメスの前だからって猫を被っているな)
そんな思考をしながら、いつもより淑女らしい姿勢で歩いてくるイズを眺めるヴィーレ。
ネメスはイズの部屋着を借りたのだろう。ぶかぶかなものの、肌触りの良さそうなシャツパジャマを着ていた。火照った細い両腕はズボンがずり落ちないようにしっかりと支えている。
一瞬、「下着はどうしているのか」なんてゲスい勘繰りがヴィーレの頭を過ったが、それはすぐにかき消した。
ネメスの様子を観察するに、イズが色々とケアしておいてくれたようだ。歯磨きや洗濯は勿論だが他にも目立った変化がいくつかある。
例えば、ボサボサだったネメスの髪は綺麗にとかされていた。
透き通るような空色が特徴的なイズの髪は、腰くらいまで長さがあるにも拘わらず、男のヴィーレ達から見たって手入れが行き届いているのだろうと推察できる。それほど細かく丁寧に気を遣っているのだろう。
そんな彼女だからこそ、ずっと洗われてすらいなかったネメスの髪の毛を、見違えるほど綺麗にできたのかもしれない。
現実的な話をすれば、ネメスの頭髪はイズと違って、肩より少し下くらいの長さだから、単純に世話をするのが簡単だっただけかもしれないのだけど。
「イズ、ありがとう」
「えっ?」
部屋に入るなりヴィーレから感謝されたことに戸惑ったのか、イズは面食らっている。
けれど、隣で自分と手を繋いでいるネメスの姿を見て得心したらしい。彼女はフッとニヒルに笑うと、片の瞼を閉じたまま、素敵なお姉さんらしく謙遜してみせた。
「あぁ、この子のこと? 私が勝手に焼いたお節介よ。礼なんていらないわ。女の子なんだから、洗髪や歯磨きくらいちゃんとしてあげないとね」
「ありがとうございます、イズさん。こんなに綺麗にしてもらって……。わたし、感激です!」
「いいのよ、ネメス。ただね、清潔感は欠かしちゃいけないわ。人は見た目通りの人生を送るものなんだから」
ネメスに尊敬の念を向けられたイズは、あからさまに演技がかった態度でそう答えた。
普段ならこれでもかというほど調子に乗るところなのだが、やはり猫を被っているようで、謙虚なデキる女を演じている。どうせすぐに化けの皮が剥がれるだろう。
「いいや。違うよ」
ヴィーレはあえてイズの本性を暴露せず、首を横に振って、先ほど返されたイズの言を否定した。
「俺が礼を述べたのは、その事に対してだけじゃない。ネメスの怪我についてもだ」
話しながら、彼はベッドの上に胡座をかく。
「お前が彼女の傷を治療してくれたんだろ? 火炎の呪文、氷雪の呪文に続く三つ目の能力、回復の呪文を使って」
ヴィーレの言うとおり、ネメスの頭や腕につけられた傷や痣は、その全てが跡形もなく消滅していた。つい三十分前にこの部屋で別れるまでは間違いなく存在していたのに、である。
「そうなんです。イズさんのおかげで痛かったのが嘘みたいに消えちゃいました!」
どうやら正解だったらしい。ネメスが大仰な身振りを交えて説明してくれた。
恐らく、脱衣室で裸になった際、イズはネメスの負傷が思っていた以上に深刻であることに気付いたのだろう。そして、彼女の呪文で魔力による回復処置を施したのだ。
(魔物に襲われた人々を救出した後も役に立ったが、本当に引く手あまたな能力だよな……。ここまで才能に差があると羨望を通り越していっそ妬ましい)
一つくらい分けてくれてもいいのにと、叶わぬ願いを抱きながら、神を恨めしく呪いながら、ジト目でイズを睨むヴィーレ。
すると、何故か彼女とバッチリ顔が合った。イズはこちらと同じように、冷ややかな色の両目から生暖かい視線を飛ばしてきている。
「……あんた、ネメスの事、やたらと注意深く観察しているわね。もしかして、ロリコ――――」
「そういう単語を子どもの前で口にするんじゃありません」
相手の台詞を咄嗟に遮ったヴィーレ。ところが、焦りのあまり思わず敬語が出てしまう。これは教育によろしくないという瞬時の判断が紡いだファインプレイだった。
(そして心の中で断っておくが、俺は決してロリコンなどではない。決して)
ヴィーレは誰も聞いていないのに一人で言い訳をしていた。よほど不名誉だったと見える。
危ういところだったけれど先の会話はどうやらネメスに聞こえていなかったみたいだ。頭の上に???マークを浮かべ、首を傾げている。
「こっちの世界にも性癖を表す単語があるということは、そういう人ってやっぱり存在するんだね……」
隣で一連のやり取りを聞いていたカズヤが戦慄したような表情をして呟く。
異世界との新しい接点が発見された瞬間だった。特殊な偏向を持つ者は必ず現れるというだけの悲しい事実でしかないが。
と、そこで、お姉さんの威厳を被り直したイズが話題の舵を横へ切った。
「念のため釘を刺しておくけど、職場恋愛は認めないわよ」
「自分がプライベートでも恋愛できないからか?」
「……私達が行うのは、人類の命運を分ける重大な作戦であって、断じてピクニックなんかではないということを忘れずに」
「重大な作戦に紅茶セットを持ってきている大賢者様がいたような」
「ちょっとそこの芋くさい勇者は後でじっくり話しましょうね。私に構ってほしいんでしょう? ちょうど二人きりで語らいたい気分になってきたわ。あんたの心が折れるまで」
「カズヤ、助けてくれ。ちょっと小突いてみただけなのに、反撃で俺のクビが飛ばされるかもしれない」
「物理的に飛ばされないことを祈ろう……!」
カズヤのフォローにもなっていない励ましを受けながら、彼の背中に隠れるヴィーレ。しかし、イズの執念深い追い討ちは止まらず、さらに勇者へ襲いかかる。
「安心しなさい。私は加減を間違えても傷を塞いでしまえるから。肉体には痕を残さないわ」
「カズヤ、助けてくれ。俺の職場がブラックすぎる」
「無職よりはマシだと思い込もう……!」
イズは圧制的に振る舞い、ヴィーレが救援を求め、カズヤはそれをやんわりと突き放す。そして一部始終をネメスがオロオロと見守っている。
非日常にあるまじき緩やかな時間は、作戦会議が始まるまで、しばらく止むことはなかった。
改めて、本日中に皆が集めた『エルに関する情報』を共有することにした勇者一行。
ヴィーレとカズヤは一つのベッドに並んで座り、反対側のベッドにイズとネメスが腰かける。お互いに向かい合うような形だ。
「それで、何か有効な証言はあったの? どうでもいい事だけど、私の方ではエルって奴がだらしない男というのが分かっただけよ」
イズが湿った髪を後ろにまとめながら報告してくれる。
「僕の方でも役立ちそうな情報は手に入らなかったよ。エルって人は、最近この村へ引っ越してきたみたいで、そもそも彼を知ってる人自体が少なかったな~」
カズヤは一日を振り返るように目線を上に向け、そう答えた。
無論、ヴィーレは今日ほとんど聞き込みに時間を費やしていない。つまり、調査にあたった三人全員が、ろくにエルの居場所を絞れていないということになる。
(まあ、そう簡単に分かるんなら苦労はしないよな)
けれど、ヴィーレは他の二人が情報を仕入れてこれないのを予測していた。
今日はネメスを仲間にするためだけに探索させたようなものだし、別に彼はそれを気にしない。
そもそも、エルの居場所をこの時点で知ることができるのは、時間遡行をしている勇者以外にいるはずがないのだ。
だからヴィーレは芝居を打った。できるだけ自然に、怪しまれぬよう、あらかじめ記憶しておいた台詞を読み上げる。
「俺の聞いた限りじゃ、エルに関する証言は一つしかなかった」
「私達のと似たような話ならわざわざ伝えてくる必要はないわよ……」
「戦いが終わった後、村の外で負傷者や死亡者がいないか見てまわっていた衛兵達の話だ。短い金髪で青い瞳をした青年が、戦いの後に旅支度をして、ユーダンクの方へと向かっていったってよ」
「短い金髪で青い瞳の青年……。君が教えてくれた、エルって人の特徴って『金髪碧眼の若い男性』だったっけ?」
カズヤの台詞を聞いたイズは、カッと目を見開いてこちらを振り返った。
「めちゃくちゃクリティカルなヒントじゃないの!」
「ああ。もしその金髪男が俺達の探しているエルなら、アイツは今現在、俺達の暮らしていた町にいるってことになる。すれ違いってわけだ」
「なるほど。要するに、私達は時間を無駄にしたということね」
肺の空気をゼロにする勢いで深く深く嘆息するイズ。
「まあ、居場所が分かっただけまだマシだわ。本当は急ぎたいところだけど、もう夜も遅いし、ユーダンクへ戻るのは明日にしましょう」
「そうだな。今日はもう休もう」
既におねむなネメスを気遣ったのか、イズは「今からでも行こう」とは告げなかった。
(保護対象ネメスのおかげで、我がパーティーの問題児がすごく大人しい……。これが世間一般に言う『抑止力』というものか)
勇者は懲りもせず内心で賢者をイジって遊んでいる。こういう軽口がうっかり声に出て、先ほどのような争いが始まるのだ。
「えっと……ヴィーレさん達は、エルって人を探してるんですか?」
そこで、皆の会議に黙々と耳を傾けていただけだったネメスが初めて口を開いた。
彼女は一連の会話を聞いていたものの、いまいち状況が把握できてないようだ。他の三人の顔を見回して遠慮がちに尋ねてくる。
(そういえば、魔王を退治する途中でこの村に立ち寄ったということしか、まだ教えていないもんな)
昼時に公園で交わした会話を思い返すヴィーレ。
よくよく考えてみると、エルの件について全く知らされていないネメスからすれば、先の話もチンプンカンプンな内容だったろう。
「よーし。説明しよう」
ヴィーレはベッドから立ち上がると、皆の注目を集めながら、室内をぐるぐると歩き始めた。
「さしあたっての目標は仲間を集めることだ。ユーダンクに急行したエル・パトラーを追いかけ、可及的速やかに合流する」
「この村の倍の面積と五倍の人口を有する王都で、人間たった一人の居所をどうやって探し出すの。またすれ違うのは勘弁よ。計画のない目標はただの願い事にすぎないわ」
「辛口なお嬢様ならそう言うだろうと思って、プランはあらかじめ六通り考えてある。これ以上いたずらに出発を遅らせはしないさ」
イズに横槍を入れられたが、ヴィーレはカウンターを入れるようにすかさず返答する。ついでにプランを書き記したメモも彼女の目の前に提出してあげた。
「思いつく想定外は全て潰しておいたよ。足りないなりに頭を絞ってな」
彼はイズがメモに目を通しだしたのを確認してから再び足を動かした。ベッドから一定の距離をとったところで、踵を返し、仲間達と正対する。
「作戦遂行にあたっては、『悲観的な計画』と『楽観的な実行』を。鉄則は心得ている。後はやるだけだ」
ピシッと背筋を伸ばして、リーダーらしく告げるヴィーレ。ネメスの前だからか、振る舞いにちょっぴり格好つけが入っている。彼も無意識にお兄さんの皮を被っているようだ。
そんな勇者を横目に、カズヤは柔和に微笑んで少女へ尋ねる。
「今ので分かった? ネメス」
「うーん。理解できたような……できていないような……?」
それは絶対に理解できていない者の答え方だった。
事の顛末を詳細に知らなかったせいで、ネメスは余計に混乱してしまったらしい。
ヴィーレがクールぶって難しい単語を使ったのも一因としてあるだろう。せっかく虚飾で彩ったのに、何もかもが空回りに終止していた。
「この後、ちゃんと私が一から全部説明してあげるわ」
時を得たりとばかりに会話に入ってきたイズは、我が子に言い聞かすような甘い声でネメスにそう囁いた。ついでに片手は少女の頭を優しく撫でている。
(あれれ、多重人格者かな? 凶暴な方の人格どこにやったの)
一方で、毒舌賢者の凄まじい変わりっぷりを改めて目撃させられたヴィーレとカズヤは、彼女に対してほとんど同じような無礼思考をしていたのだった。




