19話「説得力とは」
ギリギリ夜になる前に帰ることができた二人。
厳しい母親に「拾ってきた猫を飼いたい」と打ち明かす時に似た気分で、ヴィーレは部屋にネメスを招き入れる。
イズはともかく、てっきりカズヤは帰ってきているだろうと予想していた勇者だったが、宿に戻ってきたのはヴィーレが最初だったらしい。部屋には他に誰もいなかった。
「ここがアルストフィアで一番高級な宿……! すごく綺麗なところですね! わぁ、ベッドもふかふかだ……!」
ヴィーレが灯りをつけている間に、ネメスは心を弾ませながら辺りを入念に調べだした。テンションが上がっているのが声のトーンにも表れている。
「うちの仲間に金持ちのお嬢様がいてな。ありがたい事に、食い物や寝床には困っていないんだ」
こちらが説明している間も、ネメスは未確認生物を発見したような面持ちでベッドを突っついている。ヴィーレの話などは耳に入っていないかもしれない。
(とにもかくにも、ネメスには旅に出かける用意をさせなきゃいけないだろう)
そんな彼女を横目にヴィーレは考える。
こちらに来る前、あの公園で生活していたネメスにも準備が必要だろうと思い、「何か大切なものがあるなら持ってくるように」とヴィーレは言った。
しかし、彼女が必要だと判断したのは一つだけだったらしい。
ところどころ破れている小さな紙切れを一枚、決して落とさないよう、大事そうに手に握ってきた。
ネメスがかつて一緒に暮らしていた家族の写真だ。
教会のような建物を背景に、神父とシスター、小さいネメスの三人が仲良く微笑んでいる。
詳しい日付までは分からないが、写真が撮られた日からは相当な時間が経過していると思われた。たった一枚しかないセピア色の幸福はもう過去のものだ。
(……せめて服は買ってやらないとな)
持ってきた貯金がもう底をつくというのに、他にもあれやこれやと買ってあげる物を考えていたら、部屋の扉が開く音が彼の耳に届く。
視線を向けると、扉の先にはカズヤとイズが立っていた。
イズは既に疲れで先日同様ぐったりとしている。カズヤはそんな彼女を気遣いながら帰ってきたのか愛想笑いを浮かべていた。
「二人で一緒に戻ってきたのか」
「あー、うん。ちょうどそこでイズさんと会ってね。……あれ、その子は?」
「ネメスだ。この村に住んでいる子だよ。詳しい紹介をしたいところだが、その前にちょっと話があるんだ。真剣に聞いてほしい。……長くなるだろう。そこに座ってくれ」
真面目な声色で話し、視線でベッドへ誘導する。
彼の纏う空気がいつもと違うことを察した二人は目を合わせ、それぞれヴィーレとカズヤのベッドに腰を下ろした。
ヴィーレとネメスは相対するように、彼らの前に立つ。
「単刀直入に言う」
イズとカズヤの二人がこちらに視線を向けたのを確認してから、ヴィーレはネメスの肩を掴んでこう言った。
「この子を旅に連れていきたい」
「「は?」」
簡潔にそう伝えると、二人は寸分の狂いもないタイミングで「何言ってんだコイツ」とでも言いたげな表情をした。嫌なところで息を合わせる仲間達である。
「あんた、バカ? くだらない冗談はよして、その誘拐してきた子を早く家に帰してきなさい」
「待て待て待て。なに自然に犯罪者扱いしてくれてんだ。合意の上だ、合意合意」
「えっと、僕にはよく分からないけど、その子……実は物凄く強いとかなの?」
「いいや。弱いよ、今は俺よりも。だが普通の子どもより伸びしろはあるはずだ。人を笑わせる能力と、物の形を変える能力を持ってる」
「戦闘に役立つかは微妙だけど一応は二つ使えるのね……。でも、正直なところ足手まといになるだけだと思うわ。私達がしようとしている事は、簡単な気持ちでついてきていいようなものじゃないもの」
事態は予想されていた方向に動き出していた。ヴィーレが二人の顔色を窺ってみても、イズどころか、カズヤまでもが首を縦に振ってくれそうにない。
イズはともかく、カズヤは初めての事例だ。
どう説得したものかとヴィーレが悩んでいると、これまで動きを見せなかったネメスが、勢いよく前に一歩を踏み出した。
「あのっ! わたし、ネメス・ストリンガーって言います! 実は――――」
それから彼女は、ゆっくりとではあるが、きちんと順序立てて説明してみせた。今までの経緯、自身の決心に至るまでの全てを。
カズヤ達は初め、困惑した様子でその話を聞いていたけれど、ネメスから並々ならぬ覚悟を感じたらしい。最後まで黙って聞いてくれた。
「――――だから、わたしは強くなりたいんです! お願いしますっ! わたしを仲間に入れてください!」
叫ぶようにして語り終え、ネメスは深く頭を下げる。
後半は少し声が震えていたが、ちゃんと一人で、誰の力も借りず、勇気を示してみせたのだ。
ネメスの赤裸々な告白はこの上なく説得力のあるものだった。
人間は頭で理解するが、感情で動く。説得力とは、とりもなおさず人の感情にストレートに訴えかける術なのだ。
(短い間に成長したな。他人と目を合わせることもできないような子だったのに)
ネメスの一生懸命な姿を見たヴィーレは早くも感慨に浸っていた。無表情だが、その心中では激しく感動している。
しかし、こちらはいわば保護者的な立ち位置だ。肩を持ってしまうのは当然である。誰もが彼のように感情移入してくれはしないというのが実際のところだろう。
特に現実主義なイズはこういった問題に対しても、冷徹な判断を下しがちであると思われた。
だが、ネメスの話を聞き終えて、問題のイズはといえば――――
「すごく良い子じゃないのよォォォ!!」
めちゃくちゃ感情移入していた。大号泣だ。
彼女はポケットからハンカチを取りだし、涙やら鼻水やらを拭きとると、それをしまってネメスの手を両手で握る。
平民とは握手も交わさないようなお嬢様気質のイズが、とてもじゃないが綺麗とは言えない格好をしている人間の手を握るなんて、珍しいこともあるものだ。
「そういう事なら、私について来なさい! お姉さんがしっかりとあなたを強くしてあげるわ! イジめてた奴らをコテンパンにできるくらいにね!」
速攻で己が先に述べた意見を撤回し、無い胸を張ってトンと叩く。誰よりも情に流されやすかったのは、最も理性に忠実であるはずの賢者であったらしい。
「涙もろすぎだろ。俺も他人のことは言えないが」
ネメスに熱い抱擁をかましているイズをヴィーレはどこか呆れた様子で眺めている。
けれど、すぐにもう一人の存在を思い出して、半ば消化的に彼にも確認を投げておいた。
「カズヤはいいのか?」
「勿論いいよ。ヴィーレとイズさんが構わないなら。やっぱりパーティーは四人編成だよね~」
そう言って、カズヤは納得したように「うんうん」と頷く。
(何だ、その謎のルールは。ていうかエルを合わせたら合計で五人なんだが)
結局ヴィーレに彼の台詞の意味は理解はできなかった。他愛ない異世界ジョークか何かだろうという結論へ自然に落ち着く。
訳の分からない話は適当に流しておいて、ヴィーレは話のまとめに入った。
「じゃあ決まりってことでいいな。ネメス、これからよろしく」
「こちらこそ! よろしくお願いしますっ!」
「魔物と対峙したら、初めは緊張するだろう。でも、いざという時は俺がちゃんと守ってやるから、心配はするな」
「ハンッ。白馬の王子様ならまだしも、鍬を背負った農民なんかに守ってもらうくらいなら、紙の鎧を着ていた方がまだマシでしょうね」
仲間内から一笑に付されたヴィーレは、言い返せずに頭を掻いた。
(クソ、せっかく格好つけたのにイズに邪魔された。後でユーダンクでの酒場事件をネメス達にチクってやろう……)
声には出さずに恨み言を漏らすヴィーレ。
すると、空気を読んでカズヤが「まあまあ」とフォローに入ってくる。早くもイレギュラーの役回りが固定されつつあるみたいだ。
そんな彼らのやり取りを傍で眺めて、ネメスはただただ幸せそうに相好を崩していたのだった。




