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12話「幼なじみからのプレゼント」

 アルストフィアの中は、災害とも呼べる大規模な事件が昨夜に鎮まったばかりなだけあって、落ち着かない雰囲気に満ち満ちていた。


 ヴィーレが泊まった宿の周りは元々が住宅街だった場所であるためか、際立って空気が隠々滅々としている。


 焼け焦げた家の前でへたりこみ、家族と抱き合って涙を流している者。

 アルストフィアの安全性に不安を感じ、ユーダンクや他の町へ避難するべく、馬車に乗って村を出ていく者。

 回復呪文が間に合わなかったのか、体のあちこちに痛々しい傷跡を残している者。


 ちょっと歩いただけでも、そんな人々ばかりがヴィーレの瞳に飛び込んでくる。東西南北、どこに視線を向けようと、顔を背けたくなる光景しか見当たらなかった。


 だが、これでもまだ被害は軽微な方だ。


 前線から兵士が応援に来るのがもう少し遅かったら、もっと戦いは長引いていただろう。そうなれば被害はさらに大きかったはずだ。


 ヴィーレは比較的()()な現状に安堵して、目的を果たすために歩みを続けた。


「見て。赤い瞳の男。あれ、噂の勇者よ」


「ユーダンクにいたくせに、こっちに到着したのは昨日の夜だったそうだ」


「遅いんだよ。役立たずが」


 周りから聞こえよがしに投げられる言葉は気にしないよう努めて歩く。


 こんな時でもヴィーレは感情を表に出さなかった。


 勇者に選ばれる前から、人々に避けられるのには慣れている。悪意を向けられる事にも、仲間が少ない事にも、理不尽な目に遭う事にも。


 人並みに豊かだったヴィーレの表情は気付かぬうちに削れていき、いずれ無くなってしまった。それが悲しい過去なのか、美化すべき苦難だったのか、今となっては彼自身にも分からない。


「嫌ね。前の勇者様とは大違い」


「血統も身分も劣等な底辺庶民のくせに」


「どうせすぐ魔物に食われて終わりだろうな」


 人々の不安や恐怖が怒りとなって、こちらへ向かっているように感じられた。


 このまま長居しても、事態はろくな方向には転ばなさそうだ。聞こえないふりを通して早急に避難するのが賢明だろう。


 ヴィーレはわずかに歩みを速める。視線は前から逸らさない。


「ケッ。無視かよ」


「薄汚い農民風情がね。きっと勇者に選ばれたからって、調子に乗っているのよ」


 誰とも目を合わせることもなく、一言も言い返すこともない。勇者はただただ耐え忍ぶだけだった。


 そんなヴィーレの態度が気に食わなかったのか、次第に周りの声は大きくなっていき、やがて明確な敵意の込められた罵声が一帯から投げられ始めた。


 それでも屈することなく、無視を決め込んで彼は立ち去る。「こんな奴らのために魔王を倒しにいくわけではない」と、心の中で呟いて。


 もしも人々を守り抜き、魔物という脅威が世界中から消え去って、争いの無くなった期間を平和と呼ぶのなら。


 平和とは、地獄と欲望が隠された状態を指すのだろう。


「勇者か……」


 なるほど確かに、これは『勇ましい者』でなけりゃ、やってられないだろうな。去り際、ヴィーレは皮肉げに独りごちた。







 情報収集をするために訪れた場所はアルストフィアの浜辺近くにある高台だ。


 青空市場が広がるその場所は宿からの距離もそれほど無かったため、幸いすぐに着くことができた。

 多くの村人が往来しているここは聞き込みにはうってつけだろう。初回のヴィーレはそういう考えで市場を訪れたのだ。


 しかし、何度も旅を繰り返した現在の彼は、エルの情報を集めるつもりなど毛頭無かった。


 むしろヴィーレはエルと出会わないために、昨日イズと一日も待ちぼうけたのだ。勿論、気難しい彼女との距離を縮めるためでもあるのだろうが。


 さて、何故ヴィーレがそんな回りくどい事をしたのかというと、それは『アルストフィア村で済ませておきたい用事』がいくつかあるからであった。


 そのうち一つを成し遂げるために、彼はこの場へ参じているのだ。


 市場へ訪れている者の中には被害にあった人が少ないらしく、先ほどと比べたら雰囲気が別物のように柔らかく感じられた。

 当然ながら、不安そうな表情で立ち話をする人が目立つけれど、実害を被っていないような余裕が垣間見える。


「ちょいちょい、そこのお兄さん?」


 海で獲れた魚介類を販売している露店の前で、何をするでもなく棒立ちしていると、快活な声と共に後ろから軽く肩を叩かれる。


「ん?」


 ヴィーレが振り返ると、そこには同年代の女性がいた。身の丈ほどもある大きな剣と、それを収める鞘を背負った、軽装の女性だ。


 露出が多く、目のやり場に困る服装で、腰くらいの明るい茶髪をポニーテールにしている娘だった。あどけない童顔とは対照的に、体つきは健康的な成人女性のそれだ。


 それにしても、女と大剣とは随分ちぐはぐな組み合わせである。


「あーっ! やっぱりヴィーレだ! 久しぶりー! あたしの事、覚えてる?」


 女性にしばらく顔を凝視されたかと思えば、いきなり興奮気味に話しかけられる。


 ここで出会えるとは想像だにしていなかったみたいで、かなりの喜びようである。どうやら勇者とは知り合いを越えた関係のようだ。


 当然ながら、溌剌(はつらつ)としたその声に、ヴィーレはよくよく聞き覚えがあった。彼の中に眠っていた幼少期の記憶が一気に蘇ってくるのを感じる。


「どちらさんですか」


 が、彼はすっとぼけてそう尋ね返した。


 話しかけてきた彼女は久しく会う幼なじみのアルルだ。十数年もの間、家族同然に過ごしてきた女性である。

 勿論ちゃんと覚えていたけれど、ほんの悪戯心が疼き、敢えて忘れていたように振る舞ってみた。


「えー、忘れたの? あたしにあんな恥ずかしい事したくせにっ!」


 不満そうに頬を膨らましたのも束の間、すぐに両手を胸の前に持ってきて、「キャーッ!」っと黄色い声を上げるアルル。表情がコロコロ変わる娘である。


(何かを思い出しているようだが、その言い方は変な誤解を招きそうなのでやめて頂きたい)


 勝手に一人歩きする少女を横目に、周りの目を気にするヴィーレ。幼なじみのダル絡みには慣れているけれど、人前でこれをされてしまうと、無駄に目立ってしまうから苦手なのだ。


「やめろ、アルル。何も恥ずかしい事なんてしてないだろ。それより、なんでこんなところにいるんだよ」


「やだな~、薄々勘づいてるのに知らんぷりしてぇ~。()()()も昨日、魔物達と戦っていたんでしょ?」


「……なるほど。という事は、お前が前線から送られてきた()()()ってわけか」


「ざっつらいと!」


 自慢げにサムズアップをしてみせるアルル。


 よく見ると、彼女が腰に巻いている上着には優秀な兵士へ贈られる勲章がいくつも付けてあった。身につけているのは軍服だったらしい。


 アルルはヴィーレが勇者に選ばれるよりも前に軍へ徴兵された。満十八歳になった者の大多数に課せられる義務である。


 現在、彼女達は前線で生き死にをかけた戦争をしているそうだ。今回はたまたまアルストフィア近くにいたため急行したとのこと。


(いくら魔物の襲撃が激しいとはいえ、俺と変わらない若さの女性まで戦場送りなのだから世も末だな)


 憂いを抱いて息を吐くヴィーレ。


 すると、こちらの心配を知ってか知らずか、アルルが「歩こっか」と柔和に笑った。こちらが付いてくるか確かめるようにして彼女は歩きだす。


 立ちっぱなしで話すと他の通行人の邪魔になると考えたのもあるだろう。ヴィーレもその意を察して彼女の横に並ぶ。


「それにしても(にい)やん、すごく雰囲気変わったね~。勇者だからってあんまり無茶しないでよ! このこのっ!」


 アルルはヴィーレの纏う辛気臭い空気を吹き飛ばすかの如く、バシバシと背中を叩いてくる。とても前線で命の危機に立たされ続けているとは思えない笑顔だった。


(『元々バカみたいに元気な奴だとは思っていたが、まさかこれほどとは……』なんて、初めは呆れ半分に感心半分で応じたっけな)


 彼女とは昔からの仲で、ヴィーレの唯一無二の親友だった。


 いや、お互いに家族がいなかったせいか、正確に表すなら姉弟みたいな関係だ。それこそ毎日のように一緒にいたのだから。


 そんな間柄であれば、自然とそれぞれを思いやりはするわけで。互いに離れてからも二人は文通で月に一回は連絡を取り合っていた。


「お互い様だろ。お前こそ大丈夫なのかよ。空元気とかなら感心しないぞ」


 無理していないか探りを入れてみるが、返ってきたのはいつもと変わらない笑顔だった。


「だいじょーぶ! あたし、弱虫のにぃになんかより全然強いもん! それに、この『お守り』もあるしね!」


 そう言うと、アルルは両手をかざし、彼女の手にはめられているグローブを見せてくる。


 茶色の厚手な革グローブ。それはアルルが軍に行くと決まった日に、ヴィーレが渡した贈り物だった。


「……嘘吐け。お前は幽霊だの暗闇だのに対しては、ギャーギャー騒いで怯えるような怖がりだったろ」


 ヴィーレは話を適当に茶化すことにした。当時の事を思い出して恥ずかしくなったのだろう。


 内心では「昔の俺ってそんなに行動的だったのか」と驚いているようだ。照れを誤魔化すように頬をポリポリ掻いている。


 一方で、アルルは彼の言葉を聞き、顔を真っ赤にしていた。必死になって幽霊嫌いの件へ反論してくる。


「ちょっ……! それ、小さい頃の話でしょ! もう今は怖くないですぅ!」


 彼女は滅多にしない腕組みをして、そっぽを向いてしまった。


 それがかえって嗜虐心(しぎゃくしん)をくすぐったらしい。ヴィーレは調子に乗って、彼女を追撃しようとする。


「本当かよ」


「そ、そうだ~! 危ない危ない、本来の目的を見失うところだった!」


 勇者の次撃を防ごうとしたのかどうかは分からないが、アルルは背にかけていた鞘ごと、大剣をこちらに手渡してきた。


「忘れないうちに渡しとくね。はい、これ、プレゼント」


 ヴィーレが受け取ると、照れて赤くなった頬を片手で扇いで冷ましながら、アルルは説明を始める。


「先輩のお古だよ。貰ってきたんだ~。兵士でもなかったら、武器なんてなかなか手に入らないでしょ?」


「おおっ、助かるよ。ありがたく使わせてもらう。……まさかとは思うが、これのために救援部隊に参加したんじゃないだろうな?」


「まっさか~! 偶然だよ!」


 イタズラっぽく「ニヒヒ」と笑うアルル。


 口調からして、それが隠すつもりのない嘘であることはヴィーレにも伝わっているだろう。


(変に行動力のあるコイツなら、そのくらい平気でやってのけそうなんだよなぁ……)


 両手に抱いた新品同然の大剣に視線を落とす。ヴィーレはその重みで悪夢が再来したことを改めて痛感させられた。


 試しに少しだけ鞘から刃を引き抜いてみる。そこでは牛をも一刀両断できそうな青銅色の刀身が、日の光を受けて鈍く輝いていた。


「先輩から譲ってもらった物にしては、随分と使い込まれていないな。まるでつい先日仕入れたばかりのような清潔さだ」


「へへへ~。軍のみんなには内緒だよ?」


 アルルは人差し指を口の前で立てて可愛らしくウインクする。


「『誰にも言わないで』って秘密を明かしたら、『誰にも言わないで』と言ったところまでしっかり広めるのが人間だぞ」


「恩を仇で返す気か、貴様~! 真理はいいから誠意を聞かせてよ!」


 ヴィーレの捻くれた返事にノリ良く彼女は返してくれる。


 アルルの過保護っぷりには、小さい頃から世話になったり、時には悩まされたりもしていた。どうやら現在に至ってもそれは健在のようだ。


 とにかく、これでイズから小言を言われずに済むと安心することにする。ヴィーレにとっては得のある話でしかないのだから。


「何はともあれ助かる。これが無かったら、ずっと(くわ)で戦うところだったよ」


「えっ、農具で戦ってたの!? うっわぁ……」


「おいこら、なんで引いてるんだよ。鍬をバカにするな。アイツは俺の友達だぞ」


「どっちかというと、バカにしてるのは鍬じゃなくて、にぃにの方なんですけど……」


 アルルが苦笑していると、遠くから唐突に彼女を呼ぶ声が聞こえた。


「アルル殿~! ここにいましたか……!」


 声の方を見やると、アルルの友人だろうか、いかにも騎士といった容姿の女性が小走りでこちらへ駆け寄ってきた。


 それは金髪にルビー色の瞳が美しい女の子だ。彼女はヴィーレ達の近くでようやく足を止めると、息を切らしながら報告を開始する。


「上官がそろそろ出発だと仰っておりました! 名残惜しいとは思いますが……もう、ね?」


「ありゃりゃ……。もうそんな時間か~」


 話を一段落させてから、勇者の方をもう一度向き直るアルル。


「……ヴィーレ。あたし、もう行かなきゃいけないみたい」


 彼女の声は露骨に暗くなってしまっている。先ほどまでの元気は風船へ針を刺したように萎んでいった。


 わずかな時間とはいえ、アルルにとっては安らげる貴重な瞬間だったのだろう。

 まだヴィーレと同い年の若人だ。終わりの分からない戦いが嫌になるのは責められないし、本来そうであるべき有り様である。


「アルル」


 兵士の仲間に連れられて帰ろうとする幼なじみの姿へ、咄嗟に声をかけるヴィーレ。


 別れる前の顔があんな表情なんて、アルルらしくない。ヴィーレは彼女に甘えたい衝動や、溜めこんでいる弱音を押し隠し、できるだけ表情を和らげた。


「お前、生きろよ。生きて、俺が魔王を倒すのを待ってろ。こんなくだらない戦争はすぐに終わらせてやる。そして必ず二人で家に帰るぞ」


 我ながらクサイ台詞だと思った。顧みれば先の言葉が脳内でエンドレスリピートされて、今すぐにでも地面の上をのたうち回りたい気分になるだろう。


 内なる衝動を必死に抑えつつ、ヴィーレはアルルの瞳を見据える。


 彼女は初め、面食らった表情をしていた。が、すぐにいつもの笑顔を取り戻し、目尻に一粒の涙を浮かべる。


「うんっ! 待ってる! 待ってるよ!」


 そう満面の笑みで返される。どこか安心したような、泣き出してしまいそうな声色だった。


 アルルは一度飛びつくようにしてヴィーレにハグをした。数秒間の抱擁だ。


 離れ際「どうか無事で」と小さくこぼして、彼女はそのまま顔を見せずに背を向けてしまった。別れは敢えて告げずに去っていく。


 心配そうにする仲間へ気遣わせないようにと、すぐさま話を始めるアルル。


「次の目的地はどこだって?」


「ヨーン村で盗賊の襲撃に備え、対策を練るそうです。私達は恐らく、村周辺で索敵をこなす班に配備されることになるかと」


「それなら――――」


 二人の会話は雑踏に掻き消され、聞こえなくなってしまった。幼なじみの背中はどんどん小さくなっていく。


 ヴィーレは彼女達が見えなくなるまでその姿を見送り、踵を返した。「絶対に生きて帰ろう」と、強い勇気を抱いて。

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