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19話「再会」

 勇者一行はその日、魔力上げを昼過ぎまで休みなしにやっていた。


 ヴィーレが確認したところ、彼の用事があるのは明日だったから、それまではメンバーの力を鍛えあげておくことにしたのだ。


 トリス町から程近い場所で魔物を狩り続け、再び町に戻った頃にはもう夕暮れ時だった。


 現在、勇者達は疲れきった表情で長い長い階段を上っている。


 レベルの高いヴィーレでさえ、尋常じゃない量の汗をかいてしまったため、防具の下に着ている服がびしょ濡れだ。早く風呂に入ってベッドに寝転がりたいところである。


「結構倒したなぁ! 魔力量、もう限界までいったんじゃねえか?」


「あんた、いつでもどこでも無駄に元気よね……。そんな簡単になれるものでもないでしょう。もし限界まで上がっているとしたら、それはあんたの魔力上限が低かったってだけよ」


 前方で話すエルとイズ。辟易とした様子のイズと違って、エルは疲れをまだ見せない。


 ヴィーレは彼らから目を離し、歩みが遅いネメスへと視線を移した。彼女は足が棒になっているようで、段々と歩く速度が遅れていっている。


「おいネメス、疲れただろ。おぶってやろうか?」


「あ、ありがとう。ごめんね?」


「いいよ。ほら、掴まれ」


 答えてながらネメスの前にしゃがんでみせると、背中にその身が預けられた。

 細く軽い体はぐったりと脱力している。放っておけば、そのまま眠ってしまいそうだ。


 彼女が、そしてヴィーレ達がこんなに疲弊しているのには理由がある。


 実を言うと、レベル上げのために魔物を倒す際、普段後衛に徹しているネメスやイズは前衛に出て戦っているのだ。


 相手を倒した瞬間に、死体の近くにいた者ほど魔力量の上昇値は高い。

 だから彼女達は慣れない前衛で戦闘し、逆にヴィーレは相手が倒れる時だけ全力でその場から離れるようにした。


 おかげで常に走り続けることになった三人は疲労困憊(ひろうこんぱい)なのである。やる事がいつも通りなエルだけが余裕を保っていた。


(疲れるけど、これが最も時間対効率の高い方法なんだよな。有り余ってる俺の魔力を分けてやれたらもっと手っ取り早いのに)


 そんな叶わない願いを考え始めたところで、ヴィーレは人知れず項垂れた。様々な要因から視点が下へ下へと行ってしまう。視界には自分の薄汚れた靴ばかりが映っていた。


 ともかくそんな訳で、一刻も早く休憩したいところなのだが、その前に彼らにはやるべき事がある。

 それは全員で早めの晩ご飯を食べに行くという用事。帰ってから休める時間を多くするために、ヴィーレが提案したことだ。


 今はこの町の飲食店に向かっている途中で、人の波を掻き分けながら道を進んでいる最中だったのである。


 早足でエル達に追いつくヴィーレ。すると、それに気付いた二人が気遣うようにこちらを振り返ってきた。


「ネメスちゃん、大丈夫か? キツイんなら一旦宿に帰って、夜にまた食いに行ってもいいんだぜ」


「そうね。何なら私達がどこかで買ってくるわよ」


「ふふふっ。みんな心配しすぎだよ~。少し休めば元に戻るから。ありがとね!」


 左耳付近から声が聞こえてくるのを感じながら、ヴィーレは心中で苦笑した。


(とうとう本人にまで過保護認定されてしまったか。あまり露骨過ぎると、鬱陶しく思われるかもしれないな。俺も気を付けて世話を焼かねば)


 どこかズレた認識で心意気を改め、彼は二人に並んだ。


 エル達はネメスの言い分に納得したのか、それ以上食い下がったりせずに再び前方を歩き始める。

 やはり彼らもネメスに甘すぎるという自覚はあるようであった。







 トリス町はどちらかといえば田舎と呼ばれる部類に属する。そのため人通りはあまり多くない。


 しかし、ヴィーレ達がいるのは階段の町。当然そこでは下りの方が上りの方よりも人の流れが速いわけで。ゆったりと歩く上り勢にとって、対向者たちはまさにスピード過多であった。


 加えて、混雑している時はある程度定まっている波の流れも、中途半端な人通りではかえって移動しづらくなっている。


 地元民でない勇者一行にとっては、追い討ちをかけられているような心地になる移動であった。


「あっ……」


 だからだろうか。商店街へ繋がる通りを無視して、さらに上へ伸びる階段に足を踏み込んだところで、ヴィーレは人にぶつかってしまった。


 彼は危うい挙動でよろめくが、ギリギリ一つ下の段へ足を置いて踏みとどまる。その衝撃で眠りかけていたネメスが目を覚ました。


(いかんいかん。疲れているとはいえ、注意が疎かになってしまったな……)


 視線を落とさずに歩かねばと、ネメスをおぶり直して、ぶつかった相手に目を向ける。


 荷物を落とさせた事について謝ろうと声をかけるはずだったのだが、ヴィーレの頭に浮かんでいた台詞は相手の顔を視認した瞬間に霧散してしまった。


「すみませ……」


 ぶつかってから数歩分すれ違った位置にいた男がこちらを振り返り、同じく謝罪しようとする。


 しかし、その言葉は最後まで紡がれず、お互いが視線を交錯させたまま固まった。


 黒い艶やかな髪と、長い睫毛に縁取られた両の瞳。あどけない少女を彷彿とさせる中性的な顔立ち。そして、ここ数日会わなかっただけなのに、やけに懐かしく感じる自信無さげな声。


「カズヤ……?」


 確かにそれは行方不明になっていた仲間、和也その人であった。


 名前を呼ばれたというのに、彼は口を開いたまま、石になったように動かない。


 けれど、永劫に続くと思われた数秒間は呆気なく過ぎ去った。和也は血の気の引いた唇をゆっくりと開き、勇者の名前を口にする。


「……ヴィーレ」


 そこでちょうど、先にヴィーレの漏らした声に気付いたようで、イズ達がこちらを振り返ってくる。


「何よ、ヴィーレ。カズヤがどうかしたの?」


 背中で二度寝しかけていたネメスも、呆けた声で「んぅ~」と呻きながら、首筋に埋めていた顔を持ち上げた。


「「「……えっ」」」


 同時に、イズとエルとネメスが声を被らせる。その後は静寂が場を支配した。

 階下では騒ぎが大きくなっている。和也の落とした物が転がっていって、軽い混乱が起きているのだろう。


 ふと、イズ達が和也へ歩み寄り、ネメスもガバッと身を乗り出した。そして各々が早口で捲し立て始める。


「カズヤ!? どうしてここに!?」


「おいカズヤ! お前、今まで何してたんだよ!」


「カズヤお兄ちゃん、帰ってきてくれたんだね! みんな待ってたんだよ~!」


 全員が他に遠慮する事なく、一斉に喋ってしまっているから、ヴィーレや和也には彼らが何と言っているのか判別できない。

 それだけイズ達が現状に驚きつつも、喜びを隠せないでいるという事なのだろう。


 だけど、当の和也は曖昧な表情を浮かべるのみだった。目は泳ぎ、唇は震えている。笑ってるような、困っているような、そんな顔色だった。


「和也」


 雑音の中で、琴を鳴らしたような声がした。和也の隣にいた金髪の少女が彼の名を呼んだのだ。言外で何かを訴えるように、和也の手をそっと握る。


「……どうしたんだ?」


 ヴィーレは彼らの様子をとうとう訝しく思い、その肩に手を伸ばす。

 しかしそれは静かにかわされた。和也は勇者達に改めて背を向け、隣に立っていた少女の手を握り返す。


「みんな、ごめん……」


「《スロウ》」


 いきなり謝られたかと思えば、彼の隣で俯きがちに佇んでいた金髪の少女が呪文を呟く。


 周りの人々の動きが亀のように遅くなるや、和也達は町の外へ向けて階段を駆け下り始めた。かつて仲間だった彼は、あろうことか、勇者一行からの逃走を図ったのだ。


「お、おいっ! カズヤッ! クソ、追うぞ! ネメス、しっかり掴まってろよ!」


 預けている馬を引き取りに行く暇など無い。ヴィーレは動きの遅くなっているイズとエルを持ち上げて両肩に担ぐと、全力で追跡を開始した。


 呪文をかけられているにも(かか)わらず、勇者だけは通常通りの時間を生きている。何故かは考えるまでもなかった。


(特殊装備のおかげで呪文が無効化されているのか。だとしたらやはり、イズ達は俺が担いだままでいた方が良いな)


 和也は少女の手を引いて人混みを器用に抜けていく。

 対するヴィーレは一気に群衆を飛び越え、建物の壁を蹴り、彼らに近付いていった。


 突然始まった逃走劇はトリスの町をさらに騒がしくさせる。ある人は何事かとパニックを加速させ、ある人は純粋に感嘆を漏らしていた。


「ノエルお姉ちゃん、見て見て! 人が空を飛んでるよ!」


「すごーい! ヒーローみたい!」


 その中にいた買い物帰りの少年少女が、二人の間で手を繋ぐ年上の少女へと語りかける。


 ノエルと呼ばれたのは栗色の髪を肩くらいで揃えた少女だ。前髪に付けたヘアピンを煌めかせ、特に驚きもせずヴィーレ達を見上げると、子ども達に優しく微笑んだ。


「ごめんね。ちょっと用事ができちゃったから、急いで帰ろっか」


「え~、まだ見たかった~! むぐっ!」


「またお仕事?」


 駄々をこねる少年の口を押さえてノエルに尋ねる少女。


「うん、夕飯の時間までには帰るから。お婆ちゃんと他の子達にも伝えといて」


「「はーい」」


 少年と少女は異なるトーンで返事をすると、ノエルに手を引かれて再び帰路についた。三人は仲睦まじく群衆から離れていく。


「……頑張ってね、お兄さん」


 そうして、不意に呟かれたノエルの言葉は、辺りの喧騒によってかき消された。







 勇者達に呪文の効果が及んでいないとは言っても、逃げるのに必死な和也はその事を察していない。


 さらに、自分よりレベルの低いレイチェルに走る速度を合わせているため、彼らの距離は縮まるばかりであった。


 このままではいずれ追手に捕まることは明白である。


 町を出た辺りでようやくその事に気付いた和也が、逃げながらヴィーレ達を二度見する。焦燥と恐怖の入り交じった顔で、裏返った絶叫をあげた。


「どんな担ぎ方してんのさっ!」


 どうやら彼が驚いたポイントはそこだったらしい。


 確かに、冷静に傍目から見ると、今の勇者一行はなかなか奇妙な団体に見えるだろう。だが、今はなりふり構っていられないのだ。


「カズヤ! どうして逃げるの? せめて理由だけでも聞かせてちょうだい!」


「テメェこの野郎、ネメスちゃん達に謝らねえといけない事があるんじゃねえのかッ!」


「カズヤお兄ちゃん、わたし達のこと嫌いになっちゃったの!?」


 走っているヴィーレの代わりに、鈍重の呪文(スロウ)が切れた隙をついて、ネメス達が相手へ呼びかけてくれる。ナイス精神攻撃だ。和也の心へ的確にダメージを与えている。


「き、嫌いになるわけがない! 今は説明できない事情があるんだ!」


 和也は全力で逃げ去りたいようだったが、イズ達にいちいち反論している上、レイチェルを頑なに放そうとしないため、疲れが徐々に溜まってきていた。息が上がっていて、スピードも落ちてきている。


 その事をレイチェルも察していたのだろう。彼女は手の力を緩めると、切れ切れの声で諦念を告げた。


「和也、私はもういいです」


「何が……!?」


「放してください」


「嫌だね!」


 こちらを振り返らず返答を寄越す和也に気圧されて、わずかな沈黙を挟むレイチェルだったが、すぐに次の言葉を紡ぎだす。


「……魔王様や和也には迷惑をかけませんので」


「関係無いッ!」


 しかしながら、和也は考える間もなく断ると、レイチェルを強く引っ張り、彼女の足を掬って抱き上げた。


「妹を見捨てる兄がいてたまるかよ」


 真っ直ぐ前を見据えて彼はそう言った。確固たる信念を抱いて、城への道を疾走する。


 横抱きされているレイチェルは和也を見上げていたが、彼の言葉に両目を見開いた。一瞬だけ誰かの姿が彼とダブる。瞬間、嫌に鋭い頭痛が彼女を襲った。


「ヴィーレお兄ちゃん、頑張って! あとちょっとだよ!」


 一方、ヴィーレにはネメスからエールが送られていた。投げられる言葉に応じて勇気が湧き、疲れが消える。


 トリスの町を出てから、まだ十数分しか走っていないはずだが、和也の背中はもうすぐそこにあった。


「みんな、手を離すぞ! 振り落とされるなよ!」


 ヴィーレはエル達の返事を聞くと、彼らを支えていた手を離し、前方へ向けて目一杯に伸ばす。走りやすくなったのもあって、さらに距離が短縮された。


「マズイ……! クソ、ここまでか……!」


 和也が表情に絶望の色を浮かべる。いくらレベルが上がっているとはいえ、単純な体力勝負ではヴィーレから逃れられない。


 彼らの鬼ごっこは終わりを迎えようとしていた。魔王城にいた時とは違って、和也に現状を打破する術は残されていない。


「ウォォォオオオッ!!」


 ヴィーレは雄叫びをあげて大猪の如き猛進を見せる。逃走劇の決着は秒読みかに思われた。


(あと少し、あと少しで手が届く……ッ!)


 勇者がそう考えた瞬間、彼らと和也の間に予兆なく赤い雷が撃ち込まれた。

 襲いくる爆音、砂埃、そして突風。ヴィーレは思わず足を止めてしまう。


「何やってんだ、新米」


「まったく。世話の焼ける奴隷ですこと」


 眩い閃光に眩んでしまった目をどうにか戻して、ヴィーレは前を睨み見る。


 そこには、和也とレイチェルを庇うように、巨漢の側近と妖艶な魔法使いが立ちはだかっていた。

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