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イズ先生の熱血教室! ~特殊装備編~

 勇者一行はトリス町に着くと、今夜泊まる宿を取ってから、すぐに魔力上げを開始した。


 魔王城に近いだけあって、町の周りにいる魔物は手強かったが、その分倒した後の力のみなぎりは凄まじい。四人のレベルはグングン上がっていっていた。


「……さて、と」


 宿に帰って風呂と飯を済ませ、自分達の部屋に入ると、イズが突然教師モードに切り変わる。


「それじゃあ、今日の勉強会を始めますか」


 荷物から分厚い本を取り出して、独り言のように言葉を発する。


 恐らく、朝方ネメスに教えてあげると言っていた、『特殊装備』についての授業だろう。他の三人はそれを察して、例に倣い、適当な位置に腰かけた。


「はい。という事で今日は、特殊装備についてのアレコレを教えていくわよ!」


「わーい!」


 両手に持った猫のぬいぐるみを抱き上げてはしゃぐネメス。ベッドで胡座をかくヴィーレの脚の上に乗ってご機嫌だ。仲間の皆と勉強するのは彼女にとって楽しみの一つらしい。


「こらネメス、あまり騒ぎすぎないように。また隣人から怒られちゃうわよ」


 イズに注意されると、ネメスはヒソヒソ声で「はーい」と返事を返した。まだワクワクは収まらないのか、笑顔を保ったまま体を上下させている。


 かれこれ第四回となる勉強会。イズはすっかり教師モードが板についていた。今の彼女には教鞭と眼鏡が似合いそうだ。


「そういえば、今日は大人しいな、エル」


 ヴィーレがふと隣のテーブルに視線をやる。そこではエルが珍しく落ち着き払って座っていた。

 彼はヴィーレの言にこちらを向くと、髪をかきあげ、爽やかに答える。


「この前の一件から反省して、酒は程々に抑えてるのさ」


「……ねえねえ、エルお兄ちゃん。お酒って美味しいの?」


「勿論よ、ネメスちゃん。酒ってのはな、大人には必須のアイテムなのさ。気分が良くなって嫌な事を忘れられる最高のドリンクだぜ」


 興味津々なネメスに問われたエルは熱い魂を込めて答える。

 そんな彼に触発されたのか、ネメスは前のめりになって目を輝かせだした。


「へぇ~! わたしも今度飲んでみよっかな~」


「ネメスにはまだ早いわよ。美味しさも分からないでしょうし、成長にも悪いからやめた方がいいわ」


 それを止めるのはイズだ。すかさずエルも制止に加勢する。


「イズの言うとおりだぜ。子どもに酒は必要ねえよ」


「え~。どうして子どもはお酒を飲んじゃいけないの?」


「決まってる。素面(シラフ)でも十分楽しいからさ」


 脚を組んで答えるエルを見て、ネメスは「そうなの?」とヴィーレを見上げてきたが、酒に親しみのない彼には肩を竦めることしかできなかった。


「むぅ~。いつかはわたしも大人になれるのかな……」


 ネメスは拗ねたように頬を膨らまして独りごちた。ヴィーレが優しく言葉を拾う。


「カズヤくらいの歳になったら、ネメスも立派なレディになってるだろう。その時は今のイズよりも年上だ」


 言いながら、ヴィーレはチラと女性陣の反応を見た。


 もう彼女達は『カズヤ』の名前にいちいち反応したりしない。嘘偽りなく、昨日の時点でちゃんと二人とも立ち直れていたみたいだ。


(まだ無理して取り繕っているようなら、休憩を延ばそうと考えていたのだが、どうやら杞憂だったらしいな)


 胸を撫で下ろすヴィーレ。彼の中にあった心配事がやっと一つ消滅した。


「そっか~。大人って気付かないうちになってるものなんだね」


 ネメスの相槌が打たれたところで、二度の拍手音が部屋に響く。見ると、イズが再び教師モードに突入していた。


「はいはい。無駄話はここまでよ。今度こそ講義を始めます」


 敬語で真面目な雰囲気を出しつつ、指をピッと立てる。彼女は続けてこう言った。


「まずこれは常識レベルの知識だけれど、特殊装備っていうのは、『身につけるだけで特殊な能力を手に入れられる物』なの」


「持ってるだけで効果を発揮するってよく分かんねえ現象だよな~。……その特殊装備ってのはさ、俺は見たことがねえんだけどよ、例えばどんな物があるんだ?」


 早速エルがイズに質問を投げる。勉強はできないけれど学ぶ意欲はあるらしい。


「ヴィーレが今朝買ったような『月輪の指輪』や、私が身に付けている『(ほのお)のブレスレット』もそうよ」


「なに?」


 思わず声をあげるヴィーレ。これまで何周もしてきて、知らされていなかった事実が突然飛び出してきたのだ。イズが特殊装備を所持しているという事実である。


 もしや強力な武器になるのではと、心持ち眉間に皺を寄せて聞き返す。


「お前、そんな物、持っていたのか?」


「ええ。言ってなかったかしら。ほら、これ」


 こちらの疑問に応じながら、イズはパジャマの袖を捲って見せる。


 彼女の腕には細枝を三つ編みにしたようなデザインの腕輪が装備されていた。その色は烈火のように眩い紅だ。


 いかにもな見た目に「おおっ」と期待を込めた視線でエルが尋ねる。


「存外かっけえな、おい。一体どんな効果があるんだよ?」


「体がポカポカするわ」


「「……は?」」


「体がポカポカするのよ」


 不意に部屋へ重い重い沈黙が降りる。

 ヴィーレとエルの二人は、揃って聞き返した時の顔のまま、イズに抗議の視線を向けていた。


(しょっぼ。戦闘の役に立つものかと思えば、ただの防寒具だった。確かに便利グッズではあるんだろうが、なんだか裏切られた気分だな……)


 ヴィーレは先の驚愕と希望を返して欲しい気分になった。エルも同様のようだ。


 とんでもない肩透かしを食らった彼らとは違って、ネメスは羨ましそうに焔のブレスレットを眺めている。彼女のイズに対する憧憬が増大した。


「こほんっ」


 男性陣の微妙な心境を読み取ったのか、イズはわざとらしく咳払いをして、話を無理やり仕切り直す。


「まあそんな感じで効果はピンキリだわ。だけど、そのどれもが非常に稀少な代物なの」


「イズお姉ちゃん。稀少って確か、『少ない』って事だったよね? どうして特殊装備は数が少ないの?」


「覚えてて偉いわね、ネメス。えっと、質問の答えだけどね、まず素材が入手しづらいのよ。それにたとえ手に入れられたとしても、材料を上手く加工できる人材がなかなか現れない。素材は量産できない物ばかりみたいだしね」


 イズの説明を受けて、ヴィーレは自身の左手中指に嵌められている銀色を見下ろした。


(素材か。考えてみれば、この指輪の素材は何なんだろう。名前からは想像もつかないな)


 月輪の指輪は今回初めて接触する物体だった。


 ローブの商人から売られた物ならと、あまり疑問を抱かなかったヴィーレだが、彼女はどういう基準で商品を選んでいるのだろうか。そして、売り物をどこから仕入れてきているのだろうか。


 彼は今さら過去に幾度となく感じたはずの違和感を感じていた。商人の正体が分かったら、その件について尋ねてみても良いかもなと、すぐに忘れそうな終点へと辿り着く。


 その間にもイズ先生による講義は進んでいた。


「特殊装備の素材は植物や動物、時には人間の体の一部から作られるわ。そして、材料の元となった存在が宿していた能力と同じような効果が、完成した装備に付与されるの」


「なるほど……?」


 エルは確実に理解していないだろうと思われる返事を漏らした。

 イズは仕方ないといった様子で溜め息を吐き、噛み砕いて補足を加える。


「例えば、私の焔のブレスレット。これは呼び名の通り、焔でできた樹木を元にして作られたらしいわ。おかげで『所持している人が温かくなる』という効能を持つ特殊装備が出来上がったの」


「どうやって加工したんだよ、それ」


 ヴィーレは彼女の説明へ無自覚に割り込んでしまう。

 イズは「さあね」と素っ気なく流した。


「呪文でも使ったんじゃないかしら。で、そういった『特殊な素材』は、魔力や呪文の影響で誕生するものが多いらしいわ。ただし、それを人工的に誰でも作り出せるようにする方法は、まだ確立されていないのよね」


「あぁ、それに関しては俺もアルルから聞いた事があるな。特殊装備を作るためのレシピはあるけど、特定の呪文ありきな物ばかりなんだと」


 ヴィーレが話を挟むと、エルが納得したように口を開いた。


「だからあんなにバカ高かったんだな」


「いえ、それにしても、あれは高すぎたと私は思うわよ」


 イズの答えにヴィーレも心中で同意する。


(そうだよな。今思えばあれ、冗談だったんじゃないだろうか。普通旅人はそんな大金持ってないし。そうは言っても、三千ぺドルはむしろ安すぎるから、大分値下げしてくれたのには変わりないんだろうな)


 その点はローブの商人へ素直に感謝しておくことにする。

 大金を恵んでもらった事で、死ぬまで返礼し尽くさねばならないと思うくらいには、ヴィーレの金に対する免疫力は低かった。


 ポフッと隣に誰かが座る気配がする。ヴィーレが横を見ると、肩が触れそうなほど近くにイズが腰かけてきていた。


「以上で特殊装備についての講義は終了よ。思いの外、短かったわね。もうお風呂やご飯も済ませちゃったし、今日はもう寝る?」


「ああ、そうだな。ところで……」


 尋ねられた言葉に短く返答しつつ、かねてから気になっていた事を今更ながらに質問してみた。


「どうして一部屋しか借りていないんだ?」


 そう。何故か彼女達、二人用の部屋を一つしか借りてないのだ。この町はいつかみたいに混んでるわけでもなかったのに。


 ヴィーレの問いに答えたのは金髪の男だった。首だけをおかしな角度でこちらへ向けて、謎理論を告げる。


「『もうヴィーレのベッドでイズ達が寝れば、いちいち二部屋とる必要無いんじゃね』ってなってさ」


「いや、その理屈はおかしい」


 即座に否定から入るヴィーレ。彼には最近どうも周りの風紀が乱れているように感じられてならなかった。


 確かに複数の部屋をとっても、結局全員で同じ場所にいることが多いのは紛れもない事実だ。


 しかし、それでもそこはしっかり男女で分けるべきじゃないだろうか。そんな常識的な見解からの意見であった。


「イズ、ネメス。お前らも窮屈だろ? 別に無理しなくていいんだぞ。金ならまだモルトで稼いだ分があるんだし……」


「別に私は問題ないわ」


「わたしも! ヴィーレお兄ちゃんと一緒がいい!」


「何故……何故なんだ……」


 そう呟いてから、ヴィーレは背中からベッドに倒れ落ちた。

 残念ながら、彼は多数決という意見採用方法の前に、完全敗北してしまったようだ。



 ――――結局、レベルの上がったネメスに抱き締められて苦しんだり、夜中にイズから起こされてトイレまで同行する羽目になったりと、勇者の夜は最後まで忙しかったのだった。

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