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18話「交渉」

「この指輪、まけてくださいっ!」


 三千ペドルの小銭を差し出して、一億ペドルの特殊装備を値切りにかかるネメス。


 その様を見て、とある推測に辿り着いたヴィーレは、隣で唖然としているイズに顔を寄せた。口の横に手を添えて小声で尋ねる。


「おい。まさかと思うが、まだネメスにはお金の単位や数字の桁というものを教えていないのか?」


「いいえ。教えてるわ。億がどれだけ大きい数字かも彼女は分かっているはずよ。というか、むしろ値引き交渉なんて事を勉強させた覚えがないんだけど。誰がそんな余計な事を吹き込んだのかしら」


 そこまでイズが呟いたところで「あっ」と声をあげる男がいた。

 ヴィーレとイズの二人が後ろを振り返ると、エルが自分の口元に手をやっている。


「どうしたんだ、エル」


「あんた……まさか……」


 仲間の視線を受け、エルは気まずそうに半笑いで視線を逸らした。閉めきってない蛇口から漏れ出る水滴のようにポツポツと話を切り出す。


「一昨日ってさ、俺がネメスちゃんに馬の乗り方を教えててさ。お前らは二人で出掛けてて、夕方まで帰ってこなかったじゃん?」


「そうだな」


「あの時さ、実は昼飯ついでにショッピングにも出掛けてたんだよ。そこで、幸か不幸か、最高にイケてる防寒着を見つけてだな……」


「で? あんたはどうしたのよ」


「……めちゃくちゃ値切らせて頂きました」


「このバカ……!」


 イズがエルの膝へ蹴りをかます。無抵抗にそれを食らったエルは「すみませんっ!」と情けなく叫んでいた。


「ネメスの前でみっともない真似しないで! あの子までアホっぽくなったらどう責任取るのよ」


 脛を押さえて(うずくま)ったエルへは視線もやらずに、イズは軽く毒を吐く。


 ヴィーレは二人の独特なじゃれあいを眺めながら、イズの懸念とは別の事を考えていた。


(それにしても、ネメスは一億ペドルの指輪を三千ペドルで買えると信じている様子だ。エルがどれだけ破格の買い物をしたかが知れるな。貧乏でも無いくせに無駄な処世術に長けてる奴だ)


 少し、いやかなり羨ましく思いつつも、彼はネメス達の方へと向き直った。そこでちょうどローブの少女が口を開く。


「んー。どうして君がわざわざ高価な指輪を買いたがるの?」


 ネメスの言葉に考える素振りを見せていた商人は、いつもより嬉しそうな声色で返答してくる。

 表現しづらい微妙な変化だが、不自然な営業スマイルが、ネメスと話す時に限り、素の笑顔になっているように思えた。


「え、えと……。ヴィーレお兄ちゃんへのプレゼントに、と」


 テレテレしながら返事をするネメス。不覚にもその姿にヴィーレの心臓は飛び跳ねてしまった。


(指輪をプレゼントする意味は分かっていないんだろうな。分かっていたら大問題だし、あまり追及はしないでおいた方が良さそうだ)


 保護者として抱いてはならない動揺を必死で収める。

 その間も商人達のやり取りはまだ続いていた。


「三千ペドルしか持っていないの?」


「そうなんです。イズお姉ちゃんから初めて貰ったお小遣いで……」


「初めて? ……あぁ、そういえば君はアルストフィアで拾われた子だったね」


「はい。ヴィーレお兄ちゃんが声をかけてくれたんです。それまでは家族もいなくて、辛い事ばかりだったんですけど、今はみんながいてくれるから幸せなんですよ!」


「へぇ、君も家族がいないんだね」


 意味深長に呟いて押し黙る商人。

 いつにも増して棒読みな声色からは、彼女が悩む『ふり』をしてあげているだけのように思えた。


(同情を誘えたとしても、流石に月輪の指輪とやらを買うには額が少なすぎだろ。絶対無理だ)


 ヴィーレも冷めた思考で彼女らの会話を見ている。

 商人の少女は遂に決意を固めると、目の前に置かれている大銀貨三枚を手に取った。そして――――


「じゃあ特別に、三千ペドル(これだけ)でいいよ~」


 見事なサムズアップを披露してみせた。


「いいんかーい!」


 それまで黙っていたエルがすかさずツッコむ。ヴィーレやイズも心の中で一言一句違わぬ驚愕を叫んでいた。


 こんな都合の良い展開があって良いはずがない。傍観していたヴィーレだったが、その時になって初めて、喜ぶネメスの前に歩み出る。


「待て待て待て待て! 流石に受け取れないぞ。大金貨千枚が大銀貨三枚って、何割引きとかいうレベルじゃないだろう」


「いいんだよ、売り手の私が決めたんだから。それに、ネメスちゃんは可愛いからねぇ。このくらいはサービスしてあげるよ」


「あ、ありがとうございますっ!」


 ガバッと頭を下げるネメスへ、商人は満足げに頷いた。


「いいよいいよ。代わりに、今後もご贔屓にね」


 そう言うと、彼女は代金を懐に収めて、月輪の指輪をネメスに手渡す。


「ほ、本当に売りやがった……」


 ヴィーレは軽々と一億ペドルが入ってきた事に戦慄する。そして同時にこう思った。


(前から薄々勘づいてはいたが、やっぱりこの商人、あからさまにネメスに対する態度が甘いぞ。俺達みたいに保護欲をくすぐられている様子は見えないし。本当に可愛がってあげているだけなのだろうか)


 互いに無為な詮索をしないようにしていたが、怪しいものはやはり怪しいのだ。ヴィーレには商人少女の真意が読めないから、なおさら不審に見えていた。


「まいど~。じゃあまたね」


 商人は勇者達が他に何も買わない様子を察したのか、彼らが目を離した数秒の隙に、別れの挨拶だけを残して屋台ごと消えてしまった。


「あれ? 商人ちゃん、どこ行ったんだ?」


 エルが辺りを見回すが、黒いローブは見当たらない。隠れられるような物陰も無いのに、である。完全に姿を眩ました。


「本当に神出鬼没だわ……」


 イズが呆然と呟く傍らで、ネメスがヴィーレのところまで駆け寄ってきた。直前で急ブレーキをかけ、両手で大事に持っていた指輪を渡してくる。


「はい、お兄ちゃん。日頃のお礼になるかは分からないけど……」


 そう言って月輪の指輪を指に嵌めてくれた。その後、何かを期待するようにソワソワし始める。


 ヴィーレは得心して、金額についてのあれこれを頭から追い出すと、ネメスの頭を撫でながら礼を述べた。


「ありがとな、ネメス。大切にするよ」


「えへへ、どういたしまして!」


 彼女は頬を染めて元気に返事してくる。よっぽど褒めてほしかったようだ。


(こいつ何から何まで可愛いな)


 一通り撫で終え、頭から離そうとするヴィーレの手を掴み、両手でホールドして組みついてきた。冷たい手の甲を温めるように頬擦りしてくる。


(これは商人の子もメロメロになるか……)


 モチモチ肌の感触を楽しんでいるところで、ヴィーレに閃きが訪れた。


「……なあ、みんな。折り入って頼みがあるんだが」


 彼は脈絡なくそう告げて、三人を見つめる。彼らも何事かとこちらを見つめ返してきた。


(思い出した。ローブの商人、彼女がネメスにだけ優しかった理由が分かった気がする)


 先ほどのやり取りがきっかけだったのだ。

 時間の巻き戻りが起きる前、初めて『ある町』へ寄った時、ヴィーレは栗色の髪をした少女と出会っていた。


 その子の事をもう彼はほとんど覚えていないが、捨て子には優しいであろう事と、お金を稼がなければならない立場にある事は知っている。


(もしかしたら、商人モードじゃない彼女と、俺は以前に会ったことがあるかもしれない)


 唐突に真剣な面持ちに変わったヴィーレへ、最初に問い返したのはイズだった。


「何よ?」


「目的地を変更したいんだ。『トリス町』という場所へ」


「トリス町? まあ魔王城には近いけどよォ、どうしてまたそんな所に?」


「……確かめたい事がある。恐らく、それは魔王討伐には何の関係もない事だろう。でも、どうしても気になって仕方がないんだ」


 勇者のよく分からない申し出に、イズ達は顔を見合わせている。


(自分でも無茶苦茶を言ってるのは分かっているけど、他に言い様がないし、これが本音なんだ。前回通り、このまま魔王を倒しに行くだけでは駄目な気がする)


 ヴィーレにとって最後の挑戦と決めた今回。もう失敗は許されない。

 ゴールに向かうだけのこれまでと違って、彼には真実を解明する必要があった。


 だが、独断専行できる立場ではない。後は仲間の答えを待つだけだ。ヴィーレは拳を握って息を止める。


 そこへまず返ってきたのは、エルの笑顔だった。


「俺は別にいいぜ。何かモヤモヤしてんなら、さっさと解決して行こう」


「私もそれでいいわよ。はっきり言って、みんなの魔力上げもまだ十分でないもの」


「わたしも勿論賛成だよっ! 行こう!」


 イズとネメスも嫌な顔一つせずに快諾してくれる。そこには今までに積み重ねてきた分の絆に値する、全幅の信頼があった。


(あぁ……。信頼できる仲間を持って良かったよ、本当に)


 ヴィーレは体の力が抜けると共に、胸の内が温かくなるのを感じた。


 だけど、もし商人の正体を暴けたところで、何か良い変化はあるのだろうか。勇者の心中で、そんな事を呟く誰かがいた。

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