LLW.001『幸せな転生?』
「ありがとうございましたー」
自動扉が開き、俺は外に出る。
俺こと阿宮遥は近くの書店でラノベを購入した。
最近は異世界モノの話が好きなので、表紙を見ていいなと思ったやつをごっそり買ってきた。
当たりがなければ売るだけだ。
現在時刻午後8時を回っている。
「ただいま」
俺は家に入り、扉を閉めようとしたその刹那
殺気っ!!!!
俺は後ろから飛んでくる小さな足を両手でクロスして防いだ。
「さっすがお兄!私のおかげで敏捷値が上がってきてるんじゃない!?」
「静香…帰ってくるなりいきなり飛びかかってくるなよな…いつも言ってんだろ…」
こいつの名前は阿宮静香。
隙あらば俺にロケットキックをかましてくるアホな妹。
親は今海外へ出張中、静香とは二人暮らしだ。
「俺はこれから読書タイムだ。絶対に部屋に入ってくるなよ」
俺は静香に指差す
「え?ベッドの下の薄い本が増えたの?」
「増えてねーよ!!?っていうか最初からねーよ!?」
静香がニヤニヤしながら俺を見るが、俺は無視して部屋の扉を閉めた。
…………俺は電子書籍派だからな
現在時刻午後11時45分
「………おっと、もうこんな時間か」
俺は立ち上がり、自販機に行くことにした。
階段を降りると部屋が真っ暗だった。
「流石に寝てるよな」
明かりをつけ、テーブルに向かう。
テーブルの上にメモが残されていた。
『ティッシュならドアを出て右にある棚の中だよ☆』
「余計なお世話だわっ!!!」
ため息をつきながら俺は玄関を出て自販機に向かう
自販機には歩いて10分くらいのところにある。
現在時刻午後11時56分
もう日付が変わるのか
自販機の前に立ってスマホを見る。
俺がこの自販機に来たらいつも買うのは『コーンたっぷりスープサイダー』というものだ。
いや、これがなかなかイケるんだよな
ボタンを押しガコンと音を立ててスープサイダーが出てくる。
その飲み物を取ろうとした時、ふいに周りが明るくなった。
周りというか、後ろから照らされているような感じだ。
俺は後ろをふりむくとそこにはこちらに向かって来ているトラックを確認した。
「なっ!!!?」
俺はとっさに避けたが、間に合わなかったらしい。
視界が完全に真っ白に覆われた。
現在時刻午前0時
さわさわと自然の音。
これは風か。川のせせらぎも聞こえる。
俺は目を開けようとすると太陽の光が入り込み、思わず目を閉じる。
しばらくして目が慣れてきて、ゆっくりと目を開けると、俺は横になっているらしい。
俺は上体を起こす。するとファサッと前の方に髪が降りる。
邪魔だなと思い、後ろにかきわける。
…………ん?髪??
自分の髪がこんなに長い記憶はない。
しかも着ている服も違う。
フリフリしていて女の子が着ていそうなドレス。
程よい膨らみをした胸。
俺は近くにある川原に向かった。
な………
「なんだこれーーー!!?」
可愛らしいソプラノボイスが辺りに響いた。
川原に反射した自分の姿はどこかお嬢様のような容姿だった。
一体何が起こっているんだ……?まずは状況を整理しよう。
俺はジュースを買いに行って、後ろから来たトラックに轢かれて…気づいたらここに…
そこで俺はハッとする
「転生…か…?」
いや、そんなことはありえない。
現実的に考えて転生なんて…
しかも転生って生まれて来た時から記憶を保持してるとかそういうのじゃないのか…?
俺が頭を抱えて唸っていると後ろから歩く音が聞こえた。
「お嬢様っ!!!!」
「え……どわっ!?」
後ろから急に押し倒された。
「よくご無事で…!死神に攫われたと聞かされた時は絶望に満ちておりました…」
見知らぬ少女。そんでもってメイド服。
「え、え〜っと…君は…」
「まさか記憶障害が…?すぐにお屋敷に戻りましょう!」
「よくぞご無事で…ユーリアスお嬢様」
執事服を着た50代後半の男が話しかけてきた。
「は、はあ…」
さっきから俺の手を引いているメイドの少女は口を開いた
「医務室へ向かいましょう」
しばらく手を引かれて、扉の前まで来た。
メイドの少女が扉を開け、「お入りください」と言った
俺が入ると少女は扉を閉めた。
自分は入らないんだな。
「リィナから話は聞いてるよ」
「うお!?」
部屋の隅に人影がいた
「記憶障害だってね?」
影がこっちに迫ってくる。
その影は…あまりにも…
「ちっさ」
つい口に出てしまった。
「いきなり罵倒から入るとは……まあいい。座れ」
どう見ても小学生にしか見えないその少女?に驚きを隠せない俺。
「記憶障害ということは心体的に何かあったのかもしれないから、確認させてもらうぞ」
少女?は俺の胸に手を軽く当てた
「魔法起動、天の揺り籠」
少女?の手のひらが大きく光った。
と同時に少女の顔が怪訝な顔になった。
「魂の波長がいつものと違う。もはや別人だ。」
なんかやばい予感
「だから感知魔法に引っかからなかったのか」
俺は立ち上がり、扉に向かう
「リィナ!そいつを取り押さえろ!そいつは『ユーリアス』ではない!」
ドアがバンと開き、先ほどのメイドの少女が軽やかに俺を取り押さえる。
「お嬢様では無い、とはどういうことでしょう?」
「こいつはたしかにユーリアスだが、ユーリアスでは無い」
「というと?」
「『魂が全くの別人』なんだ。おそらく死神の仲間といったところか」
「ま、待ってくれ!俺もなにが起こっているのかよくわからない!」
俺はトラックに轢かれたと思ってらいつのまにかこの体になっていたことを告げた。
「とらっく?よくわからんが自身が死亡したと思ったらユーリアスになっていただと?」
「信じるかどうかはそっちに任せるけど、俺は危害を加える気はさらさらない」
小さな少女はブツブツとなにかをつぶやいている
「どうされましたかな。リィナ殿」
扉から入って着たのは先ほどの執事だ。
「む、オーストか。面倒なことになったかもしれん」
「なるほど。ユーリアスお嬢様の中に別の魂が入っていると。」
執事は俺を見る
「………ふむ。とりあえず自己紹介でもしておきましょうか。私の名はオースト・クルヴェルド。この屋敷の執事でございます。」
オーストと名乗る執事は礼儀よく自己紹介をする
「私の名前は、リィナ・ルアノートと申します。」
最初に出会ったメイドの少女がスカートの裾を持って礼をする。
「何故、得体のしれんやつに自己紹介をする必要がある?」
小さい少女は腕を組み、俺をジト目でみている。
「レイス殿。私の感ではございますが、ユーリアスお嬢様の中に入っている魂に悪は感じられません。目を見て感じました。」
オーストは小さな少女にも礼儀よく言った
「私もそう思いますよ?」
リィナも答える
「確信ではないだろう……あぁっ!わかったわかった!ワシの名はレイス・ビーツだ!」
レイスはフンっとそっぽを向く
「お、俺は阿宮遥……遥って呼んでくれ」
「ハルカ殿ですか。珍しい名前ですな」
「偽名かもしれんぞ」
「レイス殿…」
オーストはため息をつき、話を始めた
「もちろん放っておくわけにはいきません。監視役として誰かをそばに置いておきますよ」
オーストはリィナを見る
「お願いできますかな?」
「かしこまりました」
リィナは頭を下げる
「まずはハルカ殿が入っているその身体の持ち主についてご説明させていただきます」
オーストからは重要なことをたくさん聞いた
俺の入っているこの器…というかこの身体の持ち主の名前は、ユーリアス・アラベルク。
アラベルク中央国のお嬢様らしい。
次期女王になる予定で、国民から祝福されている。
さらに聞いて驚いたのは、この体の持ち主には呪いがかけられているらしい。
それは、自分自身の死と、世界の死がリンクされているということ。
持ち主の魂か身体のどちらが死亡すると、この世界は滅亡するらしい。
「え、それは国民は知っているんですか…?」
俺はオーストに質問する
「いいえ。国民はパニックになるだろうということを想定しているので伝えていません。」
オーストは続ける
「おそらく死神の仕業でしょうな」
「あの…先ほどから聞く死神というのは?」
「死神とは、名前の通り、死神です。」
「死神ってことは、この身体の持ち主の魂は消された可能性はないんですか?」
俺が質問すると今度はレイスが答えた。
「可能性は0だ。何故なら世界がまだ生きているからだ。ユーリアスの魂か身体が死亡しない限り、世界は滅亡しない。そして、奴は死人の魂しか興味ないからな」
「ユーリアスお嬢様の魂は、封印されている可能性が高いでしょう。」
ノック音が聞こえた
「失礼します」
リィナがお茶菓子を持ってきた
「そこで、です。ハルカ殿」
オーストは真剣な眼差しで俺を見る
「ハルカ殿には、ユーリアスお嬢様として過ごしていただき、かつ魂を取り返すために協力していただきたい。」
レイスも口を開く
「もちろんお前には拒否権はないぞ?」
これは夢なのか現実なのか
未だにわからない部分は沢山ある。
ただ一つやることはある。
元の世界に帰還すること。
静香は今どうしてる?俺は死んだことになっているのか?静香は泣いているのか?
迷うことは何もない
俺は答えた
「この身体を持ち主に返す。もちろん協力するよ」
「ありがとうございます。ハルカ殿」
オーストは続ける
「ハルカ殿なら、ユーリアスお嬢様の命を狙ってきた人にも対応できるでしょう」
…………え?
これは幸せな転生なんかじゃない
死んだと思われる俺の魂が、別の世界の他人の体に入れられただけだ
俺がここにこうして生きているということは、元の世界の俺は植物状態ということなのだろうか
絶対に元の世界に戻ってやる
待ってろ、静香




