5月12日 the bus time
東京から京都までのバス旅は長い。しめて4時間弱と言ったところである。
バスの中で生徒達は友達とおしゃべりしたり、お菓子を交換し合ったり、朝早い集合であったためにもう一眠りに着く者もいた。各々自由に時間を過ごす。
「瑞希ぃ、俺やっぱ少し寝るわ。おしゃべりする予定だったのにすまねぇな。」
そう眠たそうに言うのは、浩紀である。今朝は寝坊したはずであるのに、まだ寝たりないようである。浩紀の隣に座っているのは瑞希だ。
「君って奴は・・・。今朝はぐっすり寝たんじゃなかったの?寝坊するくらいにさ。」
若干の毒の混じった言葉で浩紀を責める。
「うっ、確かに寝坊はしたけどさ・・・、別によく寝れたって訳じゃねぇんだ。昨日12時前にはベットに入ったけど、実際に寝れたのは3時過ぎだったんだよ。あー眠いっ。」
「そ、そうだったんだ。よく来れたね。」
眠そうに言う浩紀に、瑞希はあきれながらも受け入れる。浩紀は「おやすみ」と言い残すと、数分の内にスヤスヤと寝息を立て始めた。
「はぁ、暇だ。」
これからまだ3時間以上あるバスの旅路で、早々に話し相手を失った瑞希はため息をこぼす。
それでもガタガタとバスは音を立てながら進む。
ふいな拍子に瑞希はあることを思い出し、リュックからメモ帳を取り出す。ぱらぱらとページをめくり、悩み始める。そのページの冒頭には、作詞メモと書いてあり歌詞になる前と見受けられるフレーズがいろいろと書き留められていた。
この書留は瑞希の目標の第一歩であった。瑞希は卒業するまでに、つまり来年の3月までに1つの曲を完成させようとしているのだ。まだ、曲はおろか詩にすらなってはいないけれど。
瑞希は時間を見つけては今メモ帳に思いつくフレーズを書き込んできた。
「うーん、京都。古の町並み、神社、鳥居・・・」
右手に持ったペンを手持ちぶさたに回しながら、寡黙に集中してブレインストーミングを繰り返す。
「抹茶、旅行客・・・。」
しばらくそうしていると、突然大きな拡張音がバス内に響く。担任である住野の声だ。
「皆さん、起きてますか。今からバスレクを始めたいと思います。」
修学旅行のバス移動の定番と言えば、そうバスレクである。担任の住野と学級委員長の神江がどうやら用意してきたらしい。暇をしていた生徒達は皆、注目の視線を送る。
瑞希は歌詞の書留に集中していたが、長いバス旅である、今はバスレクを楽しもうと開いていたメモ帳を閉じる。寝ている浩紀はそのまま寝続けていた。
マイクから聞える声が住野から神江に切り替わる。神江は朝から元気な声でバスレクを進行していく。
「ではさっそく、バスレク1を始めたいと思います。1つ目は・・・。」
楽しいバスレクをしながら、サービスエリアを1つまた1つと重ねていく。気づけばバスの窓から見える景色は東京のそれとは大きく異なる、見慣れない景色に移り変わっていた。
古風な町並み、風鈴の音ー
時刻は9時22分、東京を出発してから約4時間が過ぎようかとしていた。
「みなさん、もうすぐ目的地に着きます。寝ている人をそろそろ起こしてあげてくださいね。後、降りれる準備もお願いします。」
そう、ついに彼らは待ちに待った京都に着いたのだ。
4時間と聞けば長く感じるバス旅は、神江の用意してくれたバスレクや、映画、友達とのおしゃべりをしている内に過ぎ去ってしまっていた。
寝ていた浩紀もいつの間にか起きており、バスレクを楽しんでいた。
今日の京都の天気は雲一つない晴天、心地よい風まで吹いており、これからの2日間の楽しさを保障してくれているかのように感じられる。
生徒達のテンションはまだ寒い5月の朝には似合わない暑さを持っていた。