5月11日 coffee break
歩くこと十数分、瑞希と香華は目的地星海カフェに到着した。
星海カフェは各種コーヒーなどの飲料を始めケーキなどのスイーツを取りそろえた、ここらでは若者に人気のカフェである。
カランカランと鳴る鈴の音に迎えられ二人は店内へと入る。入るとすぐに香ばしいコーヒーの香りが漂ってくる。店内は落ち着いた内装であるが、それに似合わず、すでに多くの客で賑わっていた。
「やっぱこの時間は学校終わりの高校生が多くて混んでるね。」
瑞希が少し辟易して言うと、香華も多少そう感じているところがなくはなかったが、今はそれどころではないようだ。彼女の目はほかへと向けられていた。店員がいるその下のショーケースの中、つまりケーキである。
「新作のケーキが売り切れてないかが心配だわ。前に人が多くてよく見えない・・・。」
ケーキの有無を知るために、背伸びをしてみたり体をよじらせてみたりする姿がとてもかわいらしく感じられる。どうやらショーケースの中はよく見えず、香華はついにはおとなしく列に並んで待つことにした。
瑞希は香華を「まぁまぁ」と落ち着かせながら、ほほえましく見守る。
香華は前述してきたとおり無類のスイーツ好きである。ここ星海カフェへは、新しいスイーツがでるたびに友達を連れては訪れるほどだ。
今日星海カフェを思いついたのもそのためであった。
列に並ぶことまた十数分、ようやく二人の番がやってくる。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
店員さんが笑顔で注文を尋ねてくる。
瑞希はここに来るといつも頼むものを決めているためそれを言おうとする。
「アイス・・・。」
しかし、それを香華の勢いよい声が阻む。
「カフェオレと新作ケーキをお願いします。」
新作ケーキは数は少なくなってはいたものの、香華が注文するまで残っていた。レジ前までたどり着く道中、売り切れやしないかと心配し続けていた香華であったので、注文を聞かれたときに我先にと頼んでしまったのだ。
瑞希は香華の注文が終わると対照的な落ち着いた声で
「アイスコーヒーをお願いします。」
と注文する。それらの支払いが終わると店員さんに
「かしこまりました。受け取り口までご移動ください。」
と言われるので、そちらまで移動する。そして、受け取り口で注文したものを受け取ると二人は空いてる席を探しては座るのであった。
「じゃぁ、そろそろどこに行くか決めようか。」
少しのコーヒーブレイクを挟んだ後、瑞希が本題の話を切り出す。しかし、ケーキを食べることに夢中の香華は
「もう少し待って。今味わってるとこなの。」
とそれをあっさり拒否する。瑞希は香華の超スイーツ好きを知っているので、やれやれと内心は思っていたが、そこに彼女らしさを感じていた。
瑞希はアイスコーヒーをすでにある程度堪能したので、ケーキを堪能する香華をよそにスマホなどを開いて先にどこに行こうかと考え始める。
京都は日本の古き町並みや、様々な寺院など観光するスポットが豊富に存在する世界的に見てもとても魅力的な都市の一つである。そのためどこに行こうかと考え始めると、なかなかそれを絞ることは難しい。
瑞希は昔のことで京都に行った記憶がないので、分からずスマホの画面と相談を始める。
京都 名所
京都 絶対に行くべき・・・
しかし、紹介されている場所が多いためどこに行くのか決めきることができない。
悩み疲れて、数分ぶりにアイスコーヒーに手を伸ばす。
「ねぇ、どっかいい場所見つかった。」
ふいに香華の声が聞える。瑞希はまだ香華はケーキに舌鼓を打っているだろうと思っていたためビクッと体を震わせる。その反動でアイスコーヒーをこぼしかけた。目線を香華の方に移すと、香華はケーキを食べ終わりこちらの様子をうかがっていた。
「あぁ、金閣寺とか、清水寺とかかな。」
突然聞かれたので、瑞希はさっきまで開いていたサイトで上位に見かけた場所が口からこぼれる。
「清水寺は一日目にみんなで回るとこよ。」
香華はクスッと笑いながら指摘する。それに続けて
「後、金閣寺は定番過ぎるからパスかな。」
と瑞希のふいに答えた場所を次々に否定していく。そこで瑞希は逆に聞く。
「香華はどこか行きたい場所があるの?」
「そうだな、私はおいしいものを食べて回れればどこでもいいかな。」
やはり、香華の頭にはスイーツしかないようである。花より団子とまでは言わないがそれに近いものがある。
なにも決まらないまま時間が過ぎてゆく。
未だスマホで名所を検索し続ける瑞希。画面をスクロールしていくとなぜかは分からないが、ある神社の名前が目にとまる。
上賀茂神社
なぜそれが気になったのかは瑞希自身にも分からなかったが、ずーっと思考を占有する。
「ねぇ、香華。上賀茂神社って知ってる?」
香華は「うーん」、と悩みあやふやであったが知っている事を話す。
「確か、それって世界遺産だったような気がするわ。でも、急にどうしたの。」
「なんか気になってさ。自分でもわかんないけど。」
香華はその曖昧な答えに少し笑いながら「何それ。」と反応する。
「でも、行ったことないとこに行く方が絶対面白いはずだし、他に行きたいところもないしいいんじゃない。」
香華が優しさを見せる、というよりは本当に行きたいところがないのかもしれない。だが、不思議なことに行くところが一カ所決まれば、それを皮切りに次々と予定が組み立てられてゆく。それからは周辺地図を見てグルメや施設、寺院を調べることで白紙であった予定が数十分で黒くなっていた。
「よし、ようやく決まったね。」
「そうね。」
そう二人が話す頃には6時近くなっており、太陽はすでに姿を隠していた。星海カフェにいた高校生達もすっかりいなくなっており、店内はいつもとは違う静かな空気で満たされていた。
「そろそろ、帰ろうか。」
瑞希がもうすぐ六時を指そうとしている時計を見て香華に問いかける。
「えぇ、明後日が楽しみね。」
香華はそう短く答え、二日目に胸を膨らませる。もちろん瑞希も。
明日からは京都研修。各自が楽しみを胸に秘め、一夜を過ごすのであった。