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『To you』の宛先  作者: 朝雛
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5月11日 start with music

5月11日


東京の5月の早朝はまだまだ寒い。日が当たる場所ならまだいいのだが、室内ともなれば冷気が流動する事なくとどまり続け、暖まることを知らない。


学校の教室はどこもかしこも冷え切りその窓には結露が見られる。


時刻は7時21分。学校内には生徒がまだ全然来ていない時間帯。


そんな時間に音楽室の方から軽やかな楽器の音が聴こえてくる。


そこには一人の男子生徒がいた。彼は耳にイヤホンをし、ギターを弾くことにふけっている。彼が独奏し続けること約一五分、音楽室のドアがガラッと音を立て開く。


「よっす、瑞希。今朝も早いな。」


そう声をかけながら入ってきたのは彼、春崎瑞希の友人である高坂浩紀である。しかし瑞希は大音量で音楽を聴いていたため浩紀が来たことに気づきもせず引き続ける。浩紀はあきれた表情を見せたが、その顔はすぐにいたづらを仕掛ようとする悪顔になり、口角が上がる。瑞希の視界に入らないように注意しながら後ろに回り込むと、勢いよくイヤホンを取り上げ耳元で「わっ。」と大きな声を出す。瑞希はビクッと体をさせて驚いたが


「浩紀か・・・そんなことしてないで早く準備したら。朝の活動時間終わっちゃうよ。」


それを悟らせたくないのか、いたって冷静な対応をみせる。浩紀はベースをケースから取り出して準備を始める。


「ヒロさ、今日はこないと思ってたよ。」


瑞希が気を取り直して本来の話をする。すると


「えっ、どうしてだ。朝練は欠かさずくるしかないっしょ。」


と逆に疑問で返してきた。その返答に瑞希は少し驚きながら言う。


「だって、明日からは京都研修だろ。ヒロはそういった行事ごとの前はだいたい来ないじゃん。」


それを聞くと、浩紀は何かを理解したかのように頭を手でかきながら


「あー、そういうことか。うん、去年までは休んでたけど、俺たちにとっては今年が最後だからな。最後くらい頑張りたいだろ。」


と言う。瑞希は浩紀の予想のはるか上を行く思いを聞いてさらに目を丸くする。そして今度は逆に心配になってきて


「ヒロ・・・風邪引いてないよね?今日は帰りなよ。」


と帰るように冗談半分で諭し始める。その言葉に浩紀は少し憤然としながら


「風邪なんか引いてるわけないだろ。そんなことより準備できたし早く合わせようぜ。」


と言い、瑞希も「じゃあやるか。」とだけ返すと朝練を始めるのであった。


東京文芸高校は文武両道を目標に掲げる公立の進学校である。しかしこの高校がほかとは違うのは芸術科があるところである。音楽大学や美術大学への進学を望む人たちのための学科があるのだ。瑞希や浩紀もその中の一人である。


8時15分


この時間になると徐々に日差しが室内に入り始めるようになり、音楽室の室温は心なしか暖かくなってきていた。窓に付着していた水滴はツーっと流れ落ちてゆく。


大半の生徒達は登校してきており、教室で友人とおしゃべりするものもいれば、今日が締め切りの宿題をせかせかとやるものなどもおり、人それぞれに貴重な時間を過ごしている。


かく言う瑞希や浩紀は、未だ音楽室で演奏を続けていた。


響き渡るギターとベースの音。


そこに横やりが投げ込まれる。突然、廊下に面した窓がガラッと開く。


「おーい、瑞希、ヒロ。そろそろ教室戻りなさいよ。」


そこから声を投げかけるのは二人のクラスメイトである沖宮香華だ。香華は亜麻色の短い髪がよく似合う少女である。二人がなかなか教室に来ないため呼びに来たのだ。香華の一声で演奏が止まるかと思いきや、演奏の音が大きくどうやら彼らには聞えていないらしい。


香華はむっとして、今度は声高に


「おーい、いい加減やめなさーい。」


と言う。さすがに今度は聞えたらしく、演奏が止まる。二人が声のした方を向くと香華にようやく気づく。


「あっ、香華。どうしたの?」


二人にはどうやら誰かの声が聞えただけでその内容などは聞えていなかったらしい。この瑞希の発言を聞いて香華はやれやれと言った表情で


「やっぱ聞えてなかったか・・・まぁいいんだけどさ。もう17分だしやめて教室来なさいよ。」


と到底気にしてないようには思えないようなやや強い口調で伝える。それを聞いて二人は慌てて壁に掛けてある時計を見る。時計の短針は18分にさしかかっていた。


「ほんとじゃんか、チャイム全然聞えなかったわ。片付けねーと」


そう言いながら浩紀は大慌てでベースを片付け始める。瑞希も急いでギターを片付けながら


「香華が呼びに来てくれなかったら遅刻するとこだったよ。ありがとね。」


と謝辞を述べる。それを聞くと香華は満足して


「別に気にしないで。」


とだけ言い残して音楽室を後にした。


香華が去った後、片付けを終えた浩紀がからかい気味に


「朝から彼女が会いに来てくれるなんて相変わらずお熱いね。うらやましい限りだぜ。」


と言う。触れていなかったが香華は瑞希の彼女である。そう言われて瑞希は照れくさそうに顔をそらしながら


「やっ、やめろよ、今更だろ。」


と言う。「まぁな、でも・・・」、とへらへらしながら浩紀が返していると


キーンコーンカーンコーン


8時20分を告げるチャイムが鳴り始める。25分に出欠確認がとられるので後5分以内に教室にいない場合は欠席の扱いになってしまう。高校とは理不尽なもので中学校まではもし遅れたとしても行けば遅刻と処理されるところが、欠席扱いとなってしまう。


予鈴を聞いた瑞希は


「そんなことはいいから早く教室戻ろうぜ。」


浩紀のからかいを躱すよい機会に恵まれてすかさず言う。これにはさすがの浩紀も頭をかきながら


「そうだな。さすがに遅刻は勘弁だ。」


あっさりと応じ、二人は音楽室を後にする。


朝の騒々しくもどこか暖かみに包まれた時間がこうして過ぎてゆくのであった。


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