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 結局何の答えも出ず、あっという間に一週間が経ってしまった。

 どんな顔をして彼女に会えばいいのだろう。それと、分からないのがもう一つ。どうして、初対面の私にあんなことを言ったのだろう。与えられた資料には、彼女の供述は一貫していじめに耐えられなかったから。それだけしか書かれていなかった。もしかしたらあの言葉も証言していて、それも全部ひっくるめてなのかもしれない。ただ、何となく、なんだけど。あの言葉は私にだけしか伝えられていないような、そんな気がしていて。

 悩んでいるうちに目的の場所へとついてしまい、前回と同様に受け付けを通って彼女の元へと向かう。何も決まらないままに。

 部屋へ入ると前回と同じように、堀本さん――かなみは、お洒落な椅子に腰かけていた。

「おはよう、かなみ」

 声を掛けると、おはようございます、と前回と同じように丁寧に挨拶を返してくれた。

「今日はちょっと無理いって美味しいケーキを用意してもらったんです。実は私、甘いものが大好きで、自分でも作ったりしてたんです。三島さんの好みは分からなかったんですけど、何種類かあるのできっとお好きなのがあると思います。甘いの、大丈夫ですよね?」

「う、うん。基本的には」

 よかった、と胸の前で手を合わせる。それから、幾つかお勧めを聞いて。

 そのうちの一つに手を付ける。美味しい。って、そうじゃなくて。

 あのことを聴こうとしたけど、それからも色々な話を嬉しそうにする彼女に、どうしても切り出すことが出来なくて。

 結局その日は最後まで尋ねることが出来なかった。

「はぁ~~~」

 大きなため息をついて、思いっきりベッドに倒れこむ。今日のは多分、心のケアという趣旨的には大きく間違っているわけではないんだろう。

 だけど、本当にそれでいいのだろうか。こんなにハッキリとしないままで。

 まだ二回しか会ってないけど、あの子は多分勘のいい子だから、今日の私の様子に気づいていたと思う。だから最後まで楽しそうに話していたんだと。

 決して触れられたくない話題じゃなくて、私が迷っていたから。それに、そうじゃなきゃ初対面の相手にあんなことを言うはずがない。

 それでもまだ迷っていて。彼女にあんな顔をさせるくらいなら。そう思ってしまったら、どうしても一歩目を踏み出すことが出来なくて。

これじゃあ、どっちがケア役なんだか分からないな。


「はい、コーヒー。ブラックでよかったかな」

 ありがとうございます、と手渡されたコーヒーを貰う。

「それで、塩梅はどうなの?まあ見た感じ、良さそうじゃぁないけどね」

 さっき部長に呼び出されて。理由は何となく分かっていた。この前彼女に会った日から、イマイチ仕事が上手く行っていなくて。

「あまり……よくはないかもしれません」

「そう」

 自分から聴いておきながら、素っ気ない返事。

「まあ詳しくは聞かないけどさ。それで、どうしたいの?」

 言葉に詰まる。それは、ずっと考えていたことだから。

「もう今回のことは止めるかい? 上の方には僕から言っておくけど」

「やめたくは、ない、です」

「ふ~ん」

 また、そんな返事。だけど、うん。どうしたいかは分からないけど、少なくとも、止めたくは、ない。はず。

「でも君がそんな調子だとねぇ。いきなり頼んだこっちにも責任はあるし、別に止めたって文句は言わないさ」

「いえ、大丈夫です。ただ少し、どう接すればいいのか分からなくて」

「そんなことで悩んでたの?」

 えぇ、っと大袈裟に、驚くように。……人が真剣に悩んでいるって言うのに、ちょっとイラつく。

「そんなこと、って。だって大事なことじゃないですか。初めてのことで、それを任されて。大体、まだ二回しか会っていないんですし、彼女のこと、何も知らないんですよ? 前々から思っていたんですけど、部長はもう少し他人の気持ちを思いやることを覚えた方がいいと思います」

 ついカっとなって言いすぎてしまった。自覚はしてるけど、私の悪い癖だ。

「別に、そんなの気にすることないじゃない。というか君、僕も前々から思っていたんだけど、その思ったことすぐ口に出るとこ直した方がいいと思うよ。僕以外だったら多分ものすごく怒られてるから」

「そ、そんなの知ってます。今更部長に言われないでも」

「まあでもさ、対等に付き合っていこうと思うんだったら、そういうのも大事だと思うよ。取り繕って、取り繕って。そんなの、いずれ破綻するのが目に見えてるからね。君のその欠点は、同時に美徳でもあるとは思うよ」

 あれ、何だろう。私、褒められてる?

「それに、三島君さ、どう考えても器用に自分を偽れるタイプじゃないでしょ。さっきみたいに余計なこと言っちゃうんだし」

「余計なことって。本心です」

「それが余計なんだけどね。まあとにかくさ、無理なんだし無駄なんだし無意味なことは止めちゃいなよ。最後まで騙し切る覚悟がないんだったら、ハナっから騙さなきゃいいんだ。中途半端な優しさは、誰をも救わないよ」

 分かってはいたけど、多分部長なりに励ましてはくれているんだろう。少し、というか、大分気分は悪いけど。でも、中途半端な優しさか。

 グイ、とさっき貰ったコーヒーを一口に飲み干す。

「ご馳走様でした。ブラックだったからか、少し目が覚めた気がします。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 缶をゴミ箱に捨てて、一礼してその場を退散する。がんばってねぇ、なんて気のない声が聞こえたような気がしたけど、多分気のせいだろう。

 部長に奢ってもらったコーヒーは、いつもより少し苦かった。


 その日も前までと変わらずに、洒落た机に小洒落たお菓子。私は、いつもみたく彼女の前に腰掛けて。

 かなみもいつも通りに私を出迎えてくれたけど、今は黙っている。多分、何となく察しているんだと思う。すぅ、と大きく一呼吸。大丈夫。覚悟は決めてきた。

「あのね、前、聴けなかったんだけど」

 はい、と頷いて、続きを促してくる。

「最初に会った時。その、私は死んでいるって言ってたよね。それって、どういう意味だったのかな。なんだか雰囲気も変わったように思えて。だから少し聞くの躊躇っちゃってたんだけど、でも、やっぱり聞いておかなくちゃって思って」

 覚悟は決めたつもりだったけど、ついつい余計なことばかり口に出てしまった。言い訳みたいに。だけど、少なくとも、伝えたいことは伝えられた。

「そのままの意味ですよ、三島さん」

 ぞくり、と背筋が冷える。目の前にいる彼女は、さっきまでのそれとは違っていて。前に一度だけ見た、“あの”彼女だった。

「彼女たちが私に殺されたように、私も彼女たちに殺されたんです。ただ、それだけです」

 前と変わらない感情の見えない瞳でそんなことを言う。なんでだろう。なんだか、とても哀しくなって。

「ねぇ、三島さん。いじめ、って、何だと思いますか」

 そんなことを聞いてきたかなみは、それでいて、答えを求めているようには見えなくて。じっと彼女を見つめ、無言で続きを促す。

「私は、優越感に浸る行為なんじゃないかと思うんです。だから、強い者はいじめられない。多分、却って自分が惨めに思えてくるんじゃないんでしょうか。強い人をいじめようと思うと。そして対象は様々で、クラスの中で地味な子であったり、人と考え方が違う子、運動が出来ない子、勉強が出来ない子、勉強しか出来ない子。また、もっと分かり易くて、見た目から違うと分かるから、障害を持っている子なんかも、対象になりやすいですよね。一般的には障害持ちというのは庇護の対象であるから、中々公にいじめられるというのは難しいかもしれませんけど、多分、その場合って、そもそもいじめる必要がないくらいに自分が優越感に浸れているから、というのも理由の一つであると思うんです」

 そこまでひと思いに言うと、ティーカップに手を伸ばし、一口お茶を啜る。そうして、口元を、いつか見たように自嘲気味に歪めて。

「私が殺そうとした時、なんて言ったと思いますか。彼女たち。今までのことは謝るから許してくれ。ごめんなさい。だから、お願い。助けて。最後の一人になった子なんて、自分だけでも助けてくれ、だなんて。ふふ、本当に、笑えてきますよ。私がやめてと言った時、彼女たちはやめてくれたのかな。助けを求めた時、どういう行動をとったのかな。全部。全部。全部。全部、忘れちゃってるんですかね。私、ただ彼女たちにやられたことをやりかえしてるだけなのに。優越感に浸れていた相手のはずだったのに、こんなことになるだなんて、思ってもみなかったんですかね。笑えてきますよ、本当に」

 そういう彼女の顔には、乾いた笑みしか浮かんでいない。

「陰口だったら耐えられた。暴力だったら耐えられた。だけど、私が縋っていたものが目の前で壊されて。そうだ、面白いんですよ。心って、壊れるとき音が聴こえるんです。勿論、精神的なものなんでしょうけど、確かに私にはその瞬間聴こえたんです。ガラガラ、って。彼女たちは私のせいで肉体的に壊れちゃいましたけど、私も心が壊れたままなんです。直らないんですよ。傷だったら治せるのに。病気だったら治せるのに。ずっと、あれから私の心は、ずっと直らないままなんです。不良品なんでしょうか。ふふ、それじゃあ、私も彼女たちのこと、悪く言えないですね。誰かを見下して優越感に浸っていられた彼女たちと、いつまで経っても直らない私と、どっちも不良品ですもんね。ああ、じゃあ不良品が不良品を壊したんだから、世の中、何も不都合なことって……」

「待って、ストップ。一旦落ち着いて」

 ううん、多分、落ち着いていられなかったのは私の方。これ以上、かなみが話しているのを聞いていられなくて。哀しいだけじゃなくて、胸が、痛い。

「……ごめんなさい」

「ううん、別に謝らなくて大丈夫だから。それと、もう一つ質問してもいいかしら」

 どうぞ、と頷く。

「分かった、だなんて軽々しく言えないけど、いじめが凄く辛かったんだってことは分かった。だったら、どうして、周りに助けを求めなかったの?」

「どうして、ですか。ふふ、面白いことを聞くんですね」

「面白い?」

「私の学校、そこそこ良いところだと言われていますよね。世間的には。一般の公立学校から行った私は、それはもう喜んでくれたんです。家族だけじゃなくて、親戚も。先生方も嬉しそうでした。だったら、私一人耐えれば済む問題だったじゃないですか。私一人が嫌な思いをすれば、私が大事にしている人達は嫌な思いをしないで済んだじゃないですか」

 かなみが言っていることも理解できた。だけど、どうしても私には腑に落ちない。

「でも、それは間違っていると思う。だからって、かなみが、かなみだけがそんな思いをするなんて、そんなのは違うと思う」

「そうかもしれませんね。実際、こんなことになってしまったんですから。じゃあ、私はどうすればよかったんですか? 学校に言って、いじめを無くすように頼めば良かったんですか? まあ、無理でしょうね。表面的に、一時的に無くなったとしても、そういった意識の改善というものは難しいんじゃないかって思うんです。大抵の場合、逆恨みですよね。なんで余計なことを言ったんだ、って。おかしな話ですよね。ほんと、そう思います。それに、学校側だっていじめを公にしたくなんてないですし。だってしょうがないじゃないですか。いじめは悪なんですから。バレたら学校の評判が落ちてしまうんですから。だからどこの学校もいじめの事実は認められなかったって。実際は見て見ぬフリをしているだけなのに」

「学校が信用できないなら、友達は?」

「友達、ですか。もしかしたら、そういう子もいたかもしれませんね。だけど、大半の子は自分が標的になるのは嫌でしょう? だったら、助けてくれる子なんていません。私だって、逆の立場だったら助けている自信なんて持ち合わせてないです。実際、声を掛けてくれる子はいましたけど、彼女たちの前では何もしなかった。なら、最初から希望を持たせるようなこと、しないで欲しかった。ただ、自分がいじめられているという現実を直視させられただけだった。彼女はそれで、自分の心が軽くなったかもしれません。ずるいです。最初から傍観を決め込んでいれば良かったんです。それだったら、私だって諦めていられた。一瞬、助けてもらえると、本気でそう思った。馬鹿ですよね。私は、私に出来ないことを、都合よく他人に願っていたんですから。そうなったら、もう、家族しかいないですよね。だけど、私は、家族に助けを求められるほど、強く、なかったんです。結局、私が我慢できなかったから。強くなかったから。だから、彼女たちを殺しちゃったんです。私が弱かったのがいけないんです。いじめられたのも、助けを求められなかったのも、殺したのも、全部、全部私が弱かったから。それだけが、いけなかったんです」

 言葉が出なかった。何て言えばいいんだろう。私は、彼女に、どんな言葉をかけてやればいいんだろう。一応、私の方が少し年上で。だけど、そんなの全然役に立たなくて。こういう時、部長ならどんな言葉をかけるのだろう。少なくとも、今の私には、応えてあげられるだけの言葉がなくて。

「……ごめんなさい。少し、喋りすぎちゃいましたね。久しぶりにこんなに喋ったから、喉、カラカラです」

 そういって少し微笑む。なぜだろう。すごく、泣きたくなって。その場で泣き出してしまいそうで。私は、涙を必死にこらえて、ただ時間が過ぎるのを待つことしかできなかった。


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