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「……えっと、それってどういう……?」

「どうもこうも、言葉通りだよ、三島君。明日来なくていいから」

 突如言い渡されたのはリストラ勧告。あれ、おかしいな。私、公務員だよね?

「何かとんでもない誤解をしているようだけど、最初の方の僕の話、聞いてた?」

「え、えっと、その……」

 正直、来なくていいという言葉のインパクトが強すぎて、あまり聞いていなかったというのは否めない。やれやれ、と呆れたように首を振ると、改めて説明をしてくれた。

「この前のさ、殺人事件あったでしょ。女子高の」

「ああ、あの被害者が3人出た奴ですよね」

「それでさ、試験的になんだけど、情状酌量の余地ありとみなされて、且つ18歳以下の若者に関してだけ心のケアをする、って話。知ってる?」

「そういえばそんな話ありましたね」

 記憶を辿ると、そんな話もあったような。大分うろ覚えだけど。

「まあ要するに、その心のケア役に選ばれたのが君だから、明日はよろしくね、ってことで」

「は、はぁ…………はい?」

「頼んだよ」

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ」

 まだ何かあるの? とでも言いたげな表情をする笠松部長。何かも何も、それしかないと思うんですけど。

「なんで私が? その、カウンセラーだったり精神科の先生だったり、もっと適任者はいるはずだと思うんですけど」

「知らないよ。先方の希望だもん」

 だもん、ってなんだよおっさん。

「それに、まだ試験段階だから、内々に収めたいっていうのもあるみたいだよ」

「試験段階だからこそ慎重に行くべきだと思うんですけど」

「そんなの僕に言われても困るねぇ。もっと上の人間に直訴でもしてきたら?」

 無駄だろうけどね、というのが言葉には出さずとも伝わってきた。確かにそうなんだろう。決定事項であり、覆ることは無い。かといってこのまま食い下がるわけにもいかなくて。

「で、でも、それこそ内々とは言っても、こんな新人にそんな話がきたところで」

「しょうがないね。世の中諦めが肝心だよ。それに、多分だけど年齢が近いというのと同性だからというのも考慮に入れられてると思うよ。そうそう、それとこれから週に一回のペースで彼女に会いにいってね。それ以外は通常業務だから」

 そういうと、今回の事件のものと心のケアだとかに関する資料を手渡される。

「じゃあ、お疲れ。今日はもういいよ。明日からだし、色々大変だと思うけど、頑張ってね。それにしてもいいねぇ、話すだけで給料出るんだよ? 変わってもらいたいくらいだよ」

 まだ他にも言いたいことはあったけど、渋々その場を後にする。それにしても、笠松部長は基本的には良い人だとは思うけど、なんというかその、底意地が悪い。最後のだって、私が嫌がるのを知っててそういったに違いない。それを除けば仕事も出来るし、いい上司だとは思うんだけど。

 イマイチ乗らない気分のまま自室へと入る。少し頭を整理したかったけど、思ったよりも時間が差し迫っている。とりあえず、資料を読まないと。

今回の事件はかなりショッキングなものだったので、私も話には聞いている。女子生徒がイジメを苦に同級生3人を殺害したからだ。それも、とても残虐な方法で。

 動機がイジメだったため、今回のプログラムに選ばれたんだろう。さっとそちらの資料に目を通してみると、やっぱりそれが理由みたいだ。

事件が明るみに出ることになったのは、彼女自身が殺害後警察に自首をしたかららしい。

殺人現場は大胆にも校舎内であり、人目に付きづらい教室やほとんど校舎内に誰もいない時間帯を狙って行われたことから、計画的に犯行に及んだとされている。

それだけでも世間を賑わすのには十分だったが、更に所謂お嬢様学校に通っていたことからより議論を呼ぶことになった。

 私が知っていることは精々このくらい。ただ、資料に目を通してみてもそれ以上のことは書かれていない。せいぜいが家族構成くらいだろうか。しかし、特に問題も見当たらない。

 それにしても、いじめを苦に殺害、か。確かに同情するところもあるだろう。だけど、どうしてこのような手口で犯行に及んだのか。被害者の遺体には無数の刺し傷があり、中には原型をとどめていないものもあったそうだ。

 あまりにも惨すぎる。とてもマトモな人間のやることだとは思えないほどに。それほどまでに追いつめられていたのだとしたら、どうして周りに助けを求めなかったのか。

 寝る前にもう一度資料に目を通し、明日に備える。だけど、どうしても気分が乗らない。理由は分かっている。どんな理由があったとしても、殺人を犯してしまった人と話すということ自体。それ自体に抵抗がある。ましてや、心のケア、だなんて。

 私にそれが務まるのか。不安に思いつつも、布団にくるまるのであった。



「わぁー……」

 渡された地図をもとに施設へと向かうと、思った以上に綺麗な建物だった。まだ建てられてから2年も経っていないらしい。とりあえず建物内へと入る。

 昨日渡された資料の中に入っていたカードを受け付けに見せ、彼女が待つ3階へと向かう。聞いたところによると、この施設自体がその心のケアのために作られたらしい。

 辺りを見回しながら歩いていると、あっという間に3階へと到着。流石に昨日の今日で、ちょっとだけ緊張している。顔に出てないといいけど。

 きっと気合を入れなおして、扉を開けると、そこは

「……え?」

 全く予想外の景色が目の前に広がっていた。まるで、そう、植物園のような。それに、かなり広い。軽い運動くらいなら楽々とできてしまうくらいの広さはある。

「あら、三島さん、ですよね。お待ちしてました」

 呆気にとられていた私を呼ぶ声が聞こえる。声の先を見ると、お洒落なテーブルと椅子が並んでいて。

「え、えっと、堀本かなみさん?」

「はい。初めまして」

 ぺこり、とお辞儀をする。慌てて私もそれに返す。流石にお嬢様学校と呼ばれている場所に通っていただけあって、所作にどことなく優雅さを感じる。

 とりあえず、彼女が腰かけている正面へと座ることにした。

「外、暑かったですよね? 今、お茶を入れますから。えっと、紅茶でよろしいですか?」

「あ、うん。ありがと」

 そういうと彼女は立ち上がり、紅茶を入れるセットを持って戻ってきた。というか、今更気づいたのだけど、よく見るとテーブルの上にはお茶請けが準備されていた。……えっと、私、何しにここにきたんだっけ?

「冷たいのも用意できますけど、少し時間がかかってしまうんですが」

「温かいので大丈夫だよ」

 分かりました、と言って、しばらくしてから、どうぞ、とティーカップを手渡される。とりあえず、一口……美味しい。

「お口に合いました?」

「あ、うん。美味しいよ」

 よかったです、と微笑んだ。なんだかさっきから、調子が狂いっぱなしだ。この場の雰囲気もそうだけど、彼女の見た目もとても大人しそうな、それでいて、彼女が纏っている空気もとても穏やかなもののようで。知らなかったら、殺人犯だなんて絶対に気付かない。

 あまりにも彼女が普通すぎて、私は何を話していいのかが分からなくなってしまっていた。とても、3人もの人を殺しただなんて、とても。

 ……そういえば、何を話せばいいんだろう。資料は読んできた。だけど、大したことは正直書いていなかった。長々と、どうしてそれを施行するにいたったか、なんて。もう少し、何かしらのアドバイスであったりさ。そういうのが欲しかったんだけど。

 与えられていた情報と目の前の彼女と。それに、やらなければいけないこと。あまり乗り気じゃなかったのもあるかもしれない。だけど、それを加味したとしても頭が混乱している。

 とりあえず、何か話してみればいいのだろう。けれど言葉が口から出てこない。私は沈黙を嫌うように、ティーカップへと手を伸ばす。カチャリ、と無機質な音だけが辺りに響いた。

「ふふっ」

 つい堪えきれず、と言った風な笑い声。目の前から。その方へ視線をやると、慌てて口元へと手をやった。

「いや、その、違います。何ていうか、えっと……」

「いいの。自分でも分かってるから」

 そう。これは仕事。仕事で話にきているのだ。それが一体どういうことなのか。目の前の彼女に動揺を悟られて笑われてしまう始末。でも、相変わらず何を話したらいいかなんて分からない。

 ふぅ、と一つ息を吐く。私は医者でもなければカウンセラーでもない。それに、そういうのが求められているなら、きっと私なんかが呼ばれるなんてことはあり得ない。とにかく、彼女のことを知らなさすぎる。だったら。正面から、彼女にぶつかるしかない。

「えっと、正直に言っていい?」 

 どうぞ、と目線で応える。

「私、あなたと話してこい、って言われてここにきたんだけど、実のところ何を話していいのか全く分からないのよね。言っちゃなんだけど、あなた、一応は犯罪者だし。仕事でここへは来ていても、立場上、というか、私の心情上複雑なのよね」

 言った。言ってしまった。正面から、と意気込んではみたものの……むしろ、正面から行きすぎた?

 あーもう、昔からそう。もっと別の言い方があったのに、どうして、こう。今の絶対駄目だったよね。そっと彼女の方を見やると、ほら、やっぱり俯いて肩を震わせて……肩を震わせてる?

「ふ、ふふ、あははは」

 さっきの遠慮がちに、つい笑ってしまった感じとは大違い。確かに言いすぎたとは思った。だけど、この反応は流石に予想外だった。

茫然としている私。それを横目に大笑いしている彼女。何がそんなに面白かったのかなんて皆目見当がつくはずもなくて。

 しばらくして、ようやく収まったのか、一口お茶を啜る。

「ご、ごめんなさい。突然笑ってしまって」

 全くです。

「そうですね、彼女たちを殺した理由、知ってますよね」

「ええ。いじめを苦に、だったよね」

「そうです。私がいじめられてた時、誰もが遠巻きに見ていただけで、たまに話しかけてくれる子も、同情が滲み出てて、少し、鬱陶しかったんです。それに、私が自首した時も、最初こそ非難の声も大きかったみたいですけど、今となっては逆に同情の声の方が大きくなっているみたいで。三島さんみたいにストレートに言ってくれたのが、ちょっと嬉しくて。なんだろうなぁ、大袈裟かもしれないですけど、私を私として扱ってくれたみたいで」

 そういうものなのだろうか。正直なところ、イマイチよくわからない。それに、大笑いされた理由にもなっていないような気がする。

 それでも、目の前の彼女が喜んでいることには変わりない。それを見て、さっき彼女に抱いた印象が確信へと変わる。やっぱり、普通の子なんだ。

「その、こう言ったらなんなんだけど。堀本さん、でいいかしら」

「出来れば名前で呼んで頂けたら嬉しいです」

「そう? じゃあ、かなみさん」

「さんも、出来ればなしでお願いできないですか?」

「か、かな……み?」

 何だか非常にご満悦らしく。大人しそうな子だけど、思ったよりも大分押しが強いみたい。それよりも、なんなんだろう。どうして名前? それに、呼び捨てで。最近の子にありがちなタメ語でいいよ、ってやつなのかな。ただ、何となくだけど、それとは違うような気がする。

「さっきの続きね。今ちょっと話してみて、どうしても、えっと、かなみ、が殺人を、それもあんな手口で出来るような子には思えないんだけど」

「……そう、ですね。うん。私も出来ないと思います」

 さっきまではきはきと喋っていたはずの彼女の歯切れが、少し悪くなった。それに、どこか他人事のような。

「どういうこと?」

「……知りたいですか」

 頷いてそれに返す。一瞬、口元が自嘲気味に歪んだように見えた。



「私ね、もう、死んでるんです」

 彼女と視線が交錯する。じっと。じっと。彼女の瞳は、ともすれば吸い込まれてしまいそうなほど深く、いや、間違いなくその瞬間、私はその深すぎる瞳に吸い込まれていた。

 静寂が場を支配する。私は、息を吸うことさえ忘れてしまって。

 突然、辺りに音が鳴り響いた。ハッ、と我に返ると、それは時を告げる携帯の着信音だった。

「ご、ごめんね、ちょっと電話出るから」

「いえ、もう時間なんですよね? 気を使わなくて結構ですから、早めに下に降りた方がよろしいんじゃないかと」

 そういう彼女はさっきまで纏っていた雰囲気の一切がなくなっていて。気になって。気になって。だけど、時間がそれを許してくれなくて。

 また明日、と軽く手を挙げて急いでその場を後にする。時計を見ると、予定の時間より少し……いや、かなりオーバーしてしまっていたようだ。

「す、すいません! 只今戻りました!」

 まだ整わない息を吐きながら、車の助手席に乗り込む。

「ったく、遅いよ。一応、これも仕事なんだから時間守ってよね」

「申し訳ありませんでした……」

「それで、首尾はどうだったの?」

「それが……」

 言葉に詰まってしまう。なぜだろう。自分の中でも、まだ、良く理解することが出来ていなくて。そんな私の様子を察してか、それ以上聞いてくることはなかった。

「まあ、いいけどね。とりあえず、また次回からもよろしくね」

 そういうと車を発進させて、本部へと向かう。今度からは迎えもこないようだが、今日は試験的に今回のことが行われている上に、初日ということも相まってどういう風に話が進んでいったのかということを報告してほしいと言われていた。

 報告、か。何を報告すればいいのだろうか。

 身構えていったものの、実際のところそんなに大したことを聞かれることはなかった。堀本さんの様子はどうだったか。精神状態はどうだったのか。ただそれくらい。あとは、そう。具体的にどう言ったことを話したのか。

彼女が最後に口にした言葉。本当は報告しなければいけないはず。だけど、どうしてもそれを伝えることはできなかった。

 結局、正味30分も経たないうちに終わってしまった。内心ホッとする。特に、最後の質問の答えに関して追及されなかったことが。

 コーヒーを淹れながら、施設でのことを考える。初めて会った彼女は、想像していたのとは大分違っていた。どこからどうみても普通の子で、とても殺人を犯せるようには見えなかった。最後の瞬間以外は。

 あの言葉を発した後の彼女の雰囲気は、とても異質に感じられた。普通の子なんだ。そう思って、少しだけ気が楽になった矢先の、あの、一切の感情が感じられない瞳。

 あの時あの瞬間の彼女なら、確かに人を殺せるのだろうと。そう、確信した。一体どちらが本当の彼女なのか。分からない。分からない。

だけど、どうしてだろうか。人を殺すことも出来るだろうと理解した“あの”彼女に対しても、不思議と嫌悪感が湧くことはなかった。


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