gate
ボロボロになった麦わら帽子の中でうずくまっていた子猫は、かすかに息をしていた。
どうしていいかわからず、しばらく立って眺めていた。しばらくといっても、恐らくそんなに時間は経っていないと思う。
こんな寒い中で、震える体力もなく、タオルに身をゆだね、ただ息をしているだけ。
動物を飼ったことのない私でも、見てわかるほど痩せている。
わかってる。
そのまま見捨てて家に帰るか。
家に連れて帰るか。
親はなんと言うだろうか。
怒られるだろうか。
色々考えた私は、そっとボロボロの麦わら帽子を持ち上げた。膝に抱えてしゃがみこみ、ポケットからカイロとハンカチを取り出した。
ハンカチでカイロを包み、子猫とタオルの隙間に入れる。
家に連れて帰れない。
連れて帰れば間違いなく怒られるだろう。
そして戻してこいと言われるだろう。戻しに行くというのは、今私が想像している以上に心が苦しいはず。そんな苦しみを味わうくらいなら、連れて帰らなければいい。私に助けなければいけない義務などない。
そう心で思いながらもそのままにしておくことはできず、せめてカイロで暖まってくれればとカイロを挟んだ。
「ニイ・・・」
微かに子猫が鳴いた。
なんだろうこの気持ち。
耐えられず、私は子猫を連れて帰ることにした。
・・・時間が経ってしまった。
早く帰らないと。
子猫を麦わら帽子ごと抱え、私は帰宅した。
ガチャっ。
「ただいま」
「あー、ナズミおかえり。」
玄関のドアを開けると、廊下に兄が立っていた。
「ただいま・・・なにしてたの?」
兄が手に持っていたノートパソコンをみるあたり、リビングで寝っ転がって動画を見ていたのがわかる。いつもそうだ。
「ん?リビングで動画みてたよ。」
そう言うと自分の部屋に戻っていった。 私が兄のパソコンを見るように、兄も私が手に持っていた麦わら帽子を見て、なにか聞きたそうだった。
歳が1つ上の兄の名は「伊規須 尊生」
成績優秀、スポーツ万能、ルックスは申し分ない、趣味はゲームの動画鑑賞。
トウキも私も根っからのオタクだ。アニメというよりは、ファンタジー系のゲームオタクだ。
でも学校ではそんな事は言わない。
トウキも言っていない。お互い学年で1番頭が良く、スポーツ万能。私はともかく、ルックスがいい。よく居る「なんでもできる人」というやつだ。
違うのは、トウキは明るく友達も沢山いる。
私は内気であまり喋らず、友達がいない。
話せばいいのだけど、どうしても人前だとこわくて、両親の前でも口篭る。
それ故、両親は兄ばかりを可愛がる。小さい頃からそうだ。誰からも慕われる存在であれ、それが両親の口癖。慣れている。それでも、兄は私に優しいし、両親が私に厳しく当たる中、とても気にかけてくれる。
玄関で靴を脱ぎ揃え、麦わら帽子を持ったまま洗面所に行き、手洗いうがい。小さい頃からの日課というか、親にそうしつけられている。
お風呂場でお湯をだし、子猫を洗ってあげた。
黒い子猫だった。肉球まで真っ黒。
真っ黒なからだに、抹茶色の目。
タオルでよく拭いて、抱えてキッチンへ。
猫用のミルクなんて生き物嫌いの親が買っているわけもなく、ネットで調べて牛乳に手を加えて与えた。
飲んでくれるか心配だったが、すぐに飲んでくれた。そのまま寝てしまったので、その間にわたしは家事を済ませ、明日のテストに備えて勉強を始めた。
ガチャ。
夜8時。
両親が帰ってきた。仕事で疲れている顔をしている。毎日だから大変なんだろう・・・。
「「おかえりなさい」」
私が言うと同時に、兄も2階からおりてきて両親にいった。
「ただいま」
そう両親はいったが、私の方ではなく、兄の方を見ながらいった。
もう気にならなくなった。私の出来が悪いのがいけないのだ。
両親、兄、私の4人で夕飯を済ませ、私が最後にお風呂に入る。
食事中、テストのことを母に聞かれた。
「テストはどうだったの?」
「俺は問題ないよ」
母はつぎに私を見た。あなたはどうなの?と言いたいのだ。
「わ、わたしも大丈夫・・・とおもう・・・」
やってしまった・・・。どうしてもスムーズに話せない。
「しっかりしなさい、テストなんかで落ちこぼれていてはいけません。あなたの将来がかかっているのよ。」
そんな私と母のやり取りを見て父は、
「まぁトウキがしっかりしているから問題ないんじゃないか。」
それは私に対する庇いや慰めではなく、兄の成績がいいから兄の話をすればいいという一言。
子供の能力も、親のステータスなのだ。親同士の自慢の為のネタでしかない。
親が立派であれば、子も立派でなくていけない。
いつものことだ。
いつも通り、何も変わらない日常。
変わったのは、こっそり私の部屋に子猫を隠していること。
バレませんように。
そう祈りながら夜を過ごした。
夜12時。
親が寝て、わたしも明日のテストの為に寝なければと布団に入った。
子猫は机の上にひいてある毛布の中で寝ている。
ふと、名前何にしよう・・・と考えた。
チラっと目線をそらすと、部屋の床においてある麦わら帽子。
コムギ。
そう直感した。でも子猫に勝手に名前をつけていいのか・・・。
試しに呼んでみた。
「コムギ・・・。」
返事はない。それもそうか。わかるはずがないから。
そんなことを考えているうちに、わたしはいつの間にか眠っていた。
夜中の3時。
時計の針が12と重なったと同時に、私は目が覚めた。
「・・・ん?」
お腹に重みを感じる。
くらい中、目を凝らしてみる・・・。
子猫がじっとこっちをみていた。
抹茶色の瞳に吸い込まれそうだった。
布団ごと子猫を抱え、ベットに置く。私はベットから出ると、キッチンへ飲み物を飲みに行こうとした。
部屋のドアを開けた瞬間、足元を黒い塊が通り過ぎた。子猫が部屋を出て1階へ駆け下りる。
音は静かだが、すごいスピードだ。
わたしは焦り、慌てて階段を降りる。
子猫はまっすぐキッチンへ向かった。・・・おなかすいたのかな、とわたしは呑気に考えていた。
キッチンの戸棚の前に子猫は座っていた。鳴くわけでもなく、ただこっちをすわってみている。
「おなかすいたの・・・?」
私がそう声をかけると、子猫は戸棚の扉をカリカリと引っ掻いた。
んー・・・そこには乾物しか・・・あ、ニボシあるよ・・・と独り言をいいながら、戸棚を開ける。
キッチンの電気はつけていなかった。
窓から入る月の光で明るいからだ。
その光を暗いと思わせるぐらいの紫色の光が、私を驚かせた。
扉を開くと、乾物が置いてあるのがいつもの光景。その乾物の袋と袋の間に、奇妙なものが挟まっていた。
何かの機械のパーツのような、手のひらより少し大きな鉄の塊。鉄の塊と言っても、幾何学模様が刻まれていて綺麗だ。真ん中から紫色の光が溢れている。
驚きすぎて声も出なかった。
そんな私を子猫はじっと見つめていた。




