状況確認
部屋に戻ったオレはもう少し詳しく今の状況を調べた。すると、やはりと言ってはだが今日は終業式の1年前で合っているらしい。ネットでニュースを調べても「去年の今頃」にあったニュースしか見つからず、4月以降のニュースは見る影もなかった。これではもはや疑いようがない。今は確かに1年前、オレがこの町に引っ越してきた当時なのだ。
次にオレは自分自身の状況を確認することにした。できることならばこのまま無視していたかったが、そうも言っていられない。
オレは以前より少しだけ模様が変わった部屋を見渡すと、勉強用の机の上に中学の頃の学生証が置いてあるのを見つけた。近づいて手に取ると女になった自分の顔写真。そして名前の欄には「古橋 かなめ」と、記入されている。間違いなく今のオレだ。しかし元の名前の「かなめ」はひらがなではなく漢字で「要」だった。
オレは昔、母さんが要という名前の由来を教えてくれた時のことを思い出した。あの時に母さんが「要が女の子だったら『要』の文字はひらがなにする予定だったのよ」と言っていたのを覚えている。こう考えると、オレが今生きているのはまさにその「もしオレが女の子に生まれていたら」という世界なのかもしれない。
それからもしばらく部屋を調べていると、本棚に入れられていた真新しい卒業アルバムを見つけた。オレが卒業した中学校の卒業アルバムだ。早速外箱から取り出し中を見てみる。まず、クラスのページを見た。そのページには中学生の頃のクラスメイトの写真が出席番号順に並んでいたが、そこでは自分の写真が女子の欄に移動していたこと以外は特に変化は見られなかった。一応オレ以外にも性別が変わっている人がいないか探してはみたが、他のクラスのページを覗いてもそのような人はいないようであった。
次に見たのはアルバムのページ。ここには学校の行事などの最中に撮られた写真が貼られている。ページをめくっていくと、見知った顔が目に入った。隣には女になったオレも一緒に映っている。これは中学2年の修学旅行で撮った写真だろう。動物の像の前で2人笑顔で仲良くピースをしている。
彼女の名前は花村真希。オレの幼馴染で中学までは恋人でもあった。高校に上がる時の引っ越しで疎遠になり、結局別れてしまったのだが。他の写真を見ても真希と一緒に写っていることが多く、その様子からはお互いとても仲の良い親友、という関係がうかがえた。まさかこの状況で恋人というわけもないだろうが。真希以外の友達らしき女子と写っている写真もあったが、残念ながらオレが男だった頃には仲良くしていなかったので、あまり記憶にない顔ばかりだった。
しかし男子と2人で写っている写真が1枚もなかったのはある意味安心した。この体に彼氏がいたことがあるかもしれないと思うとゾッとする。ただ、それは同時に中学で仲良くしていたやつらと友達であった過去が無くなった、という意味でもあるのでいくらかの寂しさもあった。
その後も寄せ書きのあるページを見たりはしたが、写真のように交友関係が女子中心に変わっていたこと以上に収穫はなかった。
一通りアルバムを見ることができたと思いオレは伸びをし、アルバムをパタンと閉じた。ずっと同じ体勢だったので疲れてしまった。長くなった髪が下を向いている時にうっとうしかったというのもある。
ふう、と一息ついていると急にトイレに行きたくなった。そういえば朝から行っていなかった。そんなのんびりしている間に、徐々に我慢できなくなってきたのでトイレに向かう。心なしか以前より我慢の限界までの時間が早くなっているような気がした。
急いで向かったが、トイレの前に着いた時、オレは思い出した。
「あ」
そう、オレは今女になっているのだ。
「どうしよう――」
しかしそんなことを考えている間にも我慢は限界に近づいてくる。迷いながらもオレは覚悟を決めた。
―――
「ふう……」
管がない感覚は妙なものだった。まさかこんな経験をすることになるとは数日前までは夢にも思っていなかった。
「確か拭くんだっけな」
どこかで女性は、トイレのあとは小でも拭かなければならないというのを聞いたことがある。が、もちろん男だったオレがそのやり方を知るわけもないので、それとなく拭くだけで済ませておく。
「本当についてないんだな……」
と、たった今拭いた場所を見る。実際に何もないところを見ると否応なく現実を突きつけられる。
まじまじと見つめていると、なんだか恥ずかしくなってきたのでそそくさと寝巻きのズボンを引き上げた。
部屋に戻るとすぐにベッドに横になった。トイレに行っただけなのにとても疲れてしまった。
「これからどうしようかなあ」
先に対する不安から、ぽつりとそんなことをつぶやいてしまった。
「イズミはどうしてるんだろ……」
ふと昨日一緒に帰った親友の顔を思い出して口にする。しかし高校で築いた友人関係もまた無くなってしまっているのだと思うとさらに沈んだ気持ちになってくる。
「はぁ……」
そんな今の状況を考えればため息もつきたくなってくるものだ。それからは何も考えずにボーっとしていると、オレは段々眠くなってきてそのまま寝てしまった。