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体の変化と一年前

 ジリリリ、と不意に目覚まし時計の音が鳴りオレは現実に引き戻された。時間は7時ちょうど。いつもアラームを設定している時間だ。起きた時は7時少し前くらいだったから、しばらく茫然としていたらしい。目覚ましをちょんと叩いてアラームを消した。


「これ……オレ、か?」


 鏡の中に映っている少女が目を見開いて口を動かした。聞こえてくるのはいつもの声ではなく、女性の高い声。


「いてっ」


 オレは鏡に映る現実が信じられず、お決まりよろしく思い頬を強くつねってみたが当然夢などではなかった。もう一度鏡を見ると、そこに映るのはやはり少女の姿。少し涙目になり、つねった頬をおさえている。


 ――かわいい、と思ってしまった。肩より少し下まで伸びた黒髪、以前より白さが増した肌、少し垂れ下がった目元、全体的に小さくなったように見える鼻と口。

 美人、とまでは行かないがそれなりに整った顔立ちをしている……と、思う。しかしこうしてよく見てみると、顔の部分部分ではどことなく自分と似ているようにも思えてきた。


 鏡をじっくり見たあと、確認しなければ、と思いオレは恐る恐る体の下の方に手を伸ばした。

 

「ない……」


 予想通りではあったが、そこにはあるべきモノがなかった。予想はしていても実際に確認するとショックだ。


「じゃあこっちは……」


 オレはままよ、とシャツの下に手を滑らせ寝巻きを押し上げるふくらみにも触れた。手にふにょんと柔らかい感触が伝わってくる。そのままふにふにともみ続けていると、変な気分になりかけた時――勢いよくドアが開かれた。


「!」


「かなめーいつまで寝てるの? って、起きてるじゃない。朝ごはん出来てるんだから早く降りてきなさい」


 ドアを開けたのは母さんだった。オレは驚いてとっさに手を引っ込め何もしていなかった風を装ったが、不自然に映ったかもしれない。しかし、幸い母さんは気付かなかったのかそれだけ言って出ていこうとする。


「か、母さん……」


「ん、何か用?」 


 オレがとっさに呼び止めると、母さんは扉の前で顔だけ振り返って言った。


「今のオレ、どう見える?」


 オレがそんなことを聞いたのは、母さんが今のオレの姿を見てもいつも通りに接してきたからだ。


「? 寝癖がひどいわね」


「そうじゃなくてっ…!」


「もう、どうしたのよ、言葉遣いも変だし。あなたも春からは高校生なんだから、寝ぼけてないでしっかりしなさい。」


 母さんはやや呆れ気味にそう言い、忙しいとばかりに部屋を出て行ってしまった。


「どういうことだ?」


 部屋に取り残されオレの頭には疑問がいくつも浮かんだ。まず、母さんは俺が今女の姿をしているにもかかわらず普通に接してきたことだ、まるでそれが当たり前だと言わんばかりに。さらにはオレの言葉遣いが変だとも。そしてもっとわからないのが「春からは高校生」という言葉だ。オレは今年で高校2年生になるはずなのだ。


 そもそもあの事故のことも気がかりだった。あの時オレは確かに死を覚悟した。しかし現に俺は生きており――しかも何故か女になっているというありえない状態でだが――、また怪我をした形跡もない。


 そうしてずっと考えていると、唐突にくぅーっとお腹の音が鳴った。


「とりあえず、ご飯食べるか……」




 オレが一階に下りると、丁度父さんがスーツを着て家を出るところだった。


「あれ、お父さん土曜なのに仕事なの?」


「何言ってるんだ? 今日は木曜だぞ」


「そうだっけ?」


「そうだぞ。じゃあ、行ってくる」


「あ、行ってらっしゃい」


「はは、かなめが見送ってくれるなんて珍しいなあ」


 父さんはそう言って嬉しそうに家を出て行った。

 終業式の昨日は確か金曜日だったので今日は土曜日だと思っていたが、どうやら記憶違いだったらしい。オレはリビングへ行き、用意されていた朝ごはんを食べ始めた。


 オレが朝ごはんを食べていると、テーブルに置いてある新聞に目が留まった。新聞の上部、日付が書いてある場所だ。新聞を片手に取る。



 <2015年 3月25日 (木曜日)>



 3月25日…? おかしい。終業式は3月25日だった。そして昨日が終業式だったなら、今日は3月26日のはずだ。


 その時オレはある可能性に思い当たった。終業式の日に戻ってしまっているのではないか、と。しかしすぐにそれはありえないと否定する。


 と、そこでさらにおかしなことに気付いた。もう1度新聞の日付を見る



 <2015年 3月25日 (木曜日)>



 そう、オレの記憶が正しければ今年は2016年のはずなのだ。気が付けば朝食を食べる手が止まっていた。


「そんな中途半端に残してないでさっさと食べちゃいなさい。洗い物ができないでしょ?」


「う、うん」


 オレがまさかと思いながらさらに考えていると、母さんが急かしてきた。朝食の残りを食べてしまう。そしてすぐに新聞へ目を戻しうんうん唸っていると、訝しんだ母さんがまた声をかけてきた。


「今日は朝から何か変ね。引っ越しで疲れてるのかしら?」


「引っ越し――」


 その言葉でオレはついさっき否定した言葉を思い出し、そこで大きな勘違いをしていたことに気がついた。


「ねえ母さん……」


「どうしたの?」


「今って西暦何年だっけ?」


「あなたが持ってる新聞に書いてあるじゃない、2015年でしょ」


 母さんは何を当たり前のことを、という表情で言った。嘘をついているような様子はない。


 母さんがオレに言った「春から高校生」「引っ越し」、どちらも去年の出来事だ。そしてなにより今年が2015年だという言葉。ここまで来てオレの考えは半ば確信に変わった。



 今日はあの日(終業式の日)のちょうど1年前なのだ。



 何故オレが1年前に戻り、更には女になっているのかは全く分からないが、引き金は恐らくあの事故だろう。父さんも母さんも今年が2015年で、オレが女であることに何も疑問を抱いていなかった。オレだけがおかしくなってしまったのだろうか。


 まだ頭の整理が追いついていないが、とりあえずは1度部屋に戻ることにする。戻りついでにカレンダーで2016年の3月25日が金曜日であったことを確認して、オレはリビングを後にした。


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