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APOPtOSIS

作者: 赤井家鴨

私は真っ白な空間の中で消していた

目の前に積まれた紙切れの文字を

足元に散らばる紙切れの文字を

来る日も来る日も消して消して消し続けていた

すり減る事のない消しゴムを使って私は日永一日、文字を消し続ける毎日を過ごしていた


一つの文章を消すと私の正面、遠くの方から人が現れた

大人も子供も笑顔で私の(うしろ)に歩いて行く

蟻のように列をなして

とても楽しそうに

幸せそうに去っていく

彼らが一体何者か、本当は私は知っている

彼らは遠い昔に死んでしまった人たちなんだって知っている

その人に決められた人生の時間、その途中で死んでしまった人たち


私が消してるのはこの人たちの思い出

私も含めて人々はそのうち彼らのことを時間をかけてゆっくりと忘れていく

とても悲しいことで、とても嫌なお仕事

だけど私はここに来てからずっとこうしてきた

きっと意味のある事なのだろうと今も消し続ける

意味のある事、意味のある事

そう唱えたって私の心は晴れやしない

本当は忘れたくないのに、消したくないのに

彼らを

彼らの存在を

彼らの思い出を

忘れたくない。




ある日あの子が現れた

ブラウン管テレビの顔した女の子

彼女は笑って私にあるものを渡す

プラスチックのおもちゃのペン

指先で好きなものを書くといいよって身振りするから試しに消したばかりの思い出を書いてみた

すると消えたはずの人たちが帰って来た

何人も何人も列をなして笑って帰ってくる

とても嬉しかった。

書けば書くほどみんな帰ってきた。

みんな私の前を通っていく。

私の見る先へと歩いていく。

彼らの笑顔が嬉しくって私はどんどんペンを走らせた。

手が黒くなったって、書くスペースが無くなったって。

私は心を躍らせて、かつて読んだであろう思い出を(つづ)って彼らの帰還を大いに讃えた。


(すると蜘蛛がニタリと笑う)


蘇る記憶。

夏の日の夕焼け空。

駄菓子屋でピンク色のボールペンを買った。

キラキラ透き通るペンの筒。

とても綺麗で日の光に当てながら田んぼ道を歩いて帰った。

思い出したくない記憶

冷たく暗い沼の中

私のもがく両腕が次第に重くなり

そして、止まる


白のワンピースが泥で黒く染まて、

蜘蛛が蟻を上手に踊らせる

沢山の蟻が回って踊らされる



私のペンは止まった。

思い出の沼にはまった私は自分の目の先に視線を送る。

彼らの存在理由は何。

貰った時間をまっとうに使い切ることを許されないなんて。

「人は何のために生まれて何処に行く」

昔の画家がそんな絵を描いたっけ、と思い出しながらまたペンを進めようとした。




「一本道は戻れないよ」

とパソコンのモニターが顔の少年が私に言った。

彼は私に消しゴムを渡すと。

彼も静かに何処かへと消えた。


あぁ、そうだ。そうだった。

私もここから出たかったんだ。

先に進みたいのだ

いつまでもここにいてはいけないのだと

彼らと一緒に先の未来に行きたいのだと

でも抜け出せないの

なんで?

今でも沼が私の足の自由を奪う

文字の沼

未練がましい私の思い出が私を抑えつけている


だから私は消し続けていたのだと理解した

意味のある事、意味のある事

みんなの事を忘れるのは悲しいけれど、私の我が儘だけど

私もみんなと一緒にその先に行きたいから

振り向いたその先


私も私の役目を果たす

もらった時間を使い切ることなく役目を終えて亡くなった彼らのように

きっと、この私の役目が終わった時

私はその先の白い光に向かって進むことが出来る

って信じてる



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