アルヒノ大陸 8/1 0-2
「でさ、このゲーム全然当んないんだよ。 目当ての子。」
アイスカフェモカを片手に、今プレイしているソシャゲ―を力説するみっきー。
画面にはイケメンの男たちが色々と並んで居るが、彼女の目当ては身長155cmの彼らしい。
サンプル画像を見ると、なるほど。 彼女が好きそうな嗜虐心をそそられる子だ。
「きっとお前みたいなのをそのキャラの購買層に設定して、レアリティ上げてるんじゃないか。」
「そんな設定聞いた事無いよ! いや、あるかもしんないけどさ。 でも、このゲームの場合は、あたしの運が悪いだけなんだろうね。」
「お互い運には悩まされるよな。 ガチャで一回でも一等が当たった覚えが無い。」
「それに関しては同感。 あ、でも、二等の妖精のローブ当てた時、あたしにくれたじゃん。」
「お前のキャラにプレゼントしたんだよ。 ……っていうか、もう二年にもなるのか。 あのゲームにログインしなくなってから。」
「……あっきーの回復士……可愛かったのにな。」
「しみじみ言うなよみっきー。」
「……でもまあ、住所氏名電話番号年齢に身体的特徴までバラされたらインする気にはなんないよね……。」
「そこまで厚顔無恥になってみたい気持ちもあるけどな。」
「……いやぁ。 無理でしょ。」
「まあ、無理だからこうして二年もインして無いんだがな。」
「まあね……そういや、今日浮かれてた感じだけど、何か良い事あった?」
「ん? そう? そう見えたか?」
「何かさっぱりした感じに見えたけどな。」
「あ、ああ。 ……何か……変な夢なのかな。 そういうのを見てさ。」
「へ? 夢?」
「……いやいや。 やっぱそれは忘れてくれ。 みっきーってさ、モンクエ3やった事ある?」
「いきなりだな。 あるよ。 結構好きだったな。 布団被ってやってて親に怒られたっけ。」
ケラケラと笑いながら言うみっきー。
「……ん? 布団? どうやって布団の中でゲームするんだ?」
「え? 携帯ゲームだから普通に出来るだろ。」
「おまっ! 第二世代か!」
「え? 何だそれ。」
「それってあれだろ。 携帯ゲームで、カラーのヤツ。」
「そうそう。 それ。 あ、もしかしてあっきーって、昔のハードのヤツでやってたの?」
指先で昔のハードとやらの造形を空中に描くみっきー。 それじゃデカすぎだから。
「昔ってお前なぁ……まあ、そうなんだけどさ。 で、そのモンクエ3がハードと共に家で発掘されたから、送って貰って、昨日ちょっと遊んでたんだよ。」
「へぇ。 って、昔の!? 良くまだ使えるね!?」
「婆ちゃんが大事に仕舞っておいてくれたお陰かな。 で、そのモンクエ3の懐かしさに浸ってたって訳よ。」
「へぇ……今でも面白いモノ?」
「俺には逆に新鮮に思えたな。 いや、新鮮っていうか、子供の頃を思い出してプレイするってのが初めてだったから、それが刺激になったのかも。」
「ふぅん…………ああいうのって、今でも売ってるの?」
「ああ。 レトロゲームコーナーに行けば売ってるみたいだぞ。」
「……あたしも久々にやってみようかな。」
「そうしろそうしろ。 お互い何処まで進んだかで競争しようぜ。」
「あっきー、そういう下らない事考えるの天才だよな。」
「それ褒めてんだよな?」
「実は全然褒めて無い。」
腹を抱えて笑いながら言うみっきー。
……何か、こいつとのこういう空気も久しぶりだな。
この間は偶然映画館で会って、その後ゲーセンで少し遊んで別れたっきりだったし。 二月前くらいか。
毎日職場で会ってるせいか、こうして無理して距離を離したりしても、不思議と疎遠な感じはしなかったのだが、今朝みっきーから話しかけられた時には若干の遠慮を感じた。
もう少し、距離を縮めても良いのかも……な。
「……ん?」
そう考えた矢先だった。
俺とみっきーがコンビニの休憩所で話をしているのを、コピー機の横から見て居る人物が居た。
夏らしい白色のワンピースに、小奇麗に染めた栗色のセミロングの髪。
――――女、か。 またみっきー絡みだろうか。
「みっきー、俺が雑誌の話を振るから、大袈裟に頷いてその雑誌を確かめるフリをして……コピー機の横に居る女の顔を確認して来て。」
俺は彼女の耳元に顔を寄せ、なるべく口を開いて居るのが女に見えない様にして言った。
「えっ……またあたしか……。」
溜息混じりに小声で言うみっきー。
「俺がお前と一緒に居てモテた事はただの一度も無い。」
「また面倒掛けるかもな。」
「良いさ。 ……そういやみっきー、今月号のアレもう読んだ?」
俺はわざとらしく椅子の後ろに両手を投げ出すと、少し声を大きくしてみっきーに話し掛けた。
「まだ読んで無いな。 もう売ってた?」
「それもう立ち読みしてるのかと思ったよ。 ちなみにもう売ってて、あそこに並んでるぞ。」
そう言って雑誌コーナーを指差す俺。
「ちょっと見てくるわ。」
「おう。」
俺の返事と共に立ち上がるみっきー、そして振り返って雑誌コーナーに向かった。
そして彼女は横目で……うん。 女の顔を確認した様だ。
すると慌てた様子でコンビニを出ていく女。
「……逃げたな。」
すぐに俺の座っている場所まで戻って来て、溜息混じりに言うみっきー。
「その様子からすると知ってる顔か?」
「……客だ。 何回かうちに来てる。」
「逃げるって事は……どうなんだ? 経験上。」
「……それは黒か白かって意味?」
「お前に興味がある事は分かってるさ。 無関心だったら最初からこうして俺達を覗いてたりしないだろ。」
「まあ、そうだよな……うん……あれは多分、大丈夫な方だと思う。」
「なら良いんだけどな。 何かあったら非通知で電話掛けて来いよ。」
「……ああ。 悪いな。 ……ほんと、悪いな。 久々になんか、楽しく会話してたのにな。」
申し訳無さそうにぼやくみっきー。 そんな表情を見て少し心が痛む俺。
「お前のせいじゃないって。 元はと言えば俺がもっとイケメンだったら良かっただけの事だ。」
「ぷっ……あっきー、自分の事をそんな風に言うなよ。」
「ならお前も笑うなよ。 じゃ、後で職場でな。」
「コーヒーご馳走さん。 ……次はあたしが奢るよ。」
「チーズケーキ付けて良いか?」
「あっきー甘い物好きだからな……仕方ない。 ってか、あっきー、朝ご飯買いに来たんじゃないの?」
「しまっ! そうだった……。」
「いつも何か一つ抜けてるからな、あっきーは。」
「良いんだよ。 情けない店長の為に優秀な副店長がいつもカバーしてくれるからな。」
「あっきーが店長になって……あたしは良かったと思ってるけどな。」
「お前よりも給料安いけどな。」
照れ隠しからか、ついそんな言葉が俺の口から出た。
「その文句は本社に言ってよ。」
苦笑いをしながらそう返すみっきーだった。
◇
俺が店長を勤める店舗は、地方都市に一つはある有名な携帯電話会社の店舗の一つだ。
ちなみにうちの会社の店舗はこの街には一軒だけで、街としてのうちのシェアは多分他のキャリアを大幅に上回って居ると思う。
理由の一つは、ユーザーには老人が多く、まだガラケーが主流な事。
そしてもう一つはライバルのキャリアの電波がその老人達の住む山間部に入り難い事だ。
若い世代を中心にスマホは一応拡大しているが、高速通信出来るのはまだ都市部のみなので、結局はまたガラケーに戻しに来る客も結構居る。
その際に最初に購入した際の説明が悪かっただの、キャリアを変えて無いんだから端末代を二台分払えというのはおかしいだの、そういったクレーム処理が今の一番の悩みの種である。
そのクレーム処理に最初にまずやんわりとマニュアル的に当たるのが窓口の女の子達。
その窓口には男も募集しているのだが、イメージ的に女の仕事だと勝手にこの街の住民は思って居るらしく、俺が店長になってからは一度も男が面接に来た事が無い。
今日はそのやんわりと当たった女の子達を乗り越えて来たのが6件だった。
まあ、平日としては結構多い方である。
その乗り越えた人達を説得するのが俺とみっきーだ。
「ですので、こちらのスマホを一度解約する事になると、当社の方からの補助が出る額が全く――――」
などと、彼女はそりゃ上手い。 理詰めで言ったら彼女の右に出る者は居ない。
俺はみっきーから絡め手を使うのが上手いと言われて居るが、それは俺がちょっと狡いだけだ。
本社にバレたらクビになるレベルなので方法は割愛するが。
◇
「お疲れ様でした。」
「「「お疲れ様でした。」」」
俺の一声の後、午後シフトの店員の声が返って来て、彼女達全員はみっきーと一緒に帰宅する。
今朝、みっきーとあんな話をしたせいか、彼女は寂しそうにドアの隙間から店に残る俺を一瞥した後、少し俯き加減で帰路に付いたのだった。
俺は最後まで残って、鍵を閉めて、それで帰宅だ。
前はこの最後の行程をみっきーと一緒にネトゲ―の話をしながら和気藹々とやってしまっていたのが女の子達にバレて、それが原因でえりちゃんがストーカー化したので、俺も寂しいが我慢である。
今日は更にみっきーは女の子達とご飯を食べて帰るそうだ。
ぶっちゃけ彼女はそれが一番苦痛らしいが、俺が助けてやる訳にも行かないし、まして俺が一緒に行ったならば、『余計なのが付いて来た』空気が半端無い。
みっきー曰く、
『目当ての女の子に好かれる為には、誰でも良いから一人の女の子に好かれると、連鎖的に自分への好感度が上がって、多分成功するんじゃないかな。』
だそうだが、残念ながら今までの三年間、一度もそのチャンスは巡って来なかった。
むしろ店長ハゲ説が浮上したり、俺がキャバクラ通いで借金塗れだとか、そういう悪い噂ばかりが広がっていて、俺は毎日胸を痛めてる。
むしろ俺に聞こえる様に悪口言ってるんじゃないかと思ってしまうな、あれは……。
まあ、過ぎた悪口を言う子にはみっきーが俺の為に窘めてくれるのだが、それもまた女の子達は気に食わないらしく、連鎖的に新しい悪口が産まれて行くのである。
その様に悪口ばかりの負の連鎖になっている職場なので、俺は半分本気で転職を考えて居る。
ただ、もし仕事を辞めたらみっきーが大変になるのは目に見えて居るし、何だかんだ言って慣れてしまったので、そんなに今の仕事が苦痛ではなくなったのもある。
今の仕事より良い給料の仕事が、地方都市にそうそう転がっているものでも無いし、
「まあ、まだ様子を見てみる事にするか。」
と、結局そうやって今日も結論を後回しにする俺だった。