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アルヒノ大陸 8/1 0-1

 朝の五時半とは言え、流石夏だ。 クソ暑い。

 部屋を掃除した後にシャワーを浴びたのだが、既にシャツの下に汗をかいてしまっている。

 先ほどまでエアコンの効いた部屋に居たのが悔やまれるな。

 シャワーを後にすれば良かったか……。 

 などと多少後悔しながらもコンビニの自動ドアをくぐると、エアコンのガンガン効いた世界が俺を待っていて、結局は五分程歩いた自分を後悔しない程度の快楽を覚える俺だった。


「……ん?」


 その快楽に頬を緩ませて、雑誌コーナーに向かった時だった。

 俺の姿を見止めて挨拶してきた人物が居た。


「よう、あっきー。」

「現実世界であっきー言うなよ、みっきー。」

「じゃああんたもあたしの事をみっきー言うな。」


 くくっ、と、笑いながら俺を見ている俺の同僚のみっきー(女)が居た。

 彼女と俺は同僚という関係ではあるが、実は少し複雑な位置関係だ。

 俺の仕事は某携帯電話販売会社の『店長』だが、みっきーの仕事は『元店長』。

 俺は彼女の役目を横から掻っ攫う形でその店長になったのだが、会社の仕組み的には俺よりも彼女の方が給料が高い。

 俺が実質店長なのは3年。 ぶっちゃけてしまえば、俺は本社から左遷されたのであり、その時から正社員ではあるが、地方店舗の店長としての勤続年数の給与形態に下げられた。

 クビかこの仕事を選ぶかどっちを選ぶかと言われて後者を選んだチキンな俺だが、同じ部署の同僚の殆どが会社を辞めて外資系のベンチャー企業に言ったと後から聞いて泣いた。

 実は俺にもその話は来て居たが、『怪しいから』の一言で自分が取る選択肢に入れて居なかったのである。

 そんな事を言っても後の祭りなのでそれ以上考えない事にしているが、何か良さそうな仕事があれば、すぐにでも転職するつもりで今は居る。

 そのつもりでは居るが、3年が経過してしまい、その覇気も段々と薄れて行って居るのも事実だが。

 

 さて、俺の前に店長だったみっきーは5年間店長を勤めて居て、彼女の給与は俺と同じ店長クラスでの給与なので、副店長になってからも下がっては居ない。

 高卒だが、4年間の実店舗でのキャリアを積んで、実力で店長になった猛者で、副店長という名前が付いては居るが、俺と彼女の仕事内容も権限も、現時点ではほぼ一緒。


最初は彼女とは仕事の面で色々な軋轢があったものだが、今では仕事場以外ではハンドルネームで呼び合う仲だ。

28歳になる彼女と何か色恋沙汰でもあったのかと言うと……残念ながらお互いそういう気持ちにはなれなかった。

その理由にはまず一つ、彼女の容姿が結構特殊であることが挙げられる。

背は俺の170cmよりも高い179cm。 本人はそう皆に言っているが、180cmを超えているのではなかろうかと俺は思う。

 その長身に加えてスレンダーな身体付きに、言わば典型的なモデル体型で、ボーイッシュなショートヘア―の髪型。

 美人というよりも、美形と言える感じの顔の作り。

 性格面では責任感が強く、仕事も出来るし、頼れる上司という感じである。

となればどうなるかと言うと、うちの店舗で働く事になった未婚女性の半分くらいはこいつに惚れてしまうのだ。 惚れるというか、憧れみたいな物が強いのかもしれないが。

 対照的に、俺はゴミ虫の様な扱いを受けているが、それは余談である。

 俺が店舗に来る前には露骨にアプローチして来る者はいなかったそうだが、その時の彼女はアイドル的な存在だったのだと思う。 彼女達の誰も触る事が許されない禁断の領域が勝手に彼女達の中で形成されていたのだろう。

 そんな女の花園に、いきなり男の俺がみっきーと同じ権限を持つ上司として配属になった事により、ギリギリの所で保っていた店舗内の人間関係のバランスはあえなく崩壊してしまった。

 男という存在を考える必要が無かった世界に、男が存在するという現実が突き付けられたからだ、と、みっきーは分析して居たが、俺は俺が居なかった店舗がどうだったかを知らないので、ただ自分がいつもの様なバランスブレイカー的な立場になってしまった事を呪っただけだった。

 さて、そのバランスが崩壊した結果、彼女達の中にあったある一種の独占欲の様なみっきーへの思いが、それぞれの鬱憤を伴って一気に噴き出す事となったのだった。


 人はノーマルな同性に惚れるとどうなるかと言えば、大抵の場合は実は悪い方向にしか行かない。

 みっきーの場合も同じで、彼女は女で、後で語るが、恋愛相手には一応男を選ぶ至ってノーマルな女だった。

 一人は女同士であるという生物学的なジレンマから始まって、結局未来は無い事に勝手に絶望して会社を辞めたり、一人はどうやって彼女の気を引こうかという考えて仕事を疎かにして、みっきーに怒られて泣きながら会社を辞めて行った。

 三人目に至っては、客からのクレームは酷いし、挙句の果てには客に向かって、


『うちの副店長くらいかっこよくなってから、そういう我儘は言って下さい!』


 とか言い返してるのを俺が目撃してしまった。

 他社の携帯電話をうちの回線に変えたいってだけで美人の店員にそう言われた客はどう思う?

 もうあんぐりと口を開けた後、副店長という名札の付いたみっきーの姿を見て、真っ赤な顔をして半泣きになりながら店舗を出て行ったさ。

 そして30分後に本社のクレーム処理センターから店舗に電話が来た。

 本社はマニュアルマニュアルとねちねち言ってきたが、これに関しては言い訳のしようが無かった。

 俺はただ電話越しに本社に頭を下げて居たが、美人の店員は副店長がイケメン過ぎるからダメなんです! などと、逆ギレしていた。

 それには流石に俺もキれて、その女の後頭部をつい平手でスパーンと叩いてしまったが、それでようやく我に返った女が床に座ってわんわんと泣き出し、みっきーにひたすら謝って居た。

 その後、みっきーには多分出来ないだろうなと思った俺は、早速その日の就業時間一時間前に、女を呼び出して解雇通告をした。

 みっきーはそんな俺の行動に感謝はしたが、同時に彼女達に思わせぶりな態度を取って居たのでは無いかと自己嫌悪に陥る事となった。

 俺があんたのせいじゃないと言うと、涙を少し滲ませてもう一度俺に礼を言って来て……。

 さて、俺とみっきー。 そこまで聞いたらもうロマンス始まるんじゃね? という風に聞こえるかもしれない。

 正直に言おう。 彼女は容姿的に俺の好みでは無いが、そんな事はお構いなしに俺は彼女とのロマンスを少し期待していた。

 なので、その日の就業後、その礼だと言う事で彼女のおごりで行きつけの焼き鳥屋に誘われた時は、春来たり、と、浮かれたものだ。

 そこで驚愕の事実を知る事になるとは夢にも思わずに。

 ずっと一緒に働いて来た女達からのアプローチにかなり参って居た彼女は、その時は自ら浴びる様に酒を飲み、完全に出来上がってしまった。

 そんな彼女は、ぽろりと他の誰にも言えない秘密を俺に漏らしてしまったのである。

 その秘密とは……彼女は重度のショタコンであるというものだった。

 小学生男子が大好物だと力説する彼女。

 更にそういう年齢のアニメキャラが男の子同士で組んず解れつしている薄い本を買い集めて居るから自分はダメなのだと泣きながら、俺に性癖の全てを漏らしてしまったのである。

 だが、ここから彼女を宥める為の流れが良く無かった。 いや、良かったのか?


『大丈夫。 それを言うなら俺はロリコンだ。 そういう人間が生きて行くのに不都合な世の中になっているだけさ。 ひっそり生きて行こうぜ。』


 本当はそこまで重度のロリコンでは無いのだが、泣きじゃくる彼女を見て、流れ的についそう口走ってしまった俺。

 みっきーから俺に向けられた一瞬ゴミ虫を見る様な視線、きつかったわー。

 だが、すぐに自分もそう見られいてもおかしく無い事を自覚した彼女は、謝りながらも俺が彼女をそういう目で見ないでいてくれた事を感謝したのだった。

 さて、俺は彼女の好みにはなれないし、彼女も俺の好みにはなれない。

 しかし、人としてダメな者同士、心が通い合った俺達は、良い友人となった。

 結果、二人の欲望を満たせる様な外見、俺がショタ回復士で、彼女がロリ魔法使いというキャラを選べるMMORPGを一緒にやる様な仲にまで発展したのだが……。

 二年前、うちの店に入ったえりちゃん(24歳美人)と言う子が例の如くみっきーに惚れ、ストーカー化してしまった彼女はなんとゲームを特定して俺達の遊び場であるネットまで乗り込んで来て、こう言ったののである。


『あんたと副店長が付き合ってるなんて信じられない! 全部、全部ぶち壊してやる!』


 そして俺達の身体的特徴含む個人情報をゲームの中で全チャットで言うという恐ろしい行為を行い、警察という機関が事が起こる前には何の役にも立たない事のだと学んだ俺達は、それ以来ある一定の距離をお互いに置く様になってしまったのだ。

 ちなみにどうやって俺達がプレイしていたゲームを特定したのかと言えば、えりちゃんがみっきーの部屋に遊びに行った時にカメラを付け、パソコンの画面を盗み見て居たと言うのである。

 流石にそれくらいは警察が教えてくれたが、ぶっちゃけ警察がしたのはそれくらいと、えりちゃんに対する厳重注意だけだった。

 むしろその事実は本人が知らなかった方が幸せだったのでは無いかと俺は思うのだが。

 その事実を警察から知らされた時のみっきーの顔は今でも覚えてる。

 顔面蒼白とは正にあの事だろうな。

 女から盗撮されるという女として最悪にキモい事をされてしまい、もしかしたら薄い本を読みながら色々としている姿をも見られたかもしれないと消沈した彼女は、えりちゃんが退職するまでの二週間は流石に会社を休んだ。

 幸い夏だったので、太平洋側の海岸にでも行って、太陽を全身に浴びる男子小学生の身体を眺めて来いと言ったら、本気でやり遂げて、艶々した肌で店に帰って来たっけな……。

 みっきー。 ガチでショタだったんだなと実感したよ。


「最近何かしてる?」


 そのみっきーが多少遠慮気味に俺に話題を振って来た。

 そう言えば、最近はこいつとチャットもしてなかったな。


「ん? ……いや。 ネットの方は全然、だな。 みっきーは?」

「あたしも全然、かな。 このソシャゲ―くらい。」


 俺が普通に話題を返した事に安心した彼女は、胸を撫で下ろし、そのやっているソシャゲ―とやらの画面をスマホで見せて来た。


「ふぅん。 あ、時間あるなら一緒にコーヒー飲もうぜ。」

「ん? ああ、良いよ。 じゃ、あたしアイスのカフェモカ。」

「奢られる気満々かよ。」

「普通誘った方が払うだろ。」

「まあ良いけどな。 俺ラージにするけどお前もそれで良いか?」

「あ、ああ……。」

「なんだよ、歯切れ悪いな。」

「あんたの前だと無理する必要が無いのがなんだかくすぐったくてさ。」

「やっぱりお前……昨日の昼の牛丼並盛は無理してたんだな。」

「そこはスルーしとけよ!」


 と、笑いながら裏手でツッコミを入れて来るみっきーだった。

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