アルヒノ大陸 7/31 1-3
「痛っ!!! めっちゃ痛っ!!!」
20回くらい食らえば死ぬくらいの攻撃って、どんな感じなんだろうな、と、小学生の時の俺は想像してみた事がある。
導き出された結論は、さぞ痛い事だろうというものだった。
その痛みに、暗闇の中のたうち回る俺。
楽しくない! こんな痛い夢全然楽しくないぞ!
だが、そんな俺の心の叫びはお構い無しに、違うモンスターからもう一発の攻撃。
「ぐっは!! ちょっ!!」
更にさっき半殺しにした内臓が飛び散りまくってるモンスターからの攻撃。
「ごはっ! 痛いっつの! しかもなんか臭いし!!」
小学生の俺よ。 何で内臓が臭いとか思ったんだ?
……お前ゾンビ映画見過ぎたんだろ!?
「はぁ……はぁ……はぁ……。」
まだ身体は全然大丈夫なのだが、痛みによる精神的ダメージが大きかった。
いやもうマジで覚めて良いよ……この夢。
…………。
「おい。」
覚めないし。 どんだけしっかり寝てるんだよ俺。
おかしいな……寝起きは比較的良い方なんだが。
つーか、さっきから何で黙ってこっち見てんだこの粘着モンスター共。
やるならさっさとかかって来いっての。
攻撃されて死んだらとしたら流石に目が覚めるだろ?
「…………って――――そこは律儀に待つのかよ、おい!」
ターン制の戦闘だからか、俺の行動を待っていたらしい。
思わず裏手で突っ込んでしまう俺。
……って事はだ、兎に角痛みか何かの刺激で目を覚ますのを待たないとダメって事か?
「もうどうにでもなーれ。」
ちょっと語尾のイントネーションを上げながらレイプ目で棍棒を振り上げる俺。
俺のやる気の無さとは関係無く、自動的に俺は駆け出し、グロく無い方のモンスターを攻撃して、グロいのをもう一つ増やしてしまった。
「だよなー。 なんかそんな気はしてた。 うん。」
……昔から、運はあまり良く無いんだよな、俺。
人生で一回しか○っちゃんイカの当たりを出した事が無い。
「へぶっ! おぐっ! ぐっ!」
再び三匹からの攻撃。
痛い! 痛いぞ! めっちゃ痛…………あれっ?
最後ヤツからの攻撃、あんまり痛く無かった……ような。
まあ、これでまた俺の攻撃のターンな訳で、まだ目は覚めて無いのでこのラリーが続く訳だが……。
「せいや、っと。」
やる気の無い俺の声とは裏腹に、モンスターに勢い良く飛び掛かる俺の身体。
今度は見事にグロい二匹の一匹に俺の棍棒が当たり、身体の水色の体液の膜と真っ赤な鮮血、そして内臓が炸裂した。
確かに小学生の時に、こうやって倒してるんだろうなって想像した事はあるが、もっとマイルドな発想は出来なかったのかよ俺。
飛び散った体液やモンスターの死体は、小学生の時の俺の想像なら……。
「やっぱり……。」
そこだけ暗闇が晴れ、草原が広がって居た。
その『そこ』とは、死体と体液と内臓が飛び散った周辺の事を指す。
しっかし嫌な子供だよ。 きっと主人公達が通った後は、敵の屍や肉片がモンスターの流した血と共に広がって居たんだろうなって想像してたんだからな。
そのせいか、いまいちモンスターをテイムしたり、モンスターを操作する側に立ったこのゲームのシリーズには感情移入出来ないんだよな。
むしろゲームのキャラクターが一切ご飯を食べないものだから、きっと敵を食ってるんだと想像もしてた。 死霊系やゴーレムなんかは食えなそうだが、動物系なら意外に美味しいんじゃないかと思ってたり。
「……ぐっ! はぁっ……。」
おっと。 忘れてたぜ。 次はあいつらのターンだったな。
見事に攻撃を二回食らう俺。
「…………って、おい。」
二回目の攻撃を受けた時……何で俺はちょっと……気持ち良くなってるんだ?
…………待て待て待て待て。
まさかとは思うが……。
『きっとあんだけ攻撃されたら滅茶苦茶痛いのにも慣れるし、そのうち気持ち良くなったりもすんじゃね?』
的な発想を子供の時にしていたのを思い出したのだが、それが再現されていると言う事か?
痛みが気持ち良いとか、これじゃ世界を救う者どころかただの変態の者じゃねぇか!!
「くそっ!」
再び俺の攻撃に移り、手負いの敵に攻撃し、またもモンスターの肉体を炸裂させる。
ちなみに破裂の音は結構心地良く俺の心を痺れさせた。
あんな風に弾けたきっとら気持ちが良いだろうな、なんて想像していたのも良い思い出だ。
小学生の俺、人としてはしてはダメな想像を色々としていたようだ。
「……認めよう。 俺は変態小学生だったのかもしれん。」
だが、今でもその変態を引き摺っているのは認めない。 認めたく無い。
「おっ……ふっ……。」
認めたくは無いが、無傷のモンスターからの攻撃が、俺の腹に鈍い痛みと共に、じんわりとした快感を与えて来て、思わず悦に入った声を上げてしまう俺。
「き、気持ちよくなんて無いんだからな!」
負け惜しみの声を上げながら、残った敵を気持ち良く倒す俺だった。
◇
「やっちまった……。」
戦争で人を殺すのを童貞を失ったとも言うらしいが、そういう意味なら俺は今日は殺しに関しては魔法使いでは無くなったという事だ。
返り血や粘膜で塗れた俺は、幻想的な草原の中に一人立っていた。
夢の中だが、あまりにも現実感がありすぎて困る。
だって五感全部あるんだぜ?
モンスターの血と内臓の匂いきっつい。
あと唇に付いた敵の肉片がちょっと口に入った。 口の中にべとべとした液体の味が広がってとてつも無く生臭い。
俺がモンスターに持っていたイメージがそう感じさせるのだろうが、小学生の俺は本当に何を考えて居たのだろうか。
これならきっと現実だってやれるってくらいの経験をさせて頂いた。
我が夢ながら天晴れである。
それを現実で使う予定があったら色々と人生が怪しいのだがな。 うん。
なんにせよ、こんなにリアルな夢のせいで、たかがモンスターを殺すのに『やっちまった』感が果てしなく強い。
さて、と、ステータスを見るとHPが半分以下になっているのに気付く俺。
これだと次の戦いを行うのは無理っぽい。
「さて、回復魔法は……そうか。 レベルが低いからまだ使えないのか。」
まあ、痛みが快感に変わったお陰で、夢から覚める理由が無くなった。
後は自然に目が覚めるまで存分にこの世界を楽しんでやろうと考えた俺。
回復魔法が使えない以上、死んで金が半分になるよりは、自宅に帰って寝て回復した方が良いな。
最初にプレイした時、宿屋で金を払って回復していたのは良い思い出だ。
しかし、ここで問題が発生。
家に帰ると想像した時、あの醤油と麺つゆを間違えて刺身に付けて食べても気付かない頭がお花畑の、十代後半にしか見えないお袋の姿を思い出した。
むしろあの時から、麺つゆで食べた方がなんとなく美味しいと思ってるんだよお袋……。
あの、仕事帰りにスーパーで買って来た刺身を麺つゆで食べて、ほよん、とした顔でこっちを見るお袋の顔と言ったら無いわ。
それを思い出したら、やはり今の俺は家に帰ってはいけないのではないかという気がしてきた。
当時の俺なら違和感は感じなかっただろうが、心は34歳の今の俺があのお袋が居る家に帰るのは、何故かそのお袋に甘える様な気分になってこっ恥ずかしい。
お母さんが若く見えて良いね、という人が居るが、息子にとってはただ良い物という訳では無いのだ。
「やっぱ家に帰るのは無しだな。」
あの町の宿屋だと、一人の値段だったらどの道凄く安い筈だしな。
◇
さて、問題の宿屋。
出た。 またもや出ました、俺の思い出っていうか、思い込み補正。
これは良い意味で働いた補正なのだが、
『一晩でどんな傷も治るんだから、実は凄い回復士か何かが宿屋に待機してるんじゃね?』
という想像の通り、宿屋にチェックインした後、どこからか初老の男性が現れ、ベッドに寝転がった俺の全身を小一時間癒して行った。
つまりは全身マッサージな訳だが。
……めっちゃ気持ちよかったです。
ちなみにその初老の男性も、近所に住んで居た整体師だった。
「おふぅぅぅぅ。」
揉み尽くされて、快感に酔い痴れて眠りに付く俺だった。
◇
――――滅茶苦茶蒸し暑かった。
「……ん? んん……。」
何故か痛む頭と共に起き上がった俺は、そこが眠りに付いた宿屋の中では無く、自分のアパートだった事に気付く。
懐かしい電子音がテレビから流れて居て、部屋の電気は付けっぱなし、時計を見れば時間は午前4時。
俺は汗だくになっていて、喉に乾きを覚えるが、不思議と身体が軽い。
「夢……だったんだよな。」
そうとしか考えられないが、まあ……楽しい夢だったと言えなくもない。
俺は台所にある冷蔵庫からコーラを取り出すと、汗をかいて無くした水分を取り戻す為に500mlのペットボトルのそれを飲み干す。
「っはぁ!! うめぇ!!」
朝の四時からコーラとか無いわー、とか言われそうだが、旨い物は旨い。
「しっかし、変な夢見たな……。」
未だに鳴り続ける電子音を出すテレビに目を向ける俺。
ちなみにこのテレビは、俺が大学生の時にバイトして買った、14インチの古いブラウン管のテレビだ。
俺も結構、勿体無いという理由で物を捨てられない性質で、薄型テレビを買った時に引き取って貰うという選択肢はあったのだが、自分で買ったのもあったし、もしかしたら何かに使うかも、と、押入れに押し込んでいたのである。
そのテレビの電源と、8ビットゲーム機の電源を消そうか、と、近寄る俺。
「……ん?」
テレビには、宿屋で寝た主人公を中心に、ゲームの世界が映って居た。
……寝る前、ここまで進めたっけか?
「……ううむ。」
何故か不思議な事が重なっている様な感覚を覚えた俺は、結局テレビの電源だけを消し、ゲーム機の電源は落とさずに、そのまま放置する事にした。
奇跡を期待している訳では無いが、あんな夢を見たお陰がこのゲーム機のせいなのだとしたら、何か勿体無い様な気がしたのだ。
テレビも付けっ放しならまだしも、ゲーム機の電源を入れておくくらいなら、大した電気は使わないだろうしな。
「少し早い……けど、支度すっか。」
そしてエアコンの電源をオンにして部屋の温度を快適にした後、その部屋の掃除を始めた俺は、身支度をして朝の五時半にコンビニに朝飯を買いに向かったのだった。