アルヒノ大陸 7/31 1-1
俺は――――魔法使いだ。
名前はAKY。 日本語読みならアッキーとでも呼んでくれ。
3日前に34歳になり、その魔法使い歴を4年更新した本物の――――『童貞』である。
今日は7月の最後の日。
定時に仕事から上がった俺は、自宅であるワンルームマンションに帰宅し、昔流行った8ビットゲーム機に挿すカセットの端子部分にふーふーと息を吹き込んで居た。
実はこの息を吹き込む作業……あまり意味は無いのだが、当時の自分を思い出して行っている、遊びの一種である。
カセットをゲーム機にがっちりと差し込み、本体の左下に付いているえんじ色のスイッチを押し上げる。
一世を風靡したこのゲーム機、コントローラーやスイッチ部分は赤だと思って居る人が多いが、実はこれはえんじ色なのだ。
まあ、そんなうんちくはどうでも良いのだが、この201X年も半ば過ぎた時代には似つかわしく無い、8ビットゲーム機ならではの電子音が流れ、
「おぉ……マジか……ほんとに動いた。」
などと、昭和の匂いがする空間に、本気で感動している俺が居た。
◇
人生とは色々とあるものだ。
まず先に言っておくが、俺はイケメンでは無いが至ってフツメンだと思う。
生活面では、仕事もしっかりこなして居るし、給料は安いが店長という肩書を持つ正社員だ。
背も平均よりちょっと下くらいで、それがコンプレックスかと言えばそれ程でもない。
最近運動不足だが、太って居るという訳でも無い。
だからと言って今結婚しているかと言えば、否。
今、彼女が居るかと言えば、否。
そして、童貞かと言えば、YESである。
だが、一つだけ言い訳をさせて欲しい。 彼女が居た時期はあったのだ。
人生に一度あるのだと言われているモテ期が、俺にもあったとするなら多分20歳の頃だったと思う。
あまり熱心では無かったが、サークル活動という物に入って居た頃の事だ。
サークルの名前は忘れたが、漫画系を書いたりする系のサークルで、女が10人に対して男が3人という、ある意味ハーレム状態だった。
そんな中で、普通に学校生活を楽しんで居れば、普通に彼女が出来た訳だ。
まあ、俺が悪かったのかもしれないが、付き合ってから二月も彼女に手を出さなかったせいで他の男に寝取られたという結末で俺の恋は終わった。
いや、今でも恋とか愛とかは良く分からないんだけどな。
実際その時、童貞を捨てるチャンスは数回あったんだが、俺ってば純情なんだかビビりなんだか分からんが、こんな流れでやっちゃったら、やる為だけに付き合ったみたいな感じがして、そんな自分が嫌だったんだよね。
当時の俺に今の俺が会う機会があったら、取り敢えずやっとけ、と、後頭部を手の平でこうスパーンと叩いておきたいが。
何せそれが人生のターニングポイントだったと言えるのだから。
ちなみに女は昔彼氏が居たと言ってたので処女ではなかったらしい。
今思うと、俺が初めてなのに相手がそうじゃない悔しさもあって、手を出せなかったのかもしれない。
まあ、結構露骨に誘って来たのに若干引き気味だったのもあるが、そんな健気な彼女を俺から何度も断ったのは今でも超後悔してる。
さて、今重要なワードが出ましたよ。 健気。
女はマジ怖い。 一週間くらい音沙汰無いなーと思ってたら、最後に会ってから三日後に自分で勝手に浮気しておきながら、何故か健気な彼女を蔑ろにしたのが俺という事で、その俺が悪者になってハブられた。
もうサークルに居場所は無いわ、勝手に校内に噂は広まるわで、ぼっちで卒業する事になった俺。
お陰でがっつり女に対してのトラウマになりましたとさ。
ちなみに寝取った男とその女は結婚する事になり、卒業した年の六月に、二人の結婚式に呼ばれたというクリティカルヒットも食らってる。
更に、出会いは俺のお陰ですとか美談にすり替えられた時には、人生で初めて自爆魔法使って自分が死んだとしてもあいつら全員を木っ端微塵にしたくなったぜ……。
友人代表のスピーチで俺のを聞いた時点でその俺のHPは0だったけどな……。
それからは、仕事を始めたばかりで忙しかったのもあるが、女性を自分から避ける様な社会生活を3年間過ごした。
そして、ようやくそのトラウマも落ち着き始めた25歳の冬頃。
やっぱり人として彼女も欲しいし結婚もしたいと思い始めて、俺なりに色々やった。
超頑張った。
合コンにも行ったし、同僚と飲み会にも行った。
インターネットで出会い系のサイトでも頑張った。
が、そのように色々やったが駄目だった。
まず、合コンと飲み会は論外だった。 困った事に俺は酒が飲めないからだ。 アルコールに対してアレルギーか何かがあるらしく、ビールやチューハイを一口飲んだだけで顔が真っ赤になって具合が悪くなってしまうのだ。
女から見れば、俺が飲みの席で酒を飲まないという行為は、意味が分から点においてプラスマイナスの点数で言えばマイナスなのだろう。 少なくとも酒を飲まなくて偉いねと女に褒められた記憶は無い。
そして飲みの席で素面な俺からは、女達が酔えば酔う程、女が人、つまり人間に見えなくなって来てしまうという俺から女達へのマイナス補正が入る。
何故人は酒を飲むのかと問われれば、きっと獣になりたいからだと俺は答えるだろう。
女には女で色々と悩みがあるのかもしれないが、ぶっちゃけ俺にとっては男だろうが女だろうが酔っ払いは酔っ払い。 檻から放たれた獣と一緒なのである。
女が酒のせいで頬を染めて色っぽくなっていたとしても、酒臭いという時点で俺にとってはアレルギーの対象になってしまうのが悲しい。 匂いの無い二次元なら色々と……まあ、それは余談だが。
さて、俺の事を気に入った女性が居たとする。 まあ、実際そんな女も居た。 ……本当だよ?
だが、その女に『ちょっと酔っちゃった』と言われ、しな垂れ掛けられても、臭いから離れてくれと素で突っ込んでしまい、酒臭さを帯びた女に触れられた部分だけが真っ赤になって痒くなってしまった俺。
女はそんな事されたら怒るよね。 噂は広まるね。 そして俺は悪役だね。
まあそういったコンボをまたもや食らって、酒関係は絶対ダメだと学んださ。
飲み関係がある出会いはすっぱり諦めたら良いんじゃないの?
そう考えた俺は、出会い系サイトなるものに登録してまるで文通の様なメールのやり取りを複数の女性としてみた。
してみたが、これもうまくいかなかった。
会話は成立するのだが、『なら会いましょう』という所まで行かないのだ。
そんな時、そのメールをやり取りしていた一人の女性に、ついメールで誤字を打ってしまったのだが、それを理由に罵詈雑言のメールが返って来た。
そんな事だからあなたはダメだ、とか、会った事も無いのに、会った時からあなたはそうだとか言われてしまい、危機感を覚えた俺は即出会い系サイトのアカウントを削除して、プロバイダーとメアドを変更した。
もう二度とメールは来なくて、それはそれで寂しかったが、人生にそんなサスペンスは求めて居なかった俺は……遂にファンタジーに走った。
所謂一つのネトゲ―、MMORPGに手を出したのだ。
出会いどころか、ゲームとしての遊びにどっぷり嵌ってしまった俺は、仕事から帰った後の寝る間も惜しんでネトゲーをやった。
ちなみに、本来の目的である女性との出会いとしては一応成功した……。
だが、出会いは成功しても、その後も成功するとは限らない。
ネトゲ―で4人程とリアルで会って居るが、俺が魔法使いで未婚なのを察して欲しいと思う。
一つ目のネトゲーで会った彼女とは、オフ会で会ったものの、実はパーティメンバーの一人と結婚していたという罠。
何となくそんな予感はしていたので、その時は笑って済ませたが、実は心の中で泣いて居たのは内緒だ。
それが理由という訳では無いのだが、次のネトゲーに手を出した俺。
その次のネトゲーで会った女の子は、オフ会で会った後に俺とは違うギルドメンバーと付き合い始めたと言う噂を聞いてまたゲームを辞めた。
ここで俺の寝取られトラウマが発動したのは言うまでも無く、そりゃ半泣きになったさ。
さて、次のゲームはスキル制のレベルが無いゲームだった。 俺は魔法攻撃と回復魔法に全てを注ぎ、今度は今までとは違い絶対にヒーラーとはフラグを立てないと作戦を決めた俺。
二刀流のお姉さんと仲良くなれました。
まあ、とっても仲良くなって、駅も近いからちょっと会ってみようかと言い出した俺。
彼女は随分渋ったが、五度目くらいだろうか。 ようやく会えた。 俺は外見はそんなに気にしないタイプなので、それをアピールしては居たのだが……その女は女子大生だと言い張って居た筈なのに、実は20歳程サバを読んで居て、自分よりかなり年上でかつ子持ちであったが故に、会うのを渋っていたのだというオチが。 これには流石に参った。
娘さんの写真を見せられてストライクだと思ってしまった俺は更に参った。
結局お付き合いは無かった事になり、またゲームを辞めて、そして次のゲームに。
次はなんと……仲が良かった相手の本体は男でしたという結果に。
ちなみに最後のヤツは俺が男だと知って居て付き合おうとしていた結構ガチなヤツだった。
しかも見た目は全く男に見えないという恐ろしいヤツ。
Orihimeというハンドルネームだったが、あいつのHikoboshiは捕まえられたのだろうか。
おっと、話が逸れたな。
で、そんなこんなで人生を続けて居たら、魔法使いになり、そして最近ネトゲ―にも疲れる時期に来てしまったらしい。
大型のMMORPGを八つ程やったが、人生これくらいネトゲ―をやれば流石にもう十分なのだろうか。
四つ目のネトゲ―の時に、
『仕事やめてあたしとずっと一緒にゲームしようよ。』
と、誘って来た女が居たが、誘いに乗らなくて本当に良かった。
っていうか、あの女、今でもまだあのゲームやってんだろうか。
「…………。」
くっ…………勿体ないとか思ってないぞ? 全然だ。
んんっ。 と、咳払いをする俺。
「さて、問題です。 人はネトゲ―に飽きると何をするでしょーうか?」
語尾にフレーズを付けて言ってみた俺だが、一人で言えば虚しさが募るだけだった。 もうやめよう。
さて、俺の目の前にあるのは、有名な某8ビットゲーム機である。 別称ピコピコ。
人は人生に飽きると、懐古主義モードに入る事が稀にあるらしい。
今の俺が正にそのモードである。
発売から三十年近くも経ったこのご時勢、見つけるのが難しい位の骨董品だ。 いや。 探した事は無いんだがな。
なら目の前にあるのは何かというと、実はこれ、正真正銘、俺のゲーム機である。
俺が小学生の時、今は亡き爺さんに買ってもらったそのゲーム機は、次世代機が出た時に売るか捨てるかしたのだと勝手に思い込んで居たのだが、実は婆さんが実家にある桐の箪笥の中に、着なくなった着物と一緒に仕舞ってあったのである。
防虫剤と乾燥剤のお陰か、それとも桐の箪笥のお陰だろうか、日焼けも無ければ錆一つも無い某8ビットゲーム機。
お袋が婆さんの荷物を整理していたら見つけたというので、送ってくれと頼んだら、何故か乾燥しいたけとサバの缶詰が一緒に送られて来た。
ちなみにどちらも俺の好物だ。 グッジョブお袋。
……また話が逸れたな。
部屋の中にはTシャツにパンツ一枚の俺。
子供時代を思い出す為に、この真夏に、敢えてノーエアコンで挑んで居る。
汗だくになりながらプレイした後、冷蔵庫でキンキンに冷えているコーラを飲むつもりだからだ。
ちなみに夕食はコンビニのおにぎりと袋に入ったポップコーン、チョコレートでコーティングされた棒状のスナック菓子だった。
今日は懐古主義を貫く事にした俺は、夕食も限りなく小学生なら買いそうな物をコンビニでピックアップしてみた。
実に美味であったそれを食い尽くし、ティッシュで拭っても拭いきれない油ギッシュな手でコントローラーを握るこの背徳感。
良いんだもん、バカにされたって。 俺はもうとっくに魔法使いなのだから。
「しっかし、懐かしいな……。」
ゲームのタイトル画面をじっくりと眺める俺。
当時の俺も、このタイトル画面を見ながら音楽を聴いて感動していたものだ。
既に懐かしさで胸がいっぱいになっている俺は、スタート画面から少しゲームを進める。
が、俺の喉が騒ぎ出した。
コーラを飲ませろ、と。
なんて我慢の足りないヤツなんだお前は。
……まあ、俺なんだけどさ。
よいしょ、と、床から立ち上がって冷蔵庫に向かう俺。
――だが、向かおうと足を踏み出した時、ポップコーンの袋で足をつるりと滑らせてしまった。
俺は瞬間的に後ろにひっくり返ると、天井のLEDライトが見え、後頭部に衝撃が走った。
◇
「起きなさい、あっきー。」
聞き覚えのある声が、瞼を閉じた俺の横に聞こえた。
「……あれ?」
聞き覚えがありすぎる声。 だって俺のお袋だもん。
慌てて目を開ける俺。 そして、その声がする方を見る……と、
「若っ! お袋……何で!? 何それっ!?」
まだ三十代の母の姿を見止め、起き抜けに驚きの声を上げる俺。
ちなみに昔から無駄に若く見えるお袋は、50代になってようやく30ちょっと過ぎに見えるという化け物じみた仕様だ。
今目の前に居るお袋は、その三十代の時の容姿で、友人の誰もが俺の姉だと信じて疑わなかった。
傍目から見れば、10代後半に見えていたらしい。
そのぴっちぴちのお袋を見たのには驚いたが、更に驚いた事に、見たことの無い部屋の、寝た覚えの無いベッドの上で、俺はそのお袋を見上げて居たのだから。
しかも、お袋は変な恰好をしていた。
まるで中世ヨーロッパの人の庶民の様な、真っ白なシャツにえんじ色のワンピース。
コスプレだとしたら似合い過ぎて居る。
「今日は王様に会いに行く日でしょ。 何をしているの。」
な、何言ってんだこいつ。 まだ全然ボケる歳じゃない筈だが……。
っていうか、また天然が発動したのか?
それよりもお袋の台詞。 どっかで聞いた台詞だな。
……あ。 これアレか。 『俺は今夢を見ている』ってヤツか。
そうだなー。 そういや俺、モンスタークエスト3、略してモンクエ3というロールプレイングゲームをプレイして居たのだった。
夢にまで見るとか、俺も恐ろしい魔法を使える様になったものよ。
さて、周りをよく見てみると、8ビットの機械では表現できない緻密なグラフィックが視界に広がって居た。
っていうか、最早CGの域を超えて居る。
つまりこれは俺の想像力の成せる業、正しく魔法だろう。
「はっはっはっはっ!」
取り敢えず笑ってみた。 ちゃんと声が出る不思議。
「あっきー? あなた大丈夫?」
「大丈夫だ。 問題無い。」
ある筈の眼鏡をくいと上げる俺。 しかし、俺の指先は素通りして宙を泳ぐ。
……あれ?
眼鏡が無いのだけれど。
でもこんなにくっきり世界が見えるのは何故。
まるで高校一年生時代の自分の様に……そうか。
当時の俺は眼鏡をして居なかっのだったな。
俺は自分の身体を見下ろしてみる。 なんだかとっても若々しい。
肌とかプルンプルンだ。 お袋の遺伝子のお陰か、俺も結構若く見られるが、実際の俺の年齢の34歳と比べればやはり肌が違う。
水を弾く感じと言えば分かりやすいだろうか。
ゲームでの旅立ちは16歳という設定だったな。
……まあいいや。
深く考えずに夢を楽しんでみる事にしよう。