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夏の森で。

作者: 植木鉢2

 

 俺は森を歩いていた。

 夏休みだから世間という騒がしい世界から離れて一人で旅をしたいと思ったからだ。


 鬱蒼として昼間であるにも関わらず薄暗い森。人の気配はしない代わりに夏の気配は思ったよりも騒々しい。

 そこここに羽音を響かせながら飛ぶ虫たちや暑さに拍車をかける蝉の声、狐らしき動物が川でじゃれあっている。水のぱしゃぱしゃという音が気持ちよさそうだ。是非混ざりたい。


 狐の近くには鹿の姿もあった。彼(彼女?)は一匹で河原において大木の陰になる特等席に居座っている。時折暑さを感じてか、川の水を飲みに行く以外には特等席で足をたたんで狐を眺めているだけのようだ。


 彼らの様子はとても涼しげで、一方俺の周りには地面を乾かさんばかりの太陽がさんさんと照っていて。とてもじゃないが早々我慢できるものではなかった。彼らの観察もそこそこに五月蠅い羽音を振り払って河原に歩を進めた。

 がさがさという音に動物の視線が此方を向くが、構うものか。そのまま川のそばでしゃがみこみ、水をすくって顔を洗ったり飲んでみたりする。


「・・・っあぁ~~。この涼しさ、生き返るぅ・・・!」


 最近の暑さは本当にどうかしている。前に中東の方へ赴いたことがあるが、そこで感じた暑さに引けを取らないくらいに最近の日本は暑い。いや蒸し暑い。肌に纏わりつくようなねばねばした暑さは本当に耐えがたい。

 だからこそ、こういう山の中に流れる正しく小川というべき場所は、ずっと一人で山中の散策なぞをしていた俺にとって天国にも感じられた。


 ・・・そう、他の動物の存在を一時忘れてしまえる程度には。



 ふと。鹿が嘶いている声が聞こえた。

 つ、と声の方へ顔を上げると鹿が此方を見て威嚇らしきことをしていた。相変わらず足は折りたたまれたままだったが、それなりの迫力が感じられた。

 しかし、本来恐れるべき野生動物の威嚇も俺の感じる暑さの前では無力に等しい。現代人がエアコンをつける代わりに俺は彼らの声を気にせず川へ入る準備をする。流石に裸にはなれないので長めのタオルを腰にまいて川へと浸かる。服は荷物のところに畳んで置いておく。


「くううぅぅぅ~~~っ!この冷たさが、気持ちいいぃぃ!!」


 気分がよくなってきたのと、彼らも暑いだろうと、未だにこちらを警戒している鹿たちに手を振ったり呼びかけてみる。


「おーーい、お前らも暑いだろうから一緒に川入ろうぜーーー!」


 呼びかけが通じたのか、それとも彼らも暑さに耐えきれなくなったのか。

 此方のことを警戒しながらも少し離れたところに鹿と狐たちが連れ立って川に入って座り込む。

 途端、空気が弛緩したのが分かった。きっと、彼らの顔に表情があったらへにゃりとした緩んだ笑顔を浮かべていただろう。それに気付いてハッとしたのか、慌てて鹿が此方を警戒するのもまた面白い。俺もへにゃりとした笑顔のまま暫し鹿と視線を交錯させる。


 やがて諦めたのか、ふっと音がしそうな、いや実際鼻息でそんな音を鳴らしつつ彼も川の中で目を閉じる。

 そうして狐たちはまたもじゃれ始める。ぱしゃぱしゃという音が耳に心地よい。


 どれくらいそうしていただろうか。狐や途中からきた他の動物を眺めつつ涼を取っていると流石に肌寒さを感じたので川からあがる。そのころにはどの動物も俺のことなど気にしなくなっていた。嬉しいけどいいのかお前ら野生動物はそれで・・・と思いつつ服を着て時計を見る。なんと時間はもう五時近くに差し掛かっていた。

 流石にそろそろ山を降りなくては夜の山を彷徨うことになる、と俺が帰り支度を急いでいると何かがぬっと、俺の横から顔を出す。


 ――現れたのは鹿で、選ばれたのはヘッドホンでした――


 一瞬有名なCMのパロディみたいなものが頭に浮かんでしまったが、彼の口には何故だかヘッドホンが咥えられていてそいつはだいぶ傾いてきた日の光を鈍く反射していた。

 一目でいいものだろうということは分かったが、何故、という想いが頭を過る。

 そんな俺の内心など知らずに鹿は俺の裾にヘッドホンをすりつけてくる。まるで持って行けと言わんばかりの勢いだ。


「なぁ、これはお土産みたいに貰ってもいいのか?」


 だからだろう、ついついこんなことを聞いてしまったのは。

 その意味を分かったのか、それは今となっては定かではないが、そのとき彼は確かに頷いたように俺には思えた。


「・・・・・・分かった。じゃあこれは俺が貰うな。」


 そういってヘッドホンを彼から受け取って荷物に入れる。

 じゃあな、と一声彼にかけてから山を下るために足を進める。振り返ると動物達が此方を向いて何かを歌っているような、そんな気がした。


 ***


 その日の夜。

 無事に下山した俺は、近くにあった民宿に泊まりヘッドホンを眺めていた。

 山にあったとは思えない艶々とした漆黒。今はオレンジ色の電燈の光を優しげに反射している。触り心地も滑らかで申し分ない。

 ただ、不思議なのはどんな音楽機器にも存在するコードやそれを繋ぐ穴がないことだった。


 しばらく観察を続けていたが何も分からなかったので、ええい、ままよ!とばかりに覚悟を決めて耳に当ててみる。

 その途端昼間の何かを歌っているような、動物たちの姿が思い起こされた。

 様々な動物の鳴き声の調和した『音楽』がそこでは奏でられていた。

 その『音楽』はゆったりとしつつも時折緩急がついていたり、鳴き声特有の鋭さがあったりと飽きさせないものだった。



 そんな『音楽』がとても尊くて儚いものに思えて、そのヘッドホンは今でも俺の机に置いてある。

 精神的に疲れた時や、ふとした時に手に取って耳に当てる。その度にあの夏の日の非現実的な長閑さが想い起こされて、す、と自分の周りに涼風が通り抜けたような気分になる。

 後年、改めてあの川に行ってみたがその時にはもうあの「彼」の姿を見ることはできなかった。いや、本当に「彼」なのかそれとも「彼女」なのかも最早分からないのだが。

終わりかたにしっくりは来ないものの自分で書きたいものが書けて満足です。


感想など誰でも書けるようにしてありますので、一筆頂ければ幸いです。



それにしても最近ちょぉっと暑すぎませんか?

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